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土地・家系の因習

怪談

雄別炭鉱跡、ばあちゃんの左の耳

ばあちゃんは、人の話を右の耳で聞いた。誰かに話しかけられると、首を少し右にかしげる。左の耳は、子どものころから遠かったらしい。「左は、雄別に置いてきたの」そう言って、ばあちゃんはよく笑った。
怪談

白高大神の鳥居が見える土手で、祭りの昼に呼ばれた名前

子どもの頃、秋祭りの日にだけ守る決まりが、うちにはあった。近所のどの家にもない、うちだけの決まりだ。二年生のとき、学校で話したら、変な家やと笑われた。それからは、外では口にせんようにしてきた。
怪談

宝ヶ池狐坂を歩いて帰るときの決まり

木曜の夜は、研究所に最後まで残るのが私の番だ。松ヶ崎の、北山通から少し南へ入ったところにある古い二階建て。土や水を預かって、中に何が混じっているかを調べる会社だ。一階が分析室で、二階に事務の机が並ぶ。
怪談

鎖塚の前では、時計を見ない

子どものころ、うちの車の時計には黒いテープが貼ってあった。白いライトバンの、古いやつだ。運転席の左、ラジオの上に、緑の数字が出る小さな時計がある。その上を、ビニールテープが何重にもふさいでいる。
怪談

渓谷橋で手を打つ 市原・養老渓谷の昼

「昼飯のあとは、橋を渡るな」。義兄は低い声でそう言って、卓を指の節で二度、こつこつと叩いた。養老川の水音が畳まで上がってくる、十月の昼だった。
怪談

鴻巣市小谷・日枝神社の裏の家、北の雨戸は正月に開けない

音が、手をかけた板のちょうど裏側から鳴っている。風なら、板全体が鳴る。一か所からは鳴らない。板は冷たいのに、手のひらに当たるところだけ、かすかに震えていた。
怪談

浦賀の燈明堂海岸、戸口に出す丼

砂利を踏む音がした。坂の下から、ゆっくり上がってくる。一人分の足音だ。重い靴で、歩幅が短い。気づくと、数えている。八つ目で、やめた。
怪談

秩父湖の吊り橋、返事をするな

目の前に、秩父湖の吊り橋があった。青い主塔が、夜明け前の空に黒く立っている。二百メートル先の対岸は、霧で見えない。
怪談

新田神社の御塚と、嫁の帳面

矢口の家に嫁いだ者だけが、彼岸の昼に御塚の柵の前へ握り飯を供える。金物は身に着けない。理由は誰も言わない。姑の入院した年、わたしは鍵を持って行った。