父が畳屋を畳むことになった年の秋、六畳の裏返しを頼まれた。私は会社を辞めたばかりで、次の仕事が決まるまで父を手伝っていた。裏返しというのは、畳そのものをひっくり返すことではない。表面のござを剥がし、まだ日に焼けていない裏側を表にして縫い直す。父は注文を受けたあと、電話口でそれを二度説明していた。
「全部持っていきますよ。朝預かって、夕方には敷きますから」
先方が何を言ったのか、父はしばらく黙った。
「昼間だけです。夕方には戻します」
電話を切ってから、父は帳面の隅に小さく「六枚一緒」と書いた。家は、川に沿った県道から一本入ったところにあった。ブロック塀に囲まれた平屋で、庭木の下には拾いきれない栗が落ちていた。出てきたのは、七十代ぐらいの澄江さんという女性だった。父とは顔見知りらしく、二人は雨樋の話をしながら玄関へ入った。奥の座敷は、庭側の障子まで閉めきっていた。仏壇も床の間もなく、低い箪笥が一つあるだけだった。畳の真ん中に、座布団を長く置いたような四角い跡があった。
父は畳の縁へ手鉤を差し、端の一枚を起こした。乾いた藁の匂いがして、床板の上へ細かい土が落ちた。そのとき澄江さんが、父の足元を覗き込んだ。
「今日は誰も残ってないね」
父は返事をしなかった。私も、虫のことだと思った。古い家では畳の下から何が出てもおかしくない。父が昔見つけたという蛇の抜け殻は、店の柱に袋へ入れて吊ってあった。六枚を上げると、床板の真ん中に、白く乾いた輪があった。湯飲みの底ぐらいの大きさの輪が、二つ並んでいる。畳の上でこぼしたお茶が染みたのだろうと思った。けれど輪は、ちょうど畳の合わせ目をまたいでいた。板には染みがあるのに、畳の裏は濡れても汚れてもいなかった。
帰り際、澄江さんは荷台の畳を数え、私に缶コーヒーを渡した。
「お父さん、お昼はうちへ帰るの」
「店で食べると思います」
「そう。じゃあ、お昼も二人でいてね」
私は礼を言って運転席へ乗った。父は助手席で財布から小銭を探していた。途中の弁当屋で昼飯を買うつもりらしかった。店に戻ると、父は畳を一枚ずつ作業台へ載せ、裏側に書かれた配置の印を確かめた。北、南、入口。古い墨の横に、別の職人が書いたらしい鉛筆の数字があった。何度も手を入れられた畳だった。
「表、もう駄目じゃないか」
私が言うと、父も同じところを指で撫でた。縁近くのござが擦り切れて、藁が見えていた。
「新しいのに替えりゃいいのにな。前にも言ったんだ」
縁をほどき始めて、父の手が止まった。一枚の畳の裏に、足の跡があった。泥のついた足形ではない。紙を爪で押したように、表面が少し凹んでいる。右足と左足。踵は浅く、指の部分だけが深い。小柄な人が爪先に力を入れて立っていたような跡だった。私は作業台の反対側へ回った。ほかの畳にもあった。座った膝のような丸い凹み、指を広げた手の跡。六枚のうち四枚に、人の体を押しつけた跡が残っていた。
「床板の節が当たったんじゃないの」
父は答えず、足形のいちばん深いところに親指を当てた。指が戻ると、父の爪の際に黒いものがついていた。髪の毛だった。短く切れた毛ではない。父がつまんで引くと、一本の長い髪が、畳の奥からするすると出てきた。半分ほど引いたところで切れた。父はそれを作業台の端へ置き、何も言わずに電話をかけた。私は箒を取りに行った。帰ってくると父は、畳の前で電話を耳に当てたまま立っていた。
「替えない。分かった。だから、今のまま戻す」
言い終わる前に、向こうが切ったらしかった。父は外した縁を畳の上へ置いた。
「仕事、やめた。元に縫うぞ」
「向こうが何か言った?」
「こっちの話は聞かん」
父が苛立っているのは分かったが、誰に腹を立てているのかは分からなかった。私は父に言われて、隣の畳を台へ上げた。底を両手で支えた瞬間、左の掌が押された。中に何か固いものがあり、それが動いた感触だった。驚いて手を離し、畳の角を床へ落とした。ごとん、という音のあと、女の人が短く息を漏らした。店の奥に母が来たのかと思った。母は腰を悪くしてから工場へは入らなかったが、時々、弁当を置きに来ることはあった。振り返っても誰もいない。父は私を見ていた。
「今、下に手ぇ入れたか」
「持っただけだよ」
「持つなら縁だ。裏は触るな」
その言い方が、火のついたストーブを子供に注意するときと同じだった。私はもう質問しなかった。昼前、六枚を縫い直した。普段なら店の壁へ立てかけておくところを、父は店の床へ平らに並べるように言った。澄江さんの座敷と同じ配置だった。配置の墨を見ながら最後の一枚を下ろすと、私のすぐ横で、湯飲みを置く音がした。陶器が木へ当たる、かちりという小さな音だった。父は畳を見つめていた。私は作業台を見た。台の端には父の茶碗があったが、朝から逆さに伏せたままだった。
もう一度、音がした。今度は畳の下だった。父が畳を踏まないように大きく回り、店のシャッターを閉めた。店内が暗くなってから、父は私を畳のないコンクリートのところへ呼んだ。
「婆さんの言った通り、夕方まで置く」
「昼飯は」
「ここで食う」
冷めた弁当を作業台に広げた。父は一口目の米を長いこと噛んでいた。私も腹は空いていたが、食べるときに舌がうまく動かなかった。
畳の下では、二人の女が話していた。言葉の大部分は聞き取れなかった。食器の触れ合う音や、衣擦れのほうがはっきりしていた。片方は年寄りで、もう片方は若かった。年寄りが何か言うと、若いほうが小さく笑った。二人とも座っているのだと思った。畳の表を見ても、膨らんだり沈んだりはしていない。ただ、さっき見た膝の跡の位置から声がした。父は弁当を包み直した。半分も食べていなかった。
「昔な」と言った。
続きを待っても、父は口を開かなかった。壁の時計を見てから、畳へ目を戻した。私は母に電話しようと携帯を出した。父が首を振った。
「呼ぶなよ。来るから」
母が来る、という意味だと分かった。それでも、一度出した携帯をしまうのが嫌だった。私は画面を点けたまま握っていた。年寄りの声が止んだ。畳の合わせ目が、一か所だけ黒くなっていた。入口の印のある畳と、その隣との隙間だった。そこへ細いものが、ゆっくりと差し込まれた。人差し指だった。爪がこちらを向いている。爪の先は黒く汚れ、ささくれた皮が畳の縁に引っかかっていた。畳の下から上へ、指を曲げて引っかけているのだ。畳とコンクリートの間には、指一本の入る隙間もなかった。
父が私の腕を掴んだ。痛いほどの力だった。指の隣から、もう一本出た。二本の指が揃って曲がり、畳の縁を押し上げようとしていた。
「お父さん」
若い女が言った。父の腕が震えた。声はもう一度、父を呼んだ。
「そこにいるんでしょう」
父は私の腕を離し、口元を手で押さえた。吐きそうなのだと思ったが、父はそのまま泣き始めた。鼻をすすりもせず、目から涙だけが落ちた。
私には姉がいた。小学校へ上がる前に亡くなった姉で、私が生まれたときにはもういなかった。家には赤い吊りスカートを着た写真が一枚だけあった。母は姉の話をしたがらず、父が話すときも、いつも六歳の子供の話だった。畳の下の声は、大人の女だった。
「ごはん食べた?」
父は何度も頷いた。声を出すまいとしているのが分かった。
「私も、さっき食べた」
二本の指が隙間へ沈んだ。擦れる音がして、今度は畳の裏を何かが横切った。足音ではなかった。着物の裾を引きずるような音が、右から左へ動いた。父は自分で立てなくなり、私が作業台の脚元へ座らせた。
「姉ちゃん?」
父は顔を上げなかった。
「違う」
「でも」
「声、知らんだろ」
その通りだった。私は姉の声を一度も聞いたことがない。父にしても、姉が大人になった声を知るはずがなかった。しばらくして、澄江さんがシャッターを叩いた。父が電話をしたのかと思ったが、携帯は作業台に置かれたままだった。私がシャッターを半分ほど上げると、澄江さんは身を屈めて入ってきた。右手に買い物袋を提げていた。並べた畳を見るなり、袋を床へ置いた。
「裏へはしなかったね」
父が頷くと、澄江さんは少し息を吐いた。
「よかった。知らない人の家になったら、帰り道がなくなるから」
澄江さんは畳へ上がり、真ん中に正座した。湯飲みを置く音がした場所だった。畳の下が静かになった。
「この人は、うちへ来る人じゃないよ」
下に向かって、普段の声で言った。
「仕事で預かってるだけ。娘さんも、ここにはいないでしょう」
父が両手で耳を塞いだ。澄江さんはしばらく返事を待ち、今度は私を見た。
「縁側のほうから、上げてくれる」
私は配置の印を確かめた。自分の立っている側が縁側だった。父がやめろと言いかけたが、澄江さんは首を振った。
「私が座ってるうちに。一枚ずつ離すと、下も分かれるから」
私は入口からいちばん遠い畳へ手鉤を入れた。父が立ち上がり、反対の端を掴んだ。持ち上げた畳の下に、座敷があった。床のコンクリートが消えていた。父の店には地下室などない。それなのに、畳の厚みのすぐ下から、六畳の部屋が逆さにぶら下がっていた。見上げているのか見下ろしているのか、頭がついていかなかった。天井板が奥にあり、その手前に低い箪笥があった。箪笥は落ちてこない。開いた引き出しから白い布が垂れているのに、布も逆さのままだった。若い女が座っていた。
こちらに背を向け、鏡台へ顔を寄せていた。髪の長い女だった。私たちの持ち上げた畳に膝を載せているように見えるのに、畳を動かしても体はついてこなかった。鏡の中でだけ、女の顔がこちらを向いた。父に似ていた。目と目の間が広く、唇の左端に小さな黒子があった。私にも同じところに黒子がある。女は口を開けずに笑い、鏡の中から父を見た。
「もう一人いるんだね」
父の手から力が抜けた。私は畳を支えきれず、膝で縁を受けた。女の目が私へ動いた。そのとき初めて、女が座っている場所の脇に、赤い吊りスカートが畳まれているのに気がついた。その服の下には、男物の作業着があった。父が今、着ているのと同じ、左の袖口に焦げ穴のある作業着だった。
「上げて。今、上げて」
澄江さんに急かされ、私は畳を店の入口へ引きずった。角がコンクリートを擦った。床は元に戻っていた。父も我に返ったらしく、残りの畳を運び始めた。一枚運ぶごとに、座敷の下から引き戸を閉めるような音がした。澄江さんはそのたびに、まだ敷いてある畳へ座り直した。最後の一枚になると、澄江さんは膝の上で両手を握った。
「立ったらすぐに持ってね」
私と父は両側で待った。澄江さんが畳から足を下ろしたとき、裏側を誰かが両手で叩いた。畳が跳ねた。私は縁を掴んだまま離さなかった。父と二人で縦に起こすと、叩く音は止んだ。底には新しい手形が二つ、深くついていた。澄江さんはそれを見ずに、買い物袋を拾った。三人で畳を積み、元の家へ戻った。もう西日が庭へ入っていた。父は畳の配置を一枚ずつ確かめ、手で角を押し込んだ。澄江さんは障子を開け、誰かに外の明るさを見せるように、庭側から順に敷かせた。
終わると、澄江さんは低い箪笥から座布団を出した。四角い跡へ置き、その上へ座った。私が道具を片づけているあいだ、父は入口に立っていた。
「前のときも、あれはいたんですか」
澄江さんは首を振った。
「前のときは、お父さんがまだ若かったでしょう」
それだけ言って、膝の上の手を開いた。手鉤の先で引っかいたような傷が、掌に何本もできていた。工賃は受け取らなかった。父が断り、澄江さんも財布をしまった。帰りの車で、父は窓の外を見ていた。川沿いの道へ出てから、私に言った。
「あの部屋、俺が二十代のときにもやったんだよ」
そのときは父の父、私の祖父と二人で行った。祖父は畳を一枚ずつ上げて傷みを見て、まだ使えるからと、何もせずに戻したという。
「帰りにな、親父が泣いたんだ。死んだお袋に会いたいって」
父の母親は、父が中学に入る前に亡くなっていた。
「その話、今朝、思い出したの」
父は頷かなかった。信号で車を止めると、父は作業着の袖口を指で摘んだ。焦げ穴の縁を何度も擦っていた。
店は予定より早く閉めた。道具は知り合いの同業者が引き取り、仕事場は空になった。父は自宅の六畳間の畳も処分したがった。母が理由を聞くと、古いからとしか言わなかった。結局その部屋だけ、私が床材を張るのを手伝った。
それから半年ほどして、澄江さんの訃報を聞いた。家を片づけたという甥が、店の電話番号を見つけて連絡してきた。畳に挟まっていた父の名刺を見たのだという。
「六畳、引き取ってもらえないでしょうか。そちらで預かる約束だったらしくて」
私は引き取れないと答えた。店はもうやめた、とも言った。甥は少し困った声になった。
「あの、今、そちらにお父さんはいらっしゃいますか」
いない、と答えると、甥は黙った。電話の向こうで、ごとごとと重いものを動かす音がした。
「一枚だけ、父の名前が書いてあるんです」
何と言ったのか分からず、私は聞き返した。
「いえ、僕の父です。叔母の弟なんですけど。二年前に亡くなってて」
私は電話を切らずに、家へ向かった。父は六畳間にいた。新しく張った床に正座して、何もないところを見下ろしていた。片手に湯飲みを持ち、もう一つを、自分の前へ置こうとしていた。私が戸口に立つと、父は湯飲みを持ち上げたまま、こちらを見た。
「敷く前に、あの子の分だけ決めとこうと思ってな」
床には名刺が六枚、間をあけて並べてあった。父の店の名刺だった。裏向きに置かれた六枚のうち、私の足元にいちばん近い一枚に、私の名前が書かれていた。



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