心霊スポットの撮影から戻る深夜、私はよく住宅街の小さな児童公園を通り抜ける。
カブを止めた月ぎめの駐車場から家までは、この公園をひとつ斜めに突っ切るのが昔からの近道だった。
夜どおし山あいの廃屋でカメラを回した帰りは、体も頭もくたびれて一刻も早く布団に倒れこみたくなる。撮影で見聞きしたものを引きずったまま、私はいつもこの近道で頭を冷やしていた。
街灯のひとつも立たない園内は外の道よりさらに一段深く闇に沈んでいる。すべり台とブランコと砂場があるきりの、どこの町にもありそうな古びた公園だ。
私はこの数年その暗がりを当たり前のように毎晩横切ってきた。怪異のたぐいなら数えきれぬほど見てきたが、この近道だけはずっと無事だった。

その晩のことだ。
公園に足を踏み入れたところで、私はなぜだか途中でふと立ち止まった。
二つ並んだブランコのうち、片方だけが鎖をぴんと張ったままぴたりと動きを止めている。風はそれなりに吹いていて、もう片方の座板はかすかに前後へ揺れていた。
同じ夜風を受けているはずなのに、その一つだけが下から押さえつけられているように静止している。
試しに手のひらで軽く押してみると、座板は一度だけ重たげに前へ出てすぐにまた死んだように止まった。誰かが座っていた名残のように、その座板だけが冷たく張りつめている。

鎖の冷たさが指に残って、しばらく手のひらをこすり合わせた。それきり、その片方に触れる気にはなれない。
ブランコから目を移したとき、砂場のほうに白っぽい点々が並んでいるのが見えた。
街灯のない園内でその砂の窪みだけが薄い月あかりを受けてうっすらと浮かびあがっている。近づいてしゃがんでみると、それは素足のひどく小さな足あとだった。
子供のものだろうかとはじめは軽く考えた。ところがその足あとの始まりが、どうにも腑に落ちない。
足あとは砂場のちょうど真ん中から、出口の方へ向かって点々と続いている。肝心の砂場の外には、そこへ歩み入った跡がどこにも見当たらない。

フェンスを越えてきた足あとも、縁の砂をまたいで踏み崩した乱れもまるで残っていない。
誰も入りようのない砂の中央から、その足あとはいきなり湧いたように始まっている。まるで砂の底から、小さな足が一足ずつ生えてきたかのようだった。
妙だと思って、私は足あとのかたちをもう一度よく見た。
ふつう人が前へ歩けば踵から爪先へと体重が抜けて、爪先のほうが軽く蹴り出した跡になる。ところがこの足あとは、なぜか爪先のほうが深く沈みこんで踵のほうが浅い。
まるで爪先から先に砂へ置いてそのまま後ろへ退いていったような、逆向きの刻まれ方だった。何度たしかめても、足あとはこちらへ向かって前へ進んだものには見えない。
歩いて出ていったのか、後ずさって出ていったのか。そのどちらなのかさえ私には判じることができない。

判じたくもなかったというのが正直なところだ。あの逆向きの足あとだけは、なぜか妙に頭にこびりついて離れない。
その夜を境に、私は公園を通るたび砂場の様子を確かめる癖がついてしまった。
足あとは毎晩欠かさず砂の上に残っている。一晩ごとにその始まる地点が、砂場の中央から少しずつこちらへとずれてくる。
私がいつも通り抜ける園の小径の、すぐ脇のほうへ。
足あとの数も、数えるたびにひとつずつ着実に増えていた。昨日が七つなら今日はきっかり八つ。減ることは一度もなく、飛ぶこともない。

まるで何かが夜ごとにひとつずつ、律儀に歩数を足していくようだった。数えはじめてしまったことを、私はすぐに悔やんだ。
一度かぞえた数は、どうしても頭から離れてくれない。眠ろうとして目を閉じると、まぶたの裏でその足あとが、ひとつまたひとつと増えていく。
あるとき、砂場の縁に小さな履物が片方だけ置かれているのが目にとまる。
赤い鼻緒のすがった、古い子供用の下駄だった。対になるもう片方は、あたりをいくら探しても見つからない。その赤だけが、暗い砂場のなかでいやに鮮やかに浮いて見えた。
その下駄は私が公園を訪れるたびに、ほんの少しずつ鼻緒の向きを変えている。ある晩は出口のほうを向き、ある晩は私の歩く小径のほうへ鼻緒を傾けていた。

妙なことに、鼻緒の向いた先と足あとの伸びる先は、いつもぴたりと一致していた。
誰の足にも履かれないまま、それだけが砂の上で毎晩こっそりと方角を変えている。私はとうとう、その下駄に手を触れることができなかった。触れてしまったら最後、もう片方を探しにいかされる気がしてならなかった。
やがて足あとは、砂場の中だけにおさまらなくなる。
砂のついた素足の跡が砂場の縁を越えて、舗装された園内の小径へと点々と伸びはじめる。舗装の上の足あとは、雨に濡れたように湿って光っていた。
それはちょうど私がいつも歩いている道筋を、丁寧になぞるように続いている。フェンスの切れ目を抜けて外の歩道のほうへ。

私の帰り道と寸分たがわず同じ方角へ、その点々は伸びていく。夜ごとにその先端は私の家のある方へ、一歩ずつ近づいてきた。
その朝のことは、今もはっきりと覚えている。
仕事を終えて明け方に帰り着くと、自宅の門の前のコンクリートに見覚えのある点々があった。砂のついた、素足の小さな足あとだ。
それは門の外からためらう様子もなく、まっすぐ敷地の中へ入りこんでいる。玄関のたたきの手前まで点々と続いて、そこでふつりと途切れていた。
私はその場に立ちつくしたまま、しばらく身動きひとつ取れない。玄関の鍵は内側からも外側からも、たしかに閉まっていた。
それなのに足あとだけが、家の内側へ入りこんでいたのだ。誰かが入ったのなら、出ていった跡がどこにもない。入ったきりまだ家のどこかにいる、ということになる。

それからというもの、私はあの公園を通らなくなった。
どれだけ遠回りになっても、ブランコも砂場もない別の道を選んで帰る。近道などもういらない。
あの砂の上に、もう二度と足を踏み入れる気にはなれなかった。靴を玄関に置くのもためらわれて、しばらくは三和土に新聞紙を敷いていた。
公園のことを思い出すだけで、靴の裏に砂の感触がよみがえる。
公園を避けるようになって、足あとは家のまわりからぱたりと消えた。

玄関の前にも門の内にも、砂のついた跡はもう一つも残っていない。ようやく終わったのだと、私は胸をなでおろしかけていた。
そう安心しかけた、ある朝のことだ。脱ぎ捨てたスニーカーを何気なく裏返すと、その底にさらさらとした白い砂がびっしりこびりついている。
前の晩、私はどこへも出かけてなどいない。カブにも乗らず戸締りをして、たしかに自分の布団で眠っていたはずだった。
それなのに靴の裏には、あの砂場とそっくり同じきめの細かい白い砂が詰まっていた。指でつまんでみると、まだしっとりと湿り気をふくんでいる。
近づいてきていたのは、本当に砂場のほうだったのだろうか。

それとも私のほうが、覚えのない夜ごとにあの砂場まで素足で歩いていたのだろうか。
払っても払っても、砂は翌朝にはまた靴の底に戻っている。まるで毎晩、誰かが私の靴を履いてあの砂場まで出かけているようだった。
赤い鼻緒の下駄はいまも片方だけのまま、誰の足も知らずに夜ごと向きを変えているという。
下駄の片方がいつか両方そろう晩のことを、私はときどき考えてしまう。
私の靴底の白い砂は、いくら払い落としても朝になるとまた少しだけ増えている。


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