1. 導入
神奈川県足柄上郡山北町都夫良野に、線守稲荷と呼ばれる小さな稲荷社があります。
読み方は「せんもりいなり」です。
旧東海道本線、現在のJR御殿場線に残る箱根第2号隧道跡の上に祀られています。
線守稲荷には、鉄道工事で住み処を失った狐が怪異を起こしたという民話があります。
線路上の大石、赤いカンテラを振る人物、髪を振り乱す女性、線路を塞ぐ牛が現れたという話です。
最後に列車と衝突した牛の姿は消え、代わりに狐が死んでいたと伝えられています。
鉄道関係者と地元の人々は狐を祀り、線路を守る神として「線守稲荷」と名付けました。
現在も毎年4月には祭礼が行われ、JR関係者と地元住民が参加すると紹介されています。
この部分だけを読めば、鉄道会社も狐の祟りを認めたように見えるかもしれません。

ネットでは話がさらに大きくなっています。
狐の祟りでトンネルが使えなくなり、JRが慌てて隣に新しいトンネルを掘ったという説明です。
毎年の祭礼も「慰霊祭」や「祟りを封じる儀式」と呼ばれ、線守稲荷は「JR公認の心霊スポット」とまで紹介されるようになりました。
しかし、山北町が公開する鉄道史を確認すると、二本のトンネルが並ぶ理由は明確です。
この区間は1889年に東海道線として開通し、輸送力を上げるため1901年に複線化されました。
隣の隧道は、上下列車を別々に通すために増設されたものです。
狐の祟りから逃げるため、使用可能なトンネルを急いで放棄したわけではありません。

それでも、現地が怖くないという話にはなりません。
私は2014年に一人で旧隧道へ入り、今でも忘れられない体験をしました。
入口で手のひらほどの光球が上へ流れ、奥では男性が歌うような声を聞きました。
急に濃霧が現れ、廃線なのに列車が迫るような風圧が何度も身体を通り抜けました。
撮影から長い年月が過ぎたため、今回掲載する画像は現在の機材で撮った写真より粗く見えます。
しかし、光球と男性の声は動画にも残っています。
帰宅後に映像を見直すと、現場では気付かなかった音や声も複数入っていました。
2026年に再訪した際、現地は立入禁止になっていました。
山北町議会の公開記録でも、線守稲荷を含む鉄道遺産は一般に立ち入れず、JR東海との交渉が必要だと説明されています。
過去の訪問記録を見て、現在も入れると判断してはいけません。

この記事では、線守稲荷の民話、旧東海道線の歴史、隧道が二本ある本当の理由を整理します。
そのうえで、私が体験した光、声、霧、風圧を自然現象の可能性と照らし合わせます。
伝承の面白さを消さず、史実と怪異を混ぜない形で線守稲荷を追っていきます。

2. 史料と歴史
線守稲荷がある山北町は、酒匂川と丹沢の山々に囲まれた地域です。
現在は御殿場線が通る静かな町ですが、明治から昭和初期には東海道本線の要衝でした。
箱根越えの急勾配を前に、山北駅では補助機関車の連結や切り離しが行われました。

1889年2月1日、国府津から山北、御殿場を経て沼津へ至る鉄道が開通しました。
同年7月には新橋から神戸まで東海道線が全通します。
当時の技術では、現在の熱海経由で箱根山地を貫く長大トンネルを建設することが困難でした。
そのため東海道線は、勾配の厳しい御殿場経由で敷設されました。
山北から御殿場へ向かう区間は最大の難所でした。
約8キロメートルの間に20か所の橋梁と7か所のトンネルを設けています。
箱根第2号隧道も、その初期工事で造られた鉄道トンネルの一つです。
線守稲荷は、その旧線側坑口付近の上に位置します。
開通当初の線路は単線でした。
列車が増えると、上下列車の行き違い待ちが遅延の原因になります。
とくに急勾配区間では、蒸気機関車の輸送力にも限界がありました。
鉄道側は幹線輸送を円滑にするため、国府津から沼津までの複線化を進めます。
山北から小山、現在の駿河小山までの複線化は難工事となりました。
山北町と御殿場線関係自治体の資料では、1901年6月11日に山北・小山間の複線化が完成したとされています。
ここで既存線と並行する二本目の線路と隧道が加わりました。

現地で二つの坑口を見ると、片方が使えなくなったため隣を掘り直したようにも見えます。
しかし、建設年代と複線化の目的を確認すれば、祟りによる付け替え説は成立しません。
二本は一時期、上り線と下り線として同時に使われていました。

1934年12月1日、丹那トンネルを通る熱海経由の新線が開業しました。
東海道本線は新しい経路へ移り、国府津、山北、御殿場、沼津の旧経路は御殿場線となります。
一日100本以上あった旅客・貨物列車は大きく減り、山北駅周辺の鉄道の町としての役割も変化しました。

山北町の資料では、1943年に御殿場線は単線になったと説明されています。
戦時中の資材需要を背景に片側の線路が撤去され、複線時代の隧道や橋脚が各地に残りました。
使われなくなった箱根第2号隧道も、こうした鉄道史の一部です。
鉄道旅行情報サイト「トレたび」の解説では、単線化時に主に旧下り線が残されました。
1968年の電化では旧上り線を復活させ、旧下り線側から線路を移したとされています。
現在列車が走る側と廃線側が入れ替わったため、現地の見た目だけでは経緯が分かりにくくなっています。

線守稲荷の民話は、1889年の鉄道開通後に生まれたと山北町が紹介しています。
伝承では、トンネル工事によって狐の巣が壊されました。
やがて機関士の前に、大石や奇妙な人物、女性、牛などが現れ、列車を止める出来事が続きます。
ある夜、機関士は線路上の牛を再び幻だと思い、そのまま列車を進めました。
衝突後に確認すると牛はいなくなり、線路脇に狐の死体があったといいます。
工事関係者と地元の人々は、住み処を奪った狐の霊を慰めることにしました。
伏見稲荷から札を受け、松田町の寒田神社の神職を招いて祠を祀ったと伝えられます。
狐を恐れて封じるだけでなく、鉄路を守る神へ転じてもらう願いを込め、「線守稲荷」と名付けました。
祀った後は、不思議な現象が起きなくなったという結末です。

この話は、山北町が「線守稲荷の民話」として地域史の一部に位置付けています。
町立生涯学習センターは「線守稲荷大明神」の紙芝居も公開しています。
学校給食では、狐の好物とされる油揚げを使った「線守稲荷汁」が提供されました。
祟り話であると同時に、鉄道の町の文化として受け継がれているのです。
毎年4月には、JR関係者と地域住民が参加する祭礼が続いていると紹介されています。
ただし、確認できた資料での名称は「祭礼」や「大祭」です。
鉄道工事の犠牲者を弔う「慰霊祭」とは確認できませんでした。
祭礼の継続を、JR東海が超常現象を公式認定した証拠とすることもできません。

3. 噂が育つ土壌
線守稲荷の噂が広がる最大の理由は、民話の舞台が今も目に見える形で残っていることです。
山中の旧線、並んだ二本の隧道、上に鎮座する稲荷社という配置は、それだけで物語を連想させます。
片方だけが廃れているため、「何かあって封鎖された」と考えやすい景観です。

民話には、現代の心霊談へ転用しやすい要素がそろっています。
線路を塞ぐ大石、赤い灯、髪を振り乱した女性、何度確かめても消える人影が登場します。
列車を欺く狐という古いモチーフが、幽霊列車や女性の霊という現代的な恐怖へ変わりました。
「偽汽車」と呼ばれる伝承は、鉄道が広がった明治期に各地で語られました。
狐や狸が列車や信号に化け、人間を驚かせる物語です。
蒸気機関車という新しい文明と、山野の動物や在来信仰が衝突した記憶を物語にしたものと考えられます。
線守稲荷では、実際に鉄道関係者が祭礼を続けている点が噂を強くしました。
一般の神社でも安全祈願や例祭は行われます。
ところが、狐の怪異を起源とする小さな社を鉄道関係者が守る構図は、「今も祟りが続いているから」と解釈されやすいのです。
ネットでは、「JR東海公認の心霊スポット」という表現が2010年代には流通しています。
2013年の掲示板転載では、化かされる、気を失う、行方不明になる、持ち物が消えるといった話まで加わっています。
しかし、具体的な日時、氏名、捜索記録などは示されていません。
隣接する隧道の存在も、祟り回避説を生みました。
実際は1901年の複線化で増設され、二本を同時に使用した歴史があります。
その説明が省かれると、「古い方で怪異が多発したため新しい方へ移った」という筋書きの方が分かりやすく、怪談として広まりやすくなります。

廃線後の隧道は、照明も線路もない暗い空間になりました。
長い直線や曲線の奥では、入口の光が小さくなります。
水滴、動物、外を走る車両、現在の御殿場線の列車音が坑内へ入り、複雑に反響する可能性があります。
心霊情報サイトでは、女性の笑い声、多数の声、振り返ると立つ男児の霊などが語られています。
動画投稿が増えると、各撮影者が聞いた音や見た影が新しい噂として追加されました。
民話にいなかった霊まで、廃隧道の怪異として定着していったようです。
霧も噂を育てる要素です。
山間部では気温差や湿度、川からの水分によって局地的な霧が発生します。
一方、暗い隧道の奥で急に視界が白くなると、進路を遮る意思があるように感じます。
自然現象と怪異の境界が曖昧になる環境です。

現在、一般の立入りは認められていません。
2022年の山北町議会では、線守稲荷を含む鉄道遺産に立ち入れない状況が明言されました。
町が見学再開を望んでも、JR東海との交渉が必要だと答弁されています。

立入禁止は、祟りを封じるためだという噂にも利用されます。
しかし、現役線に近い鉄道用地には列車運行、転落、落石、施設管理など現実的な危険があります。
禁止措置そのものを、超常現象の証拠として扱うことはできません。
線守稲荷の恐怖は、狐の民話、複線化遺構、廃隧道の環境、鉄道会社の祭礼、立入禁止が重なって生まれました。
どれも実在する要素ですが、それらを一つにつなぐと「祟りで廃止された公式心霊スポット」という別の物語になります。
史実とネット怪談の境目を確認することが、この場所では特に重要です。
4. 現地調査
今回の現地記録は2014年のものです。
写真が粗いのは、当時使用していた撮影機材と保存状態によります。
年月は過ぎましたが、私にとって線守稲荷は、トンネルへの恐怖を決定的にした場所です。
私は夜に一人で現地へ向かいました。
トンネルが怖いなら行かなければよいという話ですが、当時の私は霊の存在を証明することを目標にしていました。
怖いからこそ、一人で中へ入らなければならないと考えていました。
現地には二本の隧道が並んでいました。
片方が使われ、片方が放置されているように見えます。
当時の私は、使えそうなトンネルを残して、なぜすぐ隣に別のトンネルを造ったのか不思議に感じました。
後に鉄道史を調べると、複線化のためだったことが分かります。

旧隧道の入口に立った時点で、強い圧迫感がありました。
言葉にすれば、「入ったらただでは済まない」と押し返されるような感覚です。
閉鎖空間を前にした緊張や暗さの影響も考えられますが、ほかの廃隧道とは違う重さを感じました。
私が片足を坑内へ踏み入れた瞬間、空気が変わりました。
外と内の温度や湿度が違えば、境界で空気の変化を感じることはあります。
しかし、その変化と同時に、手のひらほどの大きさの光の玉が見えました。
光球は、私の前方から静かに上へ流れていきました。
一瞬の反射ではなく、スーッと登る動きとして認識しました。
この場面は動画にも写っています。
虫、埃、水滴、レンズ内反射の可能性は残りますが、現場では立体的な光に見えました。

私は入口で戻ることも考えました。
入った直後から警告を受けたように感じ、これ以上進むのは危険だと思ったからです。
それでも調査を中断せず、奥へ歩きました。
入洞から約10分後、背後から男性の声が聞こえました。
反響が強く、誰かがトンネル内で歌っているようにも聞こえます。
私は一人で来ており、後方に人がいるとは認識していませんでした。
この声も動画に収録されていました。
現在の御殿場線や道路から入った音が、旧隧道の中で回り込んだ可能性はあります。
坑内では方向感覚が狂い、前からの音が後ろから聞こえる場合もあります。
ただ、その場では男性が私の後を追っているように感じました。
さらに進むと、霧が現れました。
薄い靄ではなく、写真でも分かるほど濃い霧でした。
最初から全体に出ていたのではなく、進行方向を塞ぐように突然濃くなりました。
私は、何かが前へ行かせまいとしているように受け取りました。

隧道は湿度が高く、外気との温度差で結露や霧状の水分が見えることがあります。
呼気や撮影機材の光が細かな水滴を照らせば、実際以上に白く写ります。
自然現象として説明できる余地はありますが、発生の急さは印象に残りました。

霧を越えて進むと、今度は前方から激しい風圧が来ました。
駅のホームで快速列車が通過するときのような圧力です。
線路はすでに撤去され、目の前から列車が来ることはありません。
それでも、見えない列車が私へ向かってくるようでした。

風圧は一度では終わりませんでした。
透明な大きな物体が前から近づき、私の身体を通り抜ける感覚が何度か続きました。
現役の御殿場線を走る列車の圧力が、別の坑口や隙間を通して影響した可能性も考えました。
しかし、当時の位置とタイミングを正確に再現できないため、原因は特定できません。
私は最終的に坑内を出て帰宅しました。
映像を確認すると、現場で認識した光球と男性の声だけではありませんでした。
その場では聞き落としていた複数の音や声が入っています。
録音機器のノイズ、衣擦れ、足音、反響を一つずつ除外する必要がありますが、すべてを説明できたわけではありません。

この体験以降、私はトンネルそのものに強い恐怖を感じるようになりました。
その後の長瀬隧道での出来事も重なり、入口に立つだけで当時の圧力を思い出します。
それでも調査を続けてきましたが、怖さに慣れたわけではありません。

2026年に再訪すると、以前のように入れる状況ではありませんでした。
立入禁止表示があり、内部へは進みませんでした。
現在はJR東海の管理用地とされ、一般の人が自由に神社や旧隧道へ立ち入ることはできません。

私の2014年の映像は、当時の状況を記録する資料として掲載します。
しかし、過去に撮影できたことは、現在の立入りを正当化しません。
現地を確かめたい場合も、道路など立入り可能な場所から眺めるか、町が正式に実施する鉄道遺産ツアーの案内に従ってください。

この場所の現地調査動画を見る心霊スポット『線守稲荷トンネル』

5. 語られている怪異
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トンネル工事で狐の巣を壊したため、狐が鉄道へ仕返しを始めたという民話があります。山北町も地域の民話として紹介していますが、出来事の日時や運行記録まで確認できる史実ではありません。
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線路上に大石が置かれ、機関士が列車を止めて確認すると何もなかったと伝えられます。再び発車しようとすると、同じ異変が現れたという形で語られています。
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蓑や雨合羽を着た人物が赤いカンテラを振り、列車へ停止を促したという話があります。確認のため降りると人物は消え、発車すると再び現れたとされます。
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髪を振り乱した女性が線路上で手を振ったという話があります。この女性像は、後の心霊情報で語られる女性の霊や笑い声と結び付きました。
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線路を塞ぐ牛を幻だと思って列車を進めると衝突し、牛ではなく狐が死んでいたという話があります。狐を祀る直接のきっかけとされる伝承です。
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線守稲荷を祀ってから、列車を止める怪異が起きなくなったと伝えられます。現在も祭礼が続くことから、祟りを抑え続けているという解釈が生まれました。
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狐の祟りによって旧隧道が使えなくなり、すぐ隣へ新しい隧道を造ったという噂があります。鉄道史では1901年の複線化が理由で、二本を同時使用した時期があるため、この説は史実と一致しません。
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「JR公認の心霊スポット」や「JR東海が祟りを認めている」という表現がネットで流通しています。祭礼と管理の事実は確認できますが、超常現象を公式認定した一次資料は確認できませんでした。
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廃隧道内で女性の笑い声や多数の話し声が聞こえるという投稿があります。暗い坑内の反響や現役線、道路からの音も考えられますが、似た体験談が複数のサイトに見られます。
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振り返ると男児の霊が立っているという噂があります。動画紹介サイトで確認できますが、古い民話には見られず、近年追加された怪異と考えられます。
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私は入口で手のひらほどの光球が上へ移動するのを見ました。虫、埃、水滴、反射の可能性を残しますが、動画にも動く光が記録されています。
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私は坑内で、背後から男性が歌っているような声を聞きました。声は動画にも残りましたが、人物の姿は確認していません。
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私の進行方向を遮るように濃霧が発生しました。温度差や湿度、結露の可能性がありますが、突然濃くなったため強い意図を感じました。
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廃線なのに前方から列車が来るような風圧が何度も通り抜けました。現役線の列車や気流との関係を確認できず、原因は特定できませんでした。
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探索後に持ち物がなくなる、現地で意識を失う、行方不明になるという話も掲示板転載にあります。具体的な記録を伴わないため、出典不明の噂として扱う必要があります。
6. 噂の出どころを追う
線守稲荷の噂には、地域で受け継がれた民話と、心霊サイトで増えた怪談があります。
この二つを分けなければ、どこまでが古い話なのか分からなくなります。

民話の核は、1889年に開通した東海道線と狐の住み処の衝突です。
鉄道工事で巣を壊された狐が、線路上に幻を見せて列車を止めました。
最後に列車へはねられた狐を祀り、線路を守る神へ転じてもらうという結末です。

この話は山北町の公式ページでも「線守稲荷の民話」として紹介されています。
町立生涯学習センター図書室は紙芝居を所蔵し、動画でも公開しています。
学校給食の献立にも採用され、単なるネット怪談ではなく地域文化として残されています。

ただし、民話であることと、すべてが運行記録で裏付けられたことは同じではありません。
確認できた公的資料は、山北の歴史と伝承として扱っています。
大石、女性、牛、狐の死体を記録した鉄道側の一次資料は見つかりませんでした。

次に確認できるのが、祠と祭礼の継続です。
鉄道旅行情報サイトでは、線守稲荷はJR東海の敷地内にあり、一般人は立ち入れないと説明しています。
毎年4月にJR関係者と地元の人々が祭礼を行うことも紹介されています。
ここから「鉄道会社も祟りを認めている」という解釈が生まれました。
しかし、鉄道会社が安全を祈願し、由来のある社を維持することは、怪異の公式認定とは異なります。
資料で確認できるのは、管理と祭礼への参加です。

2000年代後半から2010年代には、個人ブログが線守稲荷と旧隧道を詳しく紹介しました。
現地の由来板を転記した記事も多く、狐の伝承がネットへ広がりました。
同時に、廃隧道へ入った写真や動画も増えています。
2013年4月の掲示板投稿を転載したサイトでは、「JR公認の心霊スポット」という表現が見られます。
化かされる、気絶する、行方不明になる、持ち物が消えるなど、民話にない被害が追加されています。
具体的な記録がないまま、危険度だけが引き上げられました。

2014年には、線守稲荷を訪ねた個人ブログが狐の由来を紹介しています。
同じ年、私は夜の旧隧道を撮影しました。
入口の光球、男性の声、濃霧、列車のような風圧という体験は、古い民話を再現したものではなく、その場で起きた出来事です。
その後、複数の心霊動画が公開され、「多数の声が聞こえる廃線トンネル」として知られるようになりました。
女性の笑い声、男児の霊、声への応答など、撮影者ごとの現象が追加されています。
動画の題名やまとめ記事が、怪異の定番を作った面もあります。

一方、鉄道史の情報もネットにあります。
山北町は1889年の開通、1901年の複線化、1943年の単線化を公開しています。
御殿場線関係自治体の資料も、輸送力向上のため二本目の線路を造った経緯を説明しています。

それでも「祟りで隣に新トンネルを掘った」という話が残るのは、怪談として非常に分かりやすいからです。
二本の隧道、片方の廃止、上の稲荷社、今も続く祭礼を一つの因果で結べます。
年代を確認しなければ、外見だけで信じてしまう筋書きです。
2022年の山北町議会記録では、線守稲荷は一般に立ち入れない場所と説明されています。
数年前までは自治会長らが参拝できた実績があるものの、再開にはJR東海との交渉が必要とされました。
禁止は近年突然始まった心霊封鎖ではなく、鉄道用地の管理問題です。

2024年12月に立入禁止を確認したという投稿があり、私も2026年の再訪で同じ状況を確認しました。
古い探索記事と現在の条件が異なるため、噂の検証を名目に入ることはできません。

結論として、狐と列車の話は山北の民話として確かに伝えられています。
祭礼も続いています。
しかし、祟りによる隧道の付け替え、JRの超常現象認定、行方不明者などは、確認できた史料では裏付けられませんでした。

7. 総合分析
線守稲荷は、鉄道史と民話が同じ場所に残る珍しい遺構です。
狐の祟りだけを取り出せば心霊スポットになりますが、祠が生まれた背景には近代化と地域社会の摩擦があります。
新しい鉄道が山を切り開き、動物の住み処と人々の生活を変えた記憶が物語になりました。

民話の狐は、ただの悪霊ではありません。
巣を壊されて人間へ仕返しをしますが、祀られた後は線路を守る神になります。
恐ろしい存在を排除するのではなく、敬意を払い守護者へ迎えるという構造です。
線守という名前にも、その転換が表れています。

JR関係者が祭礼を続けることは、この民話と地域文化を今へつなぐ重要な事実です。
ただし、祭礼の目的を「祟りが実在するから」と限定することはできません。
鉄道安全、地域との関係、社の維持、先人への敬意など複数の意味が考えられます。

毎年の行事を慰霊祭と呼ぶ点にも注意が必要です。
狐の霊を慰めた由来はありますが、確認できた現代の資料は「祭礼」や「大祭」としています。
丹那トンネルの工事犠牲者を弔う行事などと混同すると、存在しない人的被害まで連想させます。
隣接する隧道については、鉄道史で説明できます。
1889年の単線開通後、列車本数と輸送力の問題を解決するため1901年に複線化されました。
二本が並ぶのは、上り線と下り線を分けるためです。
旧隧道が使えるように見えることは、祟りによる放棄の証拠になりません。
1943年の単線化と1968年の電化時の線路移設が、さらに見た目を複雑にしました。
現在使われる側が、単線化直後に残った側と同じとは限りません。
この経緯を知らずに現地だけを見ると、「問題のある方だけ避けた」という誤解が生まれます。
私が見た光球は、映像解析の対象になります。
暗所でライトを使うと、レンズ近くの虫や埃、水滴が大きな光の玉に写ることがあります。
上昇する虫の動き、手ぶれ、レンズ内反射も候補です。
映像に残っただけでは、霊体と断定できません。

一方、現場の私は手のひらほどの立体的な光として見ました。
カメラだけの現象ではなく、肉眼でも認識した点が重要です。
ただし、暗順応していない目や強い照明の残像が、空間内の光として感じられた可能性も残ります。
男性の声には、反響という大きな問題があります。
隧道は長い音響管のように働き、遠くの小さな音を運びます。
現役線を走る列車、道路上の人、車載音楽、動物の声が坑口から入り、歌声のように変化することがあります。
動画に声が記録されているなら、周波数、継続時間、列車時刻、撮影者の動作音を照合できます。
しかし、元音声だけで発生源の位置まで確定するのは困難です。
声が入った事実と、霊の声だという解釈は分ける必要があります。
濃霧は、湿度と温度差で説明できる可能性があります。
山北は川と山が近く、夜間は局地的に空気が冷えます。
坑内の冷たい空気と外気が混ざれば、水分が細かな粒になって見えることがあります。
ライトが霧粒を照らすと、進路を塞ぐ壁のように写ります。

列車のような風圧は、最も興味深い体験です。
旧隧道が現役線の隧道と隣接しているため、列車通過に伴う圧力変化や振動が伝わった可能性があります。
坑口間の地形、排水路、隙間が空気の通り道になれば、目に見えない風として感じることもあります。

ただし、当時の正確な列車時刻、立ち位置、風向、坑内構造を再現できません。
何度も前方から通り抜けた感覚を、単純に列車の風と断定することもできません。
自然的な仮説は立てられますが、未解明の体験として残ります。
現地の圧迫感は、暗い閉鎖空間に入る恐怖と関係します。
入口から出口が見えない隧道では、逃げ道が限られたように感じます。
狐の祟りという事前情報があれば、身体の警戒反応も強くなります。
それでも、恐怖をすべて思い込みと片付ける必要はありません。

怖いと感じた時点で、実際の安全判断として引き返す価値があります。
廃隧道には、落石、崩落、冠水、酸欠、野生動物、段差など霊とは無関係な危険があります。
現役線に近い場所では、列車運行や鉄道施設への影響も重大です。

2026年現在、立入禁止が確認されています。
私は過去に入った本人ですが、同じ行動を勧めません。
公式の許可やツアーがない状態で、稲荷社や旧隧道へ入ることはできません。

総合すると、線守稲荷には三つの真実があります。
狐と鉄道の民話が地域で受け継がれていること、隣の隧道は複線化で造られたこと、私の映像に説明しきれない光と声が残ったことです。
三つを混ぜずに見るほど、この場所の不思議さはむしろ深くなります。

8. 注意とアクセス
- 名称は線守稲荷神社、線守稲荷大明神などと呼ばれます。
- 所在地は神奈川県足柄上郡山北町都夫良野です。
- 座標は北緯35.360389度、東経139.058639度です。
- JR御殿場線の箱根第2号隧道跡付近にあります。
- 周辺はJR東海の管理用地を含み、一般の人は自由に立ち入れません。
- 旧隧道、線路跡、稲荷社へ向かう柵や立入禁止表示を越えないでください。
- 現役の御殿場線が隣接しています。線路内、保守用通路、坑口周辺へ入る行為は極めて危険です。
- 2014年の写真や動画は過去の記録であり、現在の立入りを認めるものではありません。
- 公道など安全かつ合法的に立てる場所から見る場合も、車両、住民、鉄道運行の妨げにならないようにしてください。
- 山北町が鉄道遺産巡りツアーを開催する場合があります。見学は公式案内の範囲と係員の指示に従ってください。
- 夜間の単独探索、火気、騒音、機材の放置、ドローン飛行、供え物や設備への接触は行わないでください。
※本記事は肝試し等の行為を助長するものではありません。
心霊スポットとされる場所の多くは私有地や立入制限区域を含む場合があります。
必ずルールとマナーを守り、近隣住民への配慮を忘れずに。

9. 引用・参考
- 山北町「山北の歴史」。1889年の東海道線開通、線守稲荷の民話、1934年の御殿場線化を確認した公的資料。www.town.yamakita.kanagawa.jp/0000000321.html
- 山北町「鉄道遺産巡りツアーのご案内」。1901年の国府津・小山間複線化、1943年の単線化、箱根第2号隧道跡を確認した公的資料。www.town.yamakita.kanagawa.jp/0000006958.html
- 山北町議会「やまきたまち鉄道レガシーを活用したまちづくりについて」。線守稲荷を含む鉄道遺産へ立ち入れず、再開にはJR東海との交渉が必要であることを確認した公的資料。www.town.yamakita.kanagawa.jp/cmsfiles/contents/0000005/5912/0409_05_fujiwarahiroshi.pdf
- ごてんばせんネット「御殿場線物語」。1889年の開通、1901年の複線化、丹那トンネル開通後の路線変更を確認した御殿場線関係自治体の地域資料。www.gotembasen.net/御殿場線物語
- トレたび「御殿場線(JR東海)富士山やのどかな景色が楽しめる路線」。単線化後と電化時の線路移設、線守稲荷の伝承、立入制限、毎年4月の祭礼を確認した鉄道旅行資料。www.toretabi.jp/railway_info/entry-21373.html
- 山北町「広報やまきた 2025年1月号」。線守稲荷の言い伝えを題材にした紙芝居と地域での継承を確認した公的広報資料。www.town.yamakita.kanagawa.jp/cmsfiles/contents/0000006/6647/kouhou20251.pdf
- 山北町教育委員会「教育委員会だより」。線守稲荷の民話を由来とする学校給食と、地域文化としての活用を確認した公的資料。www.town.yamakita.kanagawa.jp/cmsfiles/contents/0000002/2535/20211115iinkaidayori.pdf
- 「東海道線開通にまつわる 不思議な線路の守り神の話」。狐の巣、幻、狐の死、線守稲荷創建という民話の流通を確認した地域記事。www.miuken.net/entry/2019/07/17/000556
- VFRでツーリング「JR御殿場線巡りの下見ツー」。現地由来板に記された狐、牛、女性、赤いカンテラ、祠建立の伝承を確認した個人訪問記録。tarsama.hatenadiary.com/entry/20120109/touring
- 全国心霊マップ「線守稲荷神社」。女性の笑い声、声、2024年12月の立入禁止に関する投稿を確認した心霊情報サイト。ghostmap.jp/spotdetail.php?spotcd=706
- 心霊考察「線守稲荷神社・ウワサの心霊話」。狐の祟り、廃隧道、声など近年の噂の整理を確認した心霊情報サイト。sinreikousatu.jp/amemori-inari-shrine-rumored-ghost-stories/
- 全国心霊スポット調査「山北町の怖い話」。2013年時点の「JR公認」表現、気絶、行方不明、持ち物が消えるという掲示板由来の噂を確認した心霊情報サイト。psychic-spot.chobi.net/Kanto/town_Kanagawa/Yamakita.html


