奇怪千万からのお願い

このサイトの記事が面白かった、役に立ったと思って頂けたら、一つお願いがございます。
Amazonで何か買う予定があるとき、その前に下のボタンから入って頂いて買い物をしていただくと
サーバーの運営費と心霊スポットやパワースポットの取材費になります。

ここから入って買い物をすると、金額の数%が紹介料として私に入ります。
貴方様の支払いが増えることは一切ありません。買う物も何でも構いません。
記事をもっとたくさん増やしたいので、ご協力をお願いします。

当サイトではアマゾンアソシエイト以外のアフィリエイトは使用しません
(記事が見づらくなるから・・・)

梅花心易の立て方、数字と物音から卦を立てる道具のいらない易

梅花心易ってどんな占いなんだ

易と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、たぶん筮竹だ。あの細長い竹の棒を束ねてジャラジャラやって、両手で分けて、数えて、また分けて。あれを六回繰り返してようやく一つの卦が立つ。正統派の周易はそれでいい。だが梅花心易は違う。

道具を一切使わず、使うのは、いま何時か、目の前で何が起きたか、相手が何と言ったか、それだけだ。極端な話、あなたが「三と七」と口にした瞬間、もう卦は立っている。犬が五回鳴いたら、それも卦になり、相手が北から歩いてきたら、それも卦だ。

世界の側が勝手に数を差し出してくるので、占者はそれを拾って組み立てるだけでいい。この「拾い方」と「組み立て方」に理屈があって、その体系が梅花心易と呼ばれている。中国語圏では『梅花易数』という書名でそのまま呼ばれることが多く、日本では「梅花心易」という言い方が定着した。心で立てる易、という語感がいかにも日本人好みだったんだろう。何が面白いって、この占い方は前提がひっくり返っているんだよな。

普通の占いは「占う道具を用意して、質問をぶつけて、答えをもらう」という順番だ。梅花心易はそうじゃなく、「いま目の前で起きたこと自体が、すでに答えの一部である」という立場を取る。だから占者は答えを探しに行くのではなく、すでに降ってきている答えを翻訳する。翻訳の文法が先天八卦と数の対応であり、翻訳の文脈が体用と生剋だ。

そう考えると、この術がやたらと難しく、同時にやたらと自由な理由も見えてくる。先に断っておくと、この記事は占術の解説である。病気の診断や法律上の判断、お金の運用の是非を決めるための材料ではない。体調が悪いなら医者に、揉め事なら弁護士に、投資は自分の責任で。易は判断の補助線であって、判断そのものを外注する道具じゃない。

ここは最初にはっきりさせておきたい。

梅の花の逸話と名前の由来、そして付会の疑い

名前の由来はシンプルで、梅を見ていたときに立てた卦がやたらとよく当たったから、というものだ。伝わっている話はこうだ。邵康節が庭で梅の花を眺めていたら、二羽の雀が枝の上で争って、そのまま地面に落ちた。彼はそれを見て「動きがあった、これは象だ」と考え、その場の年月日時から卦を立てた。出たのは沢火革。

上が兌の沢、下が離の火。互卦には巽の木が含まれている。そこから彼は「明日の夕方、近所の若い女が花を折りに来て、庭番に咎められて驚き、転んで腿を痛める」と読んだ。翌日、その通りになったという。もう一つ有名なのが牡丹占だ。

牡丹を見に来た客と話しているうちに卦を立て、天風姤を得る。乾は馬、午の時刻は離の明るさ。そこから「明日の昼、馬が来てこの花を踏み荒らす」と言い当てた。他にも、椅子に座る前に卦を立てて「この椅子は某月某日に壊れる」と言う。椅子の裏にあらかじめその日付を書いた紙を貼っておいた、なんて話まで残っている。

壊れた日に紙をめくったら日付がぴたりだった、という筋書きだ。で、ここからが大事なところなんだが、これらの逸話はどこまで本当なのか。正直、かなり怪しい。まず、これらの逸話が載っているのは『梅花易数』という書物であって、邵雍自身が残した確実な著作ではない。邵雍の名で確実に伝わっているのは『皇極経世書』や詩集の『伊川撃壌集』であって、そこには観梅の話は出てこない。

つまり逸話は、後の時代の人が「邵康節ならこれくらいやっただろう」という敬意と憧れをこめて書き足した可能性が高い。名人伝説というのは、たいていそうやって膨らむものだ。ただ、付会だからといって価値がないわけでもない。この逸話には、梅花心易という術が何を大事にしているかが全部詰まっている。雀が落ちるという「動」を捉えること。

その場の時間から数を取ること。卦の五行の剋し合いから災いの形を読むこと。互卦から隠れた事情を拾うこと。教科書の第一章としては、これ以上ないくらいよくできている。だから逸話は史実というより、教義の要約だと思って読んだほうがいい。

邵雍という男――北宋のとんでもない隠者

邵雍。字は堯夫、号は安楽先生、死後に康節という諡を贈られた。だから邵康節と呼ばれることも多い。生年は一〇一一年、没年は一〇七七年。北宋の人だ。

生まれは河北のあたりで、後に洛陽に移り住んだ。周敦頤、張載、程顥、程頤と並んで「北宋の五子」と呼ばれる、儒学史のど真ん中にいる人物である。この人の何がすごいって、生涯ほとんど仕官しなかったところだ。北宋という時代は科挙が確立して、知識人はまず官僚を目指すのが当たり前だった。だが邵雍は誘われても断り続け、洛陽の粗末な家に住んだ。

その家を彼は「安楽窩」と呼んだ。安楽の巣、くらいの意味であり、名前からしてふざけている。実際、彼は昼まで寝ていることもあったらしいする。酒を飲んで詩を作り、驢馬に引かせた小さな車で街をふらふらしていたという。

それでいて洛陽の名士たちは彼を尊敬していて、司馬光あたりとも親交があった。近所の人は彼が来ると「わが家の先生が来た」と言って喜んだ、なんて話も残っている。要するに、めちゃくちゃ人望のある変人だ。学問の出発点は、李之才という人物から受けたという図書先天象数の学だとされる。ここが謎めいていて、この系統はさらに遡ると陳摶という道士に行き着く、という伝承がある。

儒者でありながら道教系の図像学を吸収した、というわけだ。この出自の混ざり具合が、後に彼を「哲学者」と「術者」の両面から語られる人物にした。朱熹は邵雍の数理を高く評価しつつ、その術数的な部分には距離を置いた。同時代の程頤は、彼の予知めいた言動に対して微妙な顔をしていたらしい。面白いのは、当の邵雍が「当てる」ことにそこまで執着していた形跡がないことだ。

彼が生涯かけて考えたのは、宇宙がどういう数の秩序で動いているか、その秩序をどう図に描けるか、という問題だった。占いはその副産物にすぎなく、にもかかわらず後世は副産物のほうを大事に持ち帰った。天才の弟子筋というのはだいたいそういうものなんだよな。

『皇極経世書』と先天易学、邵雍の本業

邵雍の主著は『皇極経世書』だ。この本は易占の本ではなく、宇宙と歴史を数で記述しようとした、とんでもなくスケールのでかい書物である。彼は時間を「元・会・運・世」という単位で階層化した。一世は三十年、一運は十二世で三百六十年、一会は三十運で一万八百年、一元は十二会で十二万九千六百年。

この十二万九千六百年で宇宙は一巡りする、という構想だ。この数字は一日を十二辰、一年を三百六十日と見る循環構造を、そのまま宇宙規模に拡大したものになっている。そしてこの枠組みに実際の中国史を当てはめていく。堯の時代がどの運のどの世にあたるか、王朝の興亡が数のどの位置で起きているか。歴史を数のリズムで読もうとしたわけだ。

現代の目から見れば無茶な試みだが、当時としては驚異的に体系的だった。この本の「観物内篇」と「観物外篇」は特によく読まれた部分で、内篇が彼自身の論、外篇は門人が記録した言葉が中心とされている。梅花心易に近い術数的な発言は、どちらかというと外篇に散らばっている。もう一つの大仕事が先天易学だ。

八卦や六十四卦の並べ方には複数の流儀があるが、邵雍は「伏羲が最初に描いた本来の配列」を復元したと主張した。それが先天図であり、六十四卦方円図であり、加一倍法と呼ばれる二分割の生成論だ。太極が両儀に分かれ、両儀が四象に、四象が八卦に、と一段ごとに倍になっていく。この生成順序に沿って番号を振ると、乾が一、兌が二、離が三、震が四、巽が五、坎が六、艮が七、坤が八になる。これが決定的に重要だ。

梅花心易が数から卦を立てられるのは、邵雍が八卦に一から八までの通し番号を与えたからにほかならない。数と卦のあいだに橋を架けた人がいたから、数字を見て卦が読めるようになった。逸話が付会だとしても、この橋だけは間違いなく邵雍の仕事だ。梅花心易が邵雍の名を冠しているのには、ちゃんと理由がある。

『梅花易数』という本の正体と仮託問題

さて、テキストの話をしよう。現在流通している『梅花易数』は、だいたい五巻構成になっている。前半の三巻が六十四卦を使った占法、体用生剋の総訣、各種の起卦法、占例集。後半の二巻は「測字」つまり文字占いの大全になっており、この構成を見た時点で、何かおかしいと感じるはずだ。

前半と後半で明らかに毛色が違う。実際、この書物は一人の人間が書き下ろした体系的著作ではなさそうだ、というのが多くの研究者や実占家の見方である。文体が揃っておらず、同じ内容が別の言い方で重複している。理屈の水準もバラバラで、鋭い記述のすぐ隣に迷信めいた断片が並ぶ。

明代あたりに複数の術書の断片を集めて編み、権威づけのために邵康節の名を冠した、という成立過程を想定するのが自然だろう。序文に黄宗羲の名を借りたものが付いている版もあるが、これも真偽の議論がある。仮託というのは中国の術数書ではありふれた手口だ。諸葛亮に仮託した兵書、黄帝に仮託した医書、呂洞賓に仮託した丹書。名前を借りるのは詐欺というより、その学統に連なることの表明に近い側面もある。

ただ、読む側としては「これは邵雍が言ったことだ」と鵜呑みにしないほうがいい。書かれていることの一部は宋代の思想に忠実で、一部は明清の術者の実務メモで、一部は誰かの思いつきだ。それを混ぜたまま丸ごと信仰するのは、ちょっと危うい。じゃあ価値がないのかというと、まったく逆だ。実務メモとして見ると、この本は異常に有用なんだよな。

特に体用生剋のあたりの記述は、実際に何百回と占った人間でないと書けない具体性がある。「体が用を生じるのは気が漏れるから不利」といった感覚は、机上の理屈からは出てこない。仮託されたテキストの中に、名もない実務家の蓄積が化石のように埋まっている。そういう読み方をするのが健全だと思う。

周易・断易とどこが違うのか

易占には大きく三つの流れがある。周易(本筮・略筮を含む、卦辞爻辞を読む易)、断易(五行易・納甲易とも呼ばれる)、そして梅花心易だ。この三つは同じ六十四卦を使いながら、読み方の設計思想がまるで違う。周易は、出た卦の卦辞と爻辞を読む。つまり古典テキストの言葉が答えになる。

「潜龍用うるなかれ」と出れば、まだ動くなという意味に取る。強みは深さと含蓄で、人生相談のような曖昧で大きな問いに向いている。弱点は具体性だ。「いつ」「いくら」「どこで」といった問いには答えにくい。テキストが詩的すぎて、解釈者の力量に丸ごと依存する。

断易は真逆だ。卦の六爻それぞれに十二支を割り当て、五行と六親(父母・兄弟・子孫・妻財・官鬼)を配置する。占う日の干支との関係で旺相休囚を判定する。用神を立てて、それが生じられているか剋されているかで吉凶を決める。恐ろしく機械的で、慣れれば誰がやっても同じ結論に近づく。

「いつ」も日辰や月建から算出できる。ただし手順が多く、覚えることも多い。紙とペンなしではきつい。梅花心易は、この二つのいいところを取りにいった折衷案みたいな位置にいる。使うのは八卦の象と五行の生剋だけで、爻辞を読む必要がない。

だから断易のようにドライに吉凶が出る。一方で、納甲も六親も使わないので、断易ほど覚えることがない。しかも卦の象から具体的なイメージを引き出すので、「机の下」「東北の方角」「金属の容器」といった描写的な答えが出せる。この描写力が梅花心易の最大の武器だ。代償もある。

断易ほどの再現性はなく、同じ卦を見ても、占者によって読みが変わる余地が大きい。特に外応と象の解釈は職人芸の領域で、「なぜそう読んだのか」を言語化しにくい。手軽なのに極めるのが難しい、というやっかいな性質があるのはそのせいだ。

先天八卦と数の対応――全部の土台

ここが梅花心易の心臓部だ。これを覚えないと何も始まらず、逆に言えば、これさえ体に入れば残りは応用でしかない。

卦名記号先天数五行自然象先天方位人物身体主な物象。

乾☰1金天南父・上司・老人頭金属・宝石・円いもの・車・高い建物。

兌☱2金沢東南少女・話し手口・肺刃物・食器・窪地・楽器・小銭だ。

離☲3火火東中女・美人目・心臓火・書物・書類・照明・美術品。

震☳4木雷東北長男・若者足・肝電気・音の出る物・車両・竹木。

巽☴5木風西南長女・商人股・胆縄・糸・風・草花・手紙だ。

坎☵6水水西中男・盗賊耳・腎水・酒・穴・車輪・悩み事。

艮☶7土山西北少男・門番手・背山・門・石・箱・止まっている物。

坤☷8土地北母・大衆腹・脾土・布・田畑・四角い物・古い物だ。

数の並びは、太極から二分割を繰り返す生成順に対応している。乾が一で坤が八、これは絶対に間違えてはいけない。市販の入門書でもたまに後天数と混同した記述を見かけるので注意したほうがいい。後天八卦(洛書)の数は坎一、坤二、震三、巽四、乾六、兌七、艮八、離九であって、まったく別物だ。梅花心易の計算に使うのは、原則として先天数のほうだ。

後天八卦は方位を特定するときにだけ顔を出し、ここを混ぜると計算が全部狂う。五行の割り当ても丸暗記でいい。乾と兌が金、震と巽が木、坎が水、離が火、艮と坤が土。相生は木生火・火生土・土生金・金生水・水生木。

相剋は木剋土・土剋水・水剋火・火剋金・金剋木だ。この二つの環がすべての吉凶判断の土台になる。

立卦法(1)年月日時起卦――時間そのものを卦にする

いちばん基本になるのが年月日時起卦だ。時間さえあれば卦が立つ。手順はこうだ。まず年を数に直す。使うのは十二支の順番で、子が一、丑が二、寅が三、卯が四、辰が五、巳が六、午が七、未が八、申が九、酉が十、戌が十一、亥が十二。

西暦をそのまま使わないところが肝だ。次に月と日は、そのままの数字を使う。時刻もやはり十二支に直して、子の刻が一、丑の刻が二、と数える。上卦は「年数+月数+日数」を八で割った余り。余りが出た数を先天数の卦に対応させる。

割り切れたら八、つまり坤とし、下卦は「年数+月数+日数+時数」を八で割った余り。同じく割り切れたら坤。動爻は「年数+月数+日数+時数」を六で割った余りで、割り切れたら六、つまり上爻とする。ここで一つ、実占上の大きな論点がある。

この「月」と「日」は旧暦を使うのか、新暦を使うのか。原典は当然ながら旧暦を前提にしており、中国の伝統的な術数はすべて旧暦だ。ところが日本の実占家には、新暦のまま使って十分当たる、という立場の人がかなりいる。理屈としては「占機が動いた瞬間の数」が重要なのであって、暦法は器にすぎない、というものだ。

逆に旧暦派は「節気と気の流れが対応しないと五行の旺衰が読めない」と言う。どっちが正しいかは決着しておらず、自分で両方試して、当たるほうを採るしかない領域だと思う。少なくとも一人の占者の中では、どちらかに統一しておかないと検証にならない。

立卦法(2)数字起卦と声音起卦

数字起卦はもっと単純だ。相手に数字を言ってもらう、あるいはその場にある数字を拾う。三つの数が取れれば、一つ目を八で割った余りが上卦、二つ目を八で割った余りが下卦、三つの数の合計を六で割った余りが動爻。数が二つしか取れなければ、一つ目を上卦、二つ目を下卦にして、二つの合計に時数を足したものを六で割って動爻とする。数が一つしか取れないときは、その数を上卦にして、時数を下卦にする。

多桁の数字が来た場合、たとえば電話番号やレシートの合計金額のようなものは、前半と後半に分けて扱う。桁数が偶数なら真ん中で二等分し、奇数なら前半を一桁少なくする。四桁の「三七二八」なら「三七」で上卦、「二八」で下卦。三七を八で割ると余り五で巽、二八を八で割ると余り四で震。

合計六十五を六で割ると余り五で五爻だ。こういう具合だ。声音起卦は、耳から入る数を使う。鳥が鳴いた回数、ノックの回数、車のクラクションが鳴った回数。聞こえた回数をそのまま上卦の数にして、そのときの時支の数を下卦にする。

動爻は両方の合計を六で割った余り。原典は「凡そ声音を聞かば、いくつ聞こえたかで上卦を起こし、時数を加えて下卦とする」という趣旨のことを言っている。実際にやってみると分かるが、声音起卦は判断が難しい。何を一回と数えるか。犬が「ワンワン」と続けて鳴いたら二回か一回か。

線引きは占者が決めるしかなく、ここで迷った時点で占機は逃げている、という厳しい言い方もある。最初に「これだ」と思った数を採るのが原則で、数え直しを始めたらもう別の卦になっている、というわけだ。この直観性が梅花心易の魅力でもあり、初学者が挫折するポイントでもある。

立卦法(3)方位・文字画数・物象起卦

方位起卦は、原典では端法後天起卦と呼ばれ、相手が来た方向、あるいは物が現れた方向を卦にする。ここで使うのが後天八卦の方位配置だ。北が坎、東北が艮、東が震、東南が巽、南が離、西南が坤、西が兌、西北が乾。この配置で方位から卦を特定する。

注意すべきは、卦を特定するのは後天方位だが、その後の計算に使う数は先天数だという点だ。たとえば人が北から来たら卦は坎、計算に使う数は坎の先天数六。ここを後天数の一で計算してしまうと全部ずれ、多くの入門者がつまずくのがまさにここなんだよな。端法の基本形では、目に入った物や人の象を上卦、その方位を下卦とする。

上卦の数と下卦の数に時支の数を足して六で割り、余りが動爻。たとえば西の方角から刃物を持った人が来たら、刃物は兌の象で二、西は兌で二、時刻が午の刻なら七。合計十一を六で割ると余り五、五爻が動く。上卦兌、下卦兌なので本卦は兌為沢になり、文字画数起卦は、字を数に変える。

一字だけなら、その字を左右か上下に分割して、左(または上)の画数を上卦、右(または下)の画数を下卦にする。二字なら一字目の画数が上卦、二字目が下卦。三字なら一字目が上卦、残り二字の合計が下卦、四字なら前二字と後二字。五字以上なら前後で分けて、奇数のときは前を少なくする。

動爻は総画数を六で割った余り、あるいは総画数に時数を足して六で割る流儀もある。書きぶりが版によって揺れるので、自分の流儀を決めておくことになる。物象起卦は、目に見える物の個数を使う。机の上にリンゴが五つあれば五、つまり巽を上卦にして、時支の数を下卦にする。逸話の雀が落ちた話も、広い意味ではこの系統だ。

ただし何を数えるかの選択に恣意性が入りやすいので、「もっとも強く目を引いたもの」「予期せず動いたもの」を優先するという経験則がある。静止しているものより、いま動いたものを採る。これは梅花心易全体を貫く感覚だと思う。

動爻の出し方と六除法

動爻の求め方は、どの立卦法でも共通して六で割る。理由は単純で、一つの卦には爻が六本しかないからだ。だから六で割った余りが、何本目の爻が動くかを示す。余り一なら初爻、二なら二爻、三なら三爻、四なら四爻、五なら五爻、割り切れたら六爻すなわち上爻。ゼロを六に読み替えるところがポイントで、ここを間違えると全然違う卦になる。

上卦と下卦を出すときの八除法も理屈は同じだ。八卦は八つしかないので八で割る。余りゼロは八、つまり坤。この「余りゼロを最大値に読み替える」処理は、中国の術数全般で共通する作法だ。剰余がゼロということは、ちょうど一巡したということであり、一巡の終点は最後の卦にあたる、という発想になっている。

動爻が決まると、本卦のその爻の陰陽が反転して変卦ができる。同時に、動爻がどちらの経卦にあるかで体用が決まる。動爻を含むほうが用、含まないほうが体。だから六除法は「変化の予告」と「主体の決定」という二つの仕事を同時にやっている。地味な計算に見えて、実は卦の骨格を決める工程なんだよな。

流派によっては動爻を複数取ることもあり、たとえば数が多く取れたときに二つの爻を動かす、といった運用だ。ただ原典の基本形はあくまで一爻動で、これが梅花心易の設計の核心にある。一つしか動かないから、体と用がきれいに分かれ、二つ動かすと、どちらが体か分からなくなる場面が出てくる。

だから初学のうちは一爻動を固く守ったほうがいい。

体用の判定と生剋の読み

体用は梅花心易のすべてだと言っていい。動爻のない経卦が体卦、動爻のある経卦が用卦。体は占う本人、あるいは問いの主体。用は相手であり、事柄であり、環境だ。この二つの五行関係で吉凶が決まる。

判断の原則は五つあり、用が体を生じるなら大吉。外から力が流れ込んでくる形だ。体と用が比和、つまり同じ五行なら吉。仲間であり、話が通じる。

体が用を剋するなら、やや吉。自分が対象を制圧できるが、力を使うので消耗はあり、体が用を生じるなら不利。原典はこれを「気が漏れる」と言う。自分の力が外に出ていって戻ってこない。

そして用が体を剋するなら凶。外から圧力を受けて自分が削られ、この五分類、たった五つなのに実占では驚くほどよく機能する。恋愛なら「用が体を生じる」は相手から好意が来ている形。「体が用を生じる」は自分が尽くしすぎている形。

仕事なら「体が用を剋する」は仕事を捌けるが疲れる形だ。失せ物なら「体が用を剋する」は自分の手が届く場所にあるということで、探せば見つかる。同じ理屈が全然違う分野に横滑りしていくのが気持ちいい。ただし原典自身が「要は円機にあり、執すべからず」と釘を刺している。柔軟に見ろ、一つの指標に固執するな、ということだ。

実際、体が強く用が弱いか、その逆かで結論はだいぶ変わる。体卦が季節の五行に応じて旺じているか衰えているかも見る。春なら木が旺じ、夏は火、秋は金、冬は水、土用は土。体卦が旺じていれば多少剋されても耐えるし、衰えていれば助けがあっても立ち上がれない。この強弱の勘定を無視して生剋だけ見ると、しばしば読み違える。

互卦・変卦・錯卦・綜卦、そして外応と応期

一つの卦から派生する卦が四つあり、まず互卦。本卦の二爻・三爻・四爻を下卦、三爻・四爻・五爻を上卦として組み直したものだ。これは事柄の途中経過、あるいは表に出ていない事情を表す。占いで「裏で何が起きているのか」を知りたいときは互卦を見る。

変卦は、動爻の陰陽を反転させた卦。事柄の最終的な行き先を示す。本卦が現在、互卦が過程、変卦が結果。この三段構えで時間軸が描けるのが梅花心易の便利なところだ。錯卦は全六爻の陰陽をすべて反転させたもので、物事の完全な裏面や、まったく逆の立場から見た景色を表す。

綜卦は卦を上下ひっくり返したもので、相手側から見た同じ状況を意味する。錯綜という言葉はここから来ている。実占では互卦と変卦を主に使い、錯卦綜卦は行き詰まったときの補助に回すことが多い。外応は、梅花心易でいちばん独特な概念だ。占っているその瞬間、周囲で起きたことを判断材料に組み込む。

相談中に電話が鳴った、湯呑みが倒れた、外で救急車が通った、誰かが入ってきた。これらを卦の象と重ねて読む。原典では三要十応という枠組みで語られる。目に見えるもの、耳に聞こえるもの、心に感じたものがある。それに天時・地理・人事・時令・方卦・動物・静物・言語・声音・五色といった応の種類がある。

外応の使い方は、卦の読みを補強するか、修正するかだ。

体を助ける象が現れれば読みは強まる。体を剋す象が現れれば読みは弱まる。たとえば体が金の卦で、占っている最中に金属音が鳴れば、金が補強された。逆に火の象が現れれば、火剋金で不利に傾く。これは理屈というより感覚の世界に近く、だからこそ占者の力量差が露骨に出る。

応期、つまり「いつ起きるか」の読み方はいくつかある。もっとも素朴なのは卦の数をそのまま日数や月数に当てる方法。用卦の先天数を取る流儀、成卦の総数を取る流儀がある。もう一つは、体卦を生じる五行が当令する時期を取る方法。体が木なら、木を生じる水の時期、つまり冬や亥子の月日を応期とする。

さらに原典には動静による調整がある。相談者が歩いている最中の占なら事は速く動くので数を半分に、座っている最中なら遅いので倍に、立っているならそのまま。この身体感覚を時間に翻訳する発想が面白いんだよな。

実占例を二件、数字を追いながら

以下はすべて架空の設定だ。実在の人物や事件とは関係がなく、ただし数の処理は実際の手順どおりに、辻褄が合うように追いかける。一件目。二〇二六年八月七日、午後三時すぎ。

友人のAさんが座って話しながら、転職すべきか迷っていると言い出した。年月日時起卦でいく。二〇二六年は丙午年なので、午は十二支の七番目、年数は七。月は八、日は七、時刻は午後三時なので申の刻、申は九番目で時数は九。

上卦は七+八+七で二十二、二十二を八で割ると二余り六、六は坎、上卦は坎の水、下卦は七+八+七+九で三十一だ。三十一を八で割ると三余り七。

七は艮、下卦は艮の山、本卦は水山蹇、動爻は三十一を六で割って五余り一。初爻が動く。初爻は下卦の艮にあるので、用卦は艮の土、体卦は上卦の坎の水。

土剋水で用が体を剋しており、これは凶の形だ。外から圧力がかかり、主体が削られる。蹇という卦名がまた「足が進まない、難儀」の意味なので、卦名と体用がきれいに一致している。転職の話でいえば、動きたいのに動けない、外側の条件が本人を押し止めている形だ。

互卦を見る。水山蹇の六爻は下から陰・陰・陽・陰・陽・陰。二三四爻を取ると陰・陽・陰で坎、三四五爻を取ると陽・陰・陽で離、互卦は上が離、下が坎で火水未済。

まだ渡り終えていない、という卦だ。過程はまだ完了しておらず、ただし下互の坎は体の坎と比和なので、身近なところに味方はいる。上互の離の火は、体の水が剋す側なので、致命傷にはならず、変卦。

艮の初爻が陰から陽に変わると、下卦は陽・陰・陽で離になり、変卦は上が坎、下が離で水火既済。渡り終えた、完成した、という卦だ。体の坎水が変卦下卦の離火を剋しているので、最終的には主体が状況を制圧する形になる。結論はこうだ。

いま動くのは不利で、外的な条件が本人を押し止めており、ただし過程を辛抱すれば形は整う。身近な人の支えは実在する。応期は用卦の艮の先天数七を基準に取り、Aさんは座って相談していたので数を倍にして十四。占った日から十四日後、八月二十一日前後に何らかの動きが出る、と読む。

艮は東北と丑寅を象るので、東北方向の職場か、丑や寅の日に転機が来る、という補足もつけられる。二件目。同じ週の夕方、Bさんが歩きながら電話をかけてきて、家の鍵をなくしたと言う。数字起卦でいく。思いついた数を三つ言ってもらったら「二、五、七」だった。

上卦は二で兌の沢。下卦は五で巽の風、本卦は沢風大過、動爻は二+五+七で十四、十四を六で割って二余り二。二爻が動く。

二爻は下卦の巽にあるので、用卦は巽の木、体卦は兌の金。金剋木で体が用を剋しており、やや吉、探せば手が届く形だ。失せ物占では、体が用を剋すなら「見つかる」と読むのが定石になっている。互卦を出す。

沢風大過の六爻は下から陰・陽・陽・陽・陽・陰。二三四爻は陽・陽・陽で乾、三四五爻も陽・陽・陽で乾、互卦は乾為天、乾は金なので、体の兌金と比和。

しかも上下とも乾で金が非常に厚い。これは体を強く支える形で、見つかる見込みは高い。変卦。巽の二爻が陽から陰に変わると、下卦は陰・陰・陽で艮になり、変卦は上が兌、下が艮で沢山咸。

艮は土で、土生金だから変卦が体を生じており、最終的に良い形で決着する。象から場所を絞る。艮は山、門、箱、止まっているもの、方位では東北。乾は金属、円いもの、高いところ、車。

兌は口の開いた器、窪み。これらを重ねると、東北側にある箱か棚、あるいは玄関まわりの物入れ、そこに置かれた金属や口の開いた容器の中、という像が立つ。占っている最中に外で自転車のベルが鳴ったので、これを外応として拾う。ベルは金属音で、体の兌金と乾金をさらに補強し、金属製の何かのそばだ、という読みが強まる。

応期は用卦の巽の先天数五を基準に取る。Bさんは歩きながら電話していたので数を半分にして二・五。二日半、つまり明後日の昼までには出てくる、と読む。実際にどうだったかは架空なので書かないが、手順としてはこれで一貫している。数の出所、体用の判定、互変の確認、象からの場所推定、外応の補強、応期の算出。

この六工程を毎回きちんと踏むことが、梅花心易を上達させる唯一の道だと思う。

日本での受容、流派差、心得と禁忌、そして懐疑論

日本に梅花心易が入ってきた時期ははっきりしないが、江戸期の易学の隆盛のなかで知られていたのは確かだ。ただし江戸の易者の主流はあくまで周易である。新井白蛾や真勢中州といった大家の関心は卦爻辞の解釈と略筮法の整備にあった。梅花心易が独立した術として日本で存在感を持ったのは、むしろ近現代に入ってからだと思われる。戦後、断易とともに実占技術として紹介され、道具がいらない手軽さから広まった。

現在は入門書も出ているし、講座を開いている団体もある。「梅花心易」という日本語表記自体が、この受容の過程で定着したものだ。流派差もそれなりにあり、暦を旧暦で取るか新暦で取るか。動爻を一つに限るか複数取るか。

応期の算出に用卦数を使うか成卦総数を使うか。外応をどこまで積極的に取り込むか。体卦の旺衰を月建で見るか節気で見るか。このあたりは教える人によって違う。厄介なのは、どの流儀も「原典にこう書いてある」と言えてしまうことだ。

テキストが雑多な寄せ集めなので、根拠になる文がだいたいどこかに見つかる。だから流派論争は決着せず、自分で記録を取って検証するしかない。心得と禁忌についても触れておく。まず、同じ件を何度も占わない。

これは易占全般の鉄則で、一度出た答えが気に入らないから引き直す、というのがいちばんやってはいけない。梅花心易は道具がいらないぶん何度でも立て直せてしまうので、この誘惑が強い。次に、動機のない占いをせず、占機が動いていないのに卦を立てても、拾った数はただの数字だ。原典も「動きがあってはじめて占う」という趣旨のことを繰り返している。

そして、生死や余命を軽々に断じない。これは倫理の問題でもあるし、そもそもそういう問いに術は答えを持っていない。医療の判断、法律上の争い、資産の運用について、卦を根拠に決めるのはやめたほうがいい。専門家に相談したうえで、迷いを整理する補助として使うくらいがちょうどいい。最後に懐疑論を正面から書いておく。

梅花心易が当たるように見える仕組みは、心理学の言葉でかなりの部分が説明できてしまう。まず八卦の象が異常に広い。乾は天であり父であり金属であり車であり円いものであり頭である。これだけ意味の幅があれば、後から起きた出来事のどれかに必ず引っかかる。バーナム効果の教科書的な条件が揃っている。

次に確証バイアス。当たった占例は逸話として語り継がれ、外れた占例は誰も記録しない。観梅の逸話が残って、邵康節が外した何百の占いが残っていないのは、そういうことだろう。さらに、外応という仕組みは反証を極めて困難にする。読みが外れたときに「外応の取り方が甘かった」「占機が動いていなかった」と言えば、術そのものは無傷で済む。

理論が反証可能性を持たないなら、それは科学的な意味での知識ではない。この批判は正当だと思う。そのうえで、それでもこの術に価値があるとしたら、それは「未来を知る」機能ではなく「注意を再配分する」機能のほうだろう。卦を立てるという行為は、目の前の状況を八つのカテゴリで強制的に分類し直すことだ。体と用に分けることで、自分の問題と他人の問題を切り分けさせられる。

互卦を見ることで、見えていない過程を想像させられ、外応を取ることで、無視していた周囲の情報に目が向く。占いが当たるのではなく、占いのフォーマットが思考を整理する。梅花心易の実用性は、案外そのあたりにあるんじゃないか。少なくとも自分はそう考えている。

ここまで立卦法から懐疑論まで一通り並べてきた。あらためて全体を俯瞰すると、梅花心易という術の本質は「偶然を情報に変換する装置」という一点に集約される。ここをもう少し掘り下げておきたい。世界には常に膨大な偶然が発生しており、何時何分に人が来るか、犬が何回鳴くか、どの数字が口をついて出るか。通常これらは意味を持たないノイズとして処理される。

梅花心易がやっているのは、そのノイズに強制的に文法を与える作業だ。八で割れば必ず八卦のどれかになり、六で割れば必ず爻のどれかになる。つまりこの術は、あらゆる偶然を六十四卦かける六爻という有限の意味空間に写像する関数として設計されている。邵雍が加一倍法で八卦に番号を振ったことの本当の意味は、ここにあったんじゃないかと思う。

数と象のあいだに全単射に近い対応をつけたから、世界のどんな断片も卦に翻訳できるようになった。哲学的な仕事が、そのまま術の技術基盤になっている。この視点から見ると、体用という概念の位置づけも変わってくる。体用は単なる吉凶判定のルールではなく、写像された情報に「主体」という座標軸を後から差し込む操作だ。

偶然から出てきた二つの卦には、本来どちらが自分でどちらが相手かという区別がない。そこに動爻という一点を打ち込むことで、非対称性が生まれ、動いたほうが用、動かないほうが体。動く側を外部と見なし、動かない側を自己と見なす。この割り当ては論理的必然ではなく、一種の約束にすぎない。

だが約束を置いた途端、無意味だった二つの卦が「自分と世界の関係」という物語に変わる。梅花心易のドラマ性は、この一点の打ち込みから生まれており、互卦と変卦の役割も、同じ枠組みで整理できる。本卦だけでは時間が止まっている。互卦を取り出すことで「いまここに至るまでの隠れた経緯」が、変卦を取り出すことで「これから向かう先」が仮設される。

一枚の静止画から、過去・現在・未来の三コマ漫画を生成しているわけだ。しかも互卦は本卦の内部から取り出されるので、外部情報をまったく加えずに物語の厚みだけが増える。これは情報理論的にはおかしなことで、新しい情報は一切増えていない。増えているのは解釈の自由度のほうだ。この「情報を増やさずに解釈を増やす」構造こそが、術数一般に共通する仕掛けなんだと思う。

外応の扱いについても、もう一歩踏み込んでおきたい。外応は術の弱点であると同時に、たぶん最大の実践的価値でもある。弱点である理由は前節で書いたとおりで、反証を無効化してしまうからだ。だが実践的価値のほうを言えば、外応は占者に「いま、この場を観察せよ」と強制する。卦の計算に没入していると、目の前の相談者の表情も、部屋の空気も見えなくなる。

外応というルールは、計算から顔を上げて周囲を見ろという指示に等しい。相談者が話しながら指輪をいじっている、声が途中で詰まった、窓の外で急に風が出た。それらを卦に組み込むかどうかはさておき、観察すること自体が読みの精度を上げる。占術の世界で「よく当たる」と言われる人が、たいてい異常に観察力が高いのは偶然ではないだろう。外応という概念は、その観察を術の内部に制度化したものだと理解できる。

史料の問題にも戻っておく。『梅花易数』が邵雍の著作でないことは、この術を学ぶうえで実はプラスに働く面がある。仮に邵雍本人の著作だったら、記述の一言一句が聖典として扱われ、解釈学に閉じこもっていたかもしれない。寄せ集めの実務書だと分かっているからこそ、読み手は取捨選択できる。効く技法を残し、効かない記述を捨てる。

この態度が取れるのは、テキストの権威が中途半端だからだ。皮肉な話だが、仮託の書であることが術の柔軟性を保っている。日本の実占家が新暦を平気で使ったり、独自の応期算出を編み出したりできるのも、原典を絶対視しなくていい下地があるからだろう。最後に、この術との付き合い方について。梅花心易は道具がいらない。

だから電車の中でも、会議の途中でも、寝る前でも卦が立つ。この手軽さは諸刃の剣だ。何かあるたびに卦を立てて、その結果に一喜一憂するようになると、自分で決める力がどんどん痩せていく。占いに依存する人が最初に失うのは、判断力そのものではなく「決めたことに責任を持つ感覚」のほうだ。卦が悪かったから動かなかった、と言えてしまうと、動かなかった責任は誰のものでもなくなる。

それはまずい。健全な使い方があるとすれば、決断の前ではなく、決断の後に立てることかもしれない。すでに決めたことについて卦を立て、体用の形を見て「自分はいま何を消耗する立場にいるのか」を確認する。互卦を見て「見落としている経緯はないか」と自問し、応期を出して「この期間だけは様子を見よう」と区切る。

答えをもらうのではなく、問いを増やすために使う。八卦の象は世界を八通りに切り分ける粗いレンズだが、粗いからこそ普段見えないものが引っかかる。梅の花の下で雀が落ちるのを見た男が本当に翌日の出来事を当てたかどうかは、正直どうでもいい。大事なのは、雀が落ちたことに気づいて足を止めた、その一点だ。世界は絶えず何かを差し出している。

それを拾う習慣を作るための装置として、この古い術はまだ十分に使える。占いを信じるかどうかとは別に、そういう使い道はあると思う。

タイトルとURLをコピーしました