私の家には固定電話がある。
契約まわりや役所からの連絡くらいにしか使わない代物で、普段はほとんど棚の置き物に近い。
心霊スポットを巡って撮りためた映像を、夜通し編集する暮らしを長く続けている。だから世間の眠る時間に起きていることには、とうに慣れていた。
固定電話が鳴ることなど月に一度あるかないかで、その存在をふだん意識することもない。
その留守番電話に無音の録音が残るようになったのは、三月の終わりだ。
仕事部屋へ戻ったとき、電話機の赤いランプが点滅していた。
再生すると、砂を擦り合わせるような雑音だけが流れて三秒ほどで切れる。

番号は非通知。
途中で止まった勧誘の自動発信か、誰かの掛けまちがいだろう。そのまま録音を消した。
よくある類の出来事。
翌朝にも一件入っていた。
録音時刻を確かめると午前二時十八分で、前の日とぴたり同じだ。
無音は三秒から十一秒に伸びていて、雑音の奥のほうでかすかに何かが鳴っている。受話器を耳に押し当てて何度も聞き返したものの、それが何の音なのかまでは掴めない。
砂嵐の向こうに沈んだ、輪郭のない気配だけが残った。

録音を消さずに残しておくことにした。
日付を書いた付箋を電話機の脇に貼って、毎朝の秒数を控えていく。
十一秒、十九秒、二十七秒。録音時刻は判で押したように午前二時十八分のまま動かない。
伸びていく無音を、しばらくは数字の列としてだけ眺めていた。
誰かの掛けまちがいが習慣になっているくらいの話だろう。そう自分に言い聞かせていたのだと思う。
非通知の番号に折り返すことはできなかった。
契約している電話会社へ問い合わせても、その時刻に着信した記録は残っていないという。

担当者の声は終始事務的で、回線にも機器にも異常は見当たらないとのことだった。鳴ってもいない電話の録音が、毎朝きちんと一件だけ増えていく。手元に残るのは、その事実だけだ。
気になって、録音を仕事用のパソコンへ取り込んでみた。
編集ソフトで波形を開くと、無音のはずの帯にこまかな起伏がいくつも並んでいる。ヘッドホンの音量をぎりぎりまで上げて、その起伏のひとつひとつに耳を寄せた。
砂嵐に埋もれていたものが、少しずつ近くまで浮かびあがってくる。深夜の仕事部屋に知らない誰かの息づかいがそっと混じっているかのようだった。
ヘッドホンを外しても、その息づかいは耳の奥にこびりついて離れない。
ある夜、編集の手を止めて受話器のそばに座ってみた。
固定電話は静まりかえったままで、午前二時十八分を過ぎても鳴る素振りひとつ見せない。

それなのに翌朝にはやはり一件だけ録音が残っている。録音時刻は二時十八分。私はその時間、まちがいなく机の前で起きていた。
手元のスマートフォンの時計も同じ刻みを指していた。電話はその夜も一度として鳴らない。
無音のなかの音が輪郭を持ちはじめたのは、ちょうどそのころだ。
雑音に紛れて、水滴がシンクに落ちる音がした。
一定の間隔をあけて低くまるい音がいくつも続く。うちの台所の蛇口は、どれほど強く締めても朝までに数滴こぼれる。
築年数のせいだろうと放っておいた、その間の抜けた水音。録音のなかで鳴っているのは、まちがいなくうちの蛇口の音だった。
翌週、水道の業者を呼んだ。

理由までは説明せず、蛇口の水漏れを直したいとだけ伝える。
年配の作業員は十分ほどで点検を終えて、パッキンを替えればもう垂れませんよと請け合った。
試しにと言って蛇口を強くひねって見せてくれる。きつく締まった先からは、たしかに一滴の水も落ちてこない。
これで安心ですよと笑って、作業員は帰っていった。見送る私の胸に、小さなしこりだけが残る。
その夜の録音にも、水滴の音は変わらず入っていた。
強く締めたはずの蛇口が、録音のなかでは点検の前と同じ間隔で鳴り続けている。
低くまるい音が、規則正しくいくつも重なっていく。
私は付箋に秒数を書き込む手を止めて、しばらく黒い電話機を見つめた。

次の録音には、椅子の脚が床を擦る音が混じっていた。
木の床を低く引きずる、ごく短い音。編集に集中して身を乗り出すたびに鳴る、あの椅子とそっくりだ。それに続いて、紙の束を指でめくる音が入る。電源を入れっぱなしのパソコンの、低い唸りまで聞こえてくる。どれも夜更けに私の仕事部屋で鳴っている、私自身の作業の物音そのものだった。どれを取っても私の部屋でしか鳴らないはずの音ばかりだ。
数日のあいだに、録音はいよいよ手元へ近づいてきた。
キーボードを叩く乾いた音。
マグカップを机に置く音。
映像を巻き戻すたびに漏れる、かすかな鼻歌まで入っていた。心霊スポットの夜道を撮った素材を確かめるとき、私には無意識に口ずさむ癖の節がある。
誰に教わった覚えもない、私だけのいいかげんな節まわしだ。

録音のなかの誰かも、それをそっくり同じ調子でなぞっていた。
ある朝の録音は、ひときわ長く伸びていた。
鼻歌のあとに短い咳がひとつ入って、それから深く息を吸う音が続く。その咳の癖にも、息の長さにも覚えがあった。
前の晩、机に向かいながら私がしていたことと、
何ひとつ違わない。
録音のなかの誰かは、私の真似をしているのではなかった。私のしていることを、そのまま隣で写し取っているのだ。
いちど、試したことがある。

午前二時十八分、机の前で身じろぎもせず、息さえ殺して座っていた。
鼻歌など歌わず、咳もこらえ、秒針の音だけを数える。
それなのに翌朝の録音には、いつもの私の鼻歌がきちんと入っていた。あの晩、私は一度も口を開いていない。
録音のなかの私だけが、機嫌よく節をなぞっていた。
録音の向こうにあるのは、よその家などではない。
午前二時十八分の、この仕事部屋だ。誰かが私の机の前に座って、私が聞いているのと寸分たがわぬ音を、そのまま留守番電話に吹き込んでいる。
一度も鳴っていない電話へ向けて、毎晩おなじ時刻に、私の夜をなぞるように。

その晩から、寝るときは別の部屋へ布団を移した。
仕事部屋の戸を閉めて、廊下の灯りもつけたままにしておく。それなのに午前二時十八分には、閉めた戸の向こうで椅子の脚が床を擦る。誰もいない部屋で、私の夜がひとりでに続いていく。
留守番電話の機能を切った。
それなのに翌朝、消したはずの場所に録音は残っている。
秒数はその朝も一秒だけ伸びていた。
固定電話そのものの線をコンセントから引き抜いた。役所の連絡先は携帯に切り替えてあったので、もう不自由はない。線の抜けた電話機は、ただの黒い箱として棚の上に取り残された。
それから、録音は残らなくなった。

代わりに台所のほうで毎晩おなじことが起きる。
午前二時十八分になると、流しの底へ水滴がひとつ落ちる。
パッキンを替えて強く締めたはずの蛇口から、低くまるい音がひとつだけ。
乾いた家のなかに、その規則正しい音だけが私の起きている時間を数えていく。流しに伏せたままの茶碗が、朝には決まって少しだけ向きを変えている。
私はもう、その時間に台所を見にいかない。
台所の灯りは夜のあいだつけたままにしている。
強く締めたはずの蛇口から、毎晩ひとつだけ落ちる水の音。


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