坂月市民の森

千葉県

1. 導入

千葉市若葉区に、坂月市民の森がある。
千城台の住宅地に隣接した、静かな樹林地だ。
小倉市民の森と、続きの緑地として語られることも多い。

昼は散歩の人が通る、ごく普通の市民の森である。

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だがこの森は、心霊スポットとして知られている。
激しいラップ音。
足を掴まれる感覚。
霊感のある人は、体調を崩して入れないという。

背景には、実際に起きた事件がある。
平成二十三年、この森で一人の中学生が命を落とした。
同じ中学の生徒たちによる、暴行の末だった。

最初に断っておく。
ここは実在の被害者がいる場所だ。
面白半分で踏み込む場所ではない。

その前提で、奇怪千万は深夜の森に立った。

2. なぜ坂月市民の森へ向かったのか

奇怪千万は千葉に暮らしている。
この森は、同じ市内にある。
だからこそ、扱いを長く迷ってきた場所だ。

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ここで起きたのは、遠い昔の伝承ではない。
記録も報道も残る、現代の事件だ。
亡くなった少年の家族は、今もどこかで生きている。

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そういう場所を記事にするべきか。
迷った末に、書くことにした。

理由はひとつだ。
この森はすでに心霊スポットとして広く語られている。
ならば、事件を軽んじない形の記録がひとつは要る。

騒がない。荒らさない。必ず手を合わせる。
それを決めて、深夜に向かった。

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3. 起きたこと

事実だけを、短く記す。
詳細をなぞることは、しない。

平成二十三年の秋のことだ。
中学二年の男子生徒が、夜の森で倒れているのが見つかった。
搬送先で、亡くなった。

彼は部活動を終えて下校した後、
この森に呼び出されたとみられている。

やがて、同じ中学の生徒たちが逮捕された。
容疑は、傷害致死。
顔見知りの少年たちだった。

野球の好きな、いい子だった。
近所の人は、そう語ったと報じられている。

十四歳だった。

事件の後、この森には噂が立ち始めた。
夜、激しいラップ音が鳴る。
足を掴まれて転ぶ。
霊感のある人は、気分が悪くなって入れない。

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噂は全て、亡くなった少年と結びつけて語られている。

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4. 噂について思うこと

現象の一覧を、怪談として並べる気にはなれない。
代わりに、噂について思うことを書く。

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事件の被害者を「怨霊」として語ることに、
奇怪千万はためらいがある。

彼は加害者ではない。
理不尽に命を奪われた側だ。
その少年を、人を襲う存在として語っていいのか。

足を掴む、体調を崩させる。
そうした噂は、彼を加害者の側に置き換えてしまう。
それは二重の理不尽ではないかと思う。

一方で、噂が事件を風化させずにいるのも事実だ。
心霊スポットとして語られるたび、
「ここで少年が亡くなった」ことが思い出される。

噂の是非を、簡単には裁けない。
ただ、語り方には最低限の礼儀があるはずだ。

5. 深夜、森の入口で

カブを停め、森の入口に立った。

千城台の住宅地は、すぐそこに灯りを並べている。
なのに森の中は、切り取られたような闇だった。
生活と暗闇が、一本の道で隣り合っている。

入る前に、長く手を合わせた。
ここで亡くなった少年に。

森に入ると、住宅地の音が遠のいた。
落ち葉の匂いと、湿った空気。
散策路が、闇の奥へ細く続いている。

ラップ音は、聞こえなかった。
足を掴まれることも、なかった。
体調の異変も、起きなかった。

ただ、静かだった。
市街地に隣接した森とは思えないほど、静かだった。

その静けさの中で、考え続けていた。
夜のこの森に呼び出された十四歳が、
どれほど心細かっただろうかと。

6. 森の中で

散策路を、ゆっくり歩いた。

一度、頭上で枝が鳴った。
鳥が飛び立った音だった。

写真を数枚撮った。
異常は何も写らなかった。

怪異を探す気持ちは、途中から消えていた。
この森で確かめるべきは、霊の有無ではない。
そう思えてきたからだ。

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事件の後も、森は森のままだ。
木々は育ち、散策路は手入れされ、
昼には散歩の人が通る。

日常が戻ることと、忘れることは違う。
森は日常に戻ったが、
噂という形で、あの夜を覚え続けている。

引き返す前に、もう一度手を合わせた。
安らかであってほしい。
それだけを思った。

7. 考察

体感を整理する。

現象は何も確認できなかった。
枝の音は鳥。
写真に異常なし。
静けさは、樹林地なら当然のものだ。

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ラップ音や足を掴まれる噂について、
物理的な説明を並べることはできる。
枝の落下音、木の根やぬかるみでの転倒。

だが今回は、その検証を主題にしない。

この場所の本質は、怪異の真偽ではない。
十四歳の命が理不尽に奪われた、という事実だ。
それは検証するまでもなく、確定している。

噂の霊が本物かどうかより、
彼が安らかであるかどうかの方が、大事だ。

奇怪千万として、珍しい結論かもしれない。
だが、そうとしか書けない場所だった。

8. 仮説

ひとつだけ、考えを残す。

事件現場が心霊スポットになるとき、
被害者は二度、自由を奪われる。

一度目は、事件そのもので。
二度目は、「出る」と語られることで。

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彼の名前は、怪談の中で消費され続ける。
本人にも遺族にも、止める術はない。

だからせめて、訪れる者の側に作法が要る。

怖がりに行かないこと。
騒がないこと。
そして、霊としてではなく、
一人の少年として思い出すこと。

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もしこの森で何かを感じたなら、
それは脅かしではなく、
まだ誰かに覚えていてほしいという声かもしれない。

手を合わせて、安らかにと祈る。
この森で許される行いは、それだけだと思う。

9. アクセス

坂月市民の森は、千葉県千葉市若葉区にある。
千城台の住宅地に隣接した樹林地で、
小倉市民の森と続きの緑地になっている。

昼は散策路を歩ける、市民の憩いの場だ。
夜間の立ち入りは、勧めない。
散策路は暗く、足元も悪い。

くり返すが、ここは実在の被害者がいる場所だ。
肝試しや動画撮影で騒ぐことは、絶対にしないでほしい。
隣接する住宅への騒音も、迷惑になる。

訪れるなら昼、静かに。
そして森の奥に向かって、手を合わせてほしい。

ここで亡くなった少年が、
安らかであることを祈って。

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