田を作っている友人がいる。
数年前に千葉の内陸の集落へ移り、空いていた田を借りて稲を育てている男だ。以下Tと呼ぶ。
七月の頭、そのTから草刈りの手伝いに呼ばれた。人手が欲しいというのは口実で、聞いてほしい話が別にあるのは電話の声でわかった。
カブで下道を一時間ほど。細長い谷の奥に田が階段状に連なる、いわゆる谷津田の集落だった。
場所は伏せる。Tがいまも世話になっている土地だからだ。
谷の一番奥に古い溜池があり、そこから一本の用水が下ってくる。田はその用水から、一枚ごとに小さな水門で水を分けてもらう造りになっていた。
水門といっても大きなものではない。コンクリートの枡に鋼板のゲートが差してあり、上のハンドルを回して開け閉めする。谷の上から下まで全部で七基。
一番下の七番目がTの田だった。
谷津田は水が命だと、来る道すがら聞かされていた。湧きと溜池だけが頼りで、川は谷の外にしかない。
水の高い方が強い。Tはそういう言い方をした。
昼のあいだは畦の草刈り。日が落ちて縁側で麦茶を飲みながら、Tが話し始めた。
この谷に入って三年になる。夜の水見を覚えたのは一年目だという。
水見というのは田の水位を見て回り、水門を調整する作業のことだ。夏場は昼に入れると水が温みすぎるので、夜のうちに入れて朝に止める。

Tは几帳面な男だ。ハンドルを何回転で止めたかノートに書き付けてある。
今年の六月から、それが合わなくなった。
朝に見ると自分の田だけ水が多い。ハンドルの開きが、覚えより四分の一回転ぶん増えている。
最初は自分の書き間違いを疑ったそうだ。ノートの字は自分の字で、数字は昨夜のままだった。
念のため水位標も立てた。田の隅に刺した竹の物差しだ。
朝の水面は毎回、書いた数字より指二本ぶん上に来ていた。
閉めて帰る。翌朝また開いている。
増え方はいつも四分の一回転。半分の日はなく、一回転の日もない。
「器具のガタなら、揃わないはずなんだ」
Tは湯呑みを見ながら言った。
集落の年寄りにも聞いて回っている。どの家も触っとらんと首を振った。
首を振ったあと、妙な間があったそうだ。
上の田を作っている爺さんが、そのうちTを呼び止めた。
「夜はもう、見に行かんでいい」

理由を聞くと、爺さんは少し黙ってから昔の話を一つだけした。
日照りの年、この谷は番水になる。順番を決めて時間で区切って水を引く。
ある年、順番を破って夜中に水を引いた者がいた。揉めた末に一人が用水に落ちて死んだ。
落ちたのか、落とされたのか。いまとなっては誰も言わない。
以来この谷では夜の分水には手を触れない。水見は朝。どうしても夜に行くなら二人で行く。
「夜の水は、人の水じゃないんだと」
爺さんはそれだけ言って、あとは何を聞いても田の話に戻ってしまったという。
帰り際に一つだけ付け足したそうだ。
「閉めるから来る。取り分を拒むと覚えられるぞ」
Tにはそのときまだ、意味が取れなかった。
Tは知らなかった。一年目から三年間、毎晩ひとりで水門を閉めて回っていた。
三年目の今年、それが始まる。
六月の終わりの夜、Tが水見に出ると谷の奥で音がする。

カチ。
間を置いてまた、カチ。
ハンドルの爪が送られる音だ。ゲートを巻き上げるとき、歯車の爪が一つずつ鳴る。毎晩聞いている音だから間違えようがない。
一番上の水門から順に一枚ずつ開いていく。
音は用水を伝ってTの立つ方へ下りてきた。
Tは自分の水門だけ閉め、家に入って鍵をかけた。
水の音は夜のあいだ、家の周りを回っていたそうだ。朝には引いていた。Tの家の裏に、水路はない。
「俺の覚え違いか、どこかのガタか。外の目で一度見てくれ」
Tの頼みはそれだった。
その晩は客間で寝ていて、夜半に目が覚めた。
水の音がする。
座敷の北側からだ。北は畑と山で、水のあるものは何もない。
蛇口の音とも川の音とも違う。高いところから枡に落ちる、あの硬い水音。一定の量で途切れない。
障子を細く開けると音が止んだ。

閉めるとまた始まる。心なしかさっきより近い。
そのまま朝まで開けなかった。
音は明け方に薄れていく。消える間際に一度だけ間隔が乱れた。
枡に落ちる水の、途切れた半拍。誰かが手で受けたような途切れ方だった。
朝食のとき伝えると、Tは頷いただけだった。
「俺は毎晩だ」
二日目の昼は、草刈りの合間に水門を見て回る。
明るいうちに疑いを潰しておきたかった。七基とも古いが、ゲートの動きに引っかかりはない。ハンドルの遊びも普通で、風で回る造りではなかった。
爪の音も確かめた。カチと乾いた音がする。Tの言った音と同じかどうか、夜に聞き比べるためだ。
一つだけ引っかかったのは六番目の枡だった。
どの枡も底に藻が付いている。水が回っているから色は明るい緑だ。
六番目の藻だけが黒い。水は同じように流れているのに、そこだけ沈んだ色をしていた。
夜は私ひとりで見に出ることにする。
「二人で行くもんだと言われてる」

Tは渋った。連れて行かなかったのは、Tをこれ以上この件に近づけたくなかったからだ。それに二人で見ると、どちらの目が確かなのか、後で分けられなくなる。
深夜一時。月が細い。
農道に出ると蛙の声が谷いっぱいに敷きつめられていた。左右の田から途切れなく続く。
手順は決めてあった。七基を上から順に写真に撮り、ゲートの開度を記録する。この夜はTの七番だけがわずかに開いていて、あとの六基は全閉のはずだった。
一巡目は記録どおり。全部が納まるところに納まっていた。
月が水面に七つ映っていた。枡の数だけ細い月がある。
六番の枡の月だけ輪郭が滲んでいた。水は他と同じに澄んでいる。
異変は耳から来る。
用水に沿って歩くうち、蛙の声に穴が空いていることに気づいた。
鳴いていない帯が、用水の一部分だけにある。
立ち止まって聞いていると、その帯がゆっくり動いた。
谷の奥からこちらへ下ってくる。帯の通ったあとは少し遅れてまた鳴き始める。
何かが用水を下りてくる。音を持たず、鳴きやみだけを連れて。

カチ。
谷の奥で鳴った。
一番上の水門の方角だった。
間を置いて、カチ。
二番。
昼に聞いた爪の音と同じだった。同じで、少しだけ湿っている。
三番が鳴る前に走って先回りした。
三番の水門は全閉のままだった。
開く音は確かに近づいてくるのに、ゲートは一枚も動いていない。
ハンドルに手のひらを載せてすぐに離した。
ぬるい。
夜気より温かい。誰かが長く握っていた後の、あの温度だった。
音は私を追い越して下っていく。
五番。

六番。
六番の枡を覗いた。黒い藻が水面の下で揺れている。
流れは谷の下へ向かっているのに、藻は上流へなびいていた。
目をつぶって水音の出どころを耳で探った。
音は用水の中にない。背中側の田の真ん中から聞こえた。
目を開けると田は月明かりに静まっている。水音だけがそこにある。
七番の手前で音が止まった。
蛙も止んだ。谷全体が詰めた息の中にいる。
腕の産毛が立った。夜気は生ぬるいままで、冷えたのは皮膚の側だった。
順番は守られている。次はこの水門の番だ。
カチ。
目の前で鳴った。
ハンドルは動いていない。ゲートも閉じたままだ。
枡の水位だけがゆっくり上がり始めた。

閉じた鋼板の向こうから水が増えていく。どこからも入っていないのに、月を映す面が静かにせり上がる。
ふくらはぎに水の冷えが触れた。
農道は乾いている。ズボンの裾をつかむと布も乾いていた。
冷えだけが足に残っている。
水門には触れなかった。閉めも開けもせず、一歩ずつ後ろへ下がった。
背を向けたのは農道の分かれまで戻ってからだ。
戻る道々、田の水面がどれも揺れていないことに気づいた。
蛙が跳ねれば輪が立つ。風が渡れば波が寄る。その夜の田は一枚残らず、張り詰めた鏡のままだった。
Tの家に戻ると、土間の電気が点いていた。
Tが上がり框に座っている。眠れなかったのだという。
「一時半ごろ、水の音が家の前で止まった」
私が七番の前に立っていた時刻と重なっていた。
翌朝、二人で七基を見て回る。

七番のハンドルが、四分の一回転ぶん開いていた。
夜中に撮った写真では、全閉に近いわずかな開きのままだ。
田の水位はちょうどいい高さで止まっている。
上の田の爺さんが畦を下りてきて、七番の枡をしばらく見ていた。
「取り分を覚えられたな」
爺さんは私とTを順に見た。
「今年はもう触るな。入れてくれるうちは、入れてもらえ」
Tが秋はどうなるのかと聞いた。
爺さんは枡の水面から目を離さずに答えた。
「知らん。うちは番を破ったことがないでな」
それがどういう意味なのか、爺さんは重ねては説明しなかった。聞ける空気ではなかった。
Tは夜の水見をやめている。
朝に見るだけにして、ハンドルには手を掛けない。
Tの田の水は誰も触らないのに保たれているそうだ。減りもせず溢れもしない。日照りの週も、雨の週も。

Tはそれを電話で伝えてきたとき、声を弾ませなかった。
礼のつもりなのか、畦の草だけは毎日刈っていると言った。
刈った草は用水に流さない。言いつけられた覚えもないのに、そうしているらしい。
私のほうにもひとつある。
帰った翌日、庭でカブを洗った。
マフラーの下に水草が一本絡んでいた。
あの晩、田にも用水にも入っていない。歩いたのは乾いた農道だけだ。
引くと簡単に切れた。乾いた緑いろの茎で、切れ口だけが濡れていた。
庭の水道で排水口へ流す。
流したあと、しばらく排水口の奥から水音がした。高いところから枡に落ちる、あの硬い音。うちの排水はそんな音を立てる構造をしていない。
梅雨が明けてから、夜に水の音を聞くと窓を閉めるようになった。
カーテンの向こうは確かめない。
うちの周りに、水路はないからだ。


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