志津子さんは、写真館を畳むと決めてから、よく昼飯を食べるようになった。
以前はパン一つで済ませる人だった。撮影の合間に食べ、客が来ると半分を机の引き出しへ仕舞う。翌日の午後になって、包みの端が乾いたまま出てくることもあった。それが閉店までの二週間、十二時になると必ず暗室へ入っていった。私は三十二歳で、彼女の写真館の最後の従業員だった。卒業アルバムの外注が減り、証明写真だけでは店を維持できなくなった。次の仕事はまだ決まっていなかったが、志津子さんを責める気にはなれなかった。
「食べてから出るから、表を頼むね」
暗室は店の一番奥にあった。デジタルに切り替えて十年近く使っていない。水道も止めてあり、折り畳み椅子と古い引き伸ばし機が残るばかりだった。最初に匂ったのは焼き茄子だった。醬油を掛けた時の、少し甘い、煙に似た匂い。自分でも可笑しいが、その匂いで私は中学の夏休みを思い出した。祖父が七輪で茄子を焼いていた庭。皮を剝くのが面倒で、私だけ食べずに母に叱られた夕飯。
「今日はお弁当ですか」
暗室のドア越しに聞くと、咀嚼する音が止んだ。
「ええ。そう」
汁を啜る音が続いた。
「よかったら、お茶置いときます」
返事はなかった。私は紙コップをドアの横の棚に置いた。志津子さんが出てきたのは十二時四十分だった。手には何も持っていなかった。口紅が綺麗に落ち、顎に小さな醬油の染みがあった。
紙コップを見せると、自分で飲みなさい、と言った。
翌日は、炊きたてのご飯の匂いがした。午後一番に来た客が、ここで食堂でも始めるんですか、と笑ったくらいだった。私は奥を気にしながら、客のネクタイを直した。志津子さんは、暗室から出ると腹を押さえた。
「食べすぎたわ」
その顔に、赤い色が戻っていた。
私は安心した。店がなくなることを、彼女が一番辛がっていると思っていたからだ。五年前にご主人を亡くしてからは、仕事が彼女の生活のほとんどだった。閉店を知らせた常連から、花や菓子が届いた。志津子さんはそれを一つずつ私にくれた。
「私は、お腹いっぱいだから」
木曜日に、古道具屋が機材を見に来た。三脚や背景布を運び出し、最後に暗室を覗いた。業者の若い男が懐中電灯を向けると、正面の壁が白く光った。細長い鏡が、横に四枚並んでいた。暗室に鏡なんかあっただろうか。若い頃にフィルムの現像を手伝ったこともあるが、そこは薬品の注意書きを貼った板壁だった気がした。
男が鏡を覗き込み、急に顔を引いた。
「これ、奥あるんですか」
私は横に並んだ。映っていたのは、食卓だった。四角い卓に、茶碗が二つ。奥の椅子には誰も座っていない。手前の椅子は、鏡の下端に背凭れの上だけが見えていた。窓から日の差す、明るい台所だった。
私たちが立っている暗室は映っていなかった。
「あら、今日はこれも持っていくの」
背後に志津子さんがいた。私は驚いて声が出なかった。男が、鏡はどうします、と聞いた。
「それは私のもの。ほかは全部、お願い」
彼女は私たちの間へ入って、暗室の照明を消した。
赤い豆球が一つ点いた。鏡の台所にも赤い光が入った。食卓の向こうで、何かが椅子を引く音がした。古道具屋の男は、運び出した品物を急いで車へ積んだ。値段の相談は翌日にすると言って帰った。店のガラス戸を閉めた後、私は志津子さんを呼んだ。
「暗室、いつ改装したんですか」
「改装なんかしてないわよ」
「鏡の向こう、部屋がありました」
志津子さんは、しばらく私の顔を見ていた。
「見えたのね」
それだけで済ませ、撮影済みのデータを封筒に入れ始めた。私は戸口に立ったまま待った。
「困るんです。知らないまま最後まで働くのは」
彼女は封筒を置いた。
「主人がね。片付けてる時に帰ってきたの」
亡くなったご主人も写真を撮る人だった。私には、おとなしい、痩せた老人の印象しかない。奥の部屋から時々顔を出し、脚立を押さえるのを手伝ってくれた。
「最初は、後ろを通っただけ。ここはあの人の仕事場でもあったでしょう。だから、そのまま片付けてた。次の日には、昔の台所が見えたの」
彼女は両手で、茶碗の大きさの円を作った。
「私、お腹が減ってたのよ」
その告白が、何故か怖かった。
「食べたんですか」
「食べたわ」
「鏡の中のものを」
「だって、ご飯だったもの」
志津子さんは、下唇の内側を舐めた。私は、せめて中をよく見せてほしいと言った。彼女は頷いた。隠し続けることにも疲れていたのかもしれなかった。
暗室には調理器具がなかった。薬品を使っていた流しは、蛇口が根元から外されていた。床にコードや水の跡もない。鏡の中は、昼のままだった。窓辺に赤い鉢があり、葉が一枚垂れている。卓の上には茶碗と、小皿に載った茄子。縁の欠けた湯呑みまで、はっきり見えた。
奥にご主人が座っていた。生前の姿と随分違った。太っていた。頬から顎まで丸く繋がり、目は肉に埋もれていた。それでも、首を少し傾けて人の話を聞く癖で、ご主人だと分かった。
「こんにちは」
私は口にしてから後悔した。ご主人は、右手を上げた。
同じ瞬間、志津子さんも右手を上げた。二人は互いを見ていなかった。志津子さんは私を見ていた。ご主人は、私たちの後ろ辺りを見ていた。
「何を食べてるんですか」
ご主人の口が動いた。志津子さんは何も言わなかった。ただ、唇の間に舌が少し覗いた。
私は鏡に手を近づけた。
「触らないで」
彼女の声が鋭くなった。私は手を引いた。鏡のご主人は、まだ手を伸ばしていた。丸い腕が、食卓の上をゆっくり通った。指の先が、こちら側の鏡の縁に掛かった。指は白かった。厚紙を何枚も重ねて、濡らしたような断面が見えた。
ご主人の手の甲に、目があった。小さな、見覚えのある目だった。撮影の時に目を閉じてしまうのが悩みだと、何度か店に来た女性。あの人の、左目だけが、指の付け根で瞬きをしていた。私は志津子さんを引き離した。暗室のドアを閉める時、彼女は私の腕を叩いた。
「まだ食べてないの」
「今日はやめましょう」
「それじゃ、あの人が困るの」
私は外の店から弁当を二つ買ってきた。普段なら彼女が喜ぶ、鯖の味噌煮の入ったものにした。事務机で向かい合った。志津子さんは一口食べ、噛み続けた。私が半分ほど食べ終わっても、頬が同じ速さで動いていた。
「飲み込めませんか」
彼女は首を横に振った。私が渡したティッシュに、ご飯を吐いた。米粒は、そのままの形だった。彼女が口を開けた時、歯のある場所が見えた。白い歯が上下に並んでいた。奥にも、もう一列あった。ごく薄い、印刷した歯の列だった。
私は流しまで行き、水を飲んだ。戻ると、志津子さんはアルバムを開いていた。店の見本用に、ご家族の了承を得て残していた写真だ。七五三の子供、成人式の姉妹、金婚式の夫婦。全員、口を開けていた。写真を撮る時、私は笑ってくださいと言う。だが誰も、あんなふうに口を開かせはしなかった。顎を下げ、舌を見せ、食べ物を待つ口だった。
志津子さんは一枚を指した。
「あの人、この子をずっと心配してた。撮影の時に、熱が出てたでしょう」
五歳の男の子だった。二年前に撮った。今も駅の向こうの小学校へ通っているはずだった。
「元気ですよ、この子。先月お母さんと来ました」
「そう。よかった」
彼女は笑った。
笑った顔の歯が、紙のように反った。私はアルバムを閉じた。
「写真、全部持っていってもいいですか」
志津子さんは、少しだけ嫌な顔をした。それでも頷いた。暗室から、食器を重ねる音がした。
その日、私は店にある客の写真を集めた。見本、引き取りのなかった焼き増し、古いネガ。閉店後の処分を任されていた分も、段ボールに入れた。志津子さんは手伝わなかった。入口の椅子に座り、暗室のドアを見ていた。ご主人の写真は一枚も見つからなかった。棚にあった遺影も、額だけになっていた。気づかないふりをして箱を閉じた。
車へ三箱積むと、彼女が傍まで来た。
「ありがとう。よく働いてくれたわね」
まだ閉店まで一週間あった。私は鍵を出した。
「明日、来ます。写真だけ、安全なところに預けます」
志津子さんは、私の鍵を取らなかった。
翌日も、その次の日も、私は店を開けた。彼女は暗室から出てこなかった。昼になると、ご飯の匂いがした。焼き魚の日も、カレーの日もあった。ドアの向こうで椅子が動き、一人が座ると、もう一人が茶碗を置いた。私は何度か呼んだ。返事はなく、食べる音だけが近づいた。ドアに耳を当てようとして、やめた。
閉店の日、入口の看板を外した。預かっていた客の写真は、連絡のついた人には全て返した。口は元に戻っていた。返せなかった分は、今も私が保管している。暗室の鏡だけは、運び出せなかった。志津子さんの姪が来て、何も説明できない私の代わりに、建物の契約を延長した。姪は暗室の前で、叔母さん、もういいから、と一度だけ言った。その日は昼飯の音が止まった。
帰り際、姪が私に聞いた。
「最後に、一緒に食べてあげましたか」
私は弁当のことを話した。姪は泣きながら頷いた。それから私たちは、毎月一度、二人で店の様子を見に行く。電気は止めてある。入口から暗室まで、昼でも懐中電灯が要る。
先月は、ドアの下に白いものが挟まっていた。箸袋かと思って拾うと、写真だった。食卓を挟んで志津子さんとご主人が並んでいる。二人とも太り、よく似た顔になっていた。正面の椅子が二つ、こちらを向いて空いていた。姪が写真を裏返した。
私たちの名前が、志津子さんの字で書いてあった。
姪はそれを折らずに封筒へ入れた。それ以来、店に入る前に、二人で駅のそばの蕎麦屋へ寄っている。私は大盛りを頼む。姪も、残していいからと、天丼を一つ余計に取る。


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