九星気学は、日本人の暮らしに深く根を張ってきた命術のひとつだ。
生まれた年から導き出される「本命星」という九つの星。そのいずれかを軸に、その人の性格や運命のリズムを読み解く。
さらに毎年、毎月、毎日変化する方位の吉凶を組み合わせる。それによって引っ越しや旅行、転職や結婚といった人生の転機に「どちらの方角へ動けば運が開けるか」を教えてくれる。極めて実践的な占術らしい。
書店の占いコーナーには、必ずと言っていいほど九星気学の年間運勢本が並ぶ。正月には「今年のあなたの吉方位」といった特集がテレビや雑誌を賑わせる。
それほどまで日本社会に浸透している占術でありながら、実際の割り出し方や方位取りの作法を正確に理解している人は意外に少ない。
- 中国の智恵から、日本の実践学へ
- 本命星を、自分で計算する
- 月命星――もう一つの自分を照らす星
- 九星盤と、方位盤の見方
- 方位取りの、基本のステップ
- 気学、九星術、六星占術
- 実践者たちの、的中エピソード
- 現代の九星気学
- もっと細かい凶方位
- 奇門遁甲、風水との違い
- 用意するもの
- いつ、どこまで、何回行くのか
- 方違えという、応用技
- 当日の、動きかた
- 効いた話と、効かなかった話
- 掲示板とSNSでの、反応
- 亀の甲羅から、旅行会社のパンフレットまで
- 園田真次郎という人
- 机の上に、何を並べるか
- 盤を、自分の手で出す
- 凶を潰す順番
- 水を汲む、砂を取る、湯に入る
- 距離と時間、そして記録
- 唱える言葉――原文と、読みと、訳
- 二つの行程を、分単位で
- 記録を取っていた人たちの話
- やってはいけないこと
- 流派の言い分が、食い違うところ
- 統計はない、という話
- お金と、勧誘の話
- むすび
中国の智恵から、日本の実践学へ
九星気学のルーツは、古代中国の伝説にまで遡る。
黄河から現れたという龍馬の背に記されていた「河図(かと)」。洛水から現れた神亀の甲羅に刻まれていた「洛書(らくしょ)」。これらの伝説的な図象が、後の陰陽五行思想や九星術の基礎になったとされる。
特に洛書が重要になり、一から九までの数字を、縦横斜めどの列も合計十五になるよう配置した魔方陣そのものだ。この数理配置が九星気学の「九星盤」の原型になっている。
中国では古くから「奇門遁甲(きもんとんこう)」と呼ばれる兵法や方位術として、この体系が発展してきた。
日本へは陰陽道とともに古くから断片的に伝わっていた。ただし現在私たちが「九星気学」と呼ぶ体系だけを取り出する。一般の生活占術として大成させたのは、大正時代の易学者、園田真次郎になる。
園田は中国伝来の九星術と気学の理論を整理した。大正十年ごろから独自に研究を重ね、大正十三年には「気学会」を設立して普及活動を本格化する。
彼の体系の特徴は簡便さで、複雑な易の卦を用いずとも、生年月日だけで本命星を割り出せる。これが庶民に爆発的に広まる要因となった。
戦後には高島易断など各地の易断本とも結びつきながら、年末年始の縁起物として定着していく。九星をルーツに持つ占術全体の知名度が飛躍的に高まった。
こうした経緯を経て、九星気学は今なお日本独自の発展を遂げた「生きた占術」として受け継がれている。
本命星を、自分で計算する
九星気学の実占は、まず自分の「本命星」を知ることから始まる。
本命星とは、生まれた年に応じて割り当てられる九つの星のいずれかになる。一白水星、二黒土星、三碧木星、四緑木星、五黄土星、六白金星、七赤金星、八白土星、九紫火星。その人の根本的な気質や人生の土台を象徴する星だ。
割り出し方を見ていってほしい。
まず注意すべき点があり、九星気学における「年」の区切りは一月一日ではなく、立春だということだ。毎年おおむね二月四日前後になる。したがって一月一日から立春前日までに生まれた人は、前年生まれとして計算する必要がある。
次に、生まれ年の西暦の各桁を一桁になるまで足し合わせる。
例えば一九八八年生まれなら、1+9+8+8=26、さらに2+6=8となる。この「8」が計算の基礎数字になる。
生まれ年が一九〇〇年代であれば「11」からこの基礎数字を引く。二〇〇〇年代であれば「9」から引く。
先の例で言えば11-8=3となり、三碧木星が本命星になる。
仮に計算結果が9を超えたり0以下になったりした場合は、9を足し引きして1から9の範囲に収めればよい。
このように計算式自体は単純な四則演算で完結する。だから初心者でも紙とペンさえあれば、その場で自分の本命星を割り出せる。
もちろんネット上には無料の早見表や自動計算ツールも多数公開されている。計算に自信がない場合は、それらで照合するのが確実だ。
月命星――もう一つの自分を照らす星
本命星が「生まれ年」から出される星であるのに対し、「月命星」は生まれ月から導き出される。
本命星が「表の性格」だとすれば、月命星は「裏の性格、本音の部分」を表すとされる。
月命星の出し方は本命星ほど単純ではない。本命星を三つのグループに分けたうえで、それぞれのグループごとに定められた月別対応表を参照する必要がある。
具体的には三系統になり、一白、四緑、七赤を本命星に持つ人のグループ。二黒、五黄、八白を本命星に持つ人のグループ、三碧、六白、九紫を本命星に持つ人のグループ。
同じ生まれ月でも、グループが違えば月命星も異なる。
例えば一白、四緑、七赤グループの人はこうなり、二月生まれなら八白土星、三月生まれなら七赤金星。月が一つ進むごとに、星の数字が一つずつ若返りしていく規則性を持つ。
ここでも注意が必要になり、月の区切りが一日ではなく、二十四節気の「節入り」の日を境にすることだ。だいたい毎月四日から八日頃になる。
したがって生まれた日が月初めの場合、暦の上ではまだ前月扱いになることがある。正確を期すなら、節入り日を明記した早見表で確認するのが望ましい。
本命星と月命星の両方が分かって、初めてその人の吉方位を正確に導き出す土台が整う。
九星盤と、方位盤の見方
九星気学の真骨頂は、なんといっても「吉方位」の判定にある。
九星気学では、毎年、毎月、毎日、九つの星が洛書由来の九マスの盤の上を規則的に巡回している。この盤を「九星盤」と呼ぶ。
中央のマスに入る星を「中宮(ちゅうぐう)」と呼ぶ。その年や月によって中宮に入る星が変わることで、八方位それぞれに配置される星も変化する。八方位とは北、北東、東、南東、南、南西、西、北西だ。
自分の本命星や月命星と相性の良い星が回っている方位が「吉方位」になる。五行で相生関係にある星のことで、逆に相性の悪い星や凶意の強い星が回る方位は「凶方位」となる。
特に重要な凶方位を押さえておこう。
「五黄殺(ごおうさつ)」は、五黄土星そのものが位置する方位になる。九星気学における最凶の方位とされる。
「暗剣殺(あんけんさつ)」はその真反対の方位だ。五黄殺の影響が跳ね返って現れるとされる、これも強い凶方位になる。
さらにその年の干支の反対側にあたる「歳破(さいは)」という凶方位もある。方位取りをする際は、まずこれら三つの大凶方位を避けることが鉄則だ。
逆に吉方位の中でも、自分の本命星と同じ性質の星が回座する方位は「同会」として吉意が強まるとされる。五行の相生関係にある星が回る方位は、特に運気を引き上げる「吉方」として重視される。
実際に自分の吉方位を調べるには、二つの方法がある。書店で毎年発売される気学暦を使うか、インターネット上の吉方位計算機に生年月日と現在地を入力するか。後者が最も手軽で確実だろう。
方位取りの、基本のステップ
吉方位が分かったら、次はいよいよ「方位取り」の実践になる。
方位取りとは、自宅を中心として吉方位にあたる場所へ実際に足を運び、その土地の気を取り込むことで開運を図る行動のことだ。
手順を追おう。
まず自宅の位置を地図やアプリで確認し、次にその月、その日の吉方位に該当するエリアを選ぶ。
そして目的地までの直線距離がある程度確保できる場所を選ぶ。近すぎると効果が弱いとされる。日帰りなら数十キロ以上、大きな開運を狙うなら百キロ以上、海外まで足を延ばせばさらに強い効果が期待できるといわれる。
現地に着いたら、その土地のものを持ち帰る。名産品、写真、御守りなどだ。
できれば一泊して土地の気に触れる時間を長く取る。そんな作法が伝えられている。
日帰りでも一定の効果はあるとされる。ただ宿泊を伴う方が「気を吸収する時間」が長くなり効果が高い、という考え方が一般的だ。
行き先を決めたら基本的に途中で予定を変えず、目的地に到達することが重要とされる。なお帰り道の方位は気にしなくてよいとされている。
気学、九星術、六星占術
一口に九星気学といっても、流派によって重視するポイントは異なる。
園田真次郎が体系化した「気学」は、比較的シンプルな計算体系になる。本命星と月命星、そして方位盤の吉凶に絞って実践する流れを汲む。
一方、中国由来の伝統に近い「九星術」は違う。六十年で一巡する「三元九運」という長期的な周期論や、易との組み合わせをより重視する。鑑定はやや複雑になる傾向がある。
また昭和後期に一世を風靡した「六星占術」もある。九星気学と同じ陰陽五行の理論的土台を持ちながら、独自の分類を採用している。
土星人、金星人、火星人、天王星人、木星人、水星人という六分類。さらに細かい運命数による百二十の運命段階。厳密には九星気学とは別体系の占術として区別される。
このように「九星」をルーツに持つ占術群は枝分かれしながら発展してきた。どの流派を学ぶかによって、実占のスタイルはかなり変わってくる。
実践者たちの、的中エピソード
都内で会社員として働く四十代女性のAさんは、離婚後の転居先を決める際に九星気学の吉方位を頼りにしたという。
当時の自分の本命星と月命星から導いた吉方位の方角にあるエリアをいくつか絞り込み、その中から物件を探した。
結果、以前よりも人間関係に恵まれた職場に転職でき、新しい出会いにも恵まれたと語っている。「方位を意識しただけで気持ちが前向きになれた」という感想は、九星気学の実践者からしばしば聞かれる典型的な声だ。
自営業を営む五十代男性のBさんは、事業拡大のための移転先候補地を占い師に相談した。
すると当初希望していた場所は暗剣殺の方位にあたることが判明する。急遽、別の吉方位のエリアに変更した。
移転後、事業は順調に売上を伸ばした。後にBさんは「あのとき方位を変えていなければ今の成功はなかった」と振り返っている。
もちろんこれは偶然の要素も大きいだろう。ただ、方位を意識することで「決断の質」そのものが変わったという声は非常に多い。
旅行好きの三十代女性Cさんは、毎年正月に発売される吉方位ガイドを参考にしている。その年の大吉方位にあたる温泉地を選んで旅行する習慣を続けているのだ。
ある年、五黄土星の年に該当する吉方位の土地を訪れた翌月、思いがけなく昇進の話が舞い込んできたという。以来「方位取り」を毎年恒例の開運行事として欠かさず実践している。
現代の九星気学
現代においても九星気学は決して過去の遺物ではない。
むしろ風水ブームやスピリチュアルブームと結びつき、住宅選びや引っ越しシーズンになると、不動産関連のメディアでも頻繁に取り上げられるテーマとなっている。
経営者の間でも語り継がれる逸話がある。松下幸之助をはじめとする昭和の名経営者たちが、易学や気学を経営判断の参考にしていたという話だ。
その影響もあってか、今でも一部の企業経営者やコンサルタントが移転や出張の際に吉方位を意識するケースは珍しくない。
近年ではYouTubeやSNSで九星気学の解説動画を発信するスピリチュアル系インフルエンサーも増加した。若い世代にも「今年の運勢」「今月の吉方位」といったコンテンツが浸透しつつある。
占いアプリの中にも、本命星と月命星を自動計算し、日々の吉方位を通知してくれる機能を備えたものが多数登場している。九星気学はデジタル時代においても、むしろアクセスしやすい占術として存在感を増している。
初めて九星気学を実践する人が心得ておくべきことも挙げておこう。
まず五黄殺と暗剣殺という二大凶方位を避けることを最優先にする。吉方位を追いかけることばかりに気を取られ、うっかり凶方位を選んでしまっては本末転倒になる。
また、家族で本命星が異なる場合、全員にとっての吉方位が完全に一致することは稀だ。引っ越しなど影響の大きい決断では、世帯主や主たる収入源となる人の吉方位を優先するのが一般的な考え方になる。
さらに、方位取りは一度きりで劇的な効果を期待するものではない。日々の小さな移動、通勤、買い物、散歩から意識してみることで、無理なく習慣として続けやすくなる。
何より大切なのは、方位という「きっかけ」を得たうえで自分自身がどう行動するかだ。占いの結果に依存しすぎず、あくまで背中を押してくれる指針として付き合っていく姿勢が要る。
もっと細かい凶方位
凶方位についてさらに詳しく見ていこう。五黄殺、暗剣殺、歳破のほかにも、実占の現場で頻繁に登場する凶方位がいくつかある。
その代表格が「本命殺(ほんめいさつ)」と「本命的殺(ほんめいてきさつ)」になる。
本命殺とは、自分の本命星と同じ星がその年や月に回座している方位そのものを指す。一見「自分と同じ星だから吉」と思いがちだ。だが実際には、自分のエネルギーが強くなりすぎて空回りしやすい、あるいは注意力散漫になりやすい凶方位として扱われる。
本命的殺は本命殺のちょうど反対側にあたる方位になる。本命殺よりは影響が穏やかとされるものの、こちらも体調不良や判断ミスを招きやすい方位として避けるべきとされる。
このほかにも、その年の十二支の方位そのものにあたる「歳殺」がある。月ごとに巡ってくる「月破」「月殺」も実占では加味される。
年、月、日それぞれの盤を重ね合わせて総合的に「今、この瞬間の吉凶」を判断していく。それが上級者の実占スタイルになる。
五行の相生と相剋の理屈も、もう一段掘り下げておこう。
相生は、木が火を生じ、火が土を生じ、土が金を生じ、金が水を生じ、水が木を生じるという巡りになる。
相剋は打ち消し合いで、木が土を剋し、土が水を剋し、水が火を剋し、火が金を剋し、金が木を剋す。
この二つの関係が九星の吉凶判断の土台になっている。
自分の本命星の五行を生じてくれる星が回っている方位は「生気」、つまり吉方だ。自分の本命星が生じる側になる方位は「退気」。自分の本命星を剋す星が回る方位は「殺気」、すなわち凶方になる。
単に「吉」「凶」の二択ではなく、段階的に運気の強弱を判断する。それが本来の九星気学の考え方になる。初心者向けの早見表では、このあたりが簡略化されがちな点には注意したい。
奇門遁甲、風水との違い
流派の違いという観点では、九星気学と混同されやすい「奇門遁甲」との違いも押さえておきたい。
奇門遁甲は中国古代の軍事戦略から発展した、より複雑な時空間の吉凶判断体系になる。九星に加えて八門、別体系の九星、八神という複数のレイヤーを重ねる。そして特定の「時刻」までピンポイントで吉凶を割り出す点が特徴だ。
日本の九星気学が年、月、日単位の方位判断を中心にしているのに対する。奇門遁甲は数時間単位の細かい時間帯まで踏み込む。より専門的な軍師や参謀的な占術として、一部の実占家に根強い支持がある。
風水との違いについても混同されやすい。
風水は主に「土地や建物そのものの気の流れ」を読む占術になり、環境そのものを対象にするわけだ。
これに対し九星気学は、あくまで「個人の本命星と方位の吉凶」を軸にした人間中心の占術だ。両者を組み合わせて住宅選びをアドバイスする専門家も増えている。
体験談として特に印象的な記録もある。
あるスピリチュアル系ブロガーが、結婚と伴侶の体調悪化をきっかけに、占い師から「大凶方位」と指摘された方角へ、あえて九千キロ以上離れた海外へ移住したという記録だ。
本人は長年吉方位を意識した旅行を習慣にしていた。それにもかかわらず「彼の命を優先するしかなかった」という切実な事情から、凶方位への転居を決断したという。
この「わかっていて凶方位を選ばざるを得なかった」という葛藤。九星気学を絶対視せず、人生の重大な決断の一つの判断材料として距離を置いて付き合う姿勢の実例として、多くの読者から共感を集めている。
また、吉方位を毎年の恒例行事として楽しむ人々の間では、別の声も一定数存在する。「吉方位に行ったのに全く効果を感じられなかった」というものだ。
方位取りの効果を過信しすぎず、あくまで行動のきっかけ作りとして捉えるべきだという冷静な意見も、ネット上には多く見られる。
用意するもの
ここからは、実際にネット上で語られている実践レベルの情報を集めて記録していく。占い師サイト、個人ブログ、note、知恵袋、五ちゃんねるなどだ。
信憑性の検証は目的とせず、実際に流通している手順、体験談、反応をアーカイブすることが趣旨になる。
方位取りを始めるにあたって、実践者たちが共通して挙げる道具から見ていこう。
まず本命星と月命星の早見表、または自動計算ツールになる。生年月日と現在地を入れるだけで年盤、月盤、日盤の吉方位を自動表示してくれる無料ツールが多数存在する。多くのブログが、まずこれらの利用を勧めている。
次に気学暦や高島暦。書店で毎年発売される高島易断の暦本や、九星学の入門書を一冊手元に置き、年盤、月盤、日盤を重ねて確認する。
方位磁石アプリまたは実物のコンパスも要る。自宅を中心に「方角の境界線」を避けて目的地を選ぶ必要があるからだ。境界線は左右おおよそ五度になる。スマートフォンのコンパスアプリで、自宅から見た正確な方位角を測ることが推奨されている。
距離測定機能付きの地図アプリも欠かせなく、自宅から目的地までの直線距離を測るために使う。この距離が方位取りの「効果の強さ」を左右する最重要パラメータとされている。
天然塩、いわゆる粗塩も用意し、盛り塩用だ。精製された食卓塩ではなく、海水を原料とした天然塩でなければ浄化力が弱いとされる。
小皿や塩用の器も要る。玄関、トイレ、キッチン、寝室の四隅などに置くため、最低四枚から五枚を人数分用意する。
お土産を入れる袋やタッパー。現地の水を持ち帰る場合は密閉できる容器。五リットル以上を推奨する流派もある。
そして御守りやお札を安置するための小さな棚や台。方位除け祈願を受ける場合は、帰宅後にお札を安置する目線より高い場所を、事前に決めておくとよいとされる。
いつ、どこまで、何回行くのか
行う日時と方角の選び方には、複数の流派やサイトで細かいルールが存在する。実践者の間でよく引用される目安をまとめておこう。
まず距離の階層になる。
「年盤」の吉方位を活かすなら五百キロ以上。「月盤」なら百キロから五百キロ、「日盤」なら二十キロから百キロ。より細かい「刻盤」、つまり時間帯ごとの盤なら五キロから二十キロが目安とされる。
最低ラインとして「二百キロ以上、一泊」を推奨するサイトが多い。二百キロが難しい場合でも「五十キロを超えていれば効果はある」という緩和ルールも語られている。ただし体感は弱まるという。
逆に近すぎる、数キロ程度の移動は「プチ吉方取り」「吉方さんぽ」と呼ばれる。一キロ先の吉方位上の目的地へ徒歩で行き、一時間から二時間滞在する。そんな手軽な実践法も紹介されている。
ただし但し書きが必ず付く。「五分程度の短すぎる吉方取りはほとんど意味がない」というものだ。
日取りについて。月の区切りは一日ではなく「節入り日」、毎月おおむね四日から八日頃であることに注意する。
そのため「毎月十日以降に行く」ことを勧める記述が複数見られる。月初の一日から二日はまだ前月の気が残っているためだ。
二月生まれの節入りは立春、二月四日前後と重なるため特に敏感に扱われる。「二月は二十日以降に海外旅行するのが望ましい」という具体的な言及もある。
また土用の期間は方位取りの効果が下がるとして避けるべきとされる。例年おおよそ四月十七日から五月十日、七月十七日から八月十日、十月十七日から十一月十日、一月十七日から二月十日になる。
回数について。方位取りを始めて最初の三か月は「毎月一回以上」行うと効果が定着しやすいとする説がある。
一方で、宿泊を伴う本格的な方位取りは「一か月から二か月に一回で十分」という穏やかな目安も語られている。
年に一度、正月に発売される「今年の大吉方位」ガイドを参考にする実践者も多い。その年の大吉方位にあたる温泉地を選んで旅行することを、毎年恒例の開運行事にしているわけだ。
時間帯について。現地への到着時刻を、YouTubeなどで配信される「週末吉方位」の指定時間帯に合わせて調整する。より上級者向けの実践法になる。
屋内施設を目的地にする方法もある。温泉施設、スーパー銭湯、ファミレス、ホテルなど、天候に左右されない場所だ。「出発時刻は時盤による指定時間を厳守」「最低二時間以上滞在」という手順を掲げるサイトもある。
同行者について。家族で本命星が異なる場合、全員にとっての吉方位が完全に一致することは稀だ。世帯主や家計を支える人の吉方位を優先するのが基本とされる。
原則としては一人で行動するのが望ましいという説も根強い。「同行者にもその人自身の吉方位判定が必要」という厳格な立場も存在する。
方違えという、応用技
どうしても凶方位にしか引っ越せない事情がある場合の技法もある。「方違え(かたたがえ)」だ。
一度別の方角に仮住まいを経由してから本引っ越しをするという、二段階移動の技法になる。
具体的には二パターンある。
一つは、現在の住まいから見て吉方位にあたる場所へ六十日以上の仮住まいをしてから、本来の新居へ移る方法。理想は七十四日以上ともいわれる。
もう一つは、既に凶方位へ引っ越してしまった後の対処だ。一旦別の仮住居へ引っ越し、その仮住居から現住居へ改めて吉方位で引っ越しし直す。
効果の大きさは「移動距離かける滞在時間」で決まるとされる。
最も簡易な形も紹介されている。「一日だけ違う方角の宿に泊まる」「親戚や友人の家に一泊するだけでも効果の反映が期待できる」というごく手軽なやり方だ。
さらに引っ越しそのものをせず、寝室だけを吉方位側に変える「寝床違え」という代用策もある。
唱える言葉についても触れておこう。
九星気学そのものに固有の祈願文言や唱え言葉が体系立てて公開されている例は、調査した範囲では見当たらなかった。
方位除け祈願を神社で受ける場合も、実際の祝詞は神職が儀式内で唱えるものである。一般には非公開となっていることが多い。
そのため実践者の間では、一般的な祈願の言葉の「型」を自分なりにアレンジして用いる例が多く見られる。
現地の神社仏閣に立ち寄った際の型はこうなる。「本日はこの地を訪れさせていただきありがとうございます」
続けて名乗る。「これこれの星の、誰それと申します」
そして願う。「この土地の良い気をいただき、これこれが叶いますようお導きください」。願い事は新しい人間関係、仕事運の向上といった具合で、これを心の中もしくは小声で唱える。
盛り塩を交換したり処分したりする際の型はもっと簡潔になる。「ありがとうございました」と一言、感謝を込めて唱えてから流す。複数のサイトで紹介されている。
パワースポットで石を持ち帰る場合の型もある。島根県の玉作湯神社の「叶い石」の作法が典型例として引用される。
願い石に叶い石を触れさせながら、御神水で清める気持ちで願い事を静かに唱える。願い札に名前と願い事を書いて、一枚は納め、もう一枚は石と一緒に持ち帰る。願いが叶ったら石を神社へ返しに行くのが慣わしとされる。
厳密な「呪文」というより、共通する型がある。「感謝」「自己紹介、名前と本命星」「具体的な願い事」の三点を短く声に出す、というものだ。
当日の、動きかた
実践者のブログやサイトの記述を整理すると、方位取り当日の一連の流れはおおむね次のようになる。
まず出発前日までに自宅を掃除しておく。旅行から戻ったときに、良い気がきれいな部屋に入るようにするためとされる。
出発当日は、行き先の方角にふさわしい服装や持ち物を意識し、北方位なら白や黒。南方位なら華やかなメイクや帽子。西方位なら少し高価なアクセサリーを身につける。
そんな対応例が語られているみたいだ。
自宅を出る時刻と方位を厳守して出発する。肝心なのは「出発する日と時刻の方位」であり、帰り道の方位は気にしなくてよいとされる。一度出発したら、途中で予定を変えず目的地まで到達することが重要になる。
現地に到着したら、まず神社仏閣があれば立ち寄る。感謝の気持ちで三十分程度は滞在して参拝する。
その土地の名産品、食べ物、お酒をいただく。北陸なら海の幸、新潟なら地酒、沖縄なら郷土料理といった具合だ。土地の気を体内に取り込む行為として位置づけられている。
井戸水や湧き水がある土地では、五リットル程度を目安に水を汲んで持ち帰る。できるだけ早く飲み切るとよいとされる。
宿泊を伴う場合は、厳格なルールを掲げるサイトもある。初日の夜二十二時三十分までに部屋に入り、翌朝の日の出まで部屋の外へ出ないというものだ。これを破ると宿泊一泊分のエネルギーを十分に得られないとされる。
滞在中は、海や山、日の出や日の入りなど印象的な景色を撮影し、旅の記録として残す。SNSでシェアすることを勧める例もある。
帰路につく前に、お土産を購入し、自分用の品と、他者に配る品の両方だ。自分用のお土産は帰宅後すぐに使い始める。旅行先で得た気を日常生活に定着させる目的があるとされる。
後始末についても見ておこう。
帰宅後も掃除を継続し、家の中に良い気が充満する状態を保つ。
帰宅直後や数日以内に、だるさ、頭痛、眠気などの軽い体調不良が出ることがある。これは「毒出し」、いわゆる好転反応と呼ばれ、悪い気が抜けていく過程として好意的に解釈される。ただしこの説明については、後述の通り批判的な意見も多い。
持ち帰った水はできるだけ早く飲み切る。長期間放置せず、数日から一週間程度を目安に使い切るという記述が見られる。
持ち帰った石やお守りなどは、目線より高い位置に安置し、できれば東向きか南向きの場所がいい。北東の鬼門、南西の裏鬼門の方角は避けるべきとされる。
盛り塩は七日から十日に一回、長くても一か月以内には交換する。使用後の塩はシンクで水に溶かして流すか、紙に包んで処分するか、庭の土に還す。処分の際には「ありがとうございました」と感謝の言葉をかけるのが作法とされる。
凶方位へ引っ越してしまった場合の事後対策も、四つ紹介されている。
一つ目は、転居先の住所で改めて「方位除け祈願」を神社に申し込み、授与されたお札を新居の高い場所に安置すること。
二つ目は、神主に家まで来てもらい家の中の気を払ってもらう「家祓い」。
三つ目は、一泊だけ別方位の宿に泊まる「方違え」。
四つ目が「八方除け」の祈願になり、費用の目安は五千円前後からとされる。
願掛けで持ち帰った石、叶い石などは、願いが叶った際にお礼を込めて現地の神社へ返しに行くのが正式な作法だ。
効いた話と、効かなかった話
体験談を並べていこう。肯定的なものから、否定的なものまで。
一件目は肯定的な例になり、心の旅研究家を名乗る女性の話だ。
夫婦ゲンカが絶えず生活費にも困窮していた時期に、西北方位にあたる韓国ソウルへ夫と旅行した。景福宮、昌徳宮、宗廟、北村などを巡る旅だ。
当時は吉方位とは知らずに旅していたという。ところが帰国から二か月後、セミナーで知り合った編集者から出版の話が舞い込む。翌年に著書を出版した。
以後、企業講演や専門学校講師の依頼が相次いだ。「専業主婦から一気になりたいステージへ上がった」と振り返っている。
二件目も肯定的な例で、カラーコーディネーターを名乗る女性の話になる。
南方位への三泊四日の一人旅を実践した。自宅から百キロ以上の距離だ。
旅行前に頭痛という「毒出し」の兆候があったが、帰宅後には消えたという。旅先で受けた歯科治療とあわせて、体調も運気も好転したと評価している。
三件目は中立からやや懐疑的な例になり、手帳コンシェルジュを名乗る七赤金星の女性の話だ。
神奈川から茨城県の筑波、桜川市という北東方位へ、一泊二日の一人旅を実践した。温泉ホテルに宿泊し、雨引観音と筑波山神社を参拝している。
本人は「運が良くなったという直接的な体感はない」としながらも、こう総括する。一人旅を通じて「地に足のついた自信」を得られた、と。
四件目は結果が未確定の例になり、独身三十代の女性が、片思いの進展を願った話だ。
生年月日から算出した吉方位「西北西」にあたる金沢へ、三泊四日の一人旅をした。毎日名物の寿司を食べる、指定のホテルに宿泊する、夜の美術館周辺を散策する。そんな具体的な行動を積み重ねたと記録している。
ただし記事は「続く」で締めくくられ、結果は明かされていない。
五件目からは否定的な例になり、三年間の実践で効果なし、という話だ。
Yahoo!知恵袋の質問者は、三年間にわたり日盤と月盤の吉方位を意識した。三百キロ離れた場所への二泊旅行を何度も繰り返している。
それでも結論は厳しい。「はっきり言って全く効果はありません」
さらに構造そのものへの疑問も投げかけられている。「良いことがあれば吉方位のおかげ、悪いことがあれば凶方位のせい、どちらが起きても方位のせいにできる」
ベストアンサーは「早く気づいたのは賢明」と肯定しつつ、気学よりも四柱推命の方が正確だと提案している。
六件目も否定的な例になり、引っ越し後、二年間の不調という話だ。
別の知恵袋の質問者は、九星気学上「大吉方位」とされる土地に引っ越した。それにもかかわらず、二年間にわたり友達ができない、新しい仕事も始められないなど停滞が続いたと相談している。
五百キロ以上の吉方位旅行も試したが「特に生活が良くなった感じはない」という。
回答者の一人は自身の経験を語る。「過去に九星気学を信じて大吉方位に移転したが散々な目に遭い、二度としないと決めた」
そして厳しく批判する。「転居すれば必ず誰かが不幸を被るのが九星気学」「悪いことが起きると『毒出し』を持ち出されるだけ」
七件目は二十年来の実践者の悩みだ。
二十年以上にわたり気学に基づいて引っ越しを重ねてきたという質問者が、東方位への引っ越し後「今までになく歯車が狂っている」と相談している。
三年目に入っても小さなトラブルが絶えなく、郵便事故、スマートフォンとパソコンの同時故障。人間関係も途絶えがちだという。
それでも指導者からは「理論的には正しいのだから好転反応だ」と言われ続けてきたそうだ。
八件目は、鑑定士自身の失敗告白になる。
九星気学の鑑定士を名乗る女性自身が、SNS上で告白している。自らの引っ越し後に体調不良、人間関係のもつれ、仕事の停滞を経験し、後から凶方位だったと気づいたというのだ。
対策として彼女が勧めるのは三つ。「不安を増やしすぎない心構え」「帰宅後に生活リズムを整えてから吉方位旅行に出る」「玄関や水回りの掃除など環境整備を優先する」
掲示板とSNSでの、反応
五ちゃんねるの占いスレッドでは、方位取りの実践者と懐疑派の間で継続的な議論が見られる。
肯定側は「正しい方位での移動は運気の流れを変える可能性がある」と主張する。
これに対し懐疑側からは、根本的な疑問が繰り返し投げかけられている。「願いが叶わないことも普通に起こる、それをどう説明するのか」「命理で本当に予測できるなら、なぜしばしば外れるのか」
そして最も鋭い指摘はこうで、「そもそも運気が良くなったのか悪くなったのか、後から判断のしようがない」。いわゆる反証不可能性の問題になる。
占い講座系サイトでは、吉方位旅行で「よくある体験」がパターン化されて紹介されている。
電車やバスにちょうどよいタイミングで乗れ、何気なく入った店の食事が予想以上に美味しい。天気に恵まれ、思いがけず良い店や名所に行き着く。
ホテルが無料でアップグレードされ、旅行後にちょっとした臨時収入がある。
こうした小さな幸運の積み重ねが、方位取りの「手応え」として語られる傾向がある。
XやInstagramでは「吉方位」「吉方位旅行」「方位取り」といったハッシュタグのもとで、旅行記や開運報告の投稿が継続的に見られる。
アメーバブログでは「吉方位旅行」タグの人気記事一覧ページが存在する。多数のブロガーが自分の吉方位旅行記を投稿し合うコミュニティ的な文化が形成されている。
YouTube上でも九星気学解説チャンネルが複数存在する。コメント欄では視聴者同士が自分の本命星や、実践した方位取りの結果を報告し合う様子が見られる。
全体としてネット上の言説は、両極に分かれている。劇的な人生好転を報告する肯定的な体験談と、何年実践しても効果を感じられない、むしろ悪化したとする否定的な体験談だ。
そして「効果があったかどうかは結局本人の解釈次第」という構造そのものに対する、冷めた指摘も一定数存在する。
亀の甲羅から、旅行会社のパンフレットまで
ここからは、この体系がどこから来たのかを追っていきたい。
九星の骨格は洛書という三かける三の魔方陣にあり、縦横斜めのどこを足しても十五になる、あの並びだ。
数学的には二百年以上前から知られた単純な構造で、神秘性はないと言ってしまえばそれまでになる。だが古代中国では、この十五という同値性が「天地の均衡」の象徴として扱われた。
九つのマスを九宮と呼び、各宮に八卦と方角を割り振ったものが後天定位盤になる。これが動かない土台で、年月日ごとに星がこの上を巡っていく。それが九星術の全体構造だ。
河図としばしば並べて語られるが、河図は一から十までを配した別図で、五行の相生を説明する図とされる。実占で使うのは、もっぱら洛書のほうになる。
この九宮を軍事に応用したのが遁甲、のちの奇門遁甲だ。
文献上の初出は『後漢書』あたりまで遡るとされ、隋代の目録には六甲関連の書が五十点以上も並んでいた。
日本には七世紀初頭、百済の僧が暦本や天文遁甲の書を携えて渡来したという記録がある。これが方位術の最初の輸入経路と考えられている。
奇門遁甲は九宮の上に八門、天盤九星、八神を重ねる三層構造になる。八門とは休、生、傷、杜、景、死、驚、開の八つで、九星気学とは別物と考えたほうがいい。
日本語で書かれた本格的な奇門遁甲の書は、明治十五年の山川九一郎の著述あたりが古い部類に入るという研究がある。つまり日本では、遁甲は近代になるまで一般には流通していなかった。
では日本の方位忌みは何を土台にしていたのか。暦注である。
律令の陰陽寮が作り、貴族に配られた具注暦には、日ごとの干支と吉凶注記がびっしり書き込まれていた。
そこに天一神という方位神が登場し、この神は八方を巡り、いる方角へ向かうのを忌む。
厄介なのは五日から六日ずつ同じ方角に居座ることだ。職場と自宅の間がその方角にあたると、生活が回らなくなる。
そこで生まれたのが方違えになり、前夜に別方角の家へ泊まり、そこを出発点にして目的地へ向かう。要は「私の家はきょうはこっちです」と方位神に申告し直す技法だ。
平安貴族はこれを日常的にやっていて、日記や物語にも普通に出てくる。
ここで押さえておきたい点がある。方違えは九星気学の作法ではなく、九星気学より千年近く古い別系統の慣習だった。現代の気学が方違えという言葉を借りているのは、いわば後世の再利用になる。
明治に入って改暦が行われ、旧暦の暦注は官の暦から追い出された。ところが需要は消えない。
ここで出てくるのが柄澤照覚という出版人で、高島嘉右衛門の名を冠した暦本を、明治三十年代から売り出した。
研究によれば、これはかなり戦略的な出版物だったという。取締りをかわすために「暦」の字を巧みに避け、度量衡表や郵便料金表といった実用情報を抱き合わせて出した。
六曜や九星といったお日柄情報を庶民に届け続けた媒体が、この系統の暦本になる。
戦時下の昭和十六年には、内務省の通知で六曜と九星の掲載が難しくなった時期もあった。戦後には規制が解け、神宮館をはじめとする各社の運勢暦が年末の書店に山積みされる光景が定着する。
園田真次郎という人
そして園田真次郎である。
明治九年に群馬県桐生に生まれ、昭和三十六年に没した。易者名を荻野地角といった。
彼がやったのは新しい占術の発明というより、当時流行していた九星方鑑学の整理と簡略化になる。大正十三年ごろにその体系がまとまったとされる。
易の卦を立てなくても生年月日だけで本命星が出せる。方位の吉凶が盤一枚で見える。この「難しくなさ」が普及の決め手になった。
『気学と幸運』『気学新解』『方位明鑑』といった著作を残し、その系譜は宗家を名乗る団体へ受け継がれている。
園田系のほかにも複数の系統が並立しており、松田統聖のように独自の暦研究と解釈を打ち出した論者。高島易断系の暦本を土台にした実占家。中国伝来の紫白九星や玄空飛星に軸足を置く流れ。
どれが正統かという議論は当事者間で長く続いており、ただ外から見て優劣を判定できる材料はない。ここでは「流派によって前提が違う」とだけ言っておく。
戦後、方位取りが大衆化した背景には住宅事情がある。
高度成長期の人口移動で引っ越しが日常になった。家を買うか借りるかという人生最大級の決断が、暦の吉凶と結びついたわけだ。
そして今、この慣習は観光産業に接続している。
吉方位の温泉地を組んだツアー。開運を看板にした宿のプラン、位置情報から今日の吉方位を弾き出すアプリ。
年始に発売される運勢本が「今年の大吉方位」を告げ、それを見た人が旅行を予約する。占術としての正しさとは別に、産業としてはきれいに回っている。
はっきり言って、この構造を知ったうえで付き合うと、変な高揚も変な軽蔑もしなくて済む。
机の上に、何を並べるか
方位盤は一枚あると格段に楽になる。
市販の透明な回転式方位盤でもいい。後天定位盤を紙に書いて、その上に半透明のトレーシングペーパーで年盤や月盤を重ねる自作でも十分実用になる。
重ねられることが大事だ。年盤と月盤と日盤の三枚を同時に見て「全部の盤で凶が来ていない方角」を探すのが実占だからである。
暦は紙のものを一冊用意したい。
節入りの日時が分単位で載っているのは紙の暦本の強みになる。二月三日生まれと二月四日生まれのどちらが前年扱いになるかを判定するには、この分単位の情報が要る。アプリだけで済ませると、境目の日にぶつかったときに詰む。
地図は距離測定機能のあるものを使う。
直線距離を測るのであって、道のりではない。自宅の座標から目的地の座標までの大圏距離、要はまっすぐの距離だ。これは各流派で共通している。
コンパスの話は独立させておこう。
要点は、針が指す磁北と地図の真北はずれるということだ。
日本では西へ数度から十度弱ずれる地域が多い。東京あたりで七度前後というのがよく引かれる数字になる。北海道の北端と沖縄では値がかなり違うし、年ごとにも少しずつ動く。
国土地理院が磁気図を公開しているので、自分の土地の数字を一度調べておくといい。
気学の多くの流派は真北で線を引くと説く。理由として「気学は北極星を基準にした天体の学であって、地磁気とは無関係だから」という説明がよく出る。
一方で磁北を採る流派もあり、こちらは実感を根拠にすることが多い。決着はついていない。
実務的な妥協策はこうなり、方位帯のまん中を取れば、七度のずれでは結論が変わらない。境界ぎりぎりの近場を狙うのが、一番もめるらしい。
記録帳はノートでも表計算でもいい。ただし項目は固定しておく。
出発日時。出発地の住所、目的地の住所、直線距離。
その日の年盤、月盤、日盤の中宮、判定に使った吉方の理由、現地での滞在時間、飲んだ水や入った湯だ。
帰宅時刻、そして「その後どうなったか」を書く欄。
最後の欄を日付つきで淡々と埋めていく。それが、後で自分を検算する唯一の手段になるわけだ。
盤を、自分の手で出す
まず暦の区切りから確認しよう。
気学の一年は立春に始まる。二月四日前後だが、年によって三日にも五日にもなるので暦を見る。一月一日から立春前日までに生まれた人は前年生まれとして計算する。
月の区切りも同じ発想になり、二十四節気のうち十二の節気が月の入口だ。立春、啓蟄、清明、立夏、芒種、小暑、立秋、白露、寒露、立冬、大雪、小寒の十二になる。
中気、雨水や春分などは月の途中に来るので、月替わりには使わない。つまり九月の月盤は九月一日ではなく、白露から始まる。
年盤を出してみよう。
西暦の各桁を一桁になるまで足し、十一から引く。答えが九を超えたら九を引き、〇以下なら九を足す。
二〇二六年でやると、2+0+2+6=10、1+0=1、11-1=10、10-9=1。中宮は一白水星になる。
二〇二五年なら2+0+2+5=9、11-9=2で二黒。中宮は毎年ひとつずつ減っていくので、この二つが連続していれば計算は合っている。
ちなみに桁和が二桁になったら一桁まで足し切るのを忘れると、答えがずれる。ちなみに、そこだけ注意しておいてほしい。
中宮が決まったら八方へ配る。公式は簡単だ。
各宮の星は、その宮の定位数に、中宮の数から五を引いた値を足したものになる。はみ出したら九で戻す。
定位数は北が一、南西が二、東が三、南東が四、中央が五、北西が六、西が七、北東が八、南が九。
二〇二六年、中宮一白で差はマイナス四になり、全部やってみよう。
北は1-4=-3で六白。南西は2-4=-2で七赤、東は3-4=-1で八白、南東は4-4=0で九紫。
北西は6-4=2で二黒、西は7-4=3で三碧、北東は8-4=4で四緑、南は9-4=5で五黄だ。
検算は二つあり、九つの星が重複なく一度ずつ出ているか。そして九宮の数の合計が四十五になるか。1+6+7+8+9+2+3+4+5=45、合っている。
月盤を出そう。
月盤の中宮は、その年の十二支によって二月、立春からの起点が変わる。
子、午、卯、酉の年は八白から。辰、戌、丑、未の年は五黄から。寅、申、巳、亥の年は二黒から始まり、そこから毎月ひとつずつ減っていく。
二〇二六年は丙午年なので午の組になり、二月の中宮は八白だ。
三月七赤、四月六白、五月五黄、六月四緑、七月三碧、八月二黒、九月一白、十月九紫、十一月八白、十二月七赤、そして二〇二七年一月が六白と続く。
ここで注意したいのが節入りになる。この記事を書いている九月三日はまだ白露前だから、暦の上では八月、申月だ。月盤中宮は二黒土星のままになり、九月七日ごろの白露を過ぎて、初めて一白の月盤に切り替わる。
月初の数日を勘違いして動くと、まるごと違う盤で判定してしまう。
八月盤、中宮二黒で差はマイナス三になる。配ると、北七赤、南西八白、東九紫、南東一白、北西三碧、西四緑、北東五黄、南六白。
九月盤、中宮一白は年盤とまったく同じ配置になる。年と月の盤が重なる月は、吉も凶も強く出ると言われる月回りだ。
日盤を出そう。正直、ここが一番ややこしい。
日盤には陽遁と陰遁があり、冬至に最も近い甲子の日から陽遁で、一白、二黒、三碧と進む。夏至に最も近い甲子の日から陰遁で、九紫、八白、七赤と戻る。
甲子から始めて六十日ずつ三回、計百八十日で半周する設計になる。
ところが一年は三百六十日ではなく、だからずれが溜まる。
そこで十一年から十二年に一度ほど「閏」として六十日ぶんを挿入し、辻褄を合わせる。この閏をいつ、どう入れるかが流派によって違う。
だから同じ日でも、暦本によって日盤の中宮が一つずれることが実際に起きる。
日盤は自力計算より暦本を引くほうが安全になる。しかも「自分が使う暦本を一冊に決めて浮気しない」のが実務上の最適解だ。複数の暦を見比べて食い違いに悩むのは、ほぼ確実に時間の無駄になる。
時盤も見ておこう。一日を二時間ずつ十二の刻に割り、その日の九星と日の十二支から起こす。
日盤と同じく陽遁陰遁があり、計算式もあるにはあり、ただここも暦本や計算ツールに任せてよい。
時盤まで合わせるのは、近場へ数キロ動くタイプの実践で意味が出てくる。遠方へ一泊するなら、年盤と月盤の重みのほうが桁違いに大きいとされる。時刻に神経質になる必要は薄い。
本命星と月命星についても整理しておく。
本命星は年盤の中宮の出し方と同じ計算で、生まれ年から出す。一月一日から立春前日生まれは前年で計算する。
月命星は、本命星を三つのグループに分けて生まれ月と突き合わせる表を使う。ここも節入り基準になり、たとえば三月三日生まれは、暦の上ではまだ二月扱いだ。
本命星と月命星が揃うと、その人の吉方の判定材料が出そろう。
傾斜と同会という技法もある。
傾斜は、本命星を中宮に置いた盤を作り、そこで月命星がどの宮に入るかを見る技法だ。入った宮の名がその人の傾斜宮になり、坎宮、坤宮、震宮といった名前で、性格や運の癖を読む材料になる。
本命星と月命星が同じ星の場合は中宮傾斜となり、扱いは流派で分かれる。
同会は逆になり、その年や月の盤で、自分の本命星がどの宮に回座しているかを見る。
たとえば本命星が定位で南、九紫の宮に入っていれば「九紫と同会」だ。九紫の象意、目立つ、明るみに出る、離別といったものが、今年のテーマとして読まれる。
傾斜が生まれつきの傾き、同会がその時期の巡り。そう整理しておくと混乱しないはずだ。
凶を潰す順番
判定は「吉を探す」より先に「凶を消す」。順番が決まっていて、上から機械的に潰していくのが速い。
五黄殺は五黄土星が回座した方位になり、中宮に五黄が入る年は、五黄殺なしと扱われる。
暗剣殺はその真向かい。
歳破はその年の十二支の真向かいの方位で、月ごとの同じ理屈が月破になる。
本命殺は自分の本命星が回座した方位、本命的殺はその真向かい。月命星について同じことを言う流派もあり、月命殺、月命的殺と呼ぶ。
小児殺は十二歳前後までの子どもに対して見る凶方になる。その年の十二支と月盤の組み合わせで決まるとされるが、算出法が流派で割れている。暦本の小児殺欄を引くのが確実だ。引っ越し、入学、習い事の開始など、子どもにとって環境が大きく変わる場面で見る。
二〇二六年の年盤で実際に潰してみよう。
五黄は南にいるから南が五黄殺。真向かいの北が暗剣殺になる。
丙午年なので支は午、その真向かいの子は北で、つまり北は歳破でもある。
北は二重の凶になり、この年に北へ引っ越すのは、気学的にはまず選ばれない。
ここに個人ごとの凶が乗る。仮に本命星が八白の人なら、八白は東にいるので東が本命殺、真向かいの西が本命的殺だ。
この人の二〇二六年は、南も北も東も西も全部消える。残るのは南東、南西、北西、北東の四隅だけ。そこから五行の相性で吉方を選ぶことになる。
八月盤、中宮二黒でも同じことをやってみる。五黄が北東なので北東が五黄殺、南西が暗剣殺。申月なので月破は寅の方位、すなわち北東になり、北東は五黄殺と月破の二重だ。
九月盤は年盤と同じ配置だから、南が五黄殺、北が暗剣殺。酉月なので月破は卯の方位で東になり、年盤で北を避けている人は、九月も引き続き北を避けることになる。
凶方の一覧も整理しておこう。
五黄殺は五黄土星のいる方位で、年、月、日の盤で見る。暗剣殺は五黄殺の真向かいで、同じく年、月、日。
歳破と月破は、その年や月の十二支の真向かいで、年と月の盤を見る。
本命殺は自分の本命星のいる方位で、年、月、日。本命的殺はその真向かいで、同じく年、月、日。
小児殺は暦本の該当欄を参照し、月盤で見る。
年盤で凶、月盤で吉、という食い違いは日常的に起きる。
一般には長い盤ほど重いとされ、年盤の凶を月盤の吉で打ち消せるとは考えない流派が多い。
逆に、年盤で吉でも月盤で五黄殺が乗っていれば、その月は見送って翌月に回す。
三枚の盤が全部きれいに揃う日は思ったより少なく、月に数日しかないことのほうが普通だ。だから予定が立たないという不満は、実践者の間でもよく出るみたいだ。
水を汲む、砂を取る、湯に入る
祐気取りは吉方位取りの別名で、その土地の気を身体に取り込む行為として説明される。取り込む経路として伝統的に語られるのが、水と砂と湯の三つになる。
まず水を取る場合。
湧き水や井戸水、神社の御神水を汲んで持ち帰り、飲む。量は一升瓶ほど、およそ一・八リットルを適量とする記述が多い。
持ち帰った水を朝夕二回に分けて、九日間かけて飲み切る。そんな日割りがよく紹介される。
現地で最初の一口をその場で飲むこと。飲み切れない量を欲張って汲まないこと。これも繰り返し言われる。
ここで衛生の話を挟んでおきたい。湧き水は無条件に安全ではない。
飲用可の表示がない水は原則として飲まなく、汲んだ水は十日以内に使い切り、飲む前に一度沸かす。
子どもや高齢者、体調に不安のある人はさらに慎重にしたい。飲用を避けて風呂に入れるか、掃除に使うほうに切り替えるのが現実的だ。作法より先に安全が来る。ここは念のため強調しておく。
次に砂を取る場合。
お砂取りと呼ばれ、吉方の神社の境内や霊場の砂を少量いただいて持ち帰る。自宅の敷地に撒くか、紙に包んで玄関に置く。
水よりも作法の伝承が薄く、流派ごとにばらつきが大きい。
共通しているのは三点で、必ず先に参拝すること。社務所や寺務所に一言断ること。指定された場所以外の土を勝手に掘らないこと。
砂の持ち出しを認めていない社寺のほうが多いくらいなので、断られたら素直に引く。
持ち帰った砂はいつまでも置かなく、一定期間ののち感謝して土に還す、あるいは元の社寺に戻す。
そして湯に入る場合。
温泉は水と土の気を同時に受け取れるとされ、祐気取りの目的地として温泉地が選ばれやすい理由だ。
ここも安全の話を先に置きたい。長湯、飲酒後の入浴、急激な温度差は循環器に負担をかける。
血圧や心臓の持病がある人、妊娠中の人、服薬中の人は、方位より先に医師の指示に従う。泉質によっては入浴を避けるべき条件があるので、浴場の掲示は必ず読む。
開運の作法として「何分入る」といった数字が語られることがある。だが体調のサインのほうが、常に優先される。
距離と時間、そして記録
距離と滞在時間については諸説が並立していて、統一見解はない。
年盤を動かすなら五百キロ以上、月盤なら百キロから五百キロ、日盤なら二十キロから百キロ、時盤なら数キロ。そんな階層論がひとつある。
滞在については「二刻を越えると影響が出る」という言い方がある。年盤なら二年、月盤なら二か月、日盤なら二日という換算になる。
ただしこの数字をそのまま取ると、引っ越し以外は成立しなくなる。だから実務では読み替えられており、「日盤なら日帰りで数時間、月盤なら一泊、年盤なら転居」という具合だ。
要するに、盤の大きさと移動の大きさを釣り合わせる。その発想だけが共通していて、具体的な数値は流派の裁量になる。数字が割れているという事実そのものを知っておくのが、いちばん実用的だろうね。
日数と回数についても目安があり、始めた最初の数か月は月に一度ずつ、慣れたら一か月から二か月に一度。そんな緩やかな線だ。
効果が現れる時期については「一、四、七、十、十三」の法則がよく引かれる。日盤なら日単位、月盤なら月単位、年盤なら年単位で、その節目に出るとされる。
当然ながらこれは検証された周期ではなく、九星が一巡する数の語呂に由来する経験則の域を出ない。
逆に言えば、この法則を知っていると危うい面もある。「四か月後に何か良いことが起きたら祐気取りのおかげ」と、後付けで結びつけやすくなる仕組みでもあるからだ。
記録の付け方についても書いておこう。
書くべきは結果ではなく前提になる。出発前に、期待していること、不安なこと、体調、懸案事項を三行書いておく。
帰ってから一か月後、四か月後に同じ欄を読み返して、当時の自分が何を期待していたかを確かめる。
人は良いことがあると「そういえばあの旅行の後だ」と結びつける。そして期待していた内容そのものを、事後に書き換えてしまう。
前提を先に固定しておくのは、その書き換えを防ぐ唯一の方法に近い。占いを続けるにせよ辞めるにせよ、この記録があるかないかで見えるものが違ってくる。
御礼参りについても触れておきたい。
願いが叶ったとき、あるいは吉方位で受け取ったと感じるものがあったとき、その社寺へ戻って報告し礼を述べる。持ち帰った石やお守りを返す作法もここに含まれる。
時期の決まりはないが、一年以内を目安とする言い方が多い。
これは占術というより参拝の礼儀の話になり、方位の吉凶とは切り離しても成立する。祐気取りの中でいちばん筋が通っている作法だと思う。
方災を受けたと感じたときの選択肢も並べておこう。
凶方位へ動いてしまった、あるいは動いたあとに不調が続いている。そう感じたときは、社寺で方位除けや八方除けの祈祷を受ける、お札を授かって高い位置に安置する、家祓いを依頼する、方違えとして別方位に一泊し直す。そういったところが伝えられている。
時期については、気学の年が立春で切り替わるという理屈から、年始から立春までの間に受けるのが良いとする説が優勢だ。ただしこれも流派の見解で、随時でよいとする社寺も多い。
ここで大事なのは別のことになり、体調不良が続いているなら、方位除けより先に医療機関へ行くということだ。だるさや頭痛を「毒出し」と呼んで放置するのは、いちばんやってはいけない部類に入る。
方違えの現代的な運用についても、現実的に考えたい。
平安の方違えは徒歩と牛車の世界の技法で、そのまま現代に持ってきても噛み合わない。
現代版として語られているのは、転居前に吉方位の場所へ一定期間住んでから本来の家へ移る二段階転居。あるいは既に凶方位へ引っ越したあとで、一度別の仮住まいを挟んで入り直す方法になる。
期間として六十日以上、あるいは七十四日以上という数字が挙がる。
ただこれ、賃貸契約と実費と勤務先の事情を考えると、多くの人にとって現実的ではない。仮住まいの家賃と二重の引っ越し費用が、方位の吉凶で得られると想定される利益を上回るのは普通に起きる。
簡易版として一泊の宿泊で代用する、寝室の位置を変えるといった代替策が語られるのも、コストと折り合いをつけようとした結果だろう。どこまでやるかは、自分の財布と生活を基準に決めていい。
唱える言葉――原文と、読みと、訳
先に断っておきたい。
九星気学そのものに、園田真次郎の系譜が定めた固有の唱え言葉が体系として公開されている例は、調べた限り確認できなかった。
実践者が使っているのは、神道の一般的な祓詞や、参拝時の私的な祈願文になる。以下に挙げるものも、九星気学の典拠ではなく神道の祝詞として伝わるものだ。
成立時期についても、いずれも近世以降の整理を経ている。古代からそのままの形で伝わったとは考えないほうがいい。
まず天津祝詞、いわゆる禊祓詞から。
原文はこうなり、「高天原に神留り坐す 神漏岐神漏美の命以ちて」と始まる。
続けて「皇親神伊邪那岐の命 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に」と誦する。
「禊祓ひ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等」と進む。
「諸々の禍事罪穢を 祓へ給ひ清め給ふと申す事の由を」と唱える。
「天つ神国つ神八百万の神等共に 聞こし食せと恐み恐みも白す」で結ばれる。
読みも追っておこう。「たかまのはらに かむづまります かむろぎかむろみのみこともちて」と唱える。
「すめみおやかむいざなぎのみこと つくしのひむかのたちばなのおどの あわぎはらに」と続ける。
「みそぎはらへたまひしときに なりませる はらへどのおほかみたち」と誦する。
「もろもろのまがごとつみけがれを はらへたまひきよめたまふと まをすことのよしを」と唱える。
「あまつかみくにつかみ やほよろづのかみたちともに きこしめせと かしこみかしこみもまをす」で終わる。
現代語訳はこうなる。天上の高天原にいらっしゃる神々、カムロギとカムロミの神の御はからいによって、伊邪那岐の神が禊をなさった。筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原でのことだ。
そのときにお生まれになった祓戸の神々よ。さまざまな災い、罪、穢れを祓い清めてくださいと申し上げる。その旨を、天の神々も地の神々も、あらゆる神々もともにお聞き届けください。畏れ多いことですが、そう申し上げます。
留保も付けておきたい。この祝詞は『延喜式』の祝詞にそのままの形で載るものではない。近世の神道家が『古事記』の禊の場面をもとに整えた短い祓詞と考えられている。
神社によっては用いなく、方位除けに固有の祝詞ではなく、汎用の祓詞になる。
次に六根清浄大祓を見ていこう。
原文は長い。「天照皇大神の宣く 人は則ち天下の神物なり」と始まる。
「須く静謐を掌るべし 心は則ち神明の主たり 心神を傷ましむること莫れ」と続く。
「是の故に目に諸々の不浄を見て心に諸々の不浄を見ず」と誦する。
「耳に諸々の不浄を聞きて心に諸々の不浄を聞かず」と重ねる。
「鼻に諸々の不浄を嗅ぎて心に諸々の不浄を嗅がず」と進む。
「口に諸々の不浄を言ひて心に諸々の不浄を言はず」と唱える。
「身に諸々の不浄を触れて心に諸々の不浄を触れず」と誦する。
「意に諸々の不浄を思ひて心に諸々の不浄を思はず」と続ける。
「此の時に清く潔きことあり 諸々の法は影と像の如し」と唱える。
「清く浄ければ仮にも穢るること無し 説を取れば得べからず」と進む。
「皆花よりぞ木の実とは生る 我が身は則ち六根清浄なり」と誦する。
「六根清浄なるが故に五臓の神君安寧なり」と続ける。
「五臓の神君安寧なるが故に天地の神と同根なり」と唱える。
「天地の神と同根なるが故に万物の霊と同体なり」と進む。
「万物の霊と同体なるが故に為す所の願として成就せずといふこと無し」と誦する。
そして「無上霊宝神道加持」で結ばれる。
読みの冒頭も挙げておこう。「あまてらすすめおほかみののたまわく ひとはすなわちあめがしたのみたまものなり」と唱える。
「すべからくせいひつをつかさどるべし こころはすなわちしんめいのしゅたり」と続ける。
「しんしんをいたましむることなかれ」と誦する。
以下、六根それぞれについて「めにもろもろのふじょうをみてこころにもろもろのふじょうをみず」といった形で繰り返していく。
結びは「わがみはすなわちろっこんしょうじょうなり」から「むじょうれいほうしんどうかじ」まで続く。
現代語訳を見よう。
天照大神が仰るには、人はこの世に生まれた神からの授かりものであり、静けさを保つべきものである。心は神の宿るところであるから、その心を傷つけてはならない。
だから、目がさまざまな汚れたものを見ても心はそれを見ておらず、耳が汚れたものを聞いても心は聞いていない。鼻が嗅いでも心は嗅いでおらず、口が言っても心は言っていない。身が触れても心は触れておらず、思いが浮かんでも心はそれを思っていない。
このとき清らかさが現れ、あらゆる現象は影や映像のようなものだ。もとが清らかであれば、かりそめにも汚れることはない。
言葉の説明にとらわれても本質は掴めなく、花があってこそ実がなる。
ゆえに我が身は六根清浄である。六根が清らかだから五臓を司る神が安らかであり、五臓の神が安らかだから天地の神と根を同じくする。
天地の神と根を同じくするから万物の霊と一体であり、万物の霊と一体であるから、願うことで成就しないものはない。この上ない霊妙な神道の加持がここにある。
留保も添えておこう。伊勢神道の影響下で成立したとされ、仏教の六根清浄の語を神道の文脈に取り込んだ祝詞になる。
山岳信仰や教派神道で重んじられてきた一方、成立年代や作者は確定していない。「願いが必ず成就する」という末尾の一文は宗教的な確信の表明であって、効果の保証ではない。
妙見信仰との関係にも触れておきたい。
北極星と北斗七星を神格化した妙見菩薩は、インド由来の信仰が中国の道教と習合して成立したとされる。七世紀ごろ日本へ入り、中世には千葉氏の氏神として関東一円に広がった。
方位を司る星の信仰という点で、九星の思想と親和性が高いのは確かだ。
明治の神仏分離のあと、多くの妙見社は祭神を天之御中主神へ改めた。復古神道の影響で、造化三神の筆頭であるこの神が北辰の神格として読み替えられたわけである。
ただし、天之御中主神を方位除けの神として祀る体系が古代からあったわけではない。この読み替えは近代の産物で、九星気学との直接の系譜関係も確認できない。
妙見の宝号として「南無妙見大菩薩」を唱える習慣は今も寺院に残る。だがこれは仏教側の作法であり、気学の実践とは別のものとして扱っておきたい。
要するに、星と方位という共通項で近縁に見える。それでも両者を一続きの伝統として語るのは無理がある。
二つの行程を、分単位で
実際の行程を組んでみよう。まず日盤を使う日帰り、片道五十八キロの例だ。
前日の夜までに部屋を片づけ、記録帳の前提三行を書いておく。
当日は五時四十分起床。身支度と朝食に四十分かけ、六時二十分に自宅を出る。
電車七十五分で最寄り駅に着くのが七時三十五分。そこから徒歩十五分で神社に着く。
参拝三十分。そこから徒歩十五分で湧水地へ移り、採水と休憩に三十分。
移動三十分で温泉施設に入り、入浴と休憩で百二十分、昼食に土地のものを食べて四十五分だ。
徒歩十五分で駅に戻るのが十二時三十五分。電車七十五分で十三時五十分に帰宅する。
積算を検算してみる。往路の移動は七十五足す十五で九十分。
現地での行動は、駅から徒歩十五、参拝三十、徒歩十五、採水三十、移動三十、入浴百二十、昼食四十五、駅まで十五。合計三百分ちょうど、つまり五時間になる。
復路は七十五分。九十足す三百足す七十五で四百六十五分だが、往路の徒歩十五分は現地側にも数えてある。だから出発から帰宅までは七十五足す三百足す七十五で四百五十分、七時間三十分だ。
六時二十分に七時間三十分を足すと十三時五十分。行程表と一致する。
滞在時間は七時三十五分から十二時三十五分まで、ちょうど五時間になる。
日盤の吉方を使う日帰りとしては、二十キロから百キロという目安の中に収まる。滞在も数時間を確保できている。
次に月盤を使う一泊二日、片道三百二十キロの例を見よう。
初日は八時に自宅を出る。在来線四十五分で始発駅、乗り換え待ち二十五分、新幹線百十分、在来線四十分、徒歩二十分で宿に着くのが十二時ちょうど。
荷物を預けて昼食六十分。移動と参拝で六十分、砂取りと散策で九十分、移動と買い物で六十分。
十六時三十分に宿へ戻って部屋に入るまで三十分だ。
十七時から二十二時三十分までの三百三十分を、入浴、夕食、記録帳の記入にあてる。そのまま就寝する。
翌朝は六時三十分起床。朝湯と朝食で九十分、採水と最後の参拝で六十分、九時に宿を出て駅まで二十分。
在来線四十分、乗り換え二十分、新幹線百十分、在来線四十五分で、十二時五十五分に帰宅する。
検算しよう。初日の移動は四十五足す二十五足す百十足す四十足す二十で二百四十分。八時に足して十二時、宿の到着時刻と合う。
宿到着から就寝までは六十足す六十足す九十足す六十足す三十足す三百三十で六百三十分。十二時に足して二十二時三十分、合う。
初日の総行動時間は八時から二十二時三十分の八百七十分。二百四十足す六百三十と一致する。
二日目は現地行動が九十足す六十で百五十分。六時三十分に足して九時ちょうど。
移動は二十足す四十足す二十足す百十足す四十五で二百三十五分。九時に足して十二時五十五分になり、二日目の総計は三百八十五分で、百五十足す二百三十五と合う。
滞在の総時間も出しておこう。初日十二時の到着から翌朝九時の出発までは二十一時間、千二百六十分になる。
内訳は初日の六百三十分、睡眠を含む夜間の二十二時三十分から六時三十分までの四百八十分、二日目の百五十分。合計千二百六十分で一致する。
全行程は初日八時から二日目十二時五十五分までの二十八時間五十五分、千七百三十五分。滞在千二百六十足す移動四百七十五で千七百三十五。合う。
月盤の吉方を使うなら百キロ以上という目安に対して三百二十キロ。宿泊も一泊確保できているので、条件としては満たしている形になる。
記録を取っていた人たちの話
効果があった、なかったという話とは別に、記録を取り続けた人の話を集めてみた。
一件目は四十代男性、三年ぶんの記録帳だ。
この男性は三年間、祐気取りに出るたびに出発前の期待と体調を三行書き、一か月後と四か月後に読み返す作業を続けた。
結論として本人が言うのはこうだ。「良いことが起きた回数と、何もなかった回数は、だいたい半々だった」
ただ書き残しておいて良かったことがあるという。期待していた内容が自分の中で書き換わっていたのに、何度も気づけたことだ。
仕事の件で吉方に出たのに、四か月後には「あのときは人間関係のことを願っていた」と記憶が変形していた。
方位が効いたかどうかより、自分の記憶がどれだけ都合よく動くかを知れたのが収穫だった。そう話しているらしい。
二件目は三十代女性、お水取りの九日間になる。
吉方の神社で御神水を一・五リットルほど授かり、朝夕に分けて九日間で飲み切る作法を三度繰り返した。
三度目のとき、以前ならもらっていた季節の風邪をひかずに冬を越したという。
本人はそれを方位の効果とは言い切らない。「毎朝決まった時間に水を飲むために早起きするようになって、生活のリズムが整ったのが大きいと思う」というのが本人の見立てだ。
作法として律儀に守ったのは、飲む前に沸かすことと、十日以内に使い切ることだったという。
三件目は五十代男性の話で、否定的な例になり、時盤に締め上げられて挫折した話だ。
年盤、月盤、日盤に加えて時盤まで合わせる流儀を学び、出発時刻を二時間の刻の頭にきっちり合わせる実践を半年続けた。
結果として起きたのは、電車の遅延で刻をまたいだ日に強い不安に襲われるようになったことだったのだ。
「三分遅れただけで、この旅行は台無しになったと本気で思ってしまった」
最終的には家族に「旅行なのに一度も楽しそうじゃない」と言われて辞めた。
振り返って本人が言うのは、条件を増やせば増やすほど失敗の定義も増えるということ。「厳密にやるほど正しくなる気がしていたけれど、実際には自分を追い込む道具が増えていただけだった」
四件目も否定的な例で、二十代の人が、親の八方塞がりを理由に進路を止められかけた話になる。
進学のために家を出ようとしたところ、親が暦を持ち出した。「今年は本人が八方塞がりだから動くべきではない」と言い、一年待つよう強く求めたのだ。
最終的には学校の担任と親戚が間に入って予定どおり進学した。それでも当時のことを、本人はいまも苦い記憶として語る。
「方位の話そのものより、それを持ち出されると反論のしようがないのがつらかった。統計も証拠もないから、こちらは何も言い返せない」
進学のような取り返しのつかない期限のある決断を占いで止めるのは、方位が当たるかどうか以前の問題だ。この指摘は、実際いくつもの相談掲示板で繰り返されている。
五件目は六十代女性の話になり、御礼参りだけが残った、という記録だ。
若い頃から吉方位の旅行を続け、記録も付けていた。だが七年ほど前から、吉凶の判定そのものはやめてしまった。
今も続けているのは、以前お世話になった社寺へ年に一度お礼に行くことだけだという。
「方位が効いたのかは、正直もうわからない。ただ、行くと決めた場所へ律儀に戻って手を合わせる習慣は、自分の中で意味を持ってしまった」
占術の部分を全部落としても残るものがあった。そういう話として書き留めておいてほしい。
やってはいけないこと
まず絶対にやらないことから。
他人に不利益や危害が及ぶことを願って方位を使う。あるいは特定の誰かを名指しして凶方位に結びつけて語る。
これは伝統的な作法の中でも忌まれてきたし、現代においては単に人を傷つける行為でしかない。方位取りは自分の行動を決めるための道具であって、他人に向ける道具ではない。
次に、占いで決めてはいけないことを並べておく。
医療の判断はそのひとつで、受診する、しない。治療を続ける、やめる。薬を飲む、飲まない。
これらを方位や星回りで決めてはいけない。
法律に関わる判断も同じになり、契約や紛争は専門家に相談する。
投資や資金繰りも同様で、方位の吉凶と相場は何の関係もない。
進学、就職、転職といった期限のある選択も避けたい。そして結婚や離婚も、方位を理由に決めたり止めたりするものではない。
占いは選択肢を絞るための背中押しにはなり、だが選択そのものを引き受けてはくれない。うまくいかなかったとき、暦は責任を取ってくれない。
中止基準も決めておいたほうがいい。
出発前なら、発熱や強い倦怠感があるとき、睡眠が明らかに足りていないとき、天候警報が出ているとき、移動中の交通機関に大きな乱れが出ているとき。方位より先に中止を選ぶ。
当日の刻を守るために無理な運転をし、悪天候の山道に入る。体調不良を押して長距離を移動する。こういう選択は、開運どころか事故に直結する。
持病がある人の遠方移動は、主治医に相談してから計画を立てる。
心臓や血圧の不安がある人の温泉入浴。妊娠中の長時間移動、高齢の家族を連れた強行日程。それぞれに固有のリスクがある。
方位取りは中止しても失うものが何もない。無理をして得られると想定されているものより、失うかもしれないもののほうがずっと大きい。
帰宅後にだるさや頭痛が続く場合、それを毒出しや好転反応と呼んで様子見するのは避けたい。症状が続くなら医療機関にかかり、この点は、実践者コミュニティの内側からも同じ注意が出ている。
流派の言い分が、食い違うところ
整理しておくと、次の論点は流派ごとに答えが違う。
真北か磁北かは前述のとおり決着がない。
日盤の閏をどこに入れるかも複数の方式が並立していて、同じ日の日盤が暦本によってずれる。
距離の目安も、五百キロ以上を年盤とする説から、五十キロ超で足りるとする説まで幅がある。
滞在時間も、二刻を越えるという厳密な言い方と、一泊で十分という緩い言い方が同居している。
中宮傾斜の扱い。月命殺を見るか見ないか。小児殺の対象年齢と算出法。帰り道の方位を見るか見ないか。
同行者にも個別の吉方判定が要るのかどうか。どれも一致していない。
これは「どれかが間違っている」というより、別の見方をしたほうが実態に合う。そもそも検証によって収束する仕組みを持たない体系だから、と考えるのだ。
実占の場では、自分が学んだ流派の言い方を一本選び、それで通すのが現実解になっている。
複数の流派の条件を全部満たそうとすると、行ける日も行ける場所も消滅する。三件目の体験談は、まさにそれで潰れた例だった。
統計はない、という話
はっきり書いておくと、方位の吉凶に統計的な裏づけはない。
移動方向と人生の出来事の相関を検証した信頼できる研究は存在しない。そもそも検証しにくい構造になっている。
効果が現れる時期が一、四、七、十、十三と幅広く設定されている。良いことが起きればそのどこかに当てはまり、悪いことが起きれば凶方の作用か毒出しで説明できる。
反証される道が塞がれている以上、これは検証の対象になりようがない。
確証バイアスも強く働く。
方位を意識して出かけた日は、意識していない日より出来事をよく覚えている。電車がすんなり来た。店の料理が当たりだった。宿がアップグレードされたのだ。
こうした小さな出来事は毎日起きており、だが拾い上げられるのは、吉方位を意識した日だけだ。
「あるある」としてパターン化されたリストが出回っていること。それはむしろ、この拾い方の偏りが共有されている証拠と言える。
そのうえで、実践に意味がないとまでは言わない。
行き先を決めて出かける。湯に入り、朝に水を飲む。参拝して礼を言う。
記録をつける。
これらは方位の吉凶と切り離しても、生活のリズムを整える行為として成立している。二件目や五件目の話がそうだ。
効いているのが方位なのか習慣なのかは分けられなく、だが少なくとも害はない。
害が出るのは二つの場合に限られ、方位を理由に必要な判断を先送りしたときと、お金を使いすぎたときだ。
お金と、勧誘の話
最後にここを書いておきたい。
占いをめぐる消費者トラブルは実際に起きている。占いサイト関連の相談は年間千件を超える規模で寄せられ、相談者の多くが女性という傾向も報告されている。
手口として繰り返し指摘されるのはこうで、無料鑑定で登録させてから有料のやり取りに誘導する。そして「今やめると運が下がる」「ここまで来て途中でやめるのはもったいない」と続けさせる。
方位の話は、この誘導と相性がよくない意味で噛み合ってしまう。
「今年は凶方位だから」「このままだと大きな災いが来る」。この不安の作り方は、そのまま高額な鑑定や祈祷、開運グッズの販売につながりやすい。
具体的に警戒したい場面を挙げよう。
相場からかけ離れた金額の鑑定を求められたとき。方位除けの名目で高額な品を勧められたとき。特定の物件や不動産業者への引っ越しを、方位を理由に強く勧誘されたとき。
断ると不幸が起きると言われたとき。家族や交友関係を切るよう指示されたとき。支払いのために借り入れを勧められたとき。
このどれかに当てはまったら、その場で決めずに一度離れる。
契約書と請求の記録、やり取りの画面は保存しておく。アカウントを消すと過去のメッセージが見られなくなるので、消す前に控えを取っておくのが実務的だ。
困ったら消費者ホットラインの一八八にかける。最寄りの消費生活センターにつながる。
相談は無料で、契約してしまったあとでも解約や返金の可能性について助言を受けられる。
占いを楽しむことと、お金の被害に遭うことは別の話になり、線を引いておけば、両方を混同せずに済むはずだ。まあ、そこは冷静でいたい。
むすび
ここでやったのは、いくつかのことになる。
洛書から現代の吉方位ツアーまでの筋道を確認した。盤を自分の手で出す計算をひととおり通した。凶方の判定を順番に潰したのだ。
水と砂と湯の作法を、安全の話とセットで並べた。祝詞を原文と読みと訳で置いた。行程を分単位で積算したのだ。そして統計がないことと、お金の話をした。
ここまで具体的に書いておくのは、逆説的だけれど、この体系との距離を取りやすくするためでもある。
手順が霧の中にあると、詳しい誰かに預けるしかなくなる。全部書き出してしまえば、どこが決まりごとで、どこが流派の裁量で、どこに根拠がないのかが自分で見える。
方位を見て出かけるのは楽しい。行き先が勝手に決まるという制約は、旅の口実として実によくできている。
ただ、それは自分の生活と財布の範囲でやること。医者に行くべきときは医者へ、契約の話は専門家へ。そして誰かに不安を煽られてお金を出しそうになったら一八八へ。
そのうえでなら、暦を開いて今月の吉方を探すのは、なかなか悪くない時間の使い方だろうね。
九星気学は、洛水の神亀伝説に始まる中国古代思想を源流に、大正期の園田真次郎によって日本独自の実践体系として磨き上げられた命術だ。
生年月日から本命星と月命星を割り出し、九星盤を用いて吉方位と凶方位を見極める。そして実際に足を運ぶ「方位取り」まで行って初めて完結し、それがこの占術の特徴になる。
五黄殺と暗剣殺という二大凶方位を避け、吉方位へ意図的に行動することで運気の流れを自分の手で変えていく。その実践性の高さこそが、時代を超えて多くの人に支持され続けている理由らしい。
まずは自分の本命星を計算し、今月の吉方位を調べるところから始めてみてほしい。
