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昼寝のあと

達也は弁当を二つ買ってきた。片方の唐揚げにだけ、べったりと赤い粉がかかっていた。どっちでもいいと言うので、辛くない方を取った。そうすると達也は、自分の蓋を開けるなり唐揚げを一つこちらへ移した。昔からそうだった。選ばせておいて、結局は半分ずつにする。

同じ中学を出てから二十年以上になる。会わない年もあったが、連絡すれば来るという気安さは残っていた。俺が結婚してからは、その気安さに甘えて何度か約束を延ばした。達也は一度も文句を言わなかった。その代わり、誘ってくることも減った。

駅前の店で食おうとしたのを、河原へ行かないかと俺が言った。高校の頃、自転車でよく来た場所だった。堤防の下に芝生が整備され、当時あった鉄棒はもうなかった。川を見ながら弁当を広げる人や、敷物に寝ている人がいた。九月も終わるというのに、半袖の腕へ日が当たると熱かった。

「ここで泳いだことあったよな」
「お前だけだよ」
「そうだっけ」
「俺が鞄持って待ってた」
達也は箸を止めずに言った。俺は何となく、二人とも同じことをしていたつもりでいた。水着もなしに入った俺を、達也は陸から見ていたらしい。何を話したかより、誰が何をしたかの方をよく覚えている男だった。

堤防の斜面へ背を向け、川へ少し下った所に座っていた。俺の左が達也で、間にスーパーの袋を置いた。顔を合わせてみれば、別に話すことはいくらでもあった。達也が引っ越したことも、その部屋には風呂の窓があることも、俺は知らなかった。住所を送るよと言われ、携帯を出したが、もう送ってあると笑われた。

食べ終わると、達也は丸めた上着を枕にして寝転んだ。少しだけ寝かせて、と言った。俺は空いた容器を重ねた。次にどこへ行くとも決めていなかった。妻には夕方までに帰ると伝えてある。寝るほど退屈だったのか、と冗談を言いかけたが、達也はもう目を閉じていた。

靴を履いたまま、頭を川の方へ向けていた。片手を腹に載せ、もう片方は芝生へ伸ばしている。腹の上の手に、蚊が止まった。俺が払うと、達也は目を閉じたまま礼を言った。二、三分して、小さな寝息が聞こえ始めた。俺は袋へ弁当をしまい、妻から届いた買物の連絡に返事をした。

風でレシートが飛んだ。袋から落ちたのに気づかず、足元へ押さえようとした時には川の方へ転がっていた。拾って戻る途中、達也の頭の先へ回った。白いものが枕から出ていた。上着の裏地だと思ったが、違った。後頭部の髪だった。髪の間から頭皮が広く見えていた。

俺はその場で足を止めた。寝ているのは達也だった。灰色のシャツも、腹に載せた手も変わっていない。だが頭の形が少し小さく見えた。額の横に、俺の父親にもあるような茶色い染みがあった。俺たちはまだ四十にもなっていなかった。

「達也」
呼んでも起きなかった。肩を揺すろうと一歩回り込むと、いつもの顔に戻った。髪も黒かった。光の具合かと思って、もう一度、頭の方へ戻った。額の染みが現れた。皺が眉からこめかみへ続き、枕に押された耳の縁がひどく薄かった。

俺は日陰を作るように掌をかざした。額から日が退いても、染みはなくならなかった。頬には髭の剃り残しがあり、その白い毛の一本ずつが見えた。ゆっくり横へ移動すると、頬の皮膚が張り、白髪が黒い髪の下へ隠れていった。俺は足を止め、戻って、また半歩進んだ。達也の頭は一度も動かなかった。

元いた所へ座り、肩を叩いた。達也は面倒そうに眉を寄せ、それから目を開けた。目尻に皺が深く残っていた。上体を起こすと、枕にしていた上着を取り、俺を見た。
「もう?」
「いや。虫がいた」
そんな嘘をつくつもりはなかった。達也が髪を撫でた。指の間から白い髪が何本も覗いた。さっきまで、こちらから見れば黒かった場所だった。

「お前、白髪あったっけ」
「あるよ。それくらい」
達也は笑った。笑うと頬の皺が重なった。俺は携帯を渡し、顔を見てみろと言った。達也は画面を自分へ向けたあと、俺の顔を見直した。もう一度画面へ目を落とした。親指を動かしたのは、撮影の向きを替えたかったのだと思う。何度替えても、見える顔は同じだった。

「こんなにあったか」
達也は前髪を押し上げ、額に触れた。俺は返事をしなかった。茶色い染みは、今はこちらからも見えた。彼が鏡代わりにしている画面には、俺の父親より少し若いくらいの男が映っていた。シャツの襟だけが、その首には新しすぎるように見えた。

達也は携帯を返そうとして、取り落とした。芝生へ落ちたので傷はつかなかった。先に俺が拾うと、悪い、と言い、両手を膝に置いた。指の関節が大きかった。爪の表面に細い縦筋が何本もあった。俺は自分の手と並べてみた。達也はそれを見て、片手を引っ込めた。

「変なものでもついてるのか」
「ついてない。顔が」
「年寄りみたいか」
俺は頷いた。声はいつもと同じに聞こえた。達也は怒るでも笑うでもなく、川を見ていた。少し離れた敷物で子供が跳ね、大人が靴を脱ぐよう注意していた。自転車のベルが二度鳴った。俺たちのいる所だけ日が急に傾いたわけでもなかった。

達也に立てるか訊いた。立てるよ、と言い、片膝をついたが、そこで動きが止まった。俺は腕へ手を添えた。シャツの下で骨が触れた。達也は俺の腕をつかみ、それを支えに立った。並ぶと目の高さが少し低かった。背を伸ばしてほしいと言おうとしたが、彼の腰へ回った手を見てやめた。

歩道へ上がるには、芝生を十メートルほど登ればよかった。達也はそちらへ足を向け、二歩進んだ所で止まった。眩暈がすると言った。俺はその場に座ってもらった。倒れたのではない。達也は自分でゆっくり腰を下ろし、上着を尻の下へ引いた。その何でもない動作が、さっき横になった時とまるで違っていた。

救急へ電話した。友人が急に歩きにくくなって、眩暈がすると伝えた。川の名前と近くの橋を言い、橋の上流か下流かを訊かれた。水の流れを見て答える間も、達也へ背を向けるのが嫌だった。彼は膝を抱えるように座り、俺の電話を聞いていた。年を尋ねられたので三十八だと答えると、自分はまだ三十七だ、と小声で直した。

通話を続けながら、顔の色を確かめるために達也の前へしゃがんだ。真正面の顔は、電話をかける前より老けていた。まぶたが厚く垂れ、目の下に深い窪みがあった。達也は目を開けていた。俺を見て、何だよ、と言った。横から見れば戻るはずだと思い、俺は膝で芝生をずり動いた。どこから見ても同じだった。

相手がもう一度呼びかけてきた。俺は聞き返した。呼吸は普段と同じか。達也に訊くと、頷いた。胸は痛くないか。痛くない、と答えた。返事を取り次ぐ俺の口の中が乾いていた。相手の言うことを書き留めるような気持ちで聞き、通話を終えてからも携帯を耳に当てていた。

「来るって?」
「橋の下から入るって」
「大げさになったな」
達也はそう言って、俺の手にある携帯を見た。俺は膝へ下ろした。電話では急に老けたと言えなかった。だが達也が横になってから、時計の針はろくに進んでいなかった。蚊を払った時の手の甲には、こんな濃い染みはなかった。そのことだけは、誰にどう言われても変えられないと思った。

達也が上着の袖を引っ張り、腰へ巻きつけた。冷える、と言った。俺は自分の薄い上着を鞄から出した。広げると、去年達也から譲ってもらったものだと思い出した。俺には少し大きいと言うと、ゆったりしてる方がいいだろ、と渡してきた。いま肩へ掛けると、袖がずいぶん余った。

「お前のだったな、これ」
俺が言うと、達也は少し笑った。
「返さなくていいぞ」
「そういうつもりじゃない」
「分かってる」
その短い返事が、いつもの達也だった。俺は上着の前を合わせ、彼の手が出るようにした。向かいの岸で犬が吠えた。達也はそちらへ目をやり、何か言いかけたが、顎を下げた。

「寝るなよ」
思わず声が大きくなった。達也は目を上げた。
「寝てない」
「さっき、寝てから変になったんだ」
自分で口にして、初めてそう決めつけていたことに気づいた。達也は目を閉じていない。目を開けて俺を見ているのに、耳の上では白い髪の間隔が広がっていた。俺があの頭の先へ回る前から、こうなる途中だったのかもしれなかった。

堤防の上にいた若い二人が、こちらへ下りてきた。大丈夫ですか、と女性の方が訊いた。俺は救急車を呼んだところだと答え、橋の方で案内してもらえないか頼んだ。男の方はすぐに頷いて走っていった。女性は残り、ペットボトルの水を差し出した。礼を言ったが、達也は要らないと首を振った。

「お父さん、日差しが強かったんですかね」
女性は達也へ顔を向けて言った。俺は友達です、と答えた。彼女がこちらを見た。どう説明すればいいのか分からず、俺は中学から一緒で、と続けた。女性は目を伏せ、すみませんと言った。達也は謝ることじゃないよ、と言った。その声に、さっきより空気が混じっていた。

もう携帯を見せることはできなかった。達也が自分で顔へ触れるのを止めることもできなかった。彼は頬骨の下を撫で、首に触れ、上着の襟を握った。俺は手伝うことを探して袋を寄せた。中に空の弁当が二つ入っていた。辛くない方の容器にも、一つだけもらった唐揚げの赤い粉が残っていた。

「まだ三時前なんだな」
達也が俺の腕時計を見て言った。俺も見た。二時四十六分だった。弁当の蓋を開けてから、一時間もたっていなかった。達也は時計から目を離し、帰り、どこか寄るかと言った。俺は返事ができず、どこに、と訊いた。どこでもいいんだけど、と達也は言った。引っ越した部屋を見に来いとは言わなかった。

橋の下で人が手を振っていた。さっきの男性だった。俺は片手を上げた。達也はそれにつられて顔を上げ、眩しそうに額へ手をかざした。その手が下りてこなかった。疲れたのかと思って支えると、指の間から俺を見ていた。指が見えにくくしているのに、自分ではどかせないようだった。

俺がそっと手を下ろすと、達也は礼を言った。膝へ置いたその手は、さっき俺の腕をつかんで立った時より軽かった。爪の先が内側へ曲がっていた。達也は目を開け、俺がまた橋を振り返るのを待っていた。誰かがこちらを呼ぶ声がしたが、俺は顔を動かせなかった。彼の目の前で、起きていることを確かめながら、まだ皺のなかった所へ一本ずつ線が増えていくのを見ていた。

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