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月曜日の花畑

売った花が、翌朝、畑へ戻っていた。

同じ種類が咲いただけだと考えた。白い小さな花で、枝の先に幾つも集まって咲く。茎を切ると青い匂いがした。借りている畑の端、石垣に沿って生えていたが、名前は分からない。近所の花屋へ写真を見せても、現物を持ってきてと言われた。

私はその時、三束だけ切って店先へ出した。洗った牛乳瓶に挿し、一束だけに青い糸を巻いた。店は週末だけ開ける古本屋だった。山裾の平屋を借り、裏で野菜を作り始めたばかりだった。野菜を売れるほど採れなかったので、花でも置こうと思った。

青い糸の束を買ったのは、沢村さんだった。町で縫物の仕事をしている。ほかの二束は通りがかりの人が持っていった。よく売れるなら来週も切ろう。そう思って翌朝石垣へ行くと、枝の一本へ青い糸が巻いてあった。

根元を引っ張った。抜けなかった。茎の途中に、鋏で斜めに切った跡がある。切り離れた先をもう一度継いだように、表皮が薄くつながっていた。私は糸だけを切り、家へ持ち帰った。沢村さんに確かめようと携帯を出したが、花はまだありますかと聞くのも変だった。

昼に彼女から電話があった。あの花をもう一束ほしいという。枯れたのかと聞くと、なくなった、と答えた。作業場で窓際へ飾ったのに、朝には瓶の水だけになっていた。鳥が持っていったのかもしれない。沢村さんは面白そうに笑った。
「香りもしないし、花粉も出ないし。仕事場にいいのよ」

私は畑の糸のことを言えなかった。もう少し咲いたら持っていくと約束した。電話を切る前に沢村さんがくしゃみをした。私の前の牛乳瓶が、かすかに揺れた。そこには昨日売れずに残った、短い枝を一本挿していた。

翌週は十束ほど売れた。先週と同じ人が来て、またなくなったと言う。私は名前の分からない花を売り続けてよいのか、さすがに気になった。根を一株掘り、鉢へ移して、花屋へ持っていくことにした。根は浅かった。絡んだ髪のように細い根が土を横へ這い、石垣の割れ目へ入っていた。

株を抜いた途端、畑で何人もが息を吐いた。

風が葉を揺らした音ではなかった。長く止めていた息を、揃って吐ききった。私はしゃがんだまま畑を見渡した。白い花が少しずつ萎み、葉が地面へ伏せていた。自分の手に持った株は、今も咲いている。鉢の土へ置くと、花びらの縁から小さな水玉が出た。

花屋は休みだった。帰りに沢村さんの作業場へ寄った。鉢の花を見せると、株で分けてもらえるの、と喜んだ。縫いかけの上着を机からどけて、置く場所を空けた。私は売り物ではないと言いかけたが、庭にたくさんあることを彼女は知っている。少しの間なら、と鉢を預けた。

帰ると畑の花は起きていた。鉢のあった場所だけが、鼻で強く息を吸ったように凹んでいた。穴へ土を寄せると、掌に湿った風が当たった。私は穴を埋めなかった。自分のしたことを、まだ植え替えの失敗として扱いたかった。

花は五月の終わりから七月になっても咲いた。日曜に売れ、月曜には石垣の前へ戻っている。私は切るのをやめた。尋ねる人には、今は花がないと言った。店へ来た客が裏を覗けば嘘だと分かるが、古本を見に来る人は畑へ回らなかった。

一人だけ、裏へ行く客がいた。大学生ぐらいの女の子だった。以前花を買ったと言い、少し見ていていいかと聞いた。私が店の扉を閉めていると、白い花の前に腰を下ろしていた。口を半分開き、眠りかけている。
「暑いですよ」
私が声をかけても立たなかった。肩へ手を置くと、花がすべてこちらを向いた。首を回すような速さだった。女の子は深く息を吸い、ああ、戻った、と言った。

何が戻ったのかと聞いた。彼女は答えず、夜によく眠れる花だったのに、なくなってしまったと話した。もう売らないと伝えると、少し悲しそうにした。
「ここで、吸えば同じみたいです」
私は家へ入るよう勧めた。水を飲んでもらったが、彼女は畑の方ばかり見ていた。帰るとき、何も持ち帰らないでねと言いそうになった。連れて帰る方が逆なのかもしれないと思い、口を閉じた。

その晩、畑へ出た。白い花が月明かりを受け、石垣の割れ目まで連なっていた。どの花も、花粉のある場所が空だった。黄色い雄しべも、虫の止まる小さな窪みもない。ただ奥へ向かって、細く暗く開いていた。

花が一つ、くしゃみをした。

すぐ近くの一輪だった。短い息が私の手の甲へ飛んだ。沢村さんの声に似ていた、とは思わなかった。人がする音ではあったが、誰のものか分からないほど小さかった。続いて石垣の下でいくつも鳴った。白い花びらが同じ方へ傾いた。そこで初めて、風が畑から道の方へ吹いていることに気づいた。花には、風を起こすだけの息があった。

沢村さんへ電話した。鉢を返してほしいと言った。理由を聞かれ、名前を調べるための株だから、と答えた。彼女は少し不満そうだったが、明日なら取りに来てよいと返事をした。

翌朝、作業場へ行くと、鉢には枝しかなかった。落ちた花が床一面に散っていた。
「夕べから、こうなの」
沢村さんは掃除機を出していた。私は使わないでと頼み、屈んで花を拾おうとした。指の間で、花びらが内側へ畳まれた。小さな掌を閉じるようだった。開いたとき、指先が湿った。
私は手を止めた。

沢村さんが、不気味なのかと聞いた。私が頷くと、彼女は掃除機を壁へ戻した。
「私は、楽だったけどね」
花を置くようになってから、深く息をしなくても疲れなくなったという。眠っているあいだも、誰かに背を預けたように楽だった。彼女は大きく息を吸ってみせた。肩が上がらなかった。胸も動かない。息を吸う音だけが、鉢の中から聞こえた。

「病院へ」
私は立ち上がった。沢村さんは手で止めた。
「苦しくないの」
そう言いながら、彼女は自分の胸を押した。初めて疑った顔だった。細く開いた唇が震えた。息を吐こうとしていた。床の花びらが、彼女の方へ集まった。

私は鉢を抱え、外へ出た。沢村さんに一緒に来てほしいと言った。病院へ向かうつもりだったが、車へ鉢を置いた瞬間、彼女が座り込んだ。胸を掴み、口だけを開閉していた。鉢を下ろして近づくと、彼女は私の腕を押さえた。私ではなく、鉢の縁だった。

救急の電話をした。沢村さんは鉢へ頬をつけ、ゆっくり息をし始めた。ここを離してはいけないと思った。隊員へ事情を説明したが、花を置くと呼吸が楽になる、という部分だけが伝わらない。私は鉢も運んでもらい、病院へついていった。待合の椅子へ座ると、胸が痛かった。自分の息を一つするにも、意識しなければならなかった。

検査では、急に過呼吸になったのだろうと言われた。沢村さんは点滴を受け、夕方に帰れた。鉢は診察室へ持ち込ませてもらえず、私が入口で預かっていた。彼女は帰りの車で、きょうは持っていて、と言った。どちらの家へ置くか決められなかったので、私の古本屋へ戻った。

裏へ鉢を置くと、石垣の花がひどく揺れた。沢村さんの口から、長い息が出た。畑から戻ってきたのか、畑へ渡したのか、私には分からなかった。彼女は鉢から手を離した。指で胸を確かめ、もう触りたくないと言った。

私は畑を掘り返さなかった。引き抜いた一株で起きたことを見て、残りに手をつけられなかった。店は閉め、家も借りたままにしている。花の代金を返すため、分かる人には連絡した。なくなったから忘れていたという人もいた。大学生の女の子の名前は知らなかった。

夏の終わり、沢村さんが手伝いに来た。花ではなく、本を箱へ入れるためだった。作業の途中で彼女がくしゃみをした。裏の畑は静かだった。沢村さんは私を見て、少しだけ笑った。

私たちは暗くなる前に家を出た。戸締まりをしていると、道の端へ車が止まった。あの女の子が降りてきた。店はもう閉めたと伝えると、知ってます、と答えた。彼女は手に何も持っていなかった。
「少しだけでいいんです」
裏へ回ろうとする彼女を、私は止めた。

その肩へ手を置いたとき、閉めた家の中から、何人もの人が息を吸った。白い花びらが一枚、玄関の隙間から道へ出てきた。女の子は私の手を静かに外し、自分の口へ、その花びらを当てた。

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