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出雲の縁結び参りの作法 稲佐の浜の砂から四拍手、瑞垣の左回り、鏡の池の占い、授与品の返納まで

出雲大社の八足門の前では、手を打つ音が四つずつ続く。出雲の参り方は拍手の数だけじゃなく、回る向きも砂のもらい方も独特だ。浜で砂を取るところから、松江の池に紙を浮かべ、持ち帰ったお札を返すところまで、順番どおりに並べていく。

国を譲った大国主が見えない結びを預かった

出雲大社の祭神は大国主大神、つまりだいこくさまだ。社の由緒では、国づくりを終えた大神は天照大御神に国を譲り、その代わりに目に見えない世界を治めて「むすび」の力で人の幸せを導く役を任された、と説明している。日本書紀の一書には、大己貴神の「吾は退りて幽事を治めむ」という返事が載っていた。表の政は天孫に渡し、見えないことは自分が引き受ける、という宣言だ。

人と人の巡り合わせは、昔の人にとってまさに見えない側の話だった。だから縁を頼むなら出雲、という発想が自然に出てくる。社の問答は、縁結びを男女の縁に限らず「人々を取り巻くあらゆる繋がりのご縁」だとはっきり書いていた。仕事の相手も住む土地も、この神様の受け持ちに入るわけだ。

旧暦十月、全国の神々が出雲に集まって人の縁を話し合う、という言い伝えもある。よその土地では神無月、出雲では神在月。参る時期を選ぶときの手がかりになるので、あとの節で日取りを具体的に書いた。

稲佐の浜で砂を一つかみ取ってから大社へ向かう

素鵞社で御砂をいただくつもりなら、最初に寄るのは大社じゃなく稲佐の浜だ。社の問答では、稲佐の浜の砂を掻き採ってから素鵞社を参り、供えた砂と引き換えに御砂をいただいて帰る、という順番になっていた。浜は大社から西へ八百メートルほど。歩いても十五分くらいで着く。

用意するのは、砂を入れる小さな袋か蓋つきの容器を二つ。一つは浜の砂を運ぶ用、もう一つは素鵞社でいただく御砂を持ち帰る用だ。量は手のひらに一つかみで足りる。欲張って袋いっぱいに詰めるものでもない。

浜の沖には小さな弁天島が見える。砂は波の届かない乾いたところからすくったほうが、袋の中で重くならずに済む。すくったら口をしっかり閉じて、かばんの底へ入れておく。

時間の読みも先にしておきたい。出雲大社の参拝は午前六時から午後七時まで。素鵞社だけは午後四時半で閉まる。浜に寄ってから境内を一周するとそれなりに時間を食うので、午後に着くなら浜を先に済ませて急いだほうがいい。

午後七時を過ぎると、境内の奥へは入れない。社の案内だと、参拝時間の外は銅鳥居の前で拝むだけになっていた。夜に着いた日は銅鳥居の前で四拍手を打って引き上げ、砂の交換は翌朝に回す。素鵞社は朝の六時から開いているので、朝いちばんに浜へ寄ってから来れば人も少ない。

勢溜の鳥居から祓社、松の参道を両脇で下る

正門は勢溜の大鳥居。ここから本殿へ向かう参道は、よその神社には珍しい下り坂になっていた。鳥居の前で一礼してくぐり、坂を下りきる手前の右手にある祓社へ寄る。

祓社は祓戸の神々を祀る小さな社で、本殿へ向かう前に身の穢れを祓ってもらう場所だ。素通りする人が多いけど、順番としてはここが最初になる。二礼四拍手一礼で拝んだら、祓橋を渡って松の参道へ入る。

松並木の参道は、真ん中が松の根を守るために歩けないようになっている。両脇を歩く。途中には、兎に手を差しのべる大国主の像と、海から寄る幸魂奇魂を迎えるムスビの御神像が立っていた。像の前で立ち止まるかどうかは好みでいい。

手水舎で左手、右手、口の順に清め、最後に柄杓の柄を洗って戻す。そのまま寛文六年に毛利綱広が寄進した青銅の鳥居をくぐると、拝殿が見えてくる。拝殿で一度拝み、その奥の八足門へ進む。一般の参拝者が本殿にいちばん近づけるのが、この八足門だ。

胸の前で右手を少し下げ、四つ打つ

出雲大社の拝礼は二礼四拍手一礼。本殿でも、境内の摂社や末社でも同じだ。社の問答によると、四拍手は五月十四日の例祭で打つ八拍手の半分で、ふだんの参拝の作法になる。八は無限を表す数で、例祭の日だけは限りない拍手で神を讃える、という説明だった。

手の動きはこうなる。賽銭を入れたら背筋を伸ばし、腰を深く折る礼を二回。胸の高さで両手を合わせ、右手を少し下げてから四回打つ。打ち終えたら指先をそろえて合わせ直し、願いを伝える。最後に深く一礼して下がる。

四つ目を打ったあと、すぐに願いに入らなくていい。音が消えるのを待って、心の中で住所と名前を名乗ってから願いを言う人が多い。出雲では結びたい縁の中身を具体的に言ったほうが話が早い、と考える人もいるらしい。

賽銭の額は気にしなくていい。社の問答は、金額や語呂合わせで祈りの心が左右されるものではないと言い切っていた。五円でご縁、みたいな話はあくまで遊びだ。

幸魂奇魂の神語を三度唱える

拍手のあとに唱える言葉を探しているなら、出雲大社教の神語がある。原文は「幸魂奇魂守給幸給」。読みは「さきみたま くしみたま まもりたまえ さきはえたまえ」だ。

ざっくり言えば、幸魂と奇魂よ、お守りください、幸せをお与えください、という意味になる。日本書紀の一書で、国づくりの途中で一人になった大己貴神のもとへ海を照らして寄ってきた神が「吾は是汝が幸魂奇魂なり」と名乗った。その話がこの言葉の元になっている。

唱える回数は三回とする案内が多い。節をつけてゆっくり伸ばす唱え方もあると聞く。八足門の前なら、四拍手のあと手を合わせたまま小声で三回、というのが無理のないやり方だ。周りに人が多いときは口の中だけで唱えてもいい。

八足門で拝んだら瑞垣を左へ回る

八足門で本殿を拝み終えたら、本殿を囲む瑞垣の外周を回る。社の問答には、御本殿周辺の垣を左回りに進んで各御社殿を参るように、と書いてあった。時計の針と逆向きだ。どの社でも二礼四拍手一礼で拝む。

八足門を背にして左回りなので、最初は東側へ出る。東の十九社は、神在月に全国の神々が泊まる宿の片割れだ。ここで一度拝む。本殿の裏手へ回ると釜社があり、食物の神の宇迦之魂神を祀っている。食べていけるかどうかも縁のうちなので、ここも飛ばさない。

その奥、八雲山のすそに素鵞社がある。背後の八雲山は人が入らない山で、社の裏はしんと静まっていた。素鵞社の拝み方と砂のことは次の節で書く。

素鵞社から西側へ回ると、本殿の横腹が見える。本殿は南向きなのに、中の御神座は西を向いて据えられていた。八足門から拝むと神様の横顔に向かって手を合わせている形になるので、瑞垣の西側には御神座の正面から拝める場所が設けてある。ここでもう一度、四拍手で拝む。

西側の氏社、西の十九社と拝んで進むと、瑞垣を一周したことになる。八足門へ戻って軽く一礼し、参道を引き返す。各社で立ち止まって拝むので、時間には余裕を持たせておく。

素鵞社の縁に浜の砂を供え、御砂を少しいただく

素鵞社の祭神は素戔嗚尊。本殿の真後ろ、瑞垣の外に建っている。社の問答によると、境内で御砂を持ち帰ってよいのはこの社だけだ。ほかの社では取らない。

手順は短い。最初に社殿の前で二礼四拍手一礼。拝み終えたら社殿の裏手へ回り、社殿の床下の縁に御砂が置かれているので、稲佐の浜から持ってきた砂をそこへ供える。供えたら、前からある御砂を少しだけいただいて、持ち帰り用の袋へ入れる。

持ってきた砂を置いて、置いてある砂をもらう。交換だ。手ぶらで来て取るだけだと、順番が逆になってしまう。浜に寄りそびれたなら、その日は御砂をいただかずに拝むだけにして、次の機会に回すのが筋だろう。

持ち帰った御砂の使い方は、社の問答だと、お守りにする、家の敷地や田畑に撒いて清めて神のご加護を願う、の二つが挙がっていた。小袋に入れて身につけるなら、お守りと同じ扱いでかばんに入れる。屋敷に撒くなら、家の敷地に少しずつ撒く。田畑に撒く使い方は、暮らしの大半が農作業だった時代の信仰がそのまま続いている形だ。

注連縄に硬貨を投げない、銅鳥居をなで回さない

神楽殿の大注連縄は長さ十三・六メートル、重さ五・二トンある。あれに下から硬貨を投げ上げ、房に刺さったら縁起がいい、という遊びが一時期はやった。社の問答はこれをはっきり否定している。

注連縄は神の鎮まる場所を示して結界する神聖なもので、そこへ賽銭を投げるのは神に失礼になる、という答えだった。縁起担ぎのつもりで結界に物をぶつけることになる。見上げて拝むだけにしておく。

もう一つ、銅鳥居を触りながら回ると金回りがよくなる、という話もある。社はこれも創作で、古くからの信仰ではないと書いていた。境内で広まっている話でも、社が認めていないものはやらなくていい。

社務所で縁結びの御祈祷を申し込む

八足門の前で自分で拝むだけでなく、神職に祈祷をあげてもらうこともできる。社の案内では、申し込みの受付が午前八時四十分から午後四時まで、祈祷は午前九時十五分から午後四時半まで。時間を区切らず随時奉仕していて、予約は受けていない。行ってその場で申し込む形だ。

祈祷料は五千円、八千円、一万円以上の三つから、気持ちで選んで納める。のし袋か白い封筒に「初穂料」と書き、下に名前を書いて包む人が多い。団体だと料金が変わるので、社務所へ電話で尋ねるよう案内していた。

受付で渡される申込書には、住所、名前、数え年、願意を書く。数え年は生まれた年を一歳として、正月ごとに一つ足す数え方だ。願意は「良縁」「縁結び」のように、祈祷で読み上げられても分かる短い言葉にしておく。

受けた人の案内では、申し込むと始まる時刻を告げられ、控え室で待つ流れになるらしい。白い清掛を首にかけて拝殿へ上がり、住所と名前と願いが読み上げられる。終わると御神札のほか、お米やお神酒を授かることがあるという。服装は決まりこそ無いけど、拝殿に上がるので、露出の多い服は避けて落ち着いたものにしたほうがいい。

授かった御神札は、帰りの道中も折れないよう紙袋のまま平らに持つ。お守りや御神札だけ受けるなら、授与所は午前六時半から午後七時まで開いていた。祈祷を受けた日も、そのあと瑞垣を回る順路は同じだ。

神在月に参るなら日取りと時刻を先に押さえる

神在祭は旧暦十月に行うので、新暦の日付は毎年ずれる。令和八年の出雲大社の案内だと、神迎神事と神迎祭が十一月十八日の午後七時。神在祭は十九日の午前九時に始まり、二十三日の午前十時に献穀祭と神在祭と縁結大祭が重なる。二十五日の午前十時にも神在祭と縁結大祭があり、同じ日の午後四時が神等去出祭だった。

神迎神事は稲佐の浜で行う。暗い浜で御神火を焚き、神籬を立て、龍蛇神を先導役に海から来る神々を迎える。そのあと行列が大社へ向かい、神々は十九社に宿る。浜には大勢の人が集まるので、夜の日本海の風に備えて上着を一枚多めに持っていく。

見学のときに知っておきたいことがある。出雲観光協会の案内だと、神在祭への参列は出雲大社から案内のあった人に限られ、一般の参拝者は拝殿の外から拝む形だった。神迎えの夜は稲佐の浜から宮内にかけて交通規制が敷かれ、午後六時半から八時まで歩行者専用になった年もある。車より一畑電車やシャトルバスを使うよう呼びかけていた。

神迎えの日とその翌日は、出雲市内から大社まで二、三時間かかることもあると観光協会は書いていた。一般の車は駐車場の予約ができない。行くなら午後の早いうちに着いて、先に昼の参拝と素鵞社の砂の交換を済ませておくと、夜の浜まで慌てずに動ける。

期間中に参るなら、ふだんの順路に十九社での拝礼をしっかり入れる。十九社は神々の宿なので、東西の二棟でそれぞれ二礼四拍手一礼で拝む。例年は期間中の夕方五時から神楽殿で夜神楽の祈祷もあげていて、ふだんの祈祷と別に申し込める年があった。

出雲大社教の分院の案内だと、神迎祭の翌日の午前十一時からは龍蛇神講大祭があり、神々の先導役を務めた龍蛇神のおかげに結んでもらう祭りをしていた。龍蛇神は水と雨と豊穣の神として、農家や漁師から篤く拝まれている。神在月に参るなら、この祭りの日に合わせる手もある。

土地の人は、この期間をお忌みさんと呼んで静かに過ごしてきた。歌や踊りを控え、家も建てない。境内でも大声を出さず、浜では神籬や火に近づきすぎないようにする。神等去出祭で神職が「お立ち」と声をかけると、神々は出雲を発つ。

縁結大祭に参列する段取り

神在祭の期間には、縁結大祭という祭りがある。令和八年は二十三日と二十五日の二回だ。一般の人が参列できる祭りで、例年は申し込みが要る。参拝の案内をまとめた記事だと、往復はがき一枚につき本人一人の名前で申し込み、名前、住所、電話番号、参列を望む日を第一希望と第二希望まで書く形だった。家族や友人と行くなら、一人ずつはがきを出すことになる。

申し込みの時期と宛先は、神在祭のひと月ほど前に社のお知らせに出るのが例年の流れだ。締め切りが早いので、秋口から社の案内を見ておく。参列が決まると通知のはがきが届く。

当日は通知はがきを持って、銅鳥居の前の受付へ行く。例年は午前八時ごろから受け付けていて、祈祷料五千円をそこで納める。祈念の絵馬を受けて願いを書き、係の案内に従って参列する。服装は社が「失礼のない服装で」と求めているので、祈祷のときと同じく落ち着いたものにする。

八重垣神社では先に拝殿を拝み、占い用紙を受ける

出雲大社で縁を頼んだら、松江の八重垣神社まで足を延ばす人が多い。松江駅の五番乗り場から市営バスの八重垣神社行きで二十二分ほど。祭神は素戔嗚尊と稲田姫命の夫婦神だ。

社の説明だと、素戔嗚尊は大蛇退治のとき稲田姫を佐久佐女の森に隠し、八重の垣を巡らせて守った。稲田姫が隠れている間に飲み水にし、姿を映したのが奥の院の鏡の池だ。境内の夫婦椿は、稲田姫が立てた二本の椿が芽吹いて地上で一体になったものと伝わる。

占いの前に、最初に拝殿で参拝を済ませる。作法は二礼二拍手一礼でいい。出雲大社の四拍手はあの社の作法なので、ここではよその神社と同じにしておく。

拝んだら、授与所で占い用紙を受ける。一枚百円だった。重ねてある用紙は上から順に取るもので、選ばないほうがいい、という案内もある。

用紙を受ける時間は、島根県の観光案内だと午前九時から午後五時まで。予約は要らない。硬貨は十円玉か百円玉を一枚、財布から出しやすいところに用意しておく。

八重垣神社で良縁成就の祈祷を受け、授与品を選ぶ

八重垣神社でも祈祷を受けられる。社の案内に並ぶ願意の最初が良縁成就で、夫婦円満や心願成就も受けていた。祈祷料は五千円からだった。受付の時間や予約の要否は社のページに載っていないので、行く前に社務所へ電話で確かめておく。

授与品は縁に関わる物が多い。縁結御守が五百円、縁むすび糸守とえんむすび貝守が八百円、縁結開運の木札が千円。絵馬は大が八百円、小が五百円だった。絵馬に願いを書いたら、境内の絵馬掛けに結んで帰る。

占いの紙と同じく、ここで受けたお守りも持ち歩いて使う。一年ほどたったら八重垣神社へ返しに行くか、行けなければ受け入れてくれるかを社に尋ねてから送る。

鏡の池に紙を浮かべ、硬貨をのせて沈むのを待つ

用紙を持って拝殿の裏の道を奥へ歩き、佐久佐女の森に入る。杉の木立の中に鏡の池があり、そのほとりに稲田姫命を祀る天鏡神社が建っている。池の前に立ったら、紙を両手で持って水面にそっと浮かべる。

浮かんだ紙の真ん中に、十円玉か百円玉を静かにのせる。社の案内はここまでで、あとは祈りながら待つだけだ。しばらくすると水を吸った紙に、占いの言葉が浮き出てくる。沈み始めると読めなくなるので、文字が出たら先に読んでおく。

読み方は二つ。一つは沈むまでの時間で、十五分以内に沈めば縁が早く、三十分以上かかれば縁の訪れはゆっくりと読む。もう一つは沈んだ場所で、自分の立つ岸の近くなら身近な人、遠くで沈めば遠くにいる人との縁を表す。紙が池の真ん中へ流れていくと、見ている側はちょっとはらはらする。

占う中身は恋愛や結婚に限らない。社の案内は、いろいろな縁や願い事を占ってよく、家族や友人の代わりにその人を思いながら占うこともできる、と書いていた。自分の縁だけを握りしめて行く必要はないわけだ。

三十分待っても沈まないと、さすがに落ち着かなくなる。でも遅いのは縁が無いという意味じゃない。来るのがゆっくりだというだけの読み方だ。池にはイモリがいて、紙の上を通ると縁起がいい、という話も残っていた。

糸とお守りは身につけ、御神札は南か東へ向けて祀る

授かった物は家に帰ってからの扱いで迷う。出雲大社の分院が紹介している縁むすびの糸には、身近の衣服などに使うように、知り合いにも良い縁が結ばれるよう分けてあげてください、という添え書きがあった。上着の裏やかばんの持ち手に縫いつけたり結んだりして、持ち歩く使い方になる。八重垣神社にも縁むすび糸守があり、初穂料は八百円だ。

お守りは、かばんや上着の内ポケットなど、いつも持ち歩く物に入れる。引き出しの奥にしまうと、持っていること自体を忘れてしまう。素鵞社の御砂を小袋に入れたものも、同じ扱いでいい。

御神札は神棚に納める。島根県神社庁の案内だと、神棚は南向きか東向きに据え、目線より高い場所に置く。扉が三つある宮形なら、中央に神宮大麻、向かって右に氏神様、向かって左に崇敬する神社のお札を納める。出雲大社の御神札は崇敬神社の位置に入る。扉が一つなら、手前から神宮大麻、氏神様、崇敬神社の順に重ねる。

神棚が無い家でも、目線より高い清潔な棚に白い紙を敷いて立てれば祀れる。朝に二礼四拍手一礼で拝み、神語を三回唱えるという出雲流の拝み方を家でも続ける人がいる。水と米と塩を供えるなら、毎朝か、月の一日と十五日に取り替える家が多い。

一年たったら古いお札とお守りを返しに行く

役目を終えた御神札やお守りは、受けた社へ返す。ごみには出さない。出雲大社の境内には納め所があり、そこへ納めれば焼納祭でお焚き上げをしてくれる、と社の問答に書いてあった。

返す時期は、神社本庁の案内に沿えば一年が目安だ。年の暮れに神棚を掃除して新しいお札に替え、古いお札は一年守ってもらった礼を言ってから、受けた神社の納所へ納める。願いが叶ったなら、お礼参りを兼ねて返しに行ってもいい。

遠方で出雲まで返しに行けないときは、郵送でもよいと社が書いていた。宛先は島根県出雲市大社町杵築東百九十五番地、出雲大社社務所。古いお札やお守りを封筒に入れ、返納の品だと一筆添えて送る。よその神社の納め所へ持ち込む人もいるけど、受け入れるかどうかは社ごとに違うので、先に尋ねてからにする。

出雲まで行けないときは郵便で祈祷を頼む

出雲大社は郵便での祈祷の申し込みも受けている。社のお知らせの手順だと、ご祈祷申込書に必要なことを書き、祈祷料を添えて現金書留で送る。数え年や厄年は社が載せている早見表で確かめられた。

祈祷料は五千円、八千円、一万円以上の三つで、送料込みの額だ。宛先は出雲大社社務所の祈祷係。祈祷が済むと、御神札が郵送で届く。御神札やお守りだけが欲しいなら、申込書か分かりやすいメモに品名を書き、初穂料と手数料を添えて御守係宛に現金書留で送る。

郵送で受けた授与品を転売したり、景品に使ったりするのは社がはっきり禁じていた。自分や家族のために受けるものだ。届いた御神札は前の節のとおり神棚に納め、出雲の方角を思い浮かべながら四拍手で拝めばいい。

近くに出雲大社教の分祠や分院があるなら、そこへ参って祈祷を頼む手もある。埼玉、相模、米子などに置かれていて、神在月には各地の分院でも祭りをしていた。神語を紙に書いて納める神語奉書を受けている教会もあり、書いた神語は例年六月の教団の大祭で大神の前に納められる、と案内していた。

ちなみに三河にある出雲大社の教会の案内だと、神語奉書にかかる時間は三十分ほどで、初穂料は千円から。書いているあいだに、八文字の並びと読みが自然に頭へ入ってくる。出雲まで行く日取りが立たない年は、こういう形で縁を頼んでおくのも一つのやり方だ。家で唱える神語も、一度書いておくと読み違えなくなる。

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