志保から電話が来たのは、九月の終わりだった。
「牛久沼、行かない?」
高校のときの同級生で、卒業してからは年に一度会うか会わないか。
用件は、沼の真ん中にある島を見に行きたい、というものだった。
「牛久の廃公園って、知ってる?」
知っていた。
心霊スポットを集めたサイトで、何度か名前を見た。
沼の中に浮いた小さな島で、昔は貸しボートで渡れたらしい。
今は桟橋が崩れて、誰も渡れない。
「見るだけだよ。渡れないんだから」
志保はそう言って笑った。
どうして今になって、と聞くと、写真が出てきたのだと言った。
実家を片付けていて、父親の物を入れた箱の底から出てきた一枚。
沼と、木の桟橋と、桟橋の先の小さな島が写っている。
裏には何も書いていない。
「見た瞬間に、行ったことある、って思ったの」
志保の声は、電話の向こうで少し早かった。
私は車を出すことにした。
断る理由が、そのときは思いつかなかった。
土曜の昼に柏で志保を拾って、国道を北へ走った。
渋滞で止まっている間に、志保が例の写真を見せてくれた。
色の抜けた、角の丸い紙焼きだった。
手前に桟橋が長く伸びていて、杭が水面に並んでいる。
数えると七本あった。
桟橋の先に島があって、島の手前に、小さな背中が写っている。
子どもの背中で、こちらを向いていない。
「これ、私」
志保は当たり前のように言った。
写真の桟橋は新しく、板の色が明るい。
私は、そうなんだ、とだけ言った。
信号が変わって、写真は志保の鞄に戻った。
そのあとも渋滞は続いて、沼の東岸の小さな公園に着いたのは、五時半を回ったころだった。
駐車場の砂利に車を入れると、窓の外が一気に広くなった。
沼は思ったより大きい。
ドアを開けると、泥と、乾いた草の匂いがした。
九月の終わりなのに、水の上から来る風だけが冷たい。
対岸を走る車の音が、水の上を渡って届く。
風が出ていて、岸の葦がいっせいに同じ方へ倒れた。
島はすぐに分かった。
右手の沖に、黒い茂みが盛り上がっている。
木が密に立っていて、中は見えない。
手前の水面に、細い杭が何本か頭を出していた。
桟橋の支柱の跡だと、志保が言った。
「前はもっと長かったよ、桟橋」
私は志保の横顔を見た。
前って、いつ。
「小さいころ。父とボートで渡ったの」
志保は三十八で、私と同い年だ。
島の施設がだめになったのは、私たちが生まれるより前だと、サイトに書いてあった。
そのことは言わなかった。
写真で見たものを、行った記憶に置き換えているのだろう。
誰にでもある。
私もそう思って、水面に目を戻した。
岸に釣りの人が一人いた。
折りたたみの椅子に座った年配の男の人で、竿を二本出している。
志保が、あの島って渡れるんですか、と聞いた。
男の人は島の方を見ないで答えた。
「渡れないよ。桟橋が落ちてから、ずっと」
それから、竿の先を見たまま付け足した。
「暗くなると音がするから、早めに帰んな」
何の音ですか、と私が聞く前に、志保が、ありがとうございます、と言って歩き出した。
聞きたくなかったのか、知っていたのか、どちらだったのかは分からない。
公園の遊歩道を、島の正面まで歩いた。
足もとで何かが跳ねた。
カエルだった。
小指の先ほどしかない茶色のカエルが、遊歩道の一面にいる。
一歩置くたびに、靴の下から散った。
踏まずに進むのは無理で、私は爪先で歩いた。
志保は普通に歩いていた。
下を見ていない。
それでも、志保の靴の後ろに潰れたものは一つもなかった。
志保の靴は乾いていた。
私の靴は、どこで濡れたのか、ズボンの裾まで湿っていた。
「雨のあとはこうなるんだよ」
志保が言った。
私はそのとき、昨日も今日も雨が降っていないことを、まだ考えていなかった。
正面に立つと、島との間は百メートルもなさそうに見えた。
手前の杭は五本。
数えてみて、私はもう一度数えた。
五本。
志保は数えなかった。
「東屋があってね。真ん中に。屋根が緑だった」
島の中は黒い茂みで、屋根も柱も見えない。
「ベンチが青いペンキで塗ってあって、座ると冷たいの。あと、時計」
「時計?」
「東屋の柱に掛かってた。丸いやつ。カチカチ鳴るの」
志保の声は、昔の話をするときの声だった。
楽しそうでも、懐かしそうでもない。
見てきたものを、順番に言う声だった。
日が落ちきる前に写真を撮ろうと思って、車に戻ることにした。
来た道を戻ると、遊歩道にカエルは一匹もいなかった。
踏んで散らしたのでもない。
乾いたアスファルトがあるだけで、志保は下を見なかった。
釣りの人の椅子も、もう無かった。
車に着いて、運転席の窓を下ろし、窓の枠の中に島を入れた。
画面の中で島は小さく、杭はもっと小さかった。
シャッターを押したとき、音がした。
カチ、カチ、と乾いた音。
水の方からだ。
一定の速さで十回ほど続いて、止まった。
志保は助手席で、窓の外を見たままだった。
「ほら。時計」
私は葦だと思った。
風で茎がぶつかれば、乾いた音くらいする。
そう言うと、志保は返事をしなかった。
日が沈んで、沼が灰色から黒に変わった。
対岸の明かりが、水の上に細く伸びる。
島のあたりだけ、明かりがない。
風は止んでいた。
また、カチ、カチ、と鳴った。
今度は数えた。
十二回。
さっきより近い。
ハンドルを握っている手に、汗が出ていた。
鍵はもう差してある。
私は窓を上げた。
ガラス越しだと音は消えた。
消えたので、葦だと思うことにした。
葦なら、窓を閉めても鳴り続けているはずだ。
聞こえないだけで。
そういう理屈を、頭の中で一度だけ組み立てた。
風が止んでいたことは、理屈の中に入れなかった。
組み立ててから、窓を下ろす気にはなれなかった。
志保が、閉めた窓に額を付けていた。
息でガラスが曇って、島の形が消えた。
帰りの道で、志保はよく喋った。
父の漕ぎ方が下手で、ボートが回ったこと。
島に着いて、菖蒲の間の板の道を歩いたこと。
板がたわんで、水が靴の横から上がってきたこと。
東屋の時計が、見たときに五時十二分だったこと。
私は運転していて、相槌だけ打っていた。
沼から志保の家まで、一時間かかった。
志保の父は、志保が高校のときに亡くなっている。
通夜に行ったから覚えている。
だから確かめようがない。
確かめようがない話を、志保は細かい順番で喋った。
一度も、えっと、と言わなかった。
家の前で志保を降ろした。
「今日はありがとう。次は、私が漕ぐ番だから」
志保はそう言った。
何の番だろう、と思って、聞かなかった。
もう暗かったし、志保は玄関の鍵を探していた。
志保を降ろしたあと、自分の家まで、ずっとラジオを付けていた。
喋っている声なら何でもよかった。
家に帰って、撮った写真を見た。
島は黒い塊で、杭は点で、使えそうな写真ではなかった。
指で広げてみた。
黒い塊の真ん中が、少しだけ薄い。
屋根の形に見えなくもない。
見えなくもない、で止めた。
写真の情報を開いた。
撮影時刻が、十七時十二分になっていた。
公園に着いたのは五時半を回っていた。
その前は国道で、渋滞に捕まっていた。
十七時十二分に、私はまだ国道の渋滞の中にいた。
電話の時計は自動で合う。
その日ほかに撮った写真は、どれも時刻が合っていた。
その一枚だけ。
十七時十二分。
五時十二分、と志保は言った。
時刻のずれる不具合は、調べればいくらでも出てくる。
そういう不具合だと決めた。
画面を伏せて、その夜はもう見なかった。
翌日、サイトをもう一度読んだ。
島に渡れたのは昭和の五十年代まで。
菖蒲園と東屋と、板の道があったこと。
施設はその後、使われないまま崩れたこと。
志保が言ったことは、だいたい書いてあった。
東屋の屋根の色は、書いていなかった。
ベンチの色も、時計も。
書いてあるものを覚えて、書いていないものを足す。
人の記憶は、そうやってできるのだと思う。
私はそう思うことにした。
カエルのことは、どこにも書いていなかった。
あの日は雨が降っていない。
その前の日も。
天気の記録を見て、確かめた。
確かめてから、見なければよかったと思った。
そのあと数日、あの公園のことを思い出そうとして、うまくいかなかった。
駐車場も、遊歩道も、釣りの人の椅子も、出てくる。
出てくるのだが、見ている位置がおかしい。
岸から島を見ているのではなく、島の側から岸を見ている。
暗い木の間から、対岸の小さな明かりを、低い位置で見ている。
そんな場所に立ったことはない。
考えるのをやめると、また岸に戻れた。
戻れるうちは、大丈夫だと思っていた。
それから一週間ほどして、職場で沼の話になった。
同僚が、牛久沼の近くに実家があると言った。
あの島、昔は渡れたんですよね、と私は言った。
そのあと、自分の口が続けた言葉を、今でも覚えている。
「小さいころ、ボートで渡ったことがある」
言ってから、手が冷えた。
同僚は、へえ、と言って、自分の湯呑を洗っていた。
私の顔を見ていなかったのが、ありがたかった。
私はその島に渡ったことがない。
父はボートに乗らない人だった。
船酔いするから、池の貸しボートにも乗らなかった。
それなのに、言いながら、手のひらに木の櫂の重さがあった。
水が滴って、袖が濡れる感じ。
板の道の、踏むとたわむ感じ。
東屋の屋根は緑で、ベンチは青くて、座ると冷たい。
柱の時計は丸い。
五時十二分。
あれは私の記憶ではない。
そのはずだ。
給湯室で、手のひらを蛇口の水で濡らした。
濡らしても、櫂の重さは取れなかった。
志保に電話をした。
出なかった。
二日後に折り返しが来て、志保は明るい声で言った。
「ごめん、沼に行ってた。今度は一人で」
私は、渡れないよね、と聞いた。
志保は少し黙ってから言った。
「うん。杭、六本だったよ。数えてきた」
五本だったはずだ、と言いかけて、やめた。
写真では七本だった。
増えているのか、減っているのか、どちらに向かっているのかが分からなかった。
「でも、あんたの番はもう来てるよ」
それから、カチ、カチ、と音がした。
電話の向こうで。
志保の家の近くに、水はない。
沼までは車で一時間ある。
一定の速さだった。
私はその音を十回まで数えて、電話を切った。
切ってから、十一回目があったかどうかを、確かめなかった自分に気づいた。
手のひらの櫂の重さは、まだ消えない。
今も、島には渡れない。
桟橋は崩れていて、渡るには役所の許可がいる。
だから私は行かない。
行かないのに、あの日の杭の数を、五本ではなく七本だったと思い出すことが、ときどきある。
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