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駐車場の白鳥

閉店後の駐車場で、佐伯は白いものを見た。
昼間はなかった線が、アスファルトの上に引かれていた。車止めを三つ越え、従業員用の軽自動車の下へ続いている。袋から小麦粉でも漏れたのかと思い、指で触れた。指先には何もつかなかった。

駐車場の名前は、白鳥だった。
スーパーとは別の持ち主で、店は半分だけ借りていた。看板には古い鳥の絵があった。白鳥にしては首が短く、嘴が太かったが、誰も気にしなかった。地元の客は、隣の砂利の駐車場と区別して、鳥のほう、と呼んでいた。

佐伯は店の副責任者だった。責任者が異動してから半年、肩書きだけが副のまま残っていた。閉店後に駐車場まで回るのは、カートを戻さない客がいるからだ。戻す場所に店の名を大きく書いても、いつも隣の空き地から二台ほど見つかった。

その晩、カートを集めていた大学生の桑原が、建物の外階段から佐伯を呼んだ。
「上からだと、鳥ですよ」
佐伯は段を上り、手すりへ身を乗り出した。白い線が、大きな鳥の形につながっていた。首を背中へ回し、眠っているような姿だった。腹にあたるところへ、客の車が一台停まっていた。

閉店しても戻ってこない車は珍しくない。近くの飲み屋へ行ってしまう客もいた。佐伯は車の番号を手帳へ書き、フロントガラスに紙を挟んだ。運転席を覗くと、誰もいなかった。座席には、店で売ったパンの袋と、子供用の黄色い帽子が置いてあった。

翌朝、白い線は消えていた。
車もなかった。佐伯の挟んだ紙だけが、車止めの前へ落ちていた。紙には、羽根のような細い切れ目がたくさん入っていた。誰かが腹を立てて引き裂いたのだろう。佐伯は回収し、事務所のごみ箱へ捨てた。

昼過ぎ、駐車場の持ち主の息子が来た。
五十くらいの男で、名前は石坂といった。東京で看板や包装の絵を描く仕事をしていると聞いていた。持ち主が体を悪くしてから、月に一度ほど草取りに来た。草取りというほど草のない舗装なので、佐伯は、律儀な人だと思っていた。

石坂は長い棒の先にブラシをつけ、駐車場の端を洗った。水を使わず、乾いた路面を擦っていた。佐伯が昨夜の白い絵のことを話すと、ブラシを止めた。
「どっち向きでした」
鳥の頭がどちらへ向いていたかを聞かれた。佐伯は入口のほう、と答えた。石坂はしばらく考え、今日はここを閉められますかと言った。

全部を閉めれば、店の駐車台数が足りなくなる。佐伯がそう伝えると、石坂は腹のところだけでも、と言った。
「昨日の車、そこでしたか」
佐伯は手帳を見せた。石坂は番号を読まず、書いた場所の見取り図を見た。自分の車をそこへ置き、夕方まで動かさなかった。

石坂の車は古い白いワゴンだった。後ろの窓に子供の描いた絵が貼られていた。色鉛筆で鳥が描いてあり、その下に、しらとり、とあった。実物の看板とは違い、首が長く、片方の翼だけが大きかった。佐伯が見ていると、石坂は荷台の扉を閉めた。

店が閉まるころ、ワゴンの周囲に白い線が出てきた。
水が染み出すような速さだった。線は車のタイヤを避けずに通り、アスファルトの上で大きな楕円になった。佐伯は店の照明を消す前に、桑原と二人で外階段へ上った。鳥の頭は、昨日より起きていた。

石坂は鳥の背にあたるところへしゃがみ、短い刷毛で何かを塗っていた。黒い塗料だった。白い線を上から消しているらしい。佐伯は上から、そんなものを塗ったら区画線まで消えると声をかけた。石坂は顔を上げず、明日塗り直しますと答えた。

刷毛が路面を擦るたび、ワゴンの屋根がへこんだ。
一度目は、佐伯にも音しか分からなかった。二度目で、屋根の真ん中が少し沈んだ。石坂は振り向いたが、作業をやめなかった。三度目には後ろのガラスが砕け、鳥の絵を描いた紙が、窓の内側へ吸いこまれた。

桑原が階段を駆け下りた。佐伯は止めたが、間に合わなかった。何か落ちてきたのだと思ったらしい。ワゴンのそばへ走り、屋根を見上げた。上には電線しかなかった。
石坂が立ち上がり、桑原の胸を押した。
「その線、踏まないで」

桑原は足元を見た。靴の爪先に白い線が掛かっていた。佐伯にも下から見えた。靴の黒い先端が、薄く平らになっていた。桑原が脚を引くと、靴だけが路面に残った。脱げたのではなかった。靴の白い縁を残して、底から上が、アスファルトへ染みこんだように消えた。

桑原は片足で跳ねながら戻ってきた。靴下の先に血が滲んでいた。佐伯は店の中へ入れ、椅子に座らせた。石坂もついてきた。救急を呼びますと言うと、お願いします、と答えた。止めるようなことはしなかった。

「去年も、人が来たんです」
石坂は事務所の窓から駐車場を見た。
「鳥を見に。夜だと見えるって、誰かが書いたから」
佐伯は知らなかった。石坂は、毎晩見に来る人がいて、母が心配していたと言った。白い絵の中に何があるのか、朝まで見ていた人もいたらしい。

その人たちがどうなったかは、言わなかった。
桑原が、鳥のどこを見てたんですかと聞いた。石坂は、頭ではないと思います、と答えた。窓の向こうで、白いワゴンが少し傾いた。沈んだ側のタイヤが見えなくなっていた。

救急車を待つあいだ、佐伯は石坂へ、あれは何ですかと聞いた。
「私が描きました」
石坂は、看板を指さした。十歳のとき、父に頼まれて描いた絵だという。もともとの絵では、鳥は立っていた。看板に収めるため、父が脚の部分を切った。首も少し詰めた。佐伯が見慣れていた、あの妙な鳥になった。

「それで、こうなったんですか」
石坂は首を振った。
「分かりません。そうかもしれないし、元からいたものに、絵が似ていたのかもしれない」

答えを用意して来た人の言い方ではなかった。佐伯は、黒く塗れば消えるのかと聞いた。石坂は、それも分かりませんと答えた。昨年は消えた。今年は車が潰れた。自分の車ならまだいいと思ったのだという。

桑原が救急車に乗ると、駐車場には佐伯と石坂だけが残った。隊員には路面の白い線が見えたらしかったが、鳥の形までは分からなかった。上から見ると違うのだと佐伯は言った。説明している間に、隊員は足を怪我した桑原を先に運んだ。

閉店から一時間が過ぎていた。
鳥の腹にあたるところで、ワゴンがほとんど横倒しになっていた。道路を走る車の前照灯が通ると、白い線の影が駐車場の壁へ映った。白い線に影ができるはずはなかった。壁に映る鳥は、二階の窓よりも大きかった。

頭が起きた。
路面の輪郭が変わり、壁の影も首を伸ばした。影の嘴が開くと、ワゴンの警報が鳴った。誰も触れていなかった。車の前半分が地面へ折れこみ、フロントガラスの内側に、黄色い帽子が見えた。

昨日の車にあった帽子だった。
石坂の車の中に、なぜそれがあるのか。佐伯は、それを考えようとした。考えている間なら、今見ているものを普通の出来事として扱える気がした。けれど、帽子の下で何かが動いた。子供の頭くらいの丸いものが、ガラスへ何度も当たった。

石坂が黒い塗料の缶を持って外へ出た。
佐伯はその腕をつかんだ。石坂は、車には誰もいない、と言った。佐伯は、昨日の車にあったんです、と帽子のことを言った。石坂の顔が白くなった。二人でワゴンを見た。警報の音が、急に低くなった。

腹の白い輪の内側に、幾つもの顔が浮いていた。
窓に映った顔ではなかった。路面の粒の隙間から、目と口のところだけがこちらを向いていた。どれも黒く、輪郭が定まらなかった。佐伯には、パンの袋を抱いていた人のような形が見えた。いつ店へ来た誰なのかは、思い出せなかった。

石坂は缶を置き、車から降ろしてあった道具袋を開けた。大きな白い塗料の容器を出した。区画線を塗り直すために持ってきたものらしかった。佐伯が止めると、脚をつけます、と言った。
「立たせるの」
佐伯は驚いて手を離した。
石坂は、寝たままだと、下にいる人が出られない、と言った。

本当かどうかは、石坂にも分からなかったのだと思う。
佐伯は店へ戻り、台車を押してきた。石坂を近づけずに塗料を運ぶためだった。閉じた缶を載せ、長いモップの柄を出した。石坂が先へ刷毛を縛りつけると、佐伯は台車を線の手前まで押した。

鳥の腹から、細い白い線を二本引いた。
石坂の腕が震え、線は何度も途切れた。そのたび、ワゴンが鳴った。佐伯は台車の後ろに立ち、石坂が片膝をつくのを支えた。白い嘴の先が、二人の影へ近づいてきた。佐伯は照明を消そうとしたが、石坂が、見えなくなると描けない、と言った。

脚の先に水かきをつけた瞬間、路面が持ち上がった。
本当にアスファルトが剥がれたのではなかった。白い鳥が、地面から起きた。薄い一枚の形が、そのまま厚みを持ったように見えた。腹の下から、ワゴンが転がり出た。車体は板のように潰れ、黄色い帽子は中になかった。

顔も、全部消えていた。
佐伯は、立たせても出なかったじゃないかと言いかけた。石坂は地面へ座りこみ、空を見ていた。鳥の形はもう空にはなかった。上へ向かった白い脚の先だけが、街灯の光を横切って見えた。

朝、駐車場に二つの大きな窪みがあった。
鳥の足跡の形だった。区画線は何本も曲がり、壁には翼の先で擦ったような跡が残った。佐伯は店を開ける前に、本部へ電話した。駐車場で事故があった、しばらく使えない。それだけなら説明できた。

石坂は看板を外した。絵の部分を切り取らず、板ごと下ろした。佐伯は手伝った。裏には父親が書いたという寸法の数字があり、その下に、子供の字で、あしをかえして、と書かれていた。
石坂はそこを見て、長いこと手を止めた。

看板は持って帰った。鳥の絵の行き先を、佐伯は聞かなかった。
桑原の足の傷は塞がったが、爪先の感覚はまだ戻っていない。レジの仕事へ替わり、閉店後に外へ出ることもなくなった。佐伯は一人でカートを集めるようになった。

鳥の駐車場には、新しい名前がついた。
舗装も直され、看板には車の絵だけが描かれた。二つの大きな窪みがあった場所には、まだ車を停めさせていない。客に理由を聞かれると、地面が弱いからと答える。

昨夜、佐伯はそこに小さな白い線を見つけた。
二つの窪みのあいだに、六つ並んでいた。どれもまだ、指で描いた丸くらいの大きさだった。佐伯は階段へ上らず、店へ戻った。上からなら何に見えるか、確かめなくても分かった。

事務所で石坂の番号を探した。
受話器を上げると、窓の外で、細いものが殻を叩く音がした。六つの音は、少しずつ違う速さで続いていた。

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