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息を継ぐところ

母の朗読を、姉の結婚式で流すことになった。式は十月だったが、母が死んだのはその年の二月で、本人に頼める話ではなかった。姉が欲しがったのは祝辞ではなく、子供のころ寝床で聞いていた絵本の声だった。

母は保育士をしていた。退職してからも、ときどき市の図書室で読み聞かせを頼まれ、その練習を小さな録音機に残していた。私は実家の押入れから録音機とケーブルを探し出し、三十数本の音声をパソコンへ移した。姉の名前が題名についたファイルはなかった。日付ばかりだった。

「鶴のお嫁さんのやつ。お母さん、最後で鼻をかむでしょう」
電話で姉がそう言った。私は覚えていなかった。鼻をかむ音を式で流していいのかと聞くと、それがいいんじゃない、と笑われた。

録音を聞く場所は、母が使っていた奥の六畳にした。父は一人になってから居間だけで暮らしていて、奥の部屋には物干しと古い机が残っていた。窓を開けると、庭木が網戸をこすった。机の引出しには母の眼鏡が二つあり、片方には輪ゴムが巻いてあった。どちらが新しいのか、父に聞いてもわからなかった。母が切ってくれと言い続け、父が春になったらと言い続けた木だった。

最初の日は懐かしかった。母はしょっちゅう読み間違えた。登場人物の名前を姉や私の名と取り違えて、ちがうちがうと自分で笑った。長い咳をして、お茶を飲み、同じ行を読み直す。録音機を止める習慣はなかったらしい。

いくつか聞くうち、鶴の話が見つかった。朗読は十九分もあった。式で使えるのは三分ほどだというので、私は姉の好きだった場面だけをつなぐことにした。仕事で研修用の動画を作ったことがあり、音を切ったり並べたりする程度ならできた。

母が鼻をかむ音は残した。ただ、その前の沈黙が長すぎた。四十秒近く、何も話さない。録音の波形にも小さな山が二つあるだけだった。そこを詰めて再生すると、母はつっかえずに次の台詞を言った。うまくいったと思った。

その直後、部屋の隅で畳が鳴った。
ぎ、と一度だけだった。父が廊下を歩いたのだろうと振り返ったが、襖は閉まっていた。私は続きを聞いた。別の沈黙を短くするたびに、机の向こうや、窓の下で同じ音がした。古い家だからと考えるには、作業の手つきとよく合いすぎていた。

夕方、父がお茶を持ってきた。湯呑みは二つだった。私はそれまで自分が一度も休んでいなかったことに気づき、肩を回した。父は机の上の画面をのぞいた。
「そんな速う読まんかった」
まだ私が音を出していないのに、そう言った。

「聞こえてた?」
「ずっと読んどるじゃないか」
イヤホンを使っていると見せると、父は少し黙った。それから、耳が悪うなったな、と自分の耳を引っぱり、庭へ出ていった。湯呑みを置いた跡だけ、机の埃が丸く拭けていた。

その夜、姉へ三分間の音を送った。返事が来るまでに、私は夕食の茶碗を洗い、風呂に入り、髪も乾かした。返ってきたのは「こんなに急がせないで」の一行だった。怒らせたのだとわかった。ごめんと送る前に電話が鳴った。

「息、全部取ったでしょう」
全部ではない。鼻をかむところも、お茶を飲むところも残したと説明した。姉はそういうことじゃないと言った。電話の向こうで、ファスナーを閉じる音がした。明日そっちへ行く、と言われた。

翌朝、父が台所の窓を全部開けていた。もう九月の終わりで、薄いカーテンが流しにかかるほど風が入っていた。閉めないでくれと父に言われた。昨夜は空気が足りなかった、という。胸が苦しいのかと聞くと、体のほうじゃない、と答えた。

「家の中で息を吸うと、吸ったあとが埋まらん」
私は父の顔を見た。言った本人も困った顔をしていた。病院へ電話するか迷っていると、奥の部屋で、椅子を引くような音がした。そこに椅子はない。机は座卓だった。

姉が来るまで編集はしなかった。けれど昼前、パソコンを開いて確認だけしておこうと思った。送った音声の長さは三分八秒だった。元の録音と二段に並べると、削った沈黙が黒い帯になっていくつも見えた。

私は試しに、最初に切った四十秒を戻した。
窓際で、何かがひどく長く息を吐いた。人がため息をつくときのような始まりで、最後は濡れた雑巾を床に引きずる音になった。庭の枝がぴたりと止まり、網戸の向こうの葉だけが裏返っていた。

画面の再生は止まっていた。イヤホンも机に置いてあった。私が自分で息を止めていることに気づいたのは、喉の奥が痛くなってからだった。部屋を出るとき、後ろで畳が順に鳴った。右足を出すと右の壁、左足を出すと左の壁がきしんだ。

玄関で姉と鉢合わせた。顔を見るなり、姉は私の肩をつかみ、奥をのぞいた。それから靴を脱がずに父を呼んだ。父は裏で植木鉢を動かしていた。三人とも外へ出ると、姉はようやく持っていた紙袋を地面に置いた。

「お母さん、途中から声が細くなるでしょう」
姉は母が退職したあとのことを話した。私はそのころ地方勤務で、実家へ帰るのは盆と正月だけだった。母は肺を悪くし、長く話すことができなくなっていた。私には黙っておいてくれと、姉に頼んだそうだ。

知っていたのは病名と通院先だけだった。電話の声はいつも通りに聞こえた。私は、通話と通話の間に母が何をしていたか考えたことがなかった。姉は月に一度、図書室への送り迎えをしていた。
「休んだら続きを読めたの。その休みを、あんたがなくした」

言い方がひどいと思った。死んだあとの音を直しただけで、母を働かせたわけではない。私はそこまで言いかけ、口を閉じた。家の中から母の声がした。よく知っている抑揚だった。言葉はひとつもわからなかったが、息継ぎがないことだけは聞き取れた。

姉は玄関に入り、すぐに戻ってきた。頬が赤くなっていた。
「中で聞くと、ここから出る」
自分の胸を押さえていた。父が家へ入ろうとしたので、二人で止めた。父は、あれはあいつの声だと言った。姉は、それは私にもわかると答えた。誰も続けてしゃべれなかった。

編集前に戻せばいい。私は何度もそう言った。姉に窓を外から開けてもらい、私は奥の部屋へ入った。座卓の前に座ると、膝の裏に何かが触った。畳が、床の下から押されていた。柔らかく上下するので、人の胸に座っているようだった。

パソコンを開いた。画面には昨日の作業が残っていた。元のファイルは別にある。編集ソフトを閉じて捨ててしまえば終わるはずだった。私は先に、切り取った箇所をひとつずつ元へ戻すことにした。そのほうが確かに思えた。

一箇所戻すと、背中のほうで息が抜けた。もう一箇所戻すと、押入れの襖が内側へへこんだ。次は廊下、その次は天井だった。音は家のどこからでもした。何人分なのか数えられなかった。母は一人で練習していたはずだ、と私は考えていた。

最後に、四十秒の沈黙が残った。そこはもう朝のうちに戻してある。画面では元の長さになっているのに、畳はまだ動いていた。私は元の録音を聞き直した。母が鼻をかむ。そのあとで、小さく何かを言っていた。

「待ってね」
そう聞こえた。次の小さな山は、母の声ではなかった。すぐそばで、誰かが待っている。声にならない返事が入っていた。子供の吐息にも、老人の笑いにも聞こえた。私はそこで、読み聞かせに誰も来ていないのかどうか、一度も考えなかったことに気づいた。

窓の外で姉が私の名を呼んだ。返事をしようとしたが、吸う息が来なかった。口を開けても胸が動かない。机を押すと指先だけが白くなった。録音の中で母が、お待たせ、と言った。その一言のあいだに、私の喉から息が抜けていった。

姉が窓をまたいで入ってきた。私を引きずるようにして廊下へ出し、父が縁側の戸を開けた。庭に膝をつくと、吐くより先に空気が入った。姉は泣いていた。泣きながら怒っていたので、何と言っているのかわからなかった。

式では録音を流さなかった。姉は母の写真を小さく引き伸ばし、自分たちの席に置いた。私は受付を手伝った。姉の夫から何度もお礼を言われたが、母の話を振られると、どう答えていいかわからず、席の案内をするふりで離れた。

録音機は父が持っている。パソコンの編集データは、姉に見てもらいながら消した。元の音声は消さなかった。姉は最後までそれを主張した。母が休んでいるところまで含めて、母の声なのだから、と言った。

翌月、庭木を切るために実家へ帰った。父は枝をまとめる私の横で、録音機から流れる母の声を聞いていた。長い間があった。私が顔を上げると、父は黙って首を振った。私はそのまま次の枝を持った。

四十秒ほどして、母が続きを読んだ。奥の窓に、いくつか丸いものが並んでいた。ガラスに映った植木鉢だと思いたかったが、鉢はもう裏へ片づけてあった。父はそちらを見ないまま、朗読が終わるまで庭にいた。

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