長瀬隧道

神奈川県

1. 導入

神奈川県横須賀市の長瀬と西浦賀の境に、短いながら妙に記憶へ残る道路トンネルがあります。

長瀬隧道です。

横須賀市の公開資料では「長瀬トンネル」と記載され、完成年は1930年、全長は51.5メートルとされています。

数字だけを見れば、歩いて抜けるのに長い時間はかかりません。

しかし、古い坑口、坂道、壁へ返る音、入口脇に並ぶ庚申塔や地蔵が重なると、単なる近道とは違う顔を見せます。

この隧道には、昔から「お化けトンネル」と呼ばれたという地域資料があります。

心霊サイトでは、深夜に女性の声が聞こえる、女性の霊が現れる、笑い声が響くといった話も流通しています。

さらに、隧道の東側にある浦賀燈明堂周辺の「首切り場」伝承や、隧道の上に火葬場があったという未確認情報まで結び付けられてきました。

いかにも怪談が育ちそうな材料が、狭い範囲へ詰め込まれているわけです。

私が長瀬隧道を調べてきたのは、噂の数だけが理由ではありません。

私は心霊スポットを十四年以上調査し、この隧道にも何度か足を運んできました。

周辺では通信を確保しやすく、生放送を行いやすいことも再訪の理由でした。

浦賀燈明堂と続けて確認できるため、夜間調査の動線も組みやすい場所です。

ところが、慣れているはずの場所で、一度だけ説明の難しい体験をしました。

深夜一時ごろ、隧道の中央付近に立っていたとき、浦賀方面の入口から声が聞こえました。

声は同じ位置に留まらず、私へ向かって急速に近づいてきました。

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人影は見えません。

何かが目前まで来たと感じた瞬間、声と気配が同時に消えました。

この出来事は動画にも残っています。

ただし、不可解に感じた体験を、そのまま霊の証明にするつもりはありません。

トンネル内では音が反射し、発生方向や距離を誤認しやすくなります。

入口の外から届いた人声や走行音が、内部で移動して聞こえた可能性もあります。

一方で、史料にないから体験まで存在しなかった、と片付けるのも乱暴です。

この記事では、公的資料で確認できた隧道の履歴、地域資料に残る呼び名、ネットで流通する怪異、私の現地体験を分けて整理します。

確かな歴史と怪談の境目を見失わず、それでも長瀬隧道がなぜ怖いのかを追っていきます。

2. 史料と歴史

長瀬隧道は、横須賀市長瀬3丁目側と西浦賀6丁目側を結ぶ位置にあります。

指定座標は北緯35度13分54.9秒、東経139度43分23.4秒です。

十進数では北緯35.231917度、東経139.723167度になります。

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横須賀市のロケーション案内は所在地を西浦賀6丁目とし、京急久里浜駅からバスで長瀬3丁目下車、徒歩5分と案内しています。

一方、心霊サイトや地図情報では長瀬3丁目側の住所が使われることがあります。

坑口が町境に近いため、どちら側から捉えるかで表記が分かれていると考えられます。

隧道の基礎情報で最も確かな資料は、横須賀市の「道路トンネル長寿命化修繕計画」です。

2025年3月改定版には、長瀬トンネルの完成年が1930年、全長が51.5メートルと記載されています。

同資料では市道番号の欄が「未認定」となっていますが、横須賀市が管理計画の対象とする道路トンネル49施設の一つです。

2023年度の定期点検では、健全性Ⅲ、対策区分2と判定されました。

健全性Ⅲは、構造物の機能に支障が生じる可能性があり、早期に措置すべき状態を指します。

計画の脚注には修繕済みとあり、次回点検年度は2028年度です。

これは心霊的な危険を示す数字ではなく、道路施設としての維持管理評価です。

古い隧道を語るとき、老朽化と怪異を混同しないことも大切です。

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地域資料「長瀬」は、完成後の主な改修を1971年と2007年の二度としています。

現地の銘板に見られる1971年は、最初の開通年ではなく大規模改修の年として読むのが自然です。

個人の現地記録には2008年の補修とする記述もあります。

年度と工事時期の数え方に差がある可能性があるため、本記事では地域資料の2007年を採り、異説も残しておきます。

現在の姿だけを見るとコンクリートの印象が強く、1930年の隧道には見えにくい部分があります。

それは長年の改修と補強が重ねられた結果です。

地域資料には、長瀬隧道の道路を拡幅する計画があったものの、地主との調整が整わず、川間トンネルを造る方向へ転換したとの説明もあります。

川間トンネルは1996年完成、全長304メートルです。

新しい川間トンネルが主要な交通を受け持つようになり、長瀬隧道は旧道側の小さな通路として残りました。

交通の主役から外れた古いトンネルは、人通りが減り、時間から取り残された印象を帯びます。

この変化は、後の怪談化を考えるうえでも重要です。

長瀬隧道の建設目的については、千代ヶ崎砲台へ兵員や弾薬を運ぶ経路だったという説明が、トンネル紹介や地域の散策記録に見られます。

千代ヶ崎砲台は、1892年から1895年に旧日本陸軍が建設した東京湾要塞の砲台です。

現在は国指定史跡で、日本遺産の構成文化財にもなっています。

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ただし、今回確認した横須賀市のトンネル管理資料は、長瀬隧道の軍用輸送路としての役割まで説明していません。

地域史として有力な話ではありますが、行政資料で確認できた完成年や延長とは証拠の段階が異なります。

戦後の浦賀港は、外地からの引揚者を受け入れる指定港となりました。

横須賀市によれば、浦賀港が受け入れた引揚者は56万余人です。

1946年には引揚船内でコレラが発生し、旧海軍対潜学校があった久里浜長瀬の浦賀検疫所で大規模な防疫が行われました。

地域のトンネル紹介では、多くの引揚者が長瀬隧道を通り、久里浜駅から故郷へ戻ったと語られています。

56万余人の受け入れ自体は横須賀市の資料で確認できます。

しかし、その全員または大多数が長瀬隧道を通ったと断定できる通行記録までは確認できませんでした。

浦賀燈明堂も、周辺史を語るうえで欠かせません。

横須賀市によれば、燈明堂は浦賀港入口の燈明崎にあり、約220年間にわたって夜の海上安全を支えました。

明治5年、1872年4月に廃止され、建物は明治20年代までに風雨で崩壊したとされます。

現地は1968年に横須賀市の史跡となり、現在の建物は復元されたものです。

燈明堂周辺には「首切り場」と呼ばれた処刑場の伝承があります。

ただし、横須賀市の燈明堂史跡ページは、燈明堂の構造と役割を説明する一方、処刑場については触れていません。

別の地域資料では、古くからの風聞はあるものの、公的書誌で処刑場を裏付ける記事が見当たらないとの検証もあります。

長瀬隧道の心霊話を処刑場の犠牲者へ直結させるには、なお慎重さが必要です。

3. 噂が育つ土壌

長瀬隧道が怪談の舞台になった理由は、悲惨な事件が一つ確認できるからではありません。

古さ、地形、音、石造物、周辺史が重なり、怖い物語を受け入れやすい環境ができているからです。

まず、全長51.5メートルという短さが独特です。

長大トンネルのように出口が見えない恐怖ではなく、向こう側が近いのに内部だけ空気が切り替わる感覚があります。

外の生活音が消えたように感じた直後、壁から別の音が返ってきます。

出口が見えている安心と、逃げ場の少ない閉塞感が同時に存在します。

坑内では声、靴音、車両音が壁と天井で反射します。

音源が入口の外にあっても、内部では横や背後から聞こえることがあります。

人が一定の速度で歩いているだけでも、反響の重なり方が変わり、足音だけが急に近づいたように感じられます。

水滴や小石の音も、静かな深夜には予想以上に大きく響きます。

怪談に出てくる「姿は見えないのに声だけが近づく」という現象と、トンネルの音響は相性が良すぎます。

次に、旧道化による人通りの変化があります。

1996年に川間トンネルが完成すると、長瀬隧道は主要な交通経路から外れました。

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道路として現役でも、明るく広い新道と比べれば、古い坑口側には取り残された印象が生まれます。

交通量が減れば、夜間に一人で通る時間も長く感じられます。

その静けさが「誰もいないはず」という前提を強め、小さな音を異常として受け取りやすくします。

坑口付近の庚申塔と地蔵も、噂を育てた大きな要素です。

地域資料と複数の現地記録は、浦賀側の庚申塔と長瀬側の地蔵を紹介しています。

庚申塔は本来、庚申信仰に基づいて造立された石塔であり、直ちに事故死者の慰霊碑を意味しません。

地蔵も同じです。

ところが夜のトンネル脇に石仏が並ぶ景色だけを見ると、「ここで亡くなった人を供養している」と説明されがちです。

本来の民間信仰が、心霊スポットの小道具へ読み替えられる典型的な流れです。

さらに東側には、燈明堂周辺の首切り場伝承があります。

処刑場という強い言葉は、厳密な位置関係を飛び越えて周辺全体へ影響します。

燈明堂海岸の話が長瀬隧道へ移り、やがて隧道内の女性の声や霊の由来として語られるようになります。

しかし、女性の声と処刑場の間をつなぐ具体的な人物名、年代、事件記録は見つかっていません。

物語としては分かりやすくても、史実としては空白があります。

もう一つ、隧道上部に火葬場があったという話も心霊サイトに掲載されています。

そこから、焼かれた死者の霊がさまよい、不気味な笑い声が聞こえるという怪談へ展開しています。

この火葬場については、所在地、施設名、運営時期を示す公的資料を確認できませんでした。

裏付けのない怪談としては紹介できますが、土地の歴史として断定はできません。

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長瀬隧道がいつから「お化けトンネル」と呼ばれたのか、正確な始点は分かりません。

ただし、2023年公開の地域資料「長瀬」は、昔はその呼び名があり、映画のロケにも度々使われたと記しています。

ネットだけで突然作られた呼称ではなく、少なくとも地域の記憶として残っている点は重要です。

その古い呼び名へ、女性の声、火葬場、首切り場、動画での体験が後から重なりました。

長瀬隧道の怪談は、一つの事件から生まれたというより、異なる時代の不安が層になって育ったものと考えられます。

4. 現地調査

私は長瀬隧道へ一度だけ立ち寄ったわけではありません。

心霊スポットの調査を続ける中で何度か訪れ、深夜の生放送にも使ってきました。

現地へ向かう際は、普段の調査と同じくスーパーカブ110を使用しています。

住宅地と生活道路が近いため、バイクを止める場所と機材の扱いには特に気を使います。

長瀬隧道は観光用の廃道ではありません。

現在も人や車両が通る道路です。

調査だからといって坑内を占有したり、出入口へ機材を並べたりはできません。

入口へ近づくと、まず古い坑口と坂の勾配が目に入ります。

新しい川間トンネルと比べると規模は小さく、周囲の明かりも限られます。

坑内へ入ると、声や足音の響き方が外とは明らかに変わります。

短い隧道なので反対側の状況を把握しやすい反面、入口から入った音もすぐ全体へ回ります。

深夜一時ごろに起きた体験では、私は隧道の中央付近にいました。

浦賀方面の入口側から、人の声らしき音が聞こえました。

最初から目前で鳴ったのではなく、入口近くにある程度の距離を感じる位置から聞こえました。

私は声の主を確かめようと、浦賀側へ視線を向けました。

しかし、人影は確認できませんでした。

その直後、声がかなりの速さでこちらへ接近してきました。

音量が少しずつ上がったというより、音の位置そのものが連続して近づく感覚でした。

同時に、目では見えない何かが迫ってくるような気配を受けました。

声と気配が目前へ達したと感じた瞬間、両方が同時に消えました。

誰かが私の横を走り抜けた様子はありません。

反対側へ抜けていく足音もなく、物理的な接触もありませんでした。

白い影や女性の姿を見たわけでもありません。

現場に残ったのは、急接近した声と、突然途切れた感覚だけです。

この体験は、隧道で語られる「女性の声」の噂と似ています。

ただし、私が聞いた声を女性のものと断定できるほど明瞭に聞き分けられたわけではありません。

既存の噂を知っていると、曖昧な音を女性の声として解釈する可能性もあります。

噂との一致点は、姿が見えず、声だけが坑内で聞こえたことです。

一致しない点は、女性の霊や人影を確認していないことです。

動画に当時の様子が残っているため、記憶だけを後から怪談へ仕立てたものではありません。

それでも、映像や音声は原因まで自動的に示してくれません。

浦賀側の外にいた人の声が、坑内の反射で移動して聞こえた可能性があります。

車両音、風、遠くの会話が重なり、人声のように感じられた可能性もあります。

短いトンネルでは、音源と聞き手の位置が少し変わるだけで反響の強さが急に変わります。

目前で消えたように感じた点も、反射音が打ち消された結果かもしれません。

一方、何度か訪れた場所だからこそ、普段とは違う接近感が強く残ったのも事実です。

私はこの出来事を、霊の声だったとも、単なる反響だったとも断定していません。

現時点では、原因不明の音響体験として記録しています。

人感センサー、録音機器、EMF機器、サーモグラフィーなどを使う場合も、単発の数値だけで怪異とは判断できません。

通行車両、携帯電話、電線、照明、壁面温度、風など、自然な要因との比較が必要です。

今回、声と気配以外に、人物像、発光体、物体移動、身体への接触は確認していません。

安全面では、怪異より交通の方が明確な危険です。

坑内は音が反響するため、車両や自転車の接近方向を読み違えることがあります。

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調査を行うなら、撮影を続けることより、すぐ通路を空けられる状態を優先すべき場所です。

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5. 語られている怪異

  • 深夜に聞こえる女性の声。
    心霊サイトで最もはっきり記載されている噂です。
    真夜中に坑内へ入ると、どこからともなく女性の声が聞こえるとされています。
    声の言葉、年齢、発生位置は詳しく示されず、元の証言者も特定できません。
    私の現地体験には「姿が見えず、声だけが近づいた」という一致点があります。
    ただし、私が聞いた声を女性と断定はしていません。

  • 女性の霊や少女の姿。
    全国心霊マップでは、女性の霊が現れる場所として紹介されています。
    サイト内投票でも女性や少女の項目へ票が集まっていますが、投票は目撃記録の原本ではありません。
    服装、顔、出現位置などが共通する複数証言は確認できませんでした。
    女性の声という先行する噂から、姿のイメージが作られた可能性もあります。

  • 姿のない何かが急接近する。
    これは私が深夜一時ごろに体験した内容です。
    浦賀側から聞こえた声が急速に近づき、目前で気配とともに消えました。
    人物や動物は見えず、横を通過する姿もありませんでした。
    動画記録はありますが、霊的存在を確定するものではありません。

  • 不気味な笑い声。
    別の心霊サイトでは、隧道付近で不気味な笑い声を聞いたという話が掲載されています。
    女性の声の噂から派生した可能性がありますが、両者が同じ体験を指すかは不明です。
    発生時刻や録音の有無も示されていません。
    単独ソースに依存する裏付けの弱い噂です。

  • 隧道上の火葬場と、さまよう霊。
    以前、隧道の上に火葬場があり、そこで焼かれた人々の霊が残っているという話があります。
    しかし、火葬場の正式名称、所在地、稼働年代を示す資料は確認できませんでした。
    古い地図や行政記録による裏付けがないため、歴史的事実ではなく都市伝説として扱います。

  • 燈明堂の首切り場から来る霊。
    隧道東側の燈明堂周辺が処刑場だったという伝承と、坑内の怪異を結び付ける説です。
    処刑された人々の霊が隧道まで現れるという形で語られます。
    ただし、処刑場伝承自体に史料上の議論があり、長瀬隧道との直接関係は確認できません。
    距離の近い二つの心霊話が合成された可能性があります。

  • 庚申塔や地蔵は犠牲者供養のためという説。
    浦賀側には複数の庚申塔、長瀬側には地蔵があると地域資料に記録されています。
    それらを事故死者や処刑者の供養と説明する話も生まれやすい配置です。
    しかし、庚申塔は庚申信仰の石塔であり、存在だけで死亡事故を示すものではありません。
    由来を確認せず、慰霊碑と断定することはできません。

  • 誰もいないのに続く足音。
    トンネル怪談では定番の型で、長瀬隧道についても声の噂と混ざって語られることがあります。
    一方、今回確認した主要サイトでは、長瀬隧道固有の詳しい足音証言は見つかりませんでした。
    坑内は歩行音が反復しやすく、自分の足音が一歩遅れて返る場合があります。
    出典不明の派生的な噂として位置付けます。

  • 心霊写真や黒い人影。
    ネット上ではトンネル一般の怪談と一緒に語られますが、撮影日時と原版を確認できる長瀬隧道固有の心霊写真は見つかりませんでした。
    黒い影や白い影についても、複数の独立した証言は確認できません。
    現状では、場所の暗さから生まれた定型的な追加要素と考える余地があります。

  • 昔からの「お化けトンネル」という呼び名。
    地域資料「長瀬」は、長瀬隧道が昔はお化けトンネルと呼ばれたと記しています。
    具体的に何が出るためそう呼ばれたのか、いつ頃の呼称かまでは示されていません。
    怪異の細部より、呼び名そのものが先に残った可能性があります。

6. 噂の出どころを追う

長瀬隧道の噂は、古い地域呼称と、2010年代以降の心霊サイトに見られる具体的な怪異へ分けると整理しやすくなります。

地域資料「長瀬」は2023年公開ですが、内容は地区の歴史や住民の記憶をまとめたものです。

そこには、長瀬隧道が昔は「お化けトンネル」と呼ばれたこと、映画のロケに度々使われたことが記されています。

この資料は、女性の霊や火葬場の話を詳しく展開していません。

つまり、古い段階では「何が出るか」より、「お化けトンネル」という漠然とした呼称が中心だった可能性があります。

具体的な怪異が確認できるネット資料としては、2017年4月公開の「心霊スポット恐怖体験談」があります。

同ページは、隧道上部に火葬場があった、死者の霊がさまよう、不気味な笑い声が聞こえたと記しています。

さらに、東側の首切り場との関係を示唆しています。

ただし、引用資料や証言者、火葬場の名称は示されていません。

情報の具体性は高く見えても、検証可能性は低いままです。

全国心霊マップの長瀬隧道ページでは、1930年完成、坑口の庚申塔と地蔵、近隣の燈明堂処刑場、真夜中の女性の声が一続きに紹介されています。

この構成は非常に分かりやすく、後発の記事や動画が参照しやすい形です。

一方、同ページには長瀬隧道で起きた事件や事故のニュースはないと明記されています。

怪異の原因となる隧道固有の死亡事件が確認されているわけではありません。

ページのコメントには、消防関係者が周辺は出ると話したという伝聞や、地元では海を首切り場と呼ぶという投稿があります。

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これらは噂の流通状況を知る材料ですが、投稿者の身元や伝聞経路を確認できません。

「知人が聞いた」「地元の人が言った」という段階を重ねるほど、元の発言は変形しやすくなります。

また、燈明堂の首切り場伝承と、長瀬隧道の女性の声は、元来別の場所と別の話です。

ネット記事では、地理的に近いという理由で一つの因果関係へまとめられています。

火葬場説も加わると、処刑、火葬、石仏、女性の声という強い要素が揃います。

しかし、情報源をたどると、同一事件を示す一本の記録には行き着きません。

複数の断片を後から結んだ都市伝説に近い構造です。

動画は、この噂をさらに変化させる媒体です。

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視聴者は現地の暗さや反響を疑似体験でき、投稿者の反応も同時に見られます。

音声が不明瞭なほど、コメントでは「女性の声」「笑い声」「足音」など複数の聞き取りが生まれます。

その解釈が別のまとめサイトへ移ると、最初は視聴者の感想だった内容が、現地の定番現象として書き換えられることがあります。

私の体験動画も、今後の噂の材料になる可能性があります。

だからこそ、記録されたのは接近する声と気配であり、女性の姿や処刑者を見たわけではないと区別しておきます。

ネット以前から「お化けトンネル」の呼び名があった可能性は、地域資料によって補強されます。

しかし、現在流通する怪異の細部まで昔から同じだったとは言えません。

源流に近いのは漠然とした呼称であり、女性の声、火葬場、首切り場との因果関係は後年に増幅された可能性があります。

噂を楽しむことと、噂を史実として固定することは別です。

長瀬隧道の場合、この線引きをしないと、近隣の歴史や信仰まで誤った形で広がってしまいます。

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7. 総合分析

長瀬隧道には、歴史的に確認できる部分がかなりあります。

1930年完成、全長51.5メートルという諸元は横須賀市の資料で確認できます。

2023年度の点検で健全性Ⅲと判定され、その後に修繕済みと記録されていることも確かです。

1971年と2007年の改修、拡幅計画から川間トンネル建設へ転換した経緯は地域資料に残っています。

周辺に千代ヶ崎砲台、浦賀燈明堂、戦後の引揚港という重い歴史があることも確認できます。

一方、心霊現象の原因とされる隧道内の死亡事故や殺人事件は見つかっていません。

隧道上に火葬場があったという話も、公的資料で裏付けられませんでした。

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燈明堂周辺の首切り場伝承は存在しますが、長瀬隧道の声との因果関係を示す証拠はありません。

史実と噂の整合性を評価すると、「歴史の濃い地域に古い隧道がある」までは確実です。

「そこで亡くなった女性が声を出す」になると、人物も事件も特定できません。

怪異の信頼度は、内容ごとに差があります。

女性の声は複数の心霊系ページで共通しますが、相互に独立した証言かどうかは分かりません。

火葬場と笑い声は単独ソースへの依存が強く、裏付けはさらに弱いものです。

庚申塔と地蔵の存在は複数資料で確認できますが、それを慰霊碑とみなす説明は飛躍があります。

昔の「お化けトンネル」という呼び名は地域資料に残り、噂の古さを考える重要な材料です。

ただし、呼称の存在だけで霊の実在は証明できません。

現地環境には、怪異のような感覚を生む自然条件があります。

短い坑内で反射する音、旧道化による静けさ、坂道と坑口の明暗差、石仏の配置です。

夜間に一人で立てば、遠くの人声が予想外の方向から返るだけでも強い緊張が生まれます。

否定的な立場から見れば、女性の声や足音は反響、生活音、先入観で説明できる余地があります。

私の体験も、入口外の人声が音響条件によって急接近したように聞こえた可能性を排除できません。

肯定的な立場から見れば、人影がないまま声と気配が目前へ来て同時に消えた点は不可解です。

何度か訪れて環境を知っていた私が、普段と違う接近感を受けた点も無視できません。

動画が残っているため、少なくとも私がその場で異常を感じた経過は追えます。

ただし、記録の存在と、霊が原因であることは同じではありません。

長瀬隧道が心霊スポットとして定着した理由は、一件の悲劇ではなく、語りやすい材料の多さにあります。

古い隧道、庚申塔、地蔵、軍事史、引揚者、首切り場、火葬場、女性の声が狭い地域へ集められました。

その中には公的に確認できる歴史もあれば、地域伝承、単独サイトの噂、現地体験もあります。

異なる証拠段階の話を一つへ束ねることで、強力な怪談が出来上がったと考えられます。

今後の検証では、同じ位置と時刻で複数の録音機を置き、坑内と両坑口の音を同時に比較する方法が有効です。

通行車両、風向き、外部の会話を別記録に残せば、音源が移動して聞こえる条件を調べられます。

EMFや温度の変化を測る場合も、壁内設備や照明、外気との比較が欠かせません。

同じ現象が再現されれば、自然な音響の特徴をつかめるかもしれません。

再現できなければ、一度限りの原因不明記録として残ります。

現時点で確認できたのは、隧道の年代と規模、改修と修繕の履歴、地域でのお化けトンネルという呼称、ネット上の女性の声などの噂、そして私の体験動画です。

確認できないのは、声の正体、火葬場の実在、処刑場と隧道の直接関係、女性の霊に対応する人物です。

長瀬隧道は、怪談を否定するだけでも、歴史を恐怖へ塗り替えるだけでも実像をつかめません。

確かな資料と不確かな声の両方が残るからこそ、調べる価値のある場所だと私は考えています。

8. 注意とアクセス

  • 所在地。
    神奈川県横須賀市長瀬3丁目と西浦賀6丁目の境付近です。
    横須賀市のロケーション案内は西浦賀6丁目としています。
    座標は北緯35.231917度、東経139.723167度です。

  • 公共交通でのアクセス。
    横須賀市の案内では、京急久里浜駅から千代ヶ崎経由の京急浦賀駅行きバスを利用し、「長瀬3丁目」下車、徒歩約5分です。
    運行時刻と系統は変更される場合があるため、出発前に京急バスの最新情報を確認してください。

  • 道路としての扱い。
    長瀬隧道は廃墟ではなく、現在も使われる一般の通行路です。
    坑内や出入口を撮影のためにふさがず、歩行者、自転車、車両を最優先してください。

  • 撮影上の注意。
    横須賀市のロケーション案内は、本格的な撮影について横須賀南警察署へ道路使用許可の可否を確認し、市の道路担当部署へ撮影内容を連絡するよう案内しています。
    火気は禁止され、生活音より大きな音も認められていません。
    収益を伴う撮影や機材を広げる撮影では、必要な許可を事前に確認してください。

  • 夜間の危険。
    坑内では走行音が反響し、車両や自転車の接近方向を誤ることがあります。
    路面、壁面、坂道の状態も昼間より確認しづらくなります。
    イヤホンで両耳をふさがず、いつでも通路を空けられる状態を保ってください。

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  • バイクや車で訪れる場合。
    隧道内、坑口、坂道、住宅の出入口へ駐停車しないでください。
    スーパーカブを含む二輪車も、私有地や路側帯へ無断で置かず、合法的に利用できる場所を選ぶ必要があります。

  • 石仏と周辺史跡への配慮。
    庚申塔や地蔵は、心霊演出の道具ではありません。
    触れる、動かす、供物を勝手に置く、強い照明を長時間当てる行為は避けてください。
    千代ヶ崎砲台跡や燈明堂周辺には、公開時間や立入範囲が定められた場所があります。

  • 近隣住民への配慮。
    深夜の大声、生配信での騒音、長時間の滞在、住宅や通行人の無断撮影は迷惑になります。
    ごみを残さず、退去を求められた場合は速やかに従ってください。

※本記事は肝試し等の行為を助長するものではありません。
心霊スポットとされる場所の多くは私有地や立入制限区域を含む場合があります。
必ずルールとマナーを守り、近隣住民への配慮を忘れずに。

9. 引用・参考

  • 横須賀市「道路トンネル長寿命化修繕計画(個別施設計画)」。
    www.city.yokosuka.kanagawa.jp/5530/documents/tunnel.pdf
    1930年完成、全長51.5メートル、2023年度点検、健全性Ⅲ、修繕済み、次回点検2028年度を確認しました。
    公的な道路管理資料として最優先で参照しました。

  • ヨコスカロケーションサービス「長瀬隧道(横須賀市道)」。
    sukaloca.com/location/長瀬隧道(横須賀市道)/
    所在地、バスによるアクセス、道路使用許可、撮影時の連絡先、火気と騒音の注意事項を確認しました。
    横須賀市と関係機関によるロケーション情報です。

  • 横須賀市「浦賀港の引揚船」。
    www.city.yokosuka.kanagawa.jp/2752/uraga_walk/hikiage.html
    浦賀港が56万余人の引揚者を受け入れたこと、久里浜長瀬で行われた防疫、引揚者精霊塔と供養塔の背景を確認しました。
    公的な地域史資料です。

  • 横須賀市「燈明堂跡及び周辺地域」。
    www.city.yokosuka.kanagawa.jp/8120/bunkazai/shi48.html
    燈明堂の構造、約220年間の役割、1872年の廃止、史跡指定を確認しました。
    公的な文化財資料です。

  • 横須賀市「千代ヶ崎砲台跡の公開」。
    www.city.yokosuka.kanagawa.jp/8120/bunkazai/chiyogasaki-koukai.html
    周辺史跡の現行公開条件、アクセス、狭い道路と私有地への注意、撮影上の規則を確認しました。
    公的な文化財・利用案内です。

  • 横須賀市観光情報「千代ヶ崎砲台跡」。
    www.cocoyoko.net/spot/Chiyogasakihoudai.html
    1892年から1895年の建設、東京湾要塞としての役割、国史跡と日本遺産への位置付けを確認しました。
    公式観光情報として参照しました。

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  • 横須賀市観光情報「横須賀トンネルカード2018」。
    www.cocoyoko.net/special/yokosukatunnel.html
    長瀬隧道が横須賀のトンネル文化を紹介するカードに採用されたことを確認しました。
    公式観光企画の記録です。

  • 地域資料「長瀬」。
    yokosukahand.sakura.ne.jp/nagase-child/rekisi/nagase-book.pdf
    1971年と2007年の改修、拡幅計画と川間トンネル建設への転換、坑口の庚申塔と地蔵、昔の「お化けトンネル」という呼称を確認しました。
    地域の歴史と記憶をまとめた資料として参照し、公的資料と証拠段階を分けました。

  • 全国心霊マップ「長瀬隧道」。
    ghostmap.jp/spotdetail.php?spotcd=855
    女性の声、女性の霊、燈明堂処刑場との関連説、投稿コメントに見られる噂の流通状況を確認しました。
    心霊情報の補助資料であり、史実認定の根拠にはしていません。

  • 心霊スポット恐怖体験談「長瀬隧道(旧長瀬トンネル)」。
    haunted-place.info/4930.html
    火葬場、さまよう霊、不気味な笑い声、首切り場との関連説を確認しました。
    単独ソースに依存する都市伝説として扱いました。

  • 「長瀬隧道 ~横須賀トンネルカード【9】」。
    ameblo.jp/j-l-khg/entry-12402285629.html
    1930年完成、1971年改修、千代ヶ崎砲台への輸送路、引揚者の通行という地域の説明を確認しました。
    個人の現地記録であるため、公的資料で確認できる範囲と分けて使用しました。

  • 奇怪千万による長瀬隧道の現地調査動画二件。
    本記事の第4章直後に掲載した二本です。
    深夜の現地状況と、接近する声と気配に関する一次記録として使用しました。

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