1. 導入
横浜市旭区の善部町に、ねこ塚と呼ばれる塚がある。
妙蓮寺のそばの、住宅地に残る小さな供養塔だ。
石碑には元禄七年の銘が刻まれている。
由来は、怨念ではなく温情の話だ。
行き倒れた巡礼の老婆と、寄り添って死んだ猫。
村人がふたりを葬り、供養したのがこの塚だという。
だが、ここは心霊スポットとしても語られる。
猫の怨念、視線、電子機器の不調。
温情の塚に、なぜ怖い噂が付くのか。

奇怪千万は深夜、その塚の前に立った。
感じたのは怨念ではなく、別の何かだった。
2. なぜねこ塚へ向かったのか
奇怪千万は千葉から、スーパーカブ110で旭区へ入った。
塚へ続く道はかなり細く、車では停めにくい。
カブだからこそ入り込める場所だった。
選んだ理由は、由来と噂の食い違いにある。
記録に残るのは、村人の温情の物語だ。
なのにネットでは、猫の怨念の塚と語られる。

供養の塚が、なぜ怨念の塚に化けるのか。
その転換の仕組みを、現地で確かめたかった。

もうひとつ、猫という存在も気になっていた。
日本の怪異譚には、化け猫の伝承が多い。
猫は昔から、霊性の強い動物とされてきた。
その猫を祀る塚は、夜にどんな顔を見せるのか。
誰もいない時間を選んで、向かった。

3. 史料が語るねこ塚
まず、記録に残る由来を整理する。
舞台は元禄七年、西暦千六百九十四年の秋だ。
この一帯は善部谷と呼ばれ、木立に覆われた小山だった。
戸塚道や藤沢道が近くを通っていたが、
昼でも暗く、人の近づかない寂しい場所だったという。

そこへ、六部姿の年老いた巡礼の女性が通りかかった。
六部とは、全国六十六か国の寺社を巡る旅の巡礼者だ。
一匹の猫を抱き、弱々しい様子だったと伝わる。

村人が声をかけると、女性は礼を言い谷の奥へ消えた。
数日後、女性は谷で亡くなっているのが見つかった。
そばでは一匹の猫が、しきりに鳴いていたという。
猫はやがて、後を追うように死んだ。
村人は女性と猫を同じ場所に葬り、塚と石碑を建てた。
石碑には「妙法門法妙喜信女 元禄七年十月二日」とある。
その後もこの塚には、村の猫や犬が死ぬと埋められた。
動物供養の場として、長く守られてきたのだ。
現在の石碑は、横浜旭ロータリークラブが建立している。
これが、記録に残るねこ塚の全てだ。
怨念の話は、どこにも出てこない。

この場所の現地調査動画を見る神奈川県心霊スポット『ねこ塚』 #心霊スポット
4. 語られてきた噂
一方で、心霊スポットとしての噂も存在する。
猫の怨念の塚、という語られ方だ。

夜に訪れると、強い視線を感じるという。
猫の鳴き声が、どこからともなく聞こえるという話もある。
電子機器が不調になる、という証言も見かける。
背景には、この土地の歴史もある。
横浜北西部は、江戸後期から養蚕や農作が盛んだった。
蚕や穀物を鼠から守る猫は、守り神に近い存在だった。
各地に動物供養塔が点在するのは、そのためだ。
旭区周辺の郷土資料にも、動物供養の記録が残る。
猫を丁重に祀る文化が、確かにあった。
供養が必要とされた、という事実。
そこに人は、何かを感じ取るのかもしれない。
5. 深夜、塚の前で
細い道の手前にカブを停め、歩いて塚へ向かった。
住宅地の中なのに、塚の周りだけ空気が違う。
木立の名残のような、湿った静けさがある。
塚は小さく、石碑が静かに立っていた。
供え物の跡があり、今も手入れされているのが分かる。
三百年以上、守られてきた場所だ。
奇怪千万は、まず塚に頭を下げた。
ここに眠るのは、旅の女性と一匹の猫だ。
怖がる前に、悼むのが筋だと思った。

しばらく立っていると、視線を感じた。
塚の方からではない。
周囲の暗がりから、じっと見られている感覚だ。

猫の目を思わせる、静かな視線だった。
敵意はない。
ただ、こちらの振る舞いを見定めている。
スマホを取り出すと、電波表示が一瞬消えた。
住宅街で圏外は考えにくい。
数秒で戻ったが、妙な符合だった。
6. 監視の気配
塚の前で、奇怪千万はしばらく観察を続けた。
怨念と呼べるような、重く粘る気配はない。
代わりにあるのは、監視に近い気配だ。
見張られている。
だが、害意は感じない。
塚を荒らす者かどうかを、試されている感覚だった。

写真を撮ると、一枚だけ光の玉が写った。
レンズの乱反射だろう、と一度は思う。
だがその位置は、ちょうど塚の真上だった。
猫の鳴き声は、聞こえなかった。
ただ、去り際に背後で小さく草の鳴る音がした。
振り返っても、そこには誰もいない。
猫が一匹、通り過ぎたような音だった。
奇怪千万はもう一度頭を下げ、塚を離れた。
7. 考察
体感を整理する。
視線の感覚は、暗所での警戒反応で説明がつく。
猫の多い住宅地なら、実際に猫に見られていた可能性もある。
電波の乱れは、偶然の範囲だろう。
光の玉も、湿気と乱反射で起こり得る。
個々の現象は、物理で説明できる。

怨念の噂についても、答えは出た。
記録を辿る限り、この塚に怨みの要素はない。
あるのは、行き倒れた旅人への温情だけだ。
では、なぜ怨念の塚と語られるのか。
猫、塚、古い石碑。
この組み合わせが、化け猫伝承を連想させるのだ。
猫は霊性の強い動物とされてきた。
その猫を祀る塚は、それだけで物語を呼ぶ。
由来を知らなければ、怖い場所に見えてしまう。
8. 仮説
ひとつの仮説を残す。
供養塚は、結界でありエネルギーの集積地だ。
三百年の祈りが、この場所に層を作っている。
奇怪千万が感じた監視の気配。
あれは怨念ではなく、守りの気配だと思う。
塚を荒らす者を、見張っている何かだ。

老婆に寄り添って死んだ猫。
その猫が今も、塚の番をしているのかもしれない。
そう考えると、あの視線の静けさも腑に落ちる。

ねこ塚は、怖がる場所ではない。
だが、軽んじてよい場所でもない。
敬意を欠いた者には、あの視線は違う顔を見せる気がする。

供養の塚には、供養の作法で向き合う。
それがこの場所の、唯一の正解だと思う。
9. アクセス
ねこ塚は、神奈川県横浜市旭区善部町にある。
妙蓮寺のそば、住宅地の一角だ。
最寄りは相鉄線の希望ヶ丘駅や南万騎が原駅になる。
塚へ続く道はかなり細い。
車では停める場所がないので、徒歩か二輪をすすめる。
夜は暗いので、足元に注意してほしい。
ここは今も供養が続く、現役の祈りの場だ。
供え物を荒らしたり、石碑に触れたりしないでほしい。
周囲は住宅地なので、深夜の騒音も厳禁だ。
訪れたら、まず頭を下げる。
旅の途中で果てた女性と、寄り添った猫に。
それがこの塚にふさわしい、唯一の作法だと思う。


