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銭洗弁財天での銭洗いのやり方 ろうそくと線香とざるを受けてから、洗ったお金の使い方まで

時頼が手元の銭を洗ったのが始まり

鎌倉の佐助ヶ谷の奥、岩のトンネルの先に銭洗弁財天宇賀福神社がある。社の伝えでは、巳の年にあたる文治元年、一一八五年の巳の月の巳の日に、源頼朝の夢へ宇賀福神が立った。西北の谷に湧く清水で神仏を供養せよというお告げで、頼朝はその泉を探し当て、岩屋に宇賀神を祀ったという。

お金を洗いはじめたのは、北条時頼だと伝わる。正嘉元年、一二五七年のこと。時頼はここの霊水で手持ちの銭を洗い、一族の繁栄を祈った。社の由来では、手元の金銭を洗い清め、同時に身も心も清めて行いを慎めば清浄の福銭になる、と説かれていた。

ここが作法の芯になる。新しいお金を用意しなくていい。洗うのは今持っているお金で、洗う本人も行いを改める。祭神は本社が市杵島姫命、奥宮の洞窟が宇賀神と弁財天。弁財天の縁日が巳の日なので、この日を選んで洗いに来る人が多い。

江戸の初めに水戸藩がまとめた『新編鎌倉志』には、銭洗水の項がある。その項の文面は「隠里の巌窟の中にあり、福神銭を洗と云う、鎌倉五水の一也」というごく短いものだった。隠れ里の岩屋の中にあって、福の神が銭を洗うと伝える水、という意味だ。人間は福神のまねをして洗いに来ていた。

江戸の後期の『新編相模国風土記稿』には、昔この窟から夜中に人の話し声が聞こえ、語られていたのは吉事ばかりだった、という話が載っていた。怖い話にならないのがこの谷らしい。

洗うお金を小銭袋と封筒に分けておく

家を出る前に洗うお金を財布から出して、硬貨は数枚を小さな袋へ、お札は一、二枚を封筒かクリアファイルへ。量はこれで足りる。一万円札を束で持ち込む人もいるけれど、濡れたお札を持ち帰る手間を考えると、控えめのほうがずっと楽だ。

硬貨の種類に決まりはない。五円玉を縁起物として選ぶ人もいる。財布の小銭をそのまま全部持っていく人もいて、どちらでもかまわない。迷ったら一円から五百円まで一枚ずつ。

ハンカチか手拭いを一枚、水気を押さえる用に持っていく。社の掲示には、洗ったお金はハンカチなどで拭くように、という案内が出ていたと紹介されていた。ろうそくの火やタオルでこすって乾かすのは控える。紙幣が傷む。

家族の分を頼まれたら、人ごとに封筒を分けて名前を書いておく。洞窟の中でお金が混ざると、帰ってから誰の分か分からなくなるからね。賽銭用の小銭も、洗う分とは別に一枚用意しておくと本社の前で迷わない。

洗わないほうがいいお札もある。破れかけた古いお札。水を吸うと裂け目が広がるので、きれいな一枚を選んで持っていく。硬貨は汚れていてもかまわない。時頼が洗ったのも、人の手を渡って汚れた銭だったはずだから。

封筒の表には、日付と「銭洗」とだけ書いておくと、あとで乾かすときに普段のお金と取り違えずに済む。地味だけど役に立つ。

持ち物の最後に、小さなビニール袋を一枚。濡れたハンカチを入れて帰る用だ。

巳の日か平日の朝を選んで八時から四時半に着く

拝観の時刻は朝八時から夕方四時半まで。入場は四時までと案内している旅行会社の記事もあって、社務所で道具を受けるので、閉まる間際に着くと慌てることになる。昼過ぎまでに着いておくのが無難。

日取りは、弁財天の縁日の巳の日が好まれる。十二日に一度めぐってくる日だ。十干と十二支が重なる己巳の日は六十日に一度しか来なくて、弁天の縁日としていちばん重く見られてきた。そのぶん人も多い。

巳の日は洞窟の中で順番待ちになることがある。落ち着いて洗いたいなら、巳の日を外した平日の朝がいい。洗うこと自体はどの日でもできる。日取りにこだわって足が遠のくくらいなら、行ける日に行ってしまうほうが早い。

鎌倉駅の西口から歩くと、二十分あまりの上り坂になる。最後のトンネル手前は勾配がきつい。濡れた岩の上を歩くことになるので、底の滑りにくい靴で行く。

雨の日でも洗える。洗い場は洞窟の中なので、傘を閉じてしまえば晴れの日と同じ手順で進む。ただ、トンネルの手前の坂と境内の石段は滑りやすい。濡れた足元に気をつけるくらいで、日延べする理由にはならない。

トンネルを抜けたら手水で手と口をすすぐ

岩のトンネルをくぐると、すぐ手水舎がある。最初に手と口を清める。柄杓で左手、右手の順に水をかけ、左の手のひらに水を受けて口をすすぐ。最後に柄杓を立てて、残った水で柄を流して戻す。

手水舎の先には、ご利益があったという人たちが奉納した鳥居が並ぶ参道が続く。鎌倉市観光協会の特集記事は、この参道から社務所、奥宮、本社という流れで境内を紹介していた。二〇二〇年の夏には手水舎が使えなかった、とも書いてある。時期によって使えない日があるので、その場合は飛ばして先へ進む。

手水舎が使えない日は、持ってきたハンカチで手を拭って心の中で清めるだけでいい。柄杓の順番。左、右、口、柄。これだけ覚えておけば、どの神社でも困らない。

手水舎の前で行列ができていたら、後ろの人のために柄杓の水を一杯で済ませる。柄杓一杯の水を少しずつ使って、左手、右手、口、柄の順に最後まで回すやり方が、手水の作法としてよく紹介されてきた。

社務所で初穂を納めてろうそくと線香とざるを受ける

手を清めたら社務所へ行き、ろうそくと線香を受ける。観光協会の記事ではろうそくと線香一束で百円、別の旅行会社の案内では二百円のセットとあった。記事の時期で違うので、小銭を多めに用意しておけばいい。ざるは無料で貸してくれる。

この三つをまとめて「お参り三点セット」と呼んでいる紹介もあった。ろうそくは神さまに光を届けるもの、線香は邪気を払うもの、と観光協会の記事は説明していた。ざるは借り物なので、洗い終わったら返す。

社務所の窓口で初穂を納めるときは、財布から直に出してかまわない。のし袋は要らない。社務所は参拝の受付と授与所を兼ねていて、ろうそくと線香とざるを受け取ったら、そのまま燭台と香炉のある場所へ向かえばいい流れになっていた。

受けたろうそくと線香は、その場で使い切るものだ。家へ持ち帰らない。ざるも一人一枚で足りる。家族で来たなら、ざるを一枚ずつ借りて、それぞれ自分のお金を自分の手で洗うと混ざらずに済む。

ろうそくを燭台に立てて線香を香炉に立てる

ろうそくは境内の燭台にともっている火から点して燭台に立て、線香の束はろうそくの火で点けて、香炉の灰に立てる。束の真ん中まで火が回っていなくても問題ない、と書いた案内もあった。神社で線香を上げるのは少し珍しい。

ここは長いあいだ弁財天の霊場だったので、仏式の供え方がそのまま続いている。香炉から上がる煙を手で招き寄せて、体に浴びる人も多い。順番には二通りの紹介があって、火と香を供えてから本社を拝むものと、本社を拝んでから線香を上げるものがあった。どちらでも本社と奥宮より先に済ませる点は同じ。

ろうそくが途中で消えても、点け直さなくていい。風の強い日は燭台の火がすぐ揺れる。線香の火が消えた時も同じで、一度供えたものはそのまま置いて先へ進む。燃え残りを拾って持ち帰らない。

煙を浴びるときは、頭や肩など、良くなってほしいところへ手で煙を寄せる。寺の常香炉でよく見る所作が、この社でもそのまま行われていた。長く浴びる必要はない。二、三回で十分。

本社の市杵島姫命に二礼二拍手一礼で拝む

火と香を供えたら本社へ進む。賽銭を入れて、二回深く礼をして、二回手を打ち、最後に一回礼をする。参拝者向けに社が決めた唱え言は無い。神社でよく使われる略拝詞で足りる。

原文は「祓へ給へ 清め給へ 守り給へ 幸へ給へ」。読みは「はらえたまえ、きよめたまえ、まもりたまえ、さきわえたまえ」。罪や穢れを祓い清めて、守り、幸いをください、というくらいの意味。拍手のあとに三回唱えて、住所と名前を心の中で名乗り、お金を洗わせてもらいに来たと伝えておく。

声に出すかどうかは自由。小声で十分。

本社より先に洞窟へ入って洗う人もいる。ただ、旅行会社の案内も地元の紹介記事も、本社を拝んでから奥宮へ行く順番で書いていた。よその家に上がって、主人に会う前に風呂を借りるようなもの。挨拶が先。

願い事は一つに絞る。商売のこと、家計のこと、借金を返し終えること。何でもいい。洗ったお金を何に使うつもりか、ここで口にしておくと後で迷わない。

時頼が人々に銭洗いを勧めたとき、金銭と一緒に身も心も清め、行いを慎むようにと説いた、と社の由来にはあった。お金だけ洗って帰るのでは片手落ちになる。拝むときに、これからの行いを一つ改めると決めておくと、由来の言葉に沿った形になった。

奥宮の洞窟で宇賀神と弁財天に一礼する

ざるを持って、奥宮の洞窟へ向かう。入口で一礼して中へ入る。洞窟の中はひんやりしていて、岩の奥から水が湧き、溜まりになっている。足元は濡れた岩なので、ゆっくり歩く。

洞窟の天井は低いところがあって、背の高い人は頭をぶつけやすい。中では大声を出さず、ざるを持った人どうしが肩を寄せ合って順番に柄杓を使う形になるので、荷物は小さくまとめて肩にかけておくと動きやすい。

洞窟の奥には宇賀神と弁財天を祀る祠がある。地元の紹介記事では、奥宮の社で拝んでからお金を洗う順番になっていた。ざるをいったん脇へ置いて、ここでも手を合わせる。本社と同じく二礼二拍手一礼でいい。

弁財天の真言を小声で唱える人もいる。原文は「オン・ソラソバテイエイ・ソワカ」。弁才天の梵名サラスヴァティーに帰依します、という短い真言で、寺の弁天堂ではよく唱えられてきた。ここは神社なので無理に唱えなくていい。黙って拝んでも何の問題もないよ。

宇賀神は人の頭に蛇の体を持つ神で、比叡山の教学を通じて弁才天と一体になった。弁天像の頭の上に小さな宇賀神が乗る姿が、その形。水の神と福の神が重なっているからここの水でお金を洗い、蛇の縁日が巳の日になるのも、この重なりからだ。

ざるにお金を並べて柄杓で水をかける

水の溜まりのそばに柄杓が置いてある。左手でざるを持ち、右手で柄杓を使う。ざるは水面の少し上で水平に構えると、かけた水がそのまま溜まりへ落ちて、足元や隣の人を濡らさずに済む。

硬貨はざるの中で重ならないように広げ、柄杓で上から水をかけて、ざるを軽く揺すり、裏側まで水を回す。硬貨は全体を濡らしてかまわない、と旅行会社の案内にも書いてあった。ざるごと水へ沈めたり、湧き口へ手を入れたりはしない。ほかの人も使う霊水なので、汲んでかけるのが決まりだ。

お札は扱いが違う。ざるに平らに置いて、端に少し水をかけるだけで十分とされる。全体をびしょびしょにすると、乾かすときに破れたり縮れたりしやすい。何回かけるかは社の掲示に決まりがなく、柄杓で二、三度かければ足りる。

洗いすぎてお札がちぎれそうになったら、そこで手を止める。慌てて広げない。ざるに載せたまま水を切って、ハンカチで挟み、そのまま封筒へ移す。日本銀行の決まりでは、破れたお札も面積の三分の二以上が残っていれば全額と引き換えてもらえる。

ハンカチで水気を押さえてざるを返す

洗い終えたら、ざるを持ち上げて水を切る。硬貨はハンカチで一枚ずつ拭いて用意した袋へ戻し、お札はハンカチを上から当てて、こすらずに水を吸わせる。こすると紙の繊維が毛羽立つ。

拭き方は自然乾燥が正解で、ハンカチで水を取ってから乾かせばいい、と地元の紹介記事は書いていた。お札はそのまま封筒かクリアファイルに挟む。財布へ直に入れると、ほかのお札やカードまで湿ってしまう。

柄杓は元の場所へ伏せて戻す。ざるは決まった置き場へ返しておく。次の人が待っていることも多いので一人数分で切り上げて、写真は洗い終えてから、人の切れ目に一枚だけ。

洞窟を出たら、入口でもう一度振り返って一礼する。入るときと出るとき、二回。境内のほかの社へ向かうのはそれから。

洞窟の中が混んでいたら、入口の外で待つ。前の人が柄杓を置くまで、ざるにお金を並べて準備だけしておくと早い。順番が来たら手早く洗って、拭くのは洞窟の外へ出てからでもいい。

旅行会社の案内や地元の記事を読み比べると、洗い方の細かいところは書き手ごとに少しずつ違っていた。共通していたのは、ざるに入れる、柄杓で水をかける、お札は端だけ、拭いて持ち帰る、の四つ。迷ったらこの四つに戻る。

手が濡れたままだと、ざるを返すときに次の人の手まで濡らしてしまう。ハンカチで自分の手を拭いてから、ざるの水気も軽く切って置き場へ戻しておくと、次に借りる人が気持ちよく使える。

上之水神宮と下之水神宮と七福神社を回って帰る

旅行会社の案内では、奥宮で洗ったあと、上之水神宮、下之水神宮、七福神社の順に拝んで回る流れになっていた。上と下の水神宮は、境内の上手と下手に湧く水そのものを神として祀った社だ。銭洗いの水の元を拝むことになるので、寄っておくと筋が通る。

授与所では銭亀や御宝銭、茄子守などを受けられる。紹介記事によると銭亀は千二百円で、長寿と金運の印として、財運を高めたい場所に置くものとされていた。御宝銭は三百円、茄子守は五百円と書いた記事もあった。値段は変わることがあるので、現地で確かめる。

銭亀のような授与品は、家へ帰ったら財布や金庫の近く、あるいは目線より高い棚に置く。古くなったら、受けた社か近くの神社の古札納所へ納める。紙袋もいっしょに返す。

濡れたお札を封筒に挟んで家で乾かす

家に着いたら、封筒からお札を出して平らな所に広げ、風通しのいい場所で乾かす。ドライヤーの熱風は、紙幣のホログラムを傷めるおそれがあると注意する記事もあった。急ぐときは、乾いたタオルに挟んで上から軽く押さえる程度にしておく。

乾いたお札は、たいてい少し波打つ。気になるなら、半紙に挟んで厚い本の下に一晩置くと落ち着く。アイロンは熱で傷むので使わない。硬貨は拭いたあと一晩置いて完全に乾いてから財布へ戻すほうがよく、十円玉のような銅の硬貨は、水気が残ると黒ずみやすい。

乾かしている間に、お札が風で飛ばないように気をつける。重しは本一冊で十分。硬貨は小皿に並べて置く。

置き場所は神棚か、目線より高い棚。無ければ机の上でいい。子どもや家族が知らずに使ってしまわないよう、洗った分だと分かる場所に置いておく。

乾くまでの時間は、紙幣の濡れ具合で変わる。端だけ濡らしたお札なら、たいていその日のうちに乾いた。全体を濡らしてしまったお札は、一晩置いても芯に湿り気が残ることがあるので、翌日まで様子を見る。

社の案内どおり有意義に使う

洗ったお金をどうするか。社の掲示は「清められたお金は有意義にお使いください」という趣旨だったと紹介されていた。旅行会社の案内も、福銭になったお金は使い切ることでご利益が巡ってくる、と書いている。使ったお金が巡り巡って何倍にもなって戻る、と地元の記事にもあった。

使い道は、人の役に立つことや先の仕事につながることに回すのが、社の言う「有意義」に近い。店で手渡しする、祝儀袋に入れる、世話になった人への手土産の代金にする。

賭け事に回すのは避けたい。持ち帰りの時点で使い道を一つ決めておくと、財布の奥で眠らせずに済むらしい。

使わずに取っておく流儀もある。すぐ使うと福の神に見放されるから、財布の奥にしまっておく、という言い伝えだ。どちらを選ぶか迷うなら、お札は使う分にして、硬貨を一枚だけ取っておく。取っておく硬貨は、次に洗いに行くときの持参金にしてもいい。

鎌倉の銭洗いを紹介する記事の多くは、使うのが正解だと書いていた。使ったお金が巡り巡って戻る、という考え方になる。取っておく流儀も広く知られていて、どちらかに決めつけるより、洗った社の案内に合わせるのがいちばん角が立たない。

取っておく一枚は財布の奥の仕切りに入れる

取っておく分は、財布のいちばん奥の仕切りか、小銭入れとは別のポケットへ入れる。普段使うお金と分けておけば、うっかりレジで出してしまうことがない。半紙を一枚折って包んでから入れる人もいる。

洗ったお金を入れる前に財布の中を整えて、溜まったレシートや期限の切れた券を出して、お札の向きをそろえる。洗ったお札だけきれいで、周りがごちゃごちゃでは落ち着かないよね。

取っておいた一枚を使う日が来たら、気にせず使えばいい。次に鎌倉へ行った日に、また洗えば済む話だ。時頼の言葉も、福銭をしまい込めとは言っていなかった。

財布を買い替えたときは、取っておいた福銭を最初に新しい財布へ移す。古い財布は中身を全部出して、乾いた布で拭いてから手放す。長く使った物なので、礼を一言。

券売機や自販機には入れない

洗ったばかりのお金は、券売機や自動販売機に入れない。水を吸って波打ったお札は機械の中で詰まる原因になる、と観光協会の記事でも注意されていた。硬貨も湿り気が残っていると機械に迷惑がかかる。

洗ったお金を、その日の帰りの電車賃に回したくなる気持ちは分かる。ただ、駅の券売機は波打ったお札に弱いので、切符は普段のお金で買っておくほうが面倒がない。スーパーのセルフレジも同じ。洗ったお札を使うのは、人の手に渡す場面にとっておく。

洞窟の湧き口へ直接お金を浸けない。ざるを水に沈めない。湧き水はお金を洗うための霊水でみんなが順番に使うものなので、柄杓を独り占めして長く居座らないのも、ここでの礼儀になる。

巳の日の祭りに合わせて洗いに行く

神奈川県神社庁の案内では、この社の祭りは一月一日の歳旦祭、四月の初巳の日の中祭、九月の白露のあとの巳の日の大祭になっている。地元の紹介記事には、一月、四月、九月の初巳の祭りとも書かれていた。祭りの日は普段の巳の日よりさらに混み合う。

巳の日に洗いたいなら、暦の十二支の欄で巳の日を探す。十二日おきに来るので、月に二、三回はある。祭りと重なる日は混み合うので、朝八時の開門に合わせて着くと洞窟に入りやすい。

己巳の日はさらに人が増える。この日に行く場合は、ろうそくと線香の受付でも列ができると思っておく。洗う量を減らし、お札を一枚に絞っておくと、洞窟の中で後ろの人を待たせずに済む。

時頼が銭を洗った正嘉元年は丁巳の年で、ここでも巳が重なっていた。頼朝の夢の巳づくしと、時頼の巳の年。蛇の日を選んで洗いに行く習いは、社の縁起のこの二つの巳に根があると見る紹介が多かった。

京都の六波羅蜜寺では洗った銭を金運御守に入れて貯める

京都の六波羅蜜寺にも、銭洗い弁財天がある。寺の案内は、金運のご利益があるとされる水でお金を清めて持ち帰るように、という短いものだった。こちらは鎌倉と流儀が正反対。

紹介記事によると洗い清めた銭は使わずに貯えておくもので、授与所で金運御守を受け、清めた銭をその中へ入れる。また来ては洗って足していく。その繰り返しで銭が貯まる、と書かれていた。

鎌倉の銭洗いを済ませた人がこの寺へ行くと、戸惑うかもしれない。どちらが正しいという話じゃない。洗った場所の案内に従うのがいちばん迷わない。

小網神社、品川の阿那稲荷、川越、犬山で違う作法

東京の日本橋にある小網神社は、「東京銭洗い弁天」を名乗る社だ。社殿の左に銭洗いの井があり、神社の案内では、ここで金銭を清めて財布に収めると財運を授かると信じられてきた。鎌倉と同じく、洗ったら財布へ戻す流儀になる。弁天さまの大祭は十月二十八日。

品川神社の境内社、阿那稲荷神社は上社と下社に分かれていて、下社に一粒萬倍の泉が湧く。一粒の籾が萬倍の稲穂になるという言葉から付いた名前で、ここでは印鑑や銭にこの水を注いで家業の繁栄を願う。汲んで持ち帰った水は、家や店の入口と四隅に注ぐと紹介されていた。

埼玉の川越熊野神社には、境内の厳島神社を銭洗弁財天として拝む銭洗いの池がある。毎月第三日曜日が銭洗弁財天の縁日になっていた。愛知の犬山城下にある三光稲荷神社の銭洗稲荷では、社務所で受け付けてから御神水でお金を洗う。清浄の福銭を持っていれば一家繁盛、子孫長久になると伝えていた。

どこへ行っても、お札は端だけ濡らすことと、濡れたお金を機械に通さないことは同じ。持ち帰った水を撒く、印鑑まで洗う、御守に入れて貯める、といった違いは、その社の掲示や授与所の案内でたいてい分かる。分からなければ、洗う前に社務所で一言聞いておけば済む。

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