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キルリアン写真とオーラ撮影、青紫の光が占いになるまでの道筋

1939年、ソ連の病院で修理工が見た「ピンクの閃光」

話はまず、一台の壊れた医療機器から始まる。1939年、ソ連南部の街クラスノダール。ここの病院に、電気機器なら何でも直すと評判の男が出入りしていた。名前をセミヨン・ダヴィドヴィチ・キルリアンという。1898年にこの街――当時はエカテリノダールと呼ばれていた――のアルメニア系の家に生まれた男で、学歴らしい学歴はない。

ただ、子どものころから電気にだけは異常に強かった。革命前にニコラ・テスラの講演を聞いたという逸話も残っている。本当かどうかは知らない。でも、そういう話が残るくらいには「電気の人」だった。その日、彼が呼ばれたのは高周波電流を使う物理療法の装置の修理だった。

ダルソンバール電流というやつで、当時のヨーロッパでは神経痛だの何だのにガンガン使われていたのだ。要するに、患者の肌にガラスの電極を当てて高周波を流す。医者も看護師も、もう見慣れた機械だ。誰も何とも思わない。ところがキルリアンだけが、電極と患者の皮膚のあいだにチラッと走る小さな光に気づいた。

ピンクがかった、ネオン管みたいな、一瞬の閃光。ふつうの人間なら「へえ」で終わる。彼は終わらなかった。その場でこう思ったらしい。これ、写真に撮れるんじゃないか、と。

ここが全部の始まりだ。世界中のショッピングモールで青やピンクの光をまとった顔写真が売られるようになるまでの、長い長い物語の第一歩。そのスタート地点にあるのは、宇宙的な啓示でも霊的な体験でもなくて、修理工の職業病みたいな観察眼だった。

感電しながら撮った一枚が、すべてをひっくり返した

問題は「どうやって撮るか」だった。ガラスの電極では光が弱すぎるし、そもそもレンズを通した写真では写らない。そこでキルリアンは、ガラスを金属の電極に置き換えた。そのうえに感光材を置き、その上に自分の手を乗せる。レンズもカメラもいらない。

フィルムに直接、放電を焼き付ける発想だ。言うまでもなく、これは正気の沙汰ではない。家庭用のコンセントとは桁の違う電圧を、生身の手のすぐ下に走らせるわけだから。実際、彼は重度の電気やけどを負っている。それでも彼は撮った。

そして手に入れたのが、指先から無数の細い光条が噴き出しているような、あの一枚だった。手のシルエットの縁から、青白い針みたいな光がびっしり生えている。見た瞬間、誰でも同じことを思う。何かが体から出ている、と。もっとも、この人が三十年も走り続けられたのは、隣にヴァレンチナがいたからだ。

ヴァレンチナ・フリサンフォヴナ。1930年に結婚した妻で、もとは教師であり、文章を書く人でもあった。彼女は夫の思いつきを記録し、整理し、意味づけ、外に伝える役をやった。実験そのものにもがっつり関わっている。キルリアン夫妻、という言い方が定着しているのは飾りじゃない。

技術屋一人では、これはただの珍しい放電写真で終わっていた。夫妻はまずコインを撮った。次に木の葉を撮ったのだ。それから自分たちの手を撮った。ここで決定的な違いに気づく。

コインは何度撮っても同じ絵になるのに、葉や手は撮るたびに違う。しかも生きた葉としおれた葉では、光り方がまるで別物だった。夫妻は光学フィルターまで自作して、撮るだけでなくリアルタイムで放電を覗けるようにした。彼らの記述によれば、手の周りに小さな花火大会が広がっているように見えたという。このあと夫妻は、キッチンを実験室にしたような環境で研究を続ける。

1949年にはソ連で「高周波電流による撮影方法」の特許を取り、生涯で二十一件の発明者証を持つに至った。ただ、彼らの仕事はしばらく表に出なかった。軍事に転用できるかもしれないという判断もあって長く伏せられていたという話も残っている。まとまった科学的な発表が世に出るのは1960年代に入ってから。そこからようやくソ連国内で名前が知られ、キルリアンはロシア共和国功労発明家の称号を受ける。

ヴァレンチナは1971年に亡くなり、セミヨンは1978年、生まれ育ったクラスノダールで世を去った。世界的なブームが最高潮だったころ、当の発見者は故郷の街で静かに老いていたわけだ。

切ったはずの葉が、まるごと光った

さて、ここからが本番だ。キルリアン写真がただの物理現象で終わらず、半世紀にわたって人類を騒がせ続けることになった最大の理由。それが「ファントムリーフ効果」である。やることは単純だ。葉っぱを一枚撮る。

次にその葉のはしっこをハサミで切り落とす。切り落としたあとの、欠けた葉をもう一度撮る。すると――なくなったはずの部分が、光って写る。切り取られた領域の輪郭が、うっすらと、しかしはっきり像を結ぶ。元の葉の形が、幽霊みたいに残っている。

これがどれだけインパクトのある絵だったか、想像してほしい。物質としては存在しない部分が、写真に写る。ソ連の研究者たちはこれを「生体プラズマ」の証拠だと解釈した。カザフ国立大学のヴィクトル・イニューシンらが中心になる。物質でも場でもない第四の状態としての生体エネルギーがある、という理屈を立てていく。

西側に伝わると、解釈はもっと大胆になった。手足を失った人が失った部分の痛みを感じる幻肢と結びつけられる。さらに進んで「肉体が滅んでも魂の形は残る」という話にまで飛躍した。冷静に考えれば、葉っぱの切れ端の写真から魂の存在まではだいぶ距離がある。でも、人はその距離を一瞬で飛び越える。

しかも飛び越えさせるのが写真だというのがタチが悪い。絵じゃない、証言じゃない、写真だ。当時の感覚では、写真は「物証」だった。

一冊の本が世界に火をつけた

1970年、アメリカで一冊の本が出る。シーラ・オストランダーとリン・シュローダーによる『サイキック・ディスカバリーズ・ビハインド・ジ・アイアン・カーテン』。邦題としては『鉄のカーテンの向こう側の超能力研究』みたいな趣旨のタイトルで語られることが多い。この本が、キルリアン写真を世界商品にした。本の中身は、ソ連と東欧で軍が本気で超能力研究に金を突っ込んでいる、という趣旨のルポだ。

テレパシー、遠隔での感情伝達、そしてキルリアン写真。とりわけ有名なのが、子ウサギの実験の話である。母ウサギから引き離した子ウサギを遠く離れた場所で殺し、母ウサギの側で生体反応を監視する。距離を超えて母親が反応するなら、それは通信手段になる。潜水艦に母ウサギを乗せておく。

乗員が反応を見張り、変化があれば浮上して核攻撃の指令を受け取る、と。冗談みたいだが、この話が真顔で流通した。

ここでポイントなのは、この本が「ソ連はもうやっている」という不安を売ったことだ。冷戦下のアメリカでこれは効く。ミサイルギャップと同じ構造の、超能力ギャップだ。実際、アメリカ側も動く。CIAの技術部門はスタンフォード研究所の超心理学研究に資金を出し、ARPAでも検討が始まった。

ARPAでこの件を任されたジョージ・ローレンスは、キルリアン写真が本当に生体のオーラを捉えているのかまで含めて調べている。彼の最終的な結論は、身も蓋もないが「ナンセンス」だった。とはいえ、対潜水艦戦は当時の最重要課題のひとつだったから、可能性がゼロでないなら調べる価値はある、という判断そのものは正気だったと思う。一方ソ連側では1972年、カザフ国立大学でキルリアン写真の会議が開かれる。

東西の両方で、まじめな組織が、葉っぱの光の写真について会議をやっていた。今から見ると相当おかしな時代だ。

UCLAに現れた元女優の博士が、話をさらにこじらせる

この物語で一番のキャラクター濃度を誇るのが、セルマ・モスという人物だ。この人の経歴がとにかくすごい。生まれは1918年、コネチカット州。旧姓シュニー。ニューヨークのアクターズ・スタジオの初期メンバーで、舞台女優をやっていた。

その後ハリウッドで脚本家に転身し、1954年のアレック・ギネス主演作『ブラウン神父』の脚本を手がける。1958年のSF映画の脚本も書いている。つまり前半生は完全に映画の人だ。転機は1954年、夫を癌で亡くしたこと。深刻な鬱に落ちて自殺未遂を経験し、そこからLSDを用いた心理療法を二十三回受けて立ち直る。

この体験を別名義で書いた自伝がベストセラーになった。そして四十代後半で学問の世界に戻り、UCLAで心理学の博士号を取る。1966年、UCLAに事実上の超心理学ラボを立ち上げた。予算はほとんどついていない、非公式に近いラボだったのに、これが世界的に有名になっていく。このラボがまた面白くて、ハリウッドと地続きだった。

『エクソシスト』の原作者と監督が取材に来た。ユリ・ゲラーやカルロス・カスタネダも出入りしていたのだ。ロサンゼルスの心霊スポットを五百カ所近く調べたスタッフもいたする。のちにUCLAの精神科の臨床准教授になる人物もここから出ている。そしてモスは1971年、ソ連に渡ってキルリアン夫妻に会う。

装置の設計図を持ち帰り、UCLAのヘルスサイエンスセンターでケンドール・ジョンソンと組んで本格的な実験を始めた。ここから数年間、キルリアン写真研究の世界の中心はモスのコミュニティだったと言っていい。彼女は1976年に超心理学関係の賞も受けている。ちなみにモスはこれを「アストラル体が写っている」と本気で考えていた。ラボの終わりは1978年。

研究内容そのものというより、それが呼び込んだ派手なパブリシティが問題視されて、UCLAはラボを閉じ、モスの職も終わった。彼女はその後も個人で研究を続けたが、1980年代後半に脳動脈瘤で倒れ、1997年に七十九歳で亡くなっている。

主張その一、気分でオーラが変わるという説

ここからは「キルリアン写真は何を写しているのか」をめぐる主張を、ひとつずつ見ていこう。全部まとめて語られがちだけど、実は別々の話で、別々に検証されている。まず一番人気があるのが「感情や精神状態で光が変わる」説だ。モスとジョンソンの報告によれば、被験者がリラックスすると青白いコロナが広く明るく出た。緊張したり感情が高ぶったりすると、赤い斑点みたいなものが現れた。

彼らは同時に、皮膚電気反応、血管の収縮や拡張、皮膚温度、発汗といった生理指標との相関を調べたのだ。いずれも変化を説明できなかったと主張している。つまり、生理じゃない何かが写っている、と。このラインで語り草になっているのが、コメディアンのキャロル・バーネットを撮ったという話だ。彼女に自分の番組のいろんなキャラクターを演じてもらいながら撮影する。

モスは写真の光のパターンだけを見てどのキャラかを言い当てたという。もし本当なら相当に強烈なデモンストレーションだ。もっとも、これは厳密な条件下の記録ではない。ラボの逸話として伝わっているものだという点は押さえておきたい。もうひとつ、E・ダグラス・ディーンという研究者が、ヒーラーの女性の指を撮った話も繰り返し引用される。

彼女がヒーリングのことを考えているときはコロナが明るく、実際にヒーリングを行っている最中はもっと明るかった、と。この手の報告は当時いくらでもあった。そして、ほぼすべてが同じ弱点を抱えている。指の押しつけ方も、手の汗も、部屋の湿度も、撮影の時間帯も、感情と一緒に動いてしまうということだ。

主張その二、病気の予兆が写るという説

次が、いちばん危なっかしい主張。健康状態や病気が写る、という説である。キルリアン夫妻の時点で、この方向の話はもう出ている。二枚の葉を撮ったら片方だけ光り方が異様で、あとで調べたらその葉の株に病気が出ていた、という有名なエピソードがある。夫妻はまた、体の部位によってコロナの色が違うとも述べていた。

心臓に近いあたりは青、前腕は緑がかった青、という具合に。西側でもこの線は追われた。モスは癌の早期発見に使えるのではと考えていたする。マーガレット・アームストロングと組んで、癌を持つラットの尻尾のコロナが健常なラットと明確に違う、という報告も出している。

ロシア側からは、五百人以上の患者を対象にした盲検で通常診察と九割以上一致した、という数字が語られてきた。流産を高い確率で予測した、癌を八割以上の確率で検出した、といった数字も繰り返し語られてきた。ここははっきり言っておく。これらは基本的に、その手法を推している側から出てきた数字だ。独立した第三者による厳密な追試で確認された、という状況にはなっていない。

そして何より、オーラ写真やそれに類する撮影で病気を見つけたり治したりできるという話を、健康の判断材料にしてはいけない。体調に不安があるなら医療機関に行く。これは面白い話をする記事だけど、そこだけは譲れない。

主張その三、ファントムリーフは魂の残像なのか

三つめが例のファントムリーフだ。この主張がやっかいなのは、単純な捏造だと切って捨てるには報告が多すぎるという点にある。再現率は研究者によってバラバラで、報告を並べると一割にも満たないものから七割近いものまで幅がある。この「人によって出たり出なかったりする」というのが、擁護側にも懐疑側にも都合よく使われてきた。擁護側は「繊細な現象だから条件が揃わないと出ない」と言う。

懐疑側は「出たり出なかったりするのは実験条件の汚染だ」と言う。どちらの言い分も、それだけ聞けば筋が通って聞こえる。比較的近年では、ジョン・ヒューバッカーによる大規模な追試が2015年に専門誌に発表されている。十四種類の植物、百三十七枚の葉を使い、九十六枚でファントムが現れ、四十一枚で現れなかったという内容だ。

しかも、出た葉と出なかった葉を分ける有意なパラメータは特定できなかったとされている。数だけ見れば無視できない研究だ。ただ、掲載誌が代替医療系であること、独立した別チームによる厳格な追試が続いていないことは押さえておく必要がある。一方で、この分野の中心にいたはずのモスとジョンソンは、ファントムリーフの再現に失敗している。

彼らが観察したのは、傷ついた葉の葉脈のあたりに青い泡のようなものが浮かぶ現象だった。これは面白い所見ではあるけれど、切り取った部分の輪郭が写ることとは別の話だ。キルリアン写真研究のいちばん熱心な推進者が再現できなかった、というのは、この現象を考えるうえでかなり重い事実だと思う。

主張その四、GDVという現代版アップデート

そして現代版が、ガス放電可視化――GDVだ。旗を振ってきたのがコンスタンチン・コロトコフである。1952年レニングラード生まれ。1978年に物理学で学位を取り、1995年から2014年までITMO大学で非線形電気力学を教えていた。れっきとした物理の教員だ。

1990年代前半にGDVを開発し、1996年にカメラシステムの特許を取得。2000年代半ばには電子光子撮像と称する形に発展させた。やっていることの骨格はキルリアン写真と同じで、指先に高電圧のパルスを与えてコロナ放電を撮る。違うのは、そこから先だ。画像をコンピュータで解析し、面積、フラクタル性、エントロピーといった指標を数値化する。

人間が「なんとなく明るい」と言っていたものを、数字とグラフに変換したわけだ。これがGDV最大の発明だと思う。装置が数字を吐き出すと、人はそれを客観的だと感じる。フィルムの上のもやもやした光は主観だが、面積指数が62.4と表示されると、それは測定に見える。実際の中身が変わっていなくても、受け取られ方は根本的に変わる。

コロトコフは国際的な学会組織の代表を長く務め、関連機器の会社の役員でもある。ロシアの一部の省庁からは応用の認証が出ているとされる一方で、国際的な主流の医学研究機関から支持されている状況ではない。批判の中心は昔から変わっていない。それは本当に生体の場を測っているのか。それとも湿度、温度、発汗、接触状態といった電気的なアーティファクトを測っているだけなのか。

そこが問いだ。

近年の検討では、同じ人を繰り返し測ったときのばらつきが大きいこと、装置ごとの相関が低いことが指摘されている。測定機器としては、これはかなり厳しい指摘になる。

物理学者たちの反撃は、たった一言で終わった

さて、反証の話をしよう。結論から言うと、物理側の答えは驚くほど地味だ。湿気である。1976年、ペヘック、カイラー、ファウストの三人が、権威ある科学誌にコロナ放電写真の画像変調に関する論文を発表した。内容を噛み砕くと、こうなる。

被写体――たとえば指――から水分が感光乳剤の表面に移る。この水分が電荷の分布を変える。結果として、放電のストリーマーがどこまで伸びるか、どれだけ密になるか、どんな軌跡を描くか、そしてどんな色になるかが変わる。つまり、写真に写っている個性の正体は、被写体がどれだけ湿っているかだった。

さらに面白いのが、皮膚の電気抵抗そのものを変化させても、ストリーマーの伸びにはほとんど影響しなかったという結果だ。皮膚のもつ静電容量が抵抗変化をバイパスしてしまうため、というのが彼らの説明である。ここが効く。というのも、当時の擁護派は「皮膚電気反応とは相関しなかったから生理現象ではない」と言っていたわけだ。ただ、皮膚抵抗が関係ないのはむしろ物理的に予想されることだった。

相関しないことは、超常性の証明にはならない。そして三人が導いた実用的な結論が皮肉すぎる。この技術は、生物であれ無生物であれ、対象に含まれる水分を検出し定量するのに使えるかもしれない、というものだった。オーラカメラではなく、湿度計だったのだ。

接触圧という、地味で残酷な反証

湿気と並んでもうひとつ強力なのが、接触圧の話である。これは手品師で懐疑論者のジェームズ・ランディがよく見せていたデモだ。同じ人の同じ指を、押しつける力だけ変えて撮る。それだけで、コロナの様子はがらりと変わる。考えてみれば当たり前で、押しつければ接触面積が増え、電気的な条件が変わり、指の腹から出る汗の量も変わる。

「リラックスしているときは指の力が抜けている」「緊張しているときは指に力が入る」。これだけで、モスたちが観察した感情とコロナの対応は説明できてしまう。感情が写っているのではなく、感情に伴う指の力み方が写っている。あまりに地味で、あまりに身も蓋もない。コロナ放電を左右する要因は、実はもっとある。

電圧、周波数、露光時間、フィルムの種類と現像条件、部屋の湿度と気温と気圧、アースの取り方、そして皮膚の脂や汗や常在菌の付着。この変数の多さこそが、キルリアン写真が半世紀も決着しなかった理由だ。撮るたびに絵が違う。違えば違うほど「生きているから変わるのだ」という説明が説得力を持ってしまう。

逆に言えば、これほど不安定な系で「毎回同じ」を要求されないというのは、主張する側にとってものすごく有利な条件だった。ファントムリーフについても、同じ道具立てで説明が試みられている。最初に無傷の葉を撮ったときに、感光面に水分や成分の痕跡が残る。それを掃除せずに二枚目を撮れば、消えたはずの部分に痕跡由来の放電が起きる。

実際、感光面をきれいにして残留水分を除いてから撮ると、欠けた部分の像は出ないという報告がある。

真空にすると、何も写らない

決定打はこれだと思う。真空中で撮ると、像がまったく出ない。クーパーとアルトによる実験として知られている話だ。理屈は簡単で、この現象がガス放電だからだ。電圧をかけると周囲の気体分子が電離して光る。

気体がなければ電離するものがない。だから何も写らない。ここで擁護側は苦しくなる。生命エネルギーだの生体プラズマだの魂だのが本当にそこにあるなら、空気を抜いたくらいで消える理由がない。真空の宇宙空間で魂が消滅するとは誰も言っていないはずだ。

逆に、これが単なる気体放電なら、真空で消えるのは当然すぎるほど当然である。この一点だけで、少なくとも「オーラが直接写っている」という素朴な主張は成り立たなくなる。もちろん、生体の状態がコロナ放電のパターンに何らかの形で反映される可能性まで消えるわけではない。でもそれは「体から湿気や電気的性質の違いが出ていて、それが放電に影響する」という、かなり地味な話に着地する。

証言その一、自分で装置を作って幻の葉を追い詰めた男

ここからは、実際にこの世界に触れた人たちの話をしよう。日本でいちばん痛快なのが、サイエンスライターの川口友万さんの仕事だ。富山大学理学部物理学科の出身で、テレビで科学実験を見せたりもしている人。この人が2012年、あろうことかオカルト雑誌の代表格である月刊ムーの誌面で、ファントムリーフ現象の正体を書いてしまった。

オーラの証拠として長年紹介されてきた現象を、オカルト雑誌が自分の誌面で否定した形になる。四畳半電波塔というブログがこれを「キルリアン写真の嘘をムーが認めた件」として取り上げ、界隈でちょっと話題になった。川口さんは自分で撮影装置を作っている。そのうえで観察した結果はこうだ。ファントムリーフの正体は水蒸気の拡散である。

葉の内部の水分は、切断面からとりわけ強く出ていく。その拡散した水蒸気の一番先端でコロナ放電が起きる。だから一瞬、もとの葉の外周のあたりが光って見える。ところが放電はそこで止まらず、さらに外へ伸びて分散していく。つまり「葉の形が残っている」のではなく、「水蒸気が葉の形をなぞって広がった瞬間を撮っている」だけだった。

この検証がいいのは、机上の反論じゃないところだ。装置を作って、自分の目で見て、光の伸び方を追いかけている。ちなみに川口さんは写真家の谷口雅彦さんと組んで、キルリアン写真の作品集も出している。装置はシャーレから始まって二十センチのアクリルケース、最終的にオリジナルのアクリルケースまで五段階の改良を経たという。撮った被写体がまた最高で、ハマチの刺身、ナルト、チーズちくわ、伊勢海老。

生体エネルギーを探すはずだった装置が、練り物を撮っている。書評ではこの本を「科学が超科学にノリツッコミをしたら、アートに転じた」と評していた。名文だと思う。なお念のため書いておくが、この手の装置は洒落にならない高電圧を扱う。感電はもちろん、火災の危険もある。

面白そうだからといって自作を試みるのは本当にやめたほうがいい。ここでは装置の構成も条件も一切書かない。

証言その二、日本のお店でオーラを撮ってきた人たち

日本にも、オーラ写真を撮れる場所はけっこうある。パワーストーンや開運グッズを扱うお店が機械を置いているパターンが多い。体験談を読み比べると、これがまた面白い。あるウェブ媒体のライターは、白金台の開運ショップで撮っている。手のひらをセンサーに当てると、体の電気的な信号を計測してオーラ画像に変換する、という説明の機械だ。

出てきた結果は黄色一色。店のオーナーからは「黄色の人は動物にたとえるとネコ。おおらかでのびやかで自由気まま」と言われている。頭脳明晰、楽しいことが好き、マイペースといったプラス面と、神経質、臆病、わがままといったマイナス面をセットで伝えられている。同行したカメラマンは中心部が青で、「本来すごく冷静沈着な人。

直感で感じていることをあまり表に出せずにいるんじゃないですか」と読まれた。

この記事の続編では、パワーストーンを持ったらオーラの色が変わるかを検証しようとしている。この「試してみよう」という距離感が、日本のオーラ写真の受け取られ方をよく表している。信じきってもいないし、バカにもしていない。遊んでいる。別のブロガーは、神楽坂と自由が丘の二店舗で撮っている。

値段が具体的で参考になる。片方は三十ページの詳細レポートがつくコースが三千円、簡易版が五百円。もう片方は五千円、三千円、二千円の三段階。手のひらをパッドに置いた途端にモニターの表示が変わっていく、あの瞬間が楽しいと書いている。そしてここが重要なのだが、この人の結果は年をまたいで変わっていた。

ある年はラベンダー、次の年はインディゴ。しかもオーラの「大きさ」の数値が六十から八十に増えていた。本人の感想は「いかがわしい雰囲気があるオーラ写真だけど、実際受けてみると結構楽しい」。この一文が、たぶん今の日本におけるいちばん正直な総括だ。三人目は、パーソナルカラーの分析を仕事にしている人の記事。

観光地で撮ったオーラは、緑がベースで上のほうが紫、ふちが青。この人の分析が鋭い。曰く、人体が電気信号を出しているのは事実だし、バイオセンサーも波長も実在する言葉だ。でも、手のひらを一瞬測っただけの値から全身のオーラと性格を語るところに、大きな飛躍がある。開発者が「活動的な状態」「リラックスした状態」といった区分を作り、そこに色を割り当てているのである。

色が科学的に導かれているわけではない。そのうえで彼女は、色には文化的に共有されたイメージがあるから、結果を色として提示されると説明なしで納得感が生まれる、と指摘する。それでも彼女はオーラ写真を否定しない。今の自分の状態を点検するきっかけとして使えばいい、という着地だ。この温度感、すごく健全だと思う。

証言その三、海外のポップアップで撮った人と、それを見ていた物理学者

海外の体験談も見ておこう。デトロイトのポップアップスタジオで撮った人の手記が印象的だった。待合室が水晶とレコードを売るショップになっていて、奥に白いドーム型のテントが立っている。中でスツールに座り、両手をワイヤーのついた金属板に置く。三十秒ほど。

板がひんやりしている以外、何の感覚もない。出てきたのは明るいオレンジがかった赤。読み手からは「新しい始まりの時期にいる」「創造的で行動力がある」と言われ、どの色も悪い色ではないと念を押された。この人の感想が正直でいい。少し物足りなかった、と書いている。

当たっている気もするけれど、広すぎて誰にでも当てはまる。でも同時に、自分がどこに向かっているのか、自分をどう見ているのかを考えるきっかけにはなった、とも書いている。この「物足りないけど、考えるきっかけにはなった」という両義性が、たぶんオーラ撮影という体験の本質だ。商売の規模もそれなりに大きい。

ロサンゼルスのある店では一回四十ドル、オレゴンのブックショップでは二十ドルという相場が報じられている。ポートランドを拠点にする作家が撮るオーラ写真は、有名女優のライフスタイルブランドに取り上げられて一気に有名になる。美術館やアートスペースでのポップアップに引っ張りだこになった。インスタグラムのハッシュタグには何千枚もの光る顔写真が並ぶ。もはや占いというより、フォトブースに近い。

一方、同じ記事の中で物理学の教授はこう切って捨てている。人間のオーラなんてものは明らかに存在しないし、完全に想像の産物だ、と。そして彼は、この種の疑似科学は周期的に姿を変えて再登場する、新しい世代が来れば新しい商機が生まれるから、とも述べている。冷たいが、当たっている。1970年代のキルリアン写真ブームを覚えている世代と、インスタでオーラ写真を撮る世代は、ほぼ入れ替わっている。

実は今のオーラカメラ、キルリアン写真ですらない

ここで、けっこう衝撃的な事実を書いておきたい。ショッピングモールや占いイベントで撮る、いわゆる「オーラ写真」の大半は、キルリアン写真ではない。現在いちばん普及しているオーラカメラは、1970年代のカリフォルニアで起業したガイ・コギンズという人物が開発した系譜の機械だ。1980年代前半に初代を出し、その後継機が今も現役で使われている。仕組みはこうだ。

ベースはインスタントカメラ。そこに二枚の金属の手置き板がつながっている。撮影では二回の露光をする。一回目は普通の顔写真。二回目は、手置き板から取ったバイオフィードバック的なデータをもとに、アルゴリズムで色を決めて焼き込む。

つまり、あなたの周りの光を撮っているのではない。あなたの顔写真の上に、手のデータから計算した色を重ねている。さらに言うと、どのデータをどの色に対応させるかは、開発者が霊視ができるとされる人たちと相談しながら決めたとされている。色は測定結果ではない。設計判断だ。

ちなみにこの系列の機械は、生産終了した特定のフィルムを使うので、プリントそのものに希少価値が出ているという話まである。

近年はウェブカメラとソフトウェアで自宅でも撮れるという製品も出た。このカラクリを日本の文脈で一番わかりやすく示してくれるのが、かつてゲーム会社が出した「オーラ倶楽部」というアーケード機の話だ。開発の裏側を書いた記事によると、この機械の中身は要するにポリグラフ、つまり嘘発見器の原理だった。左右の手を電極に乗せ、体に微弱な電流を流して抵抗値を測る。生体データを取る部分は大手電機メーカー製。

出力は赤と緑と橙の三色に限られていた。理由が最高で、当時は青色の発光ダイオードが高価だったからだという。グレースケール画像を三層重ねてパレットアニメーションで十種類の色を表現し、占いの文章は占い師が書いた。書いた本人が「オーラなんてオカルトです。科学現象として存在しないし、撮影なんてできるわけがない」とはっきり述べている。

そのうえで、多くの人が思い描く「オーラ」を具現化しようとした、と。エンターテインメントとして誠実な設計だと思う。そして歴史をさかのぼると、この「見えないものを写す」欲望はキルリアンよりずっと古い。十八世紀のメスメルが説いた生命流体の思想がある。十九世紀にはライヒェンバッハが暗闇で物体のオド力を撮ろうとする。

フランスのバラデュックやダルジェは感光板に指を押しつけて思念や健康を写そうとした。

1895年のレントゲン線の発見は、この流れに強烈な追い風を与えた。目に見えない光線で体の中が写るのだから、生命の光が写ってもおかしくない、というわけだ。ポーランド出身のナルキェヴィチ・ヨトコは誘導コイルで金属板を帯電させ、コロナ放電による光るシルエットを撮っている。1939年より半世紀も前の話だ。

キルリアン夫妻は、この長い系譜の中でいちばん見栄えのいい絵を撮った人たち、という位置づけになる。

日本ではどう受け止められたのか

日本の受容は、日本のオカルト史の波にきれいに乗っている。第一次のオカルトブームは1970年代。ノストラダムスの予言本がベストセラーになり、心霊番組が定番化する。木曜の特番でUFOが飛び、ユリ・ゲラーのスプーン曲げがお茶の間を席巻した。キルリアン写真が日本に紹介されたのはこの流れの中だ。

オカルト雑誌が創刊され、超能力も心霊も宇宙人も未確認生物も全部ひとつの棚に入っていた時代である。キルリアン写真は、その棚の中でも「科学っぽい見た目」という強力な武器を持っていた。スプーン曲げは芸に見えるが、放電写真は実験に見える。第二次ブームは1990年代後半。予言本が再燃し、ホラー映画がヒットし、検証系や驚愕系のテレビ番組が定期的にオカルト特集を組んだ。

子どもたちのあいだで学校の怪談が流行ったのもこのころだ。そして2000年代、大きな地殻変動が起きる。インターネットが普及して、心霊写真やヤラセの仕組みが誰でも検証できるようになった。恐怖を売るコンテンツは急速に信用を失っていく。入れ替わりで台頭したのが、スピリチュアルだった。

テレビで前世や守護霊やオーラが語られ、その象徴になったのが江原啓之さんと美輪明宏さんが出演した番組だ。ここで「オーラ」という言葉が、一気に日常語になった。ここが重要な転換点だと思う。それまでのオカルトは、基本的に「怖いもの」だった。心霊写真は不吉なものだ。

ところがスピリチュアルブーム以降のオーラは、「あなたを説明してくれるもの」に変わった。怖がるためではなく、自己肯定のために使うツールになったのだ。オーラ写真スタジオがパワーストーンショップに併設される。撮影後に三十ページのレポートが渡され、色の意味を読み上げてもらう。この形式は、心霊よりもむしろ性格診断や占いに近い。

だから生き残った。2010年代以降はテレビのオカルト番組そのものが炎上リスクで縮小していったが、オーラ写真は逆に強くなった。テレビを必要としなくなったからだ。撮った写真をそのままSNSに上げられる。むしろ映える。

半世紀前にソ連の修理工が感電しながら撮った光は、今やスマホの画面の中で最適化された商品になっている。

「色が毎回違う」問題を、どう受け止めるか

体験者の感想で必ず出てくるのが、これだ。前に撮ったときと色が違う。友達と同時に撮ったのに全然違う。同じ日に二回撮ったら変わった。擁護する側の答えは決まっている。

オーラは変わるものだから、と。その日の体調、気分、人生の局面によって変わるのが当然であって、毎回同じならむしろおかしい。この説明はずるいけれど、完全に間違っているとも言い切れない。実際、キルリアン夫妻自身が「コインは何度撮っても同じだ。ただ、生き物は撮るたびに違う」と最初に気づいたわけで、この不安定さこそが現象の核心だと最初から言われてきた。

一方、測定という観点から見ると、この不安定さは致命的だ。同じ人を続けて測ったときのばらつきが大きく、装置が変わると結果の相関も低い。これは近年のGDVの検討でも指摘されている点で、要するに再現性がない。再現性のない測定は、測定ではない。血圧計が測るたびに三倍違う値を出したら、誰もその血圧計を使わない。

ここで面白いのは、この弱点が商売にとっては強みだということだ。毎回違うから、また撮りたくなる。去年はラベンダーで今年はインディゴ、大きさは六十から八十に増えました――と言われれば、成長した気になれる。もし毎回まったく同じ色が出るなら、二度目を撮る理由がない。リピートを生む構造が、そのまま科学的な欠陥になっている。

この皮肉は、けっこう味わい深いと思う。

なぜ、こんなに人を惹きつけたのか

最後に、この話がなぜ半世紀も生き延びたのかを考えたい。理由はいくつか重なっていると思う。まず、絵が圧倒的に美しい。これは無視できない。指先から噴き出す青紫の光は、単純にかっこいい。

理屈がどうであれ、人はまず絵に惹かれる。ファントムリーフの写真だって、あの淡い輪郭がぼうっと残っている画がなければ、誰も魂の話まで飛躍しなかった。次に、写真という形式の権威。二十世紀を通じて、写真は「そこにあった証拠」だった。絵や証言と違って、写真は撮る人の意図を超えて事実を記録すると信じられていた。

だから写真に写ったものは、あるのだ。キルリアン写真はこの信頼を最大限に利用した。しかも装置は放電し、機械音を立て、フィルムを吐き出す。儀式としての説得力が桁違いなのだ。そして三つめが、冷戦という舞台装置。

1970年に「ソ連ではもうやっている」という物語が付いたことだ。キルリアン写真はただの珍現象から国家機密の匂いがするものに格上げされた。禁じられた科学、鉄のカーテンの向こうの真実、というフレーミングは、人間の好奇心に対して反則級に強い。同じ現象を「クラスノダールの修理工が撮った湿気の写真です」と紹介していたら、ここまで広がらなかった。四つめに、コールドリーディング的な満足。

オーラの色に紐づいた性格説明は、たいてい誰にでも当てはまる要素を含んでいる。おおらかだが神経質、明るいが臆病。矛盾する形容を並べられると、人は自分の中の両方を思い出して「当たっている」と感じる。しかも他人が読み上げてくれる。自分の口から言うより、はるかに響く。

でも、いちばん大きい理由は別にあると思う。それは、自分に色があってほしいという願いだ。人は自分が何者なのかを、外から一言で言ってほしい。血液型でも星座でも性格タイプ診断でも同じ構造だが、オーラ写真には決定的な強みがある。写真という物体が手元に残ることだ。

分類ではなく、あなた自身の光として提示される。だからこそ、仕組みを説明されて納得したあとでも、あの一枚を捨てられない人がいる。

ここまで書いてきて、あらためて思うことがある。この話は「オーラは嘘でした、終わり」という単純な物語ではないということだ。もっとねじれていて、もっと人間くさい。まず、キルリアン夫妻の名誉のために言っておきたい。彼らが撮った現象そのものは、まぎれもなく実在する。

高周波の電界の中に置かれたものの周囲で気体が電離し、光る。これは物理だ。しかも彼らは、その像が生きているものと死んでいるもので違うことを観察していた。同じ手でも状況によって変わることも、誰よりも早く、誰よりも丹念に観察していた。使える道具はほとんどなく、国家の外から評価されるあてもなく、実験で電気やけどまで負いながら、三十年やり続けたのだ。

この執念は、どんな解釈が正しいかとは別に、尊敬に値すると思う。

彼らが間違っていたのは、観察ではなく解釈の帰属先だった。撮れているのは水分と接触状態と気体の電離であって、生命エネルギーではなかった。でも、1939年のクラスノダールで、それを区別できた人間がどれだけいただろうか。そして、解釈をこじらせたのは主に彼らではない。彼らの写真を受け取った側だ。

ソ連の研究者たちは生体プラズマという理論の器を用意する。アメリカの著述家たちは冷戦という物語の器を用意し、カリフォルニアの起業家は商品の器を用意した。同じ写真が、器を移されるたびに意味を変えていった。最終的にショッピングモールに着地したとき、そこにあるのはもうキルリアンの技術ですらなかったのだ。手のひらの電気抵抗を色に変換するアルゴリズムだったのだ。

技術としては別物なのに、名前とイメージだけが継承されている。この「中身が入れ替わってもブランドだけが生き延びる」構造は、疑似科学に限らず、あらゆる領域で見られる現象だと思う。反証の側についても、少し補助線を引いておきたい。湿気説も接触圧説も真空実験も、どれも決定的だ。でも決定的であるがゆえに、あまり流行らなかった。

人間は「Aだと思っていたけどBでした」という話には食いつくが、「Aだと思っていたけど、実は水分でした」という話には食いつかない。つまらないからだ。反証というのはたいていつまらない。ここに、懐疑側が構造的に抱えるハンデがある。ファントムリーフの写真は一枚でSNSを一周できるが、感光面の残留水分に関する説明は一周しない。

だからこそ、川口さんのように自分で装置を作って、オカルト雑誌の誌面で種明かしをするようなやり方には、大きな意味があったと思う。反論を、体験と絵として提示したからだ。もうひとつ考えたいのが、GDVのような「数値化された神秘」の位置づけだ。1970年代のキルリアン写真は、見た目で殴ってきた。現代のGDVは数字で殴ってくる。

面積、フラクタル性、エントロピー。これらは正当な物理や数学の用語だ。だから素人には反証しようがない。この、専門用語の正しさを借りて主張の正しさを演出する手つきは、これから先もっと巧妙になっていくはずだ。人工知能が生成した解析レポートが添えられ、グラフが出て、統計的有意という言葉が並ぶ日はもう来ている。

そのときに効くリテラシーは、個々の用語の真偽ではない。「同じ人を続けて測ったら同じ数字が出るのか」「別の装置でも同じ結果になるのか」というシンプルな問いだと思う。再現性。結局そこに戻ってくる。そのうえで、僕はオーラ写真を撮ることを否定したいとは思わない。

体験者の記事を読み比べていて、いちばん腑に落ちたのがパーソナルカラーの分析をしている人の結論だった。仕組みを理解したうえで、今の自分を点検するきっかけとして使えばいい。デトロイトで撮った人も、当たっているとは思えないのに、自分の方向性を考えるきっかけにはなったと書いていた。これは占いやおみくじと同じ機能で、要するに自分と話すための口実だ。口実には、それなりの装置と儀式があったほうが効く。

手のひらを冷たい金属板に乗せて三十秒待つ、あの間の抜けた時間には、たしかに何かがある。危ないのは、その一枚が判断を代行し始めたときだ。色が悪かったから病院に行かない、光が弱いから高い施術を受ける、写真の色を根拠に人を評価する。そうなった瞬間に、遊びは搾取に変わる。オーラ写真で健康状態を判断することはできないし、してはいけない。

体に不安があるなら医療機関に行く。これだけは、どれだけ美しい写真を見せられても揺らがせてはいけない一線だと思う。最後に、いちばん好きなエピソードで締めたい。生体エネルギーを撮るはずだった装置で、日本の書き手たちがハマチの刺身とナルトとチーズちくわを撮った、というあの話だ。神秘を求めて作られた装置が、練り物を撮って美しい作品になる。

書評子が言った通り、科学が超科学にノリツッコミをしたら、アートに転じた。これがこの八十七年間の、いちばん正しい着地点なんじゃないかと思う。何かが写っている。それが魂でなかったとしても、写っているものは確かにきれいだ。そのきれいさを、ちゃんときれいさとして愛でられるなら、キルリアン夫妻が感電しながら撮った一枚は無駄にならない。

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