小学六年の夏休みを、叔父の家で過ごしたことがある。
叔父は川越市で新聞販売店をやっていた。
東武東上線の霞ヶ関駅から、歩いて十分ほどの店だ。
両親の都合で、八月のひと月だけ預けられた。
荷物は着替えと、夏休みの宿題だけ。
着いた日の夜、叔父は配達員が一人辞めたと言った。
人が足りない。
短い区間でいいから、朝だけ手伝ってくれないか。
断る理由を探したが、見つからなかった。
そういう話になった。
区間は三十八軒。
店を出て線路を越え、その先の住宅と学生向けのアパートを回る。
東洋大学の川越キャンパスに通う学生が、多く住んでいる一帯だ。
線路を越える場所は一つしかなかった。
東第百八十号踏切道。
踏切の柱の白い札で、その名を覚えた。
叔父は腕時計をくれた。
黒い樹脂のデジタル時計で、ボタンを押すとピッと鳴る。
目覚ましは三時五十分に合わせてあった。
「これで起きろ。鳴ったら止めろ」
それだけ言って、叔父は寝てしまった。
初日は叔父が後ろをついてきた。
三時五十分に電子音が鳴り、叔父に起こされる前に起きられた。
店の土間で新聞を数え、ひもで束ねる。
三十八部。
古い配達用の自転車の荷台に載せ、バネ式の金具で挟む。
金具は固くて、子どもの力では押さえ込めない。
叔父が上から手を添えて、パチンと閉じた。
四時を少し回ったころに店を出る。
八月でも、その時間はまだ暗い。
空気がぬるく、道路の上だけ少し冷えている。
線路に近づくと、草の匂いが濃くなった。
犬が一匹、近くの庭で吠えて、すぐやめた。
踏切は小さい。
片側一車線で、遮断機が二本。
路面には黒いゴムの板が敷いてあって、タイヤが乗ると音が変わる。
ゴト、ゴト、と二回。
それで線路を越えたと分かる。
踏切の手前、左の草むらに、黒いゴムのシートが畳んで置いてあった。
玄関マットを何枚も重ねたくらいの厚み。
角に泥がついている。
線路の工事の人が置いたのだと、叔父が言った。
「触るなよ。重いし、汚れる」
触る気はなかった。
渡った先は、古い家と学生向けのアパートが混じっていた。
郵便受けに一部ずつ入れていく。
名前の札を見ながら、叔父が教えてくれた順番で回る。
アパートの階段は鉄で、上るとカンカン鳴る。
朝の四時半に鳴らすのは気が引けて、つま先で上った。
三十八軒目を終えて店に戻るころ、東の空が白み始める。
靄が出る日もあった。
線路の向こうが、白く煙って見えなくなる。
三日目から一人になった。
叔父は別の区間を回る。
店を出る時間も、回る順番も、全部同じにしろ。
それだけ守れと言われた。
やめたいとは言えなかった。
叔父は夜早く寝て、朝から働き、昼にも少し眠る。
店から踏切までは、五分もかからない。
途中に信号が一つ。
その時間は黄色の点滅になっている。
線路の手前で、道が少し下る。
踏切の先をまっすぐ行けば、鶴ヶ島駅の方まで出られると叔父に聞いた。
東洋大学の野球場は、踏切のすぐ先にある。
配達の時は暗くて、金網しか見えない。
昼に見に行ったことはない。
一人で渡る踏切は、少し広く感じた。
警報機はまだ鳴らない。
始発の前だ。
遮断機は上がったまま、黒と黄の棒が空を向いている。
その下を自転車で通る。
ゴト、ゴト。
ライトは前輪のダイナモで点くから、漕ぐのをゆるめるとすぐ暗くなる。
踏切の上では、漕ぎ続けた。
四日目か五日目の朝。
踏切の板に前輪が乗った時、後ろが重くなった。
荷台が沈んで、ハンドルが浮きかける。
足に力を入れて、そのまま渡り切った。
渡ってから降りて、荷台を見た。
新聞の束はまっすぐ載っている。
金具も閉じたままだ。
束がずれたのだと思った。
束ねた新聞は、見た目よりずっしりする。
段差で跳ねたのだろう。
そう決めて、また漕ぎ出した。
次の日は何もなかった。
その次の日も。
ゴムの板はゴト、ゴトと鳴り、荷台は軽い。
草むらのシートは、同じ畳み方のまま、同じ場所にあった。
角の泥も、そのままだ。
一週間が過ぎたころ、時計が鳴った。
踏切の手前だった。
ピピッ、ピピッ、と腕の上で電子音が続く。
三時五十分の目覚ましは、起きた時に止めている。
袖をめくると、液晶は四時十二分を出していた。
目覚ましの印が、点いている。
ボタンを押して止めた。
寝ぼけて二度設定したのだと思った。
使い方は、よく分かっていない。
そのまま踏切を渡った。
ゴト、ゴト。
後ろは軽い。
その日、配達を終えて、荷台に一部残った。
三十八軒回って、一部余る。
数え間違いだ。
店に戻って叔父に言うと、叔父は帳面を見た。
「三十八で合ってる。土間で数えたろ」
数えた。
三十八だった。
叔父は余った一部を、店の棚に放った。
棚には、古い新聞が何日ぶんも積んである。
どれが余った一部か、もう分からなくなった。
その晩、時計の目覚ましを確かめた。
三時五十分。
一つしか設定できない時計だった。
説明書はない。
ボタンを全部押してみたが、二つ目の時刻は出てこない。
布団の中で、液晶の光を眺めた。
四時十二分に、何かあっただろうか。
思い当たることはない。
踏切に着くのが、だいたいその時刻というだけだ。
そう思うと、少し眠くなった。
二日あけて、また鳴った。
同じ場所。
踏切の板の手前で、ピピッ、ピピッ。
液晶は四時十二分。
今度は止めずに、そのまま渡った。
板に乗った途端に、音は切れた。
後ろで何かが、パチン、と鳴った。
荷台の金具の音に似ていた。
渡ってから見た。
金具は閉じている。
新聞もある。
電子音は、タイヤが板を踏んだ振動で止まったのだと思うことにした。
安物の時計だ。
接触が悪いのだろう。
そう考えると、胸のつかえが少し下がった。
声に出して言い聞かせたのは、その時が初めてだった。
その日は、新聞は余らなかった。
一部足りなかった。
三十八軒目のアパートの郵便受けに入れるものがない。
店まで戻って一部もらい、もう一度踏切を渡った。
帰りの踏切は、何も起きなかった。
叔父は何も言わなかった。
帳面には三十八と書いてある。
自分の数えた数も、三十八だった。
八月の終わりに近い朝だった。
店を出た時から、靄が出ていた。
道の先が白く溶けて、街灯の光が丸く膨らんでいる。
ライトが暗くならないように、漕ぎ続けた。
踏切が見えてきた。
遮断機の棒は空を向いている。
警報機も鳴っていない。
踏切の手前で、ライトの光が路面を舐めた。
黒い。
草むらに畳んであったゴムのシートが、道いっぱいに広げてあった。
遮断機の棒の、すぐ手前。
幅は道と同じ。
長さは自転車一台ぶん。
端が少し、めくれている。
工事で広げたのだと思った。
よけようにも、道幅いっぱいだ。
下りて押すか、迷った。
迷っているあいだに、前輪がシートの端に乗った。
タイヤの音が消えた。
ゴムの上は、音がしない。
靄の中に、鉄の匂いが混じった。
レールの匂いだ。
その時、荷台が沈んだ。
前よりずっと重い。
サドルの後ろに、人一人ぶんの重さが乗った。
ハンドルが持ち上がって、前輪が浮きかける。
尻をサドルから浮かせて、体重を前にかけた。
前輪が落ちる。
踏み込む。
自転車は、進んだ。
前へ。
遮断機の方へ。
ブレーキを握った。
後輪が鳴る。
それでも自転車は、ゆっくり前へ出ていく。
押されている。
背中の真ん中、肩甲骨のあいだに、手の形の冷たさがあった。
シャツ越しに、指の数まで分かる。
五本。
小さい。
自分の手と、同じくらいの大きさだった。
警報機が鳴り出した。
カン、カン、カン、カン。
赤いランプが、靄の中で左右に点く。
遮断機の棒が、ゆっくり下りてくる。
下りてくるのに、自転車は前へ出続けた。
前輪と棒とのあいだが、自転車一台ぶんもない。
両足を地面に下ろした。
靴の底を、シートにこすりつけた。
ゴムのシートの上で、足が滑る。
サドルを両手で引いて、後ろへ下がろうとした。
背中の手が、押す。
強くはない。
ただ、止まらない。
遮断機の棒が、目の前で止まった。
前輪の、数十センチ先。
黒と黄の棒が、靄の中で揺れている。
その瞬間、背中の重さが消えた。
荷台が、ふっと上がった。
後ろで何かが、パチン、と鳴った。
振り返らなかった。
振り返れなかった、が近い。
首が動かなかった。
目の前を、電車が通った。
始発には、まだ早い。
窓の光が、顔を順番に照らしていく。
回送だろうか。
窓の中までは、見られなかった。
車両の数を数えた。
八両。
最後の一両が過ぎて、風が来た。
靄が線路の上で割れて、また閉じた。
警報機が止まった。
遮断機の棒が上がっていく。
腕の時計が、ピピッ、と一度だけ鳴った。
液晶を見た。
四時十二分。
目覚ましの印は、点いていなかった。
ゴムのシートは、なかった。
前輪の下は、ただのアスファルトだ。
草むらの方を見ると、黒いものが畳んで置いてある。
いつもの場所。
いつもの畳み方。
角の泥まで、同じだった。
後ろを見た。
荷台には新聞の束。
金具は閉じている。
束の上に、何も載っていない。
道にも、誰もいない。
靄の中で、自転車のベルの音がした気がした。
一度だけ。
気のせいにするには、少し近かった。
踏切を渡った。
ゴト、ゴト。
音が戻ったのが分かって、息が抜けた。
手が震えて、郵便受けに新聞がうまく入らない。
一軒目で三回やり直した。
三十八軒を、いつもの倍かけて回った。
靄の中のアパートは、どれも同じ形に見えた。
配達を終えて、荷台を見た。
新聞は余らなかった。
足りなくもない。
ぴったりだった。
余った朝も、足りなかった朝も、あれきりになった。
店に戻る道で、理屈を並べた。
湿った風。
工事の人が畳んだシート。
安物の時計。
並べれば、それらしくはなる。
並べ終わっても、肩甲骨のあいだがまだ冷たかった。
シャツの背中を触ると、そこだけ湿っている。
店に着くと、叔父はもう戻っていた。
台所から味噌汁の匂いがする。
土間に自転車を入れて、荷台の金具を外した。
指が震えて、バネがうまくつかめない。
三回目で外れた。
束ねたひもは、ほどけていなかった。
結び目が、朝より少しきつくなっていた気がする。
叔父には、踏切で遮断機に引っかかったと話した。
背中のことは言わず、草むらのシートのことだけ聞いた。
叔父は怒らなかった。
「あそこは、鳴ってから下りるまでが早い。手前で待て」
そのあと、叔父は箸を止めて言った。
「シート?工事なら先週で終わってる。もう持って帰ったはずだ」
草むらのシートのことは、それ以上聞かなかった。
翌朝、踏切の脇を見た。
草むらには、何もない。
畳んだ跡もない。
草が、そこだけ寝ていた。
夏休みの残りは、一週間ほどだった。
配達は続けた。
毎朝、店の土間で叔父が数え、自分も数えて、三十八部を束ねた。
踏切は、ゴト、ゴトと鳴った。
時計は三時五十分にだけ鳴る。
背中に何かが触れることも、二度となかった。
荷台の金具が、閉まり切らなくなった。
あの朝から、バネを押し込んでも、最後のところで止まる。
新聞一部ぶんの隙間。
指を入れると、指先が挟まる。
その隙間のまま、新聞の束は落ちなかった。
三十八部を載せても、空で走っても、隙間は同じ幅のままだった。
叔父が二度、ペンチで直した。
二度とも、翌朝には戻っていた。
自分の手の上に、叔父が手を添えたこともある。
初日と同じやり方だ。
それでも閉まらない。
三度目、叔父は何も言わずに金具から手を離した。
「まあ、落ちないならいい」
それで終わりになった。
九月の初めに、親が迎えに来た。
時計は返した。
叔父は持っていけと言ったが、返した。
液晶に四時十二分が出るのを、もう見たくなかった。
叔父は霞ヶ関駅まで送ってくれた。
駅までの道は、配達の区間と反対側だ。
踏切は、通らなかった。
自転車は、今も叔父の店で使われているらしい。
荷台の金具は、新聞一部ぶん浮いたままだと聞いた。
叔父はその自転車で、毎朝、東第百八十号踏切道を渡っている。
舞台になった場所
同じ地域の怪談
雨の夕方、新三郷駅からタクシーで采女ガードをくぐった。短いはずの穴の中で水を四つ数え、窓を二回叩かれ、出てから見た携帯は乗った時と同じ十七時…
音が、手をかけた板のちょうど裏側から鳴っている。風なら、板全体が鳴る。一か所からは鳴らない。板は冷たいのに、手のひらに当たるところだけ、かす…
十日市の昼、工場の後輩と武蔵一宮氷川神社の蛇の池まで下りた。柵の向こうの木立で、犬が二回だけ吠えた。境内に犬は入れないはずだ。
明け方の廊下の突き当たりで黒電話が鳴り、受話器を取ると声の代わりに乾いたものの擦れる音がして、送話口のすぐ近くで誰かが長く息を吐いた。
目の前に、秩父湖の吊り橋があった。青い主塔が、夜明け前の空に黒く立っている。二百メートル先の対岸は、霧で見えない。
この地域の心霊スポット
埼玉県川越市の所沢21ガードについて、関越自動車道の下をくぐる歩行者専用アンダーパスという実像と、白い服の女性の霊や近づく足音、壁に浮かぶ顔…
さいたま市見沼区で「七里殺人の森」と呼ばれる一帯を現地写真で記録。雑木林と畑が混じる場所の様子、白い影を見たときの観察、事件名や年月日がはっ…
埼玉県久喜市の住宅街にある児童遊園が、なぜか全国の心霊マップに載っている。園内の塚は首塚と噂されるが、その根拠は昭和の霊覚者の主張に留まる。…
埼玉県入間郡三芳町上富の上富トンネル(かみとめトンネル)について、三富新田の開拓史という土地の背景、女性の霊・声・うめき声・壁に浮かぶ顔・後…
埼玉県幸手市上宇和田の宇和田公園について、旧権現堂川の堤防を利用し本多静六博士が設計した公園の歴史、河川改修・水害の石碑群、女性の霊・血だら…



コメント