茨城県笠間市に佐白山という山がある。
標高はおよそ二百メートルで、山頂に笠間城の跡が残る。
麓の公園は桜と紅葉の名所として知られ、昼は散策の人が絶えない。
陶芸の街の穏やかな裏山という顔だ。
日が落ちると別の名前で呼ばれる。
北関東で指折りの心霊スポット。検索すれば幾つも出てくる。
テレビの特番で取り上げられた回数も多く、夏には県外ナンバーの車が旧道の入口に並ぶという。
地元の人間にとっては散歩の山で、外の人間にとっては儀式の山だ。
この落差そのものが、私には土地の性格に見える。
噂を先に並べておく。全てネットや書籍で確認できる範囲のものだ。
山中には井戸が複数ある。
その数は三つとも五つとも七つとも言われて定まらない。
全ての井戸を見つけると死ぬ。あるいは呪われる。
覗き込むと神隠しに遭う。
ある有名な映画の井戸のモデルになったという話まで流れている。
中腹の旧道には照明のないトンネルが口を開けている。
武士の霊が出る。手をつないだ親子の霊が出る。
かつて車で通れた頃はエンジンを切ってクラクションを三度鳴らすと何かが起きると言われた。
車体に子供の手形が付くという型の噂も残る。
近くで女の声の子守唄を聞いたという報告は今も続いている。
旧道の途中には車の向きを変えるためのロータリーの跡がある。
ここを逆に廻ると出られなくなるという噂まで付いていた。
歴史をたどると噂の底が透けてくる。
鎌倉の初め、この山にあった正福寺と七会の徳蔵寺が勢力を争い、多くの僧兵が死んだ。
その僧兵を弔う墓石と地蔵の並ぶ一角が登り道の途中に残り、百坊と呼ばれている。
戦国の末には小田原征伐のあおりで城主の笠間氏が滅んだ。
天守跡に建つ佐志能神社の社殿は、城の廃材を使って組まれたと伝わる。
山の名にも由来がある。
神の使いとされる白い雉と白い鹿と白い狐が住んでいたことから、古くは三白山と呼ばれたという。
信仰の山であり、軍事の山であり、その両方の死者を抱えたまま公園になった。
噂が集まるだけの層の厚さが、この山には最初からある。
井戸については殺人事件の遺棄現場だったという書き込みも見かけた。
裏付けの取れる資料には行き当たらなかった。
この点は噂の域を出ない。そう断った上で先へ進む。
友人の話を先にしておきたい。
Sは水戸の生まれで、動画編集の集まりで知り合った男だ。

機材の話になると早口になる男が、地元の山の名前ひとつで口を重くした。
その変わり方だけで、行く前から話の重さは伝わってきた。
笠間に行くと伝えた途端に電話口が静かになる。
固定電話の受話器の向こうで、テレビの音量が下がるのが分かった。
「トンネルはいい。井戸はやめとけ」
高校二年の夏だったという。
車を出せる先輩がいて、Sを含む四人で夜の佐白山に上がった。
目当てはトンネルだった。
エンジンを切ってクラクションを三度。地元の高校生なら誰もが知る儀式だ。
先輩はトンネルの手前で車を停めたまま動かなかった。
ハンドルを握った手の甲が白かったとSは言う。
エンジンは切らん。

先輩はそれだけ言って儀式を流した。
後になってSは理由を聞いている。
トンネルを出た後にブレーキが効かなくなるという噂を、先輩は別の代の先輩から聞かされていたらしい。
山を下りる道は狭く、カーブの外は法面だ。
冗談の値段としては高すぎると先輩は判断していた。
代わりに後ろの席の男が井戸の話を持ち出した。
全部見つけたら死ぬんだろ。じゃあ二つまでならセーフだ。
そういう理屈で四人は懐中電灯を持って歩き出した。
一つ目はすぐに見つかった。
トンネルの近くで、屋根が崩れ落ちてコンクリートの蓋が載っていたという。
二つ目は登り道から少し外れた斜面にあった。
石の枠だけが残り、中は土で埋まって見えたそうだ。
そこでやめる約束だった。
帰り際に三つ目が出た。
探したのではない。道の脇に、あった。
行きには誰も気づかなかった場所だとSは繰り返した。
言い出した男がその蓋に耳を当てる。

ふざけた流れの延長だった。
耳を当てた男がなかなか顔を上げない。
しばらくして、下で水が動いてる、とだけ言った。
その晩は雨が降っていなかった。
前の週から晴れ続きだったとSは覚えている。
蓋の載った井戸の下で水音が立つ理由を、誰も口にしなかった。
帰りの車内は静かなままで、先輩は麓のコンビニに寄らずに全員を家まで送ったそうだ。
後日、先輩が現像した写真をSは見せられた。
井戸の写真が四枚あった。行ったのは三つだ。

四枚目に写った井戸には蓋がなく、黒い水面まで写り込んでいた。
四人の誰にもシャッターを切った覚えがなかった。
フィルムのコマ番号は連続していたという。
四人の夜のどこかに、そのコマの分の時間が挟まっている。
挟まっていた場所を、誰も思い出せなかった。
先輩はその写真一式をネガごと寺に納めた。
Sはそれから佐白山に登っていない。
「数はもういい。探すな。見つけても数えるな」
受話器を置く前に、Sは同じ言葉を二度繰り返した。
六月最後の平日に出た。

千葉の自宅から下道でおよそ三時間半。
国道51号を北へ走り、利根川を渡って鹿嶋を抜け、涸沼の脇から水戸の手前で西へ折れる。
カブのタンクは出がけに満たしておいた。
国道51号は北へ行くほど空が広くなる。
利根川の橋の上で横風に押され、鹿嶋の工場群の脇では潮の匂いが混ざった。
涸沼の水面は昼の光を鈍く返していて、水辺を過ぎると道は内陸の色に戻る。
信号の間隔が伸び、車列が減り、笠間の看板が出る頃には肩の力が抜けていた。
高速に乗れない車体だから、遠出はいつも日の高いうちに始めると決めている。
笠間の市街地は落ち着いた色をしていた。
稲荷神社の門前を横目に通り、県道から山へ入る。
千人溜の駐車場に着いたのは午後四時半だった。

城の時代に兵が集まった曲輪の跡が、今は舗装されて車を待っている。
平日の夕方で他に一台もいなかった。
エンジンを切ると、ヒグラシの声が四方から降りてきた。
登り道の入口近くに大黒石がある。
高さ三メートルほどの巨石だ。
鎌倉の争いの折にこの石が山上から転がり落ち、攻め上がる僧兵たちを押し潰したと案内板にある。
石の中ほどのくぼみは大黒のへそと呼ばれ、小石を三度投げて一つ入れば願いが叶うと伝わる。
くぼみを見上げると、小石が幾つも収まっていた。
それだけの数の願いがここまで運ばれてきたことになる。
私も足元の小石を拾いかけて、やめた。
左手に載せた小石が妙に冷えている。
六月の夕方の石の温度として正しいのかどうか、判断がつかなかった。
小石は拾った場所へ戻す。
石はもう一つあったと伝わる。
大黒様の袋に似た岩が転がり落ちて僧兵を潰し、大黒様の姿に似たもう一方は騒ぎの最中に消えたという。
五メートル級の岩が消える。
伝承の言葉としても引っかかる消え方だ。
百坊の前は歩幅を落として通った。
丸みの取れた墓石と小さな地蔵が斜面に並んでいる。
八百年前に死んだ僧兵の列だと思うと、夕方の斜面の静けさに厚みが出る。
手だけ合わせて先へ進んだ。
旧道に入るとすぐ、道が輪を描いて広がる場所に出た。
ロータリーの跡だ。
舗装の縁が円く残り、真ん中に草が伸びている。
逆に廻ると出られなくなるという例の噂は、歩きの身には関係のない話のはずだった。
この時はまだそう思っていた。
トンネルは唐突に現れる。

直線で短く、出口の光が最初から見えている。照明はない。
壁は手掘りの肌をコンクリートで固めたような粗さで、薄れた落書きが天井近くまで這っていた。
車が通れた時代の名残で道幅は狭く、今は歩く者だけが使う。
一歩入ると空気が替わった。
外のヒグラシが薄くなり、代わりに何も入ってこない。
風の通り道のはずの筒の中で、空気が動いていなかった。
自分の靴音だけが前後に膨らむ。
壁の落書きは古い順に重なっていた。
塗り潰された名前の上に新しい名前が載り、その上をまた誰かが消している。
ここへ来た人間の層が壁一枚に堆積している。
日付らしい数字はどれも読み取れなかった。
半分ほど進んだところで、出口の光が一度だけ痩せた。
人が横切れば影が差す。その形だった。
足音は聞こえない。
歩調を保ったまま出口まで抜けて左右を確かめた。
旧道の先は緑に沈み、人影はどちら側にもない。
録音機は回しっぱなしにしていた。
この時の音声には後で触れる。
井戸は探さないと決めていた。
決めていたのに、一つ目は向こうから視界に入ってきた。
トンネルを出て少し歩いた道の脇。
屋根が崩れ、コンクリートの蓋が載った円い口。

Sの話に出た一つ目と特徴が重なっていた。
蓋の縁が黒く湿っていた。
この日の笠間は朝から晴れ。路面も土も乾いている。
蓋の上だけ、縁に沿って濡れた色が細い輪を描いていた。
内側から染みたと考えるのが素直だろう。
蓋の載った井戸の内側で何が水を運ぶのかは、考えない側へ回した。
カメラを回して距離を置いた。耳は当てない。
Sの話の中の男が顔を上げるまでの間が、頭の中でまだ続いている。
立ち去り際に一度だけ振り返った。
蓋の濡れた輪が、来た時より太く見える。
距離が変わったせいだと結論を出して、それ以上は見なかった。
天守跡への石段は木の根と一体になっていて、夕方の光がほとんど届かない。
登り切ると佐志能神社の社殿が待っていた。

城の廃材で組まれた社は小さく、板の色が周りの木々より一段深い。
賽銭を入れて頭を下げた。
撮影の非礼を詫びる言葉が、いつもより長くなる。
社の裏手に回ると、木々の切れ間から笠間の街が見えた。
屋根の連なりの向こうに田が広がり、夕方の光が低く差している。
八百年の死者を上に載せたまま、街は夕餉の時間へ向かっていた。
長居はせず石段を下りにかかる。
下りの道の脇に、石組みだけの窪みがあった。
登りには無かった気さえする。
中は落ち葉で埋まり、深さは見えない。
井戸かどうかの判断もつかない。
見つけても数えるな。
Sの声を思い出した。
数えていない。目が勝手に拾っただけだ。
自分にそう言い聞かせて足を速めた。
ロータリーの跡まで戻った時、視界の先に落書きの壁が見えた。
トンネルはロータリーの先にある。順路として正しい。
正しいのだが、出てきた側と入る側の感覚が噛み合わなかった。
壁に大きく残る「参上」の二文字を、行きには出口側で見た。
今それが手前側にある。
腕時計は動いていた。午後六時十二分。
立ち止まって水を一口飲み、文字から目を外して通り抜けた。
二度目のトンネルの中で、高い声がひとつ聞こえた。
歌に似ている。鳥と言われれば鳥で済む高さ。
子守唄の噂は頭に入っていた。知識が耳を作ることもある。
だからこの声については、聞こえた、という事実だけをここに置く。
千人溜に戻るとカブは一台きりで待っていた。
ヒグラシは止んでいた。
日没前の山は音の抜けた箱に似ている。
ヘルメットを被ると自分の呼吸だけが近くなった。
ミラーの角度を直す手が、いつもより一往復多かった。
荷を確かめ、来た道を戻る。
下道を三時間半かけて千葉へ帰り、庭にカブを入れた時には午後十時を回っていた。
その夜のうちに素材を確認した。
映像のフォルダに井戸のカットが三つある。
撮った覚えがあるのは蓋の井戸ひとつだ。
石組みの窪みにはレンズを向けていない。
向けなかったはずのその窪みが、二つ目のカットに収まっていた。
落ち葉の埋まり方まで記憶と重なる。
三つ目のカットには蓋がなかった。

石の縁が円く組まれ、内側に黒い水面が見えている。
画角が低い。縁に両手をかけて覗き込む高さだ。
フレームの端に手は映っていない。
水面は揺れひとつなく、何も映していなかった。
覗き込む位置にカメラがあって、水面に何も映らない。
この一点が今も残っている。
カットの情報を開いた。
撮影時刻は午後六時十二分となっていた。
ロータリーの跡で立ち止まり、腕時計を見た、あの時刻だ。
あの時、手の中のカメラは録画を止めていたはずだった。
録音機の方は、二度目のトンネルのところで確認をやめた。
高い声が入るはずの手前でファイルが切れている。
電池はその後も持っていた記録があるのに、そこだけ欠けている。
切れたファイルの最後には私の靴音だけが入っていた。
歩調に乱れはない。
その乱れのなさが、聞き返すたびに耳へ残る。
Sには何も報告していない。動画も出していない。
三つ目のカットを消そうかと何度か考えた。
消せば数が減る。
減った分をどこかで補わされる気がして、そのたびに手が止まる。
Sの先輩は写真をネガごと寺に納めた。
あの判断は正しかったのだろうと今になって思う。
納める先を持たないデータは、フォルダの中で数を保ち続けるだけだ。
ここから先は私の憶測になる。
井戸の数が三つとも五つとも七つとも語られて定まらないのは、探した人間ごとに見つかる数が違うからではないか。
山が相手を見て、見せる数を決めている。
そう考えると、全て見つけると死ぬという噂の座りが良くなる。
全てが幾つなのかを、こちらから確かめる術はないのだから。
翌朝、庭でカブの車体を拭いた。
前かごに落ち葉が一枚入っていた。
湿って縁が黒ずんでいる。
あの山のものかどうかは分からない。
庭の木のものかどうかも、分からない。
井戸の数は三つとも五つとも七つとも言われている。
私のフォルダの中では、今のところ三つだ。


