知人から相談を受けたのは、梅雨が明けるか明けないかの頃だった。
勤め先が変わって半年ほどになる男だ。
新しい職場まで、毎朝二十分ほど歩いて通っている。
住宅地のあいだを抜けて川沿いに出て、橋を渡る。
ずっとおなじ道だ。
その道にどうしても足の止まる角があるのだと彼は言った。
「角に何があるわけでもないんだよ」
電話の向こうで彼はそう前置きした。
塀と電柱があるだけの、どこにでもあるT字路らしい。
通りかかると自分の意思とは関わりなく足が止まる。
そのまま立って何かを待ってしまう。
気づいたときには十秒なり二十秒なりが過ぎている。

何を待っているのかと尋ねると、彼はしばらく黙った。
「それが分からないんだ。けどもうすぐ来るって体のほうが思ってる」
そう言って自分でも要領を得ない笑い方をした。
その角の手前まで来ると、足の裏がふっと重くなるのだと彼は言う。
立ち止まったあとは、また軽くなる。
止まることそのものは、つらくも何ともないらしい。
立っているあいだ、自分の口がひとりでに小さく動くことがあるのだという。
何か言っているのかと訊いても、彼にも分からなかった。
最初のうちは寝起きのぼんやりだろうと彼も思っていたらしい。
朝の弱い男ではある。
雨の日も晴れの日も、急いでいる朝でさえ、その角だけは決まって足が止まる。
ここまでくるとぼんやりという理由では追いつかなくなってくる。

私は十六の頃から、各地のいわくのある場所を回って撮り続けてきた。
数だけなら三千を超える。
人がなぜか引き寄せられる地点には、たいてい何かしらの来歴がある。
昔そこで誰かを待っていたとか、見送ったまま戻らなかったとか。
そういう土地は立つと体の芯が冷える。
理屈より先に肌のほうが知らせてくる。
彼の話はそれとは少し毛色が違って聞こえた。
場所が彼を呼んでいるというより、彼の体のほうに覚えのない癖が一日ずつ刷り込まれていく。
そういう手触りに近い。
その違いが頭の隅に長く残った。
しばらくして、彼から続きを聞いた。
受け持ちを引き継いだ相手の話だ。

彼がいまの持ち場に入る前、おなじ受け持ちの男がいた。
辞めるまでの最後のひと月ほど、その前任者も朝のおなじ角で立ち止まっていたという。
古くからいる同僚のひとりがそれを覚えていた。
前任者は立ち止まる癖をからかわれると、笑いながらこう返していたそうだ。
「あそこで来るのを待ってるんだよ」
誰が来るのかとさらに訊くと、前任者はいつも言葉を濁したらしい。
同僚はもうひとつ覚えていることがあると言った。
前任者が辞める少し前から、朝に持ってくる物が変わったのだそうだ。
鞄のなかにいつも飴をふた粒だけ忍ばせるようになった。
誰かに渡すつもりだったのか、本人は何も説明しなかった。
辞めてからは連絡がつかない。
番号にかけても応答はなく、いまどこで暮らしているのかも、誰も知らないままだ。
その話を聞いてから彼の声の調子が少し変わった。

彼が角で止まる時間は少しずつ延びていく。
二十秒が三十秒になった。
ひと月もすると、一分を超える朝も出てくる。
立っているあいだ、背中のすぐ後ろに人がひとり立っているような圧を感じるようになったとも言った。
振り返ってもそこには誰もいない。
角に立っているのは、いつも彼ひとりだ。
それでも待っている相手の輪郭が、朝ごとに少しずつはっきりしていく気がするのだという。
背格好。立ち方。こちらを見ているらしい目の位置。
顔だけがいつもあと一歩のところで像を結ばない。
電話の最後に彼はこう付け足した。
「止まってるあいだに、自分が誰を待ってるのか思い出せそうになるんだ」
思い出すという言い方が私には引っかかった。

初めて待つはずの相手を、彼は思い出そうとしている。
電話を切ったあと、私はしばらく受話器を握ったままでいた。
彼の声に困っている響きはない。
むしろ待つことに少しずつ馴染んでいくような、落ち着いた調子だった。
それがいちばん気にかかる。
私はカブに乗って、彼の通う道をたどってみることにした。
高速には乗れないので下の道だけを継ぎ、半日かけて走った。
目印は川を渡ってすぐの二つ目の角と聞いている。
橋を越えると住宅地の細い道がいくつも枝分かれしている。
そのうちの一本に入って、すぐにそれと分かった。
なんということもないT字路だった。
ひびの入った塀。錆の浮いた電柱。アスファルトに消えかけた白い停止線。

私は少し離れてしばらくその角を見ていた。
通る人の多くは何ごともなく曲がっていく。
何人かにひとりは、半歩だけ歩みが緩む者がいる。
本人は気づいていない様子で、すぐにまた歩き出す。
塀の足元にコンクリートの土台だけが残っていた。
四角い土台の上にボルトの跡がいくつか並んでいる。
かつてそこに何かが立っていた跡だ。
形と大きさからして、バスを待つ人のための屋根つきの小さなベンチだったのだろう。
あたりにバス停はもう無い。
近くの電柱に色のすっかり抜けた古い案内の枠だけが針金で留まっている。
路線が廃止されて土台と枠だけが取り残されている。
私はそう見当をつけた。

そのまま三十分ほどその場に立っていた。
車の通りは少ない。
川のほうから生ぬるい風が時おり吹いてくる。
歩道のアスファルトには、何かをこすったような黒い筋が、土台の前で途切れていた。
誰かが長いあいだ、おなじ場所で足を擦り続けたような跡だ。
私はその土台の前に立つ。
足が止まった。
胸の奥が誰かを待つかたちに静まっていく。
もうすぐ来る。
体のどこかがそう言っている。
顔も名前も浮かばないのに、来るということだけははっきりと分かる。
通りを行く人の足音が遠ざかったり近づいたりする。
そのひとつひとつに、来たかと体が反応する。

違う。
この人でもない。
そうやって誰かを選り分けている自分がいる。
足音のひとつひとつに、首がわずかに動く。
来た方向へ顔を向けようとしている。
ゆっくり片足を前に出す。
出せた。
もう片足が勝手に続く。
振り返らずにその角を離れた。
背中の圧は角を曲がるまで付いて離れない。
数日後に彼から短い連絡が入った。
このごろは止まらなくなったのだという。

あの角をふつうに通り過ぎられるようになった。
良かったなと返そうとして、続きに目を落とした。
「代わりに別の人が止まってるんだ」
毎朝おなじあの角で、見たことのない誰かが足を止めている。
彼はその横を通り過ぎていく側になったのだという。
立っているのが誰なのかは、彼にも分からない。
その人が待っている顔つきに、なぜか見覚えがある気がするのだという。
そう書いてあった。
文面の最後はこう結ばれていた。
「あの人がたぶん俺を待ってるわけじゃないと思う。それでも俺も少しだけ立ち止まりたくなるんだ」
返信を打とうとして、指が止まった。
何と送ればいいのか、言葉が出てこない。

結局、私は何も返さずに画面を閉じた。
あの角は、いまも誰かを止めている。
通りかかった者の足を止め、来ない相手をしばらく待たせる。
待ちくたびれて歩き出せば、また放してやる。
次の誰かが通りかかるまで、その場所は待つことだけを続けている。
土台だけが残った、名前のない角。
朝ごとに人を入れ替えながら、誰かがそこで来ない相手を待っている。
待たれている当の相手は、まだ来ない。
来ないまま待つ人の顔だけが静かに入れ替わっていく。
私の通勤路ではない。
それでもあの角の前に立った朝の感覚はいまも足の裏に残っている。
雨の朝などに、ふと。


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