三沢から電話が来たのは、盆が過ぎてしばらくした晩だった。
固定電話の受話器を取ると、いつもの釣りの話ではない。房総の田んぼで妙なものを続けて見たのだと、三沢は前置きもなく切り出した。声にいつもの張りがない。
その夏、三沢は房総の内陸へ何度か釣りに通っていた。谷津の奥にある小さな野池が目当てだったという。池からの帰り道は、田の中をまっすぐ抜ける一本道になる。両側は稲で、道の脇に細い畦がずっと続いている。
夕方の五時を過ぎたころ、その畦に人影を見たそうだ。
麦わら帽をかぶった腰の曲がった年寄りの後ろ姿だった。畦の上を、田の奥から道の方へゆっくり歩いてくる。野良着の背中が西日で赤く縁取られている。
農作業の帰りだろうと三沢は初めそう思った。会釈のつもりで軽く頭を下げたという。

年寄りは振り向かない。
畦を歩ききると、道に出る手前ですっと消えた。物陰に入った様子もない。ただいなくなった。
その日は西日に目がくらんだのだろうと三沢は自分に言い聞かせた。深くは考えなかったらしい。
問題は次からだった。
数日後、また同じ池へ行った。帰り道の同じ時刻に同じ畦に同じ後ろ姿がいる。麦わら帽も野良着も腰の曲がり方も前と寸分たがわない。歩く速さまでそっくり同じだ。
田の奥から道の方へ。同じ向きに同じ歩幅で。
距離だけがそのときどきで少し違ったらしい。遠い日もあれば、すぐ手の届きそうな日もある。ただ消える場所はいつも決まって同じ一点だった。

三沢はもう一度声をかけようとした。口を開きかけた拍子に後ろ姿はまた道の手前で消える。
一度スマホを向けてみたこともあるという。画面に写るのはただの畦だけだった。人影はレンズの中に映らない。
それから三沢は池へ行くたびにその後ろ姿を見るようになった。四度目か五度目には数えるのをやめたそうだ。いつも夕方の五時過ぎ。いつも同じ畦。いつも田の奥から道へ。
近くの餌屋でそれとなく尋ねてみたらしい。店の主人はそんな年寄りは見たことがないとけげんな顔をしたという。
やがて三沢はその池へ足を向けるのをやめた。魚よりあの後ろ姿の方が頭に残るようになったからだ。
「お前、こういうのを確かめて回ってるんだろう」
受話器の向こうでそう言う声が少しかすれている。ここ何日か眠りが浅いのだとも打ち明けた。

私は十六の年からこの手のものを三千は見て回ってきた。詳しいというより、確かめないと寝つけない性分なのだ。翌日の午後、カブのタンクを満たして房総へ下った。
高速に乗れない車体だから、下道を二時間かけて南へ進んでいく。海から離れて内陸へ入るほど道はだんだん細くなった。両側に谷津田が開けて山の影がすぐそこまで迫ってくる。途中で見かけた商店はどこも表を閉めていた。
谷津の田は山の裾に沿って階段のように奥へ続いている。いちばん奥まった突き当たりに目当ての集落が見えてくる。
野池はその集落のさらに先にひっそりとあった。池のほとりにカブを止めてあたりをしばらく歩いた。人の気配はまるでない。稲がまっすぐ並び、その先に田を貫く一本道が細く見える。道の脇に、話のとおりの畦が続いていた。
野池の水が日暮れの空を映して鈍く光っている。岸には釣りの跡もない。三沢のほかに、ここへ来る者は少ないのだろう。
畦の土は乾いて白っぽくなっている。このところ雨は落ちていないのだろう。土の色を見ればそれくらいは分かる。

日が傾くのを待って、私は畦から少し離れた場所に腰を下ろした。腕時計の針が四時半をまわる。
蛙の声がいつのまにかやんでいた。夏の田んぼで蛙が鳴きやむというのは、それだけで一つの合図になる。これまでの経験がそう教えている。
風はまるでない。稲の葉先だけが根元のあたりで小さく揺れている。
泥と青い水の匂いがあたりに低く漂っていた。日暮れの光が稲の穂の上を金色から灰色へと変えていく。畦の一本道がそのなかに細く伸びている。
五時を過ぎてしばらくたった。
田の奥に人影が立つ。
麦わら帽をかぶった腰の曲がった後ろ姿だ。野良着の背が西日で赤く縁取られている。三沢の言ったとおりだった。畦の上を、田の奥から道の方へゆっくり歩いてくる。

私は立ち上がりその後ろ姿へ近づいた。
「こんばんは」
声は届いているはずだった。年寄りは振り向かない。同じ歩幅でただ歩き続ける。私はその背中のすぐ後ろまで回り込む。
野良着の肩にうっすらと汗の染みがある。麦わら帽の縁が風もないのにかすかに揺れている。手には何も持っていない。
年寄りの足が畦の土を踏む。
音がしない。
足を運ぶたびに土が小さくへこむ。へこんだ跡が乾いた地面の中でそこだけ黒く濡れている。まるで、たった今まで水の中にいたように。

私は正面へ回ろうとした。
年寄りの歩みが道の手前まで来る。
あと一歩。この一歩で顔が見える。そう思った。
踏み出す前に、後ろ姿は私の目の前で掻き消えた。
畦の土に、黒い足跡だけが点々と残っている。田の奥から道へ、一つずつ。私のものではない足跡がそこにあった。
日が落ちて、あたりが暗くなる。私はカブへ戻り、集落の方へ引き返した。
あの畦の話を、誰かに確かめておきたい。

集落の入り口に、明かりのついた一軒があった。庭先で、年配の男が農具を片づけている。声をかけて、あの畦のことを尋ねてみた。
男はしばらく黙っていた。
「ああ。あの畦な」
そう言って、ようやく手を止める。
「あそこはな、爺さんが毎日通っとった道でな」
聞けば、その爺さんは田の奥の水口を見るのが長年の日課だったという。朝と夕方の決まった時刻に、畦を通って田の奥へ水の様子を見に行く。それからまた田を戻ってくる。何十年ものあいだ、一日として欠かさず続けていた。

昔ひどい日照りの年があってな、と男は遠い目をする。田がどこも干上がるなかで、あの爺さんの田だけは水を切らさなかった。水口を見て、上の田と下の田で水をうまく回しとったんだ。それからは、集落の誰もがあの人の言うことを聞くようになった。
「律儀な人でな。大風の日も、水を見に行っとったよ」
男はそこで一度、言葉を切った。
「去年の夏に、亡くなったんだ」
その畦で倒れた、というわけではないらしい。家の布団の上で静かに逝ったのだと、男は言った。ただ、亡くなる前の日まで爺さんはあの畦を通っていた。田の奥へ、水を見に。
「あんた、見たのかい」
私は返事をしなかった。

男はそれ以上を聞かなかった。ただ、農具を片づける手をまた動かし始める。
「見ても放っときゃええ。悪さをするような人ではないでな」
その言葉に、黙ってうなずいた。
男はもう一つ、付け足した。あの爺さんを見たのは、あんたが初めてではないと。池へ通う釣りの者が、たまに同じことを口にするのだそうだ。夕方の畦に、年寄りの後ろ姿を見た、と。
ただ、正面から顔を見た者はひとりもいない。男はそう言い添えて、また手元へ目を落とした。
帰りの下道は、行きよりずっと長く感じた。日が落ちきって、田の匂いだけがヘルメットの中に残っている。
家に着いて、庭にカブを入れた。エンジンを切っても、しばらく腰が上がらない。その晩は、何も起きなかった。

三沢には、あくる日に電話で伝えた。あれは悪いものではないと。田の奥へ、水を見に行っているだけだと。
爺さんが亡くなっていることは、伝えなかった。三沢もそれ以上は聞かなかった。
なぜ、亡くなってなおあの畦を通うのか。何十年の日課が、体に染みついて離れないのか。それとも、まだ見ておかねばならない水が田の奥に残っているのか。
私には、分からない。
今も、夏の夕方の五時を過ぎると、あの畦を、田の奥から道の方へ、同じ歩幅で通るものがいる。
麦わら帽をかぶった腰の曲がった後ろ姿が。


コメント