打越橋

神奈川県

1. 導入

打越橋でまず目を引くのは、幽霊でも地蔵でもない。切通しの上に架かる、真っ赤な鉄のアーチだ。

橋は横浜市中区の山手側と、南区唐沢方面を結んでいる。全長は40メートルに満たないが、下の道路から見上げると数字以上に大きい。深く削られた切通しをアーチがまたぎ、その上を車や路線バスが行き交う。橋上には高いフェンスが巡らされている。

この姿に「飛び込み橋」という呼び名が重なり、打越橋は横浜の心霊スポットとして長く語られてきた。橋の下を車で通ると人が落ちてくる。突然ハンドルを取られる。若い女性が橋上に立つ。なかには、頭や腕など身体の一部が宙を漂うという派手な話まである。

ただ、複数のサイトに載っているからといって、目撃がその数だけあったとは限らない。身体の一部が飛ぶという話は、文章も並び順もよく似ており、一つの記述が転載されて広まったように見える。

一方、ネットだけで突然作られた場所とも言い切れない。2005年の掲示板には、近所に住んでいるが何も出ないという書き込みと、橋下を車で通った際に後部座席へ数人の気配を感じたという投稿が並んでいる。2011年には横浜の地域情報サイトが現地を取材し、「自殺の名所」として橋を紹介した。同行者は若い女性の霊や、下へ引かれるような感覚を語っている。

地元の人にとっては、今も車やバスが通る生活道路だ。橋上からは横浜の街を見渡せ、夜景を楽しむ人もいる。廃墟でも、山奥の行き止まりでもない。

私はスーパーカブで現地へ行き、橋の上と下を歩いた。心霊スポットとして名が知られる一方、横浜市が保存する歴史的建造物でもある。その二つの顔が、同じ赤いアーチに重なっている。

2. 史料と歴史

打越橋が完成したのは1928年、昭和3年。きっかけは、1923年の関東大震災だった。

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横浜市が公開する『打越橋ものがたり』によると、震災復興計画の一環として打越の丘を南北に切り開き、市電を通す道路が造られた。丘を切れば、それまで地続きだった山手側と唐沢側が分断される。両側の暮らしをつなぎ直すために架けられたのが打越橋だ。

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1928年8月には、車橋から山元町まで市電が延伸した。開通式には市長や各局長が出席し、橋上には見物人が集まったという。当時の新聞は、この橋がその頃としてはかなり高かったことにも触れている。今では怪談の材料になる高さだが、完成当日は震災復興と市電開通の象徴として眺められていた。

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橋長は38.37メートル、幅員は8.6メートル。形式は「上路式2ヒンジ鋼ランガー橋」とされる。下から見える大きなアーチで橋を支え、その上に道路が載る構造だ。中央のアーチが大きく、両端へいくほど小さくなる。斜面と鉄骨の間が抜けているため、鋼橋のわりに圧迫感は少ない。

設計は横浜市土木局、施工は横浜船渠会社が担った。造船会社だった横浜船渠は、不況対策として橋梁製作にも進出していた。船の鋼材を加工してきた技術が、この複雑な橋にも生かされたことになる。みなとみらいに残る旧横浜船渠のドックと打越橋は、横浜の工業技術という点でつながっている。

現在の橋は鮮やかな朱色だが、完成当初からこの色だったとは限らない。2020年度の塗り替え工事で、古い塗装の下から緑色の塗膜が見つかった。竣工時の写真も今より濃い色に見えるという。記録がなく断定はできないものの、昔は緑色だった可能性がある。

赤い橋を血の色に重ねる心霊話も見かけるが、その赤自体が後年のものかもしれない。もし今も緑色だったら、同じ怪談でも印象はかなり違っただろう。

打越橋は2003年11月に横浜市認定歴史的建造物となった。2015年度には、山手隧道、桜道橋、西の橋、谷戸橋などとともに「元町・山手地区の震災復興施設群」として土木学会選奨土木遺産に認定されている。2024年度末までにも補修工事が行われた。

橋下の道路は横浜駅方面から根岸町へ延びる横浜駅根岸線で、かつて市電が走った切通しを今は車やバスが通る。市電は消えたが、丘を削った地形と橋は残った。震災後の暮らしを結ぶための橋が、いつからか「飛び込み橋」と呼ばれるようになった。

3. 噂が育つ土壌

打越橋の怪談は、橋の形だけでもかなり説明がつく。

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丘を深く削って道路を通したため、橋上と橋下には大きな高低差がある。下を走る車からは、赤いアーチと暗い橋裏が頭上を横切って見える。上からのぞけば、道路はかなり低いところを通っている。人が落ちてくる話が生まれやすい構図だ。

橋上の高いフェンスも想像を刺激する。なぜこれほど高いのかという説明は、現地には掲示されていない。初めて見た人が「ここから落ちた人がいるのでは」と考え、そのあとで「飛び込み橋」という呼び名を知れば、噂が事実に見えてしまう。

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朱色のアーチも、見る側の意識で印象が変わる。横浜市は青空と鮮やかな赤の対比を景観上の魅力として紹介している。心霊サイトでは、同じ色が血を連想させる不気味なものとして扱われる。

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橋下にある地蔵は、さらに強い物語を生んだ。花や飲み物が供えられた地蔵を橋の真下で見れば、飛び降りた人を弔うためのものだと思う人は多いだろう。2011年の現地記事でも、自殺者の霊を供養しているのではないかと推測されていた。

ところが、2020年に朝日新聞神奈川版の連載内容を紹介したブログには、まったく別の経緯が書かれている。地蔵は慰霊のためではなく、橋下へのごみ捨てを止める目的で置かれたという。設置後にごみ捨ては収まり、近所の夫婦が新しい頭を付け、献花台を整え、手作りの衣装を着せて世話をしてきたそうだ。

心霊スポットの由来としては出来すぎて見える地蔵が、実際には町をきれいにするためのものだった。ところが首が外れていた時期や供え物の存在だけが切り取られ、「自殺者を供養する地蔵」「触ると祟られる地蔵」へ話が変わっていった。

周囲が住宅地であることも、この場所では噂に作用する。橋上には路線バスが走り、近所の人が歩き、橋下にも絶えず交通がある。誰かがいて当然だからこそ、見かけた人影が次の瞬間に消えると不自然に感じる。

上の道路、下の道路、斜面、アーチ、フェンスと視線が何層にも分かれ、橋脚やカーブで人や車が一時的に隠れる。ライトは斜面や鉄骨を横切り、すぐ途切れる。見間違いが起きやすい場所であることは確かだ。

2005年の掲示板では、地元住民を名乗る人が怪異を否定した直後に、別の投稿者が車内で複数人の気配を感じたと反論している。生活道路として毎日使う人と、心霊スポットとして訪れる人。同じ橋を見ても、受け取るものは昔から違っていたようだ。

4. 現地調査

私はスーパーカブで打越橋へ向かった。ここは橋上だけ見て帰ると、肝心の姿を半分しか見ないことになる。

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橋上では、まず高いフェンスが目に入る。幅員は8.6メートルで、路線バスや一般車が通る現役の道路だ。撮影のために長く立ち止まったり、三脚を広げたりできる場所ではない。フェンス越しに下を見ようと身を乗り出すのも危険だ。心霊スポットだからではなく、単純に高い橋である。

下へ回ると印象が変わる。上では道路とフェンスに隠れていた朱色のアーチが、石積みの擁壁や斜面と一緒に姿を現す。歴史的景観として残されている理由は、こちらから見るとよく分かる。心霊スポットの撮影に来たはずなのに、しばらく橋の造りに見入ってしまった。

橋下の道路は、アーチの真下で緩く曲がっている。運転中に橋や地蔵を見上げれば、自然に進路がずれる。「ハンドルを取られる」という噂を考えるなら、この道路の形と、運転者の視線は無視できない。怪談を確かめようとして事故を起こしては意味がない。

現地では橋の周囲を撮影し、バイノーラル録音も残した。上から何かが落ちてくるという噂が多いため、カメラを橋へ向けたくなるが、画面にはアーチ、フェンス、通過する車、木の枝が重なる。あとで何かが横切って見えても、鳥や虫、車の光を一つずつ考える必要がある。

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橋下の地蔵にも目が行く。これは心霊調査の小道具ではなく、地域の人が手を入れながら守ってきたものだ。供え物を動かしたり、触って反応を試したりする対象ではない。

橋上は人や車が行き交い、心霊スポットらしい静けさとはほど遠い。むしろ気になったのは下から見上げたときだった。車の音が橋裏へ反響し、赤い鉄骨の向こうにフェンスが見える。その場所に人が立っていたら、下からは輪郭しか分からない。橋脚やアーチの陰へ動けば、急に消えたようにも見えるだろう。

現地で確認できたのは、高い橋、切通し、フェンス、交通、地蔵、そして強く目立つ赤いアーチだった。明確な怪異を見たとは言えないが、怪談が長く残る理由は、橋を上下から見ることでよく分かった。

心霊スポット【打越橋】この場所の現地調査動画を見る心霊スポット【打越橋】

5. 語られている怪異

打越橋でもっとも広く出回っているのは、橋下を通る車へ人が落ちてくるという話だ。車の直前に現れる、車体へぶつかる寸前に消える、バックミラーには映らないなど、掲載先によって細部が違う。橋上と橋下に道路がある構造と、飛び降りの噂がそのまま怪談になっている。

橋の真下へ入るとハンドルを取られる、車が故障する、エンジンの調子が悪くなるともいわれる。橋付近の道路は曲がっており、運転中に上を見れば進路がずれやすい。実際の故障記録や事故記録を伴う話ではない。

橋上に立つ若い女性の霊も代表的な怪異だ。2011年の地域情報サイトでは、同行者が「現代風の服装をした若い女性」を見たと語った。現在の心霊サイトにも同様の話が残るが、年齢や服装、現れる位置は一定していない。

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橋の中央へ近づきたくなる、フェンス越しに下を見ると引かれる、突然飛び降りたくなるという話もある。2011年の取材にも似た感覚が登場するが、高所で起きる恐怖やめまいとの区別は難しい。確かめようとして身を乗り出すことだけは絶対にしてはいけない。

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頭、腕、脚、耳、目など、身体の一部が橋の周囲を飛ぶという噂はかなり極端だ。2015年公開の心霊サイトと、その後のまとめ記事でほぼ同じ並びが使われている。独立した目撃談が集まったというより、同じ文章が転載された可能性が高い。

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2005年の掲示板には、橋下を車で通った際、無人の後部座席に四、五人ほどの気配を感じたという投稿がある。同じ掲示板には、近所に住んでいて何も見たことがないという反対意見もあった。

写真では、白い玉や青白い光が写るとされる。2011年の現地記事にも橋下で撮影した写真が掲載され、オーブと解釈されている。ただし、ほこりや虫、湿気、フラッシュの反射でも似た像は生じる。

地蔵については、飛び降りた人を供養している、触ると祟られる、自殺者を死へ導くなど、いくつもの話が枝分かれした。設置の経緯を追った記録では、ごみ捨て防止が目的だったとされており、怪談と実際の由来が大きくずれている。

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ほかには、橋の上や下で男女の人影が消える、かつて入口付近にあった電話ボックスにも怪異があった、という話が残る。電話ボックスについては何が起きたのか詳しい内容がなく、現在の主要な怪談からもほぼ消えている。

6. 噂の出どころを追う

「飛び込み橋」という呼び名が先にあり、ネットがそれを拾ったのか。心霊番組や本で知られ、あとから地元の呼び名として定着したのか。公開資料だけでは、噂の始点を一本に結ぶことはできない。

確認できる比較的古いネット記録の一つが、2005年7月の掲示板だ。この時点ですでに、打越橋が心霊スポットかどうかで意見が分かれている。近所の住民を名乗る人は怪異を否定し、別の投稿者は橋下を通った車内で強い気配を感じたと書いていた。

2011年7月には、地域情報サイト「はまれぽ.com」が現地取材を公開した。記事では打越橋を1928年竣工の「自殺の名所」と紹介し、約3メートルの防止フェンス、若い女性の霊、下へ引かれる感覚、橋下の地蔵、写真に写った白い光などを取り上げている。現在まで残る怪談の主要な要素が、ここでかなり揃った。

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現地写真が多かったことも大きい。文章だけの噂に、赤い橋、高いフェンス、地蔵という具体的な姿が加わり、「この場所ならありそうだ」と感じさせる材料になった。

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2015年公開の心霊サイトには、車へ落下してくる霊、ハンドル異常、身体の一部が浮遊する話が並ぶ。この三つはその後のサイトやまとめ記事にも同じような順で登場した。目撃情報が増えたというより、文章そのものが別のページへ移っていった形に近い。

2016年には全国心霊マップへ写真が投稿され、体験談やコメント、動画が集まり始める。2019年以降のコメントには、昭和40年代に自死が多かったと地元自治会の人から聞いたという又聞きや、市電運転手の家族を名乗る人による「運転手が第一発見者になることを嫌がった」という話もある。

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いずれも重い内容だが、投稿だけから人数や年代を確定することはできない。氏名や個別の事故記録、公的統計へつながる手掛かりが示されていないためだ。

地蔵の由来については、2020年に違う情報が出た。朝日新聞神奈川版の連載内容を紹介したブログが、地蔵は慰霊ではなく、ごみ捨てを止めるために置かれたと伝えた。近所の人が頭を直し、衣装を作って世話をしてきた経緯まで記されている。それでも心霊サイトでは、現在も自殺者を供養する地蔵として紹介されることがある。

動画が増えてからは、「最恐」「最凶」「禁断」「バラバラの遺体が降ってくる」といった強い見出しが目立つようになった。歴史ある赤い橋というだけでは、心霊動画の題名として弱い。紹介を重ねるうちに、話が派手になっていった事情は想像しやすい。

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一つの事件からすべてが始まったというより、高い橋とフェンス、古くからの飛び降りの噂、2000年代の掲示板、2011年の現地記事、その後の心霊サイトと動画が順に積み重なり、現在の打越橋像を作ったと考えるのが自然だろう。

7. 総合分析

橋そのものの歴史は、かなり詳しく確認できる。1928年の震災復興事業で造られ、市電を通す切通しの上へ架けられた。構造、寸法、施工会社、開通式の記事まで横浜市の資料に残り、市認定歴史的建造物と土木学会選奨土木遺産にもなっている。

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ところが、飛び降りの件数や年代、亡くなった人の記録になると急に曖昧になる。2011年の地域記事は自殺の名所と書き、地元関係者から聞いたという投稿も複数あるため、すべてがネット上の創作だと断言することもできない。ただ、公的に確認できる件数や個別の事故記録は見つからなかった。

高いフェンスがあるから、多くの人が亡くなったはずだという推測にも注意が必要だ。転落防止設備は、一件の重大事故や予防的な判断でも設置される。フェンスの高さだけから死者数を読むことはできない。

怪異のうち、比較的古い記録に残るのは、人の気配と橋から引かれる感覚だ。2005年の掲示板と2011年の取材に似た話があり、若い女性の霊も2011年の記事から現在まで語り継がれている。

車へ人が落ちてくる話は、橋の構造によく合う。上と下に道路があり、下から見上げればアーチの向こうにフェンスが見える。映像にしやすく、一度聞けば覚えやすい。ハンドルを取られる話には、橋下のカーブや、運転中に橋や地蔵へ目を向ける危険も関係していそうだ。

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身体の一部が宙を飛ぶ話は、掲載数のわりに情報源が増えていない。文と並び順が似ていることから、目撃者ではなく転載先が増えた可能性が高い。

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地蔵については、ごみ捨て防止のためだったという記録のほうが具体的だ。設置の目的、その後ごみが減ったこと、近所の夫婦が修理して世話をしたことまでつながっている。自殺者供養という怪談を外しても、そこには十分に興味深い人の営みが残る。

現地で印象に残ったのは、打越橋が日常から隠れていないことだった。毎日、車やバス、人が通る。橋上からは横浜の街が見え、赤いアーチは市が景観として紹介している。それでも橋下へ回り、噂を知ったうえで見上げれば、上から何か落ちてきそうな構図に見える。

打越橋は、単なる「自殺橋」ではない。震災から復興する横浜をつなぎ、地域が使い続け、補修しながら残してきた橋だ。その歴史の上に怪談が重なっている。霊の有無を急いで決めるより、赤いアーチを上下から眺めたほうが、この場所の不思議さはよく伝わると思う。

8. 注意とアクセス

  • 名称:打越橋
  • 読み方:うちこしばし
  • 所在地:横浜市中区打越26番地先~山手町223番地先。別の横浜市資料では南区唐沢1番地先~中区打越26番地先とされ、橋と取付部は区境付近にある
  • 座標:北緯35.433444、東経139.638889
  • 公共交通:JR根岸線石川町駅から徒歩圏。心霊情報サイトでは徒歩約9分と案内されるが、坂道や入口によって所要時間は変わる
  • 橋上:路線バスと一般車が通る現役道路。三脚を広げる、車道へ出る、長時間立ち止まる行為は避ける
  • 橋下:横浜駅根岸線にも交通がある。運転中に橋や地蔵を見上げず、撮影は安全に立ち止まれる場所から行う
  • フェンス:登る、隙間から身を乗り出す、転落を試す行為は厳禁
  • 地蔵:地域の人が守ってきたもの。触る、動かす、供え物へ手を出す、挑発する行為はしない
  • 周辺:住宅地のため、大声、長時間の照明、路上駐車、深夜の集団滞在を避ける。歴史的建造物を傷つけない

※本記事は肝試し等の行為を助長するものではありません。
心霊スポットとされる場所の多くは私有地や立入制限区域を含む場合があります。
必ずルールとマナーを守り、近隣住民への配慮を忘れずに。

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9. 引用・参考

  • 横浜市道路局橋梁課『第13稿 打越橋ものがたり』。橋長、幅員、橋種、1928年の市電開通と架橋、開通式、塗膜調査、横浜船渠による製作を確認した公的資料。www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/doro/kensetsu/kyoryo/hashinohanashi.files/0016_20220509.pdf
  • 横浜市「打越橋」。所在地、構造、建築年代、設計者を確認した市認定歴史的建造物の公的ページ。www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/toshiseibi/design/ikasu/rekishi/uchikoshibashi.html
  • 横浜市「歴史的建造物の保全」。2003年11月の認定、横浜船渠会社、震災後の切通しと路面電車、石積擁壁と朱色のアーチに関する公的資料。www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/doro/kensetsu/kyoryo/rekishiteki.html
  • 横浜市「土木学会選奨土木遺産認定書授与式を開催します!」。打越橋が2015年度に「元町・山手地区の震災復興施設群」として認定されたことを確認した公的資料。www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/doro/kensetsu/kyoryo/koushinjouhou.files/0013_20190129.pdf
  • はまれぽ.com「横浜に心霊スポットはありますか?」2011年7月19日。高いフェンス、若い女性の霊、下へ引かれる感覚、橋下の地蔵、写真に写った光を扱った地域メディアの現地記事。hamarepo.com/story.php?page_no=1&story_id=353
  • 心霊スポットスレまとめ「横浜市(中区)の怖い話」。2005年7月時点で存在した打越橋への肯定・否定両方の投稿を確認した掲示板転載資料。psychic-spot.chobi.net/Kanto/town_Kanagawa/Yokohama_Naka-ku.html
  • 全国心霊マップ「打越橋」。女性の霊、車へ落ちる霊、ハンドル異常、身体の一部が浮遊する噂、写真、動画、地元利用者を名乗るコメントを確認した心霊情報サイト。ghostmap.jp/spotdetail.php?spotcd=710
  • haunted-place.info「打越橋:神奈川県の心霊スポット【畏怖】」。2015年公開時点で、飛び込み橋、落下する霊、車両異常、身体の一部が浮遊する噂がまとまっていたことを確認した心霊情報サイト。haunted-place.info/2527.html
  • プルガダイス絵日記「『なにこれ?ヨコハマ』7月は打越橋のお地蔵さん」2020年9月2日。朝日新聞神奈川版の連載をもとに、地蔵がごみ捨て防止目的で置かれ、その後地域住民が修復して世話をした経緯を紹介する個人ブログ。niki200705.blog.fc2.com/blog-entry-1243.html
  • 心霊スポット散策「神奈川県横浜市心霊スポット【打越橋】74箇所目」2023年11月22日。飛び込み橋の呼称、夜景、高いフェンス、橋の構造に関する現在の流布状況を確認した個人訪問記。ameblo.jp/a-ishi0515/entry-12828655647.html
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