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夢見ヶ崎動物公園、娘がもらった蓋

娘が五つになった年の秋、夢見ヶ崎動物公園へ連れて行った。
川崎の幸区、加瀬山という低い丘の上にある。
入園は無料で、家から車で二十分。
妻が仕事の日に、二人で行ける場所を探していて見つけた。

私は川崎で育った。
加瀬山の名前は、子どもの頃から知っていた。
祖母が、あの山は昔もっと大きかった、と言っていた。
まわりを埋め立てるのに土を削って、今は三分の二しかない、と。
夢見ヶ崎という名は、昔の武将がそこで夢を見て、城を建てるのをやめたからだと聞いた。
それから、祖母はいつも同じことを足した。
あの山で、落ちている物を拾うな。
理由は聞かなかった。
子どもの頃の決まりは、理由を聞かないまま残る。

丘といっても、まわりが平らな住宅地なので、下から見るとよく目立つ。
駐車場から上がる道は、ほとんどが階段だった。
娘は最初の三十段を自分で上がり、あとは私の背中に乗った。
首に回した腕が、段を上がるたびに締まった。

上に着くと、急に広くなる。
木が多く、木の下に動物の檻が並んでいる。
藁と獣の匂いがして、遠くで猿が鳴いていた。
散策路のそばに小さな塚があって、上に社が載っていた。
塚も古墳だと、後で案内板で知った。
社のまわりを、動物園が囲んでいる形になる。
レッサーパンダの前には人が集まっていて、娘はそこを素通りした。
見たかったのは鹿だった。
絵本で覚えて、本物を見たことがなかった。

鹿の柵の前で、娘は柵の下の隙間に顔を近づけた。
鹿は四頭いて、奥の木陰で座っていた。
しばらくして一頭が立ち、こちらへ来た。
娘が声を上げると、残りの三頭も一斉に顔を上げた。
顔を上げて、娘を見た。
娘ではなく、娘の右手を見ていたように、私には見えた。
右手には何も持っていない。
鹿は来るところまで来て、止まり、動かなくなった。

その時は、子どもの声に反応しただけだと思った。
動物園の鹿なら、人には慣れている。
私はそう思って、娘の手を引いた。
そのあとのヤギも猿も、娘を見なかった。
見たのは鹿だけだった。

奥へ歩くと、散策路の脇に土が盛り上がっている所がある。
古墳だと案内板に書いてあった。
柵はなく、登ろうと思えば登れる。
娘が登ろうとしたので、だめ、と言った。
お墓だから、と言うと、娘は盛り上がりをしばらく見て、誰の、と聞いた。
昔の偉い人の、と答えた。
娘は、ふうん、と言って、それ以上は聞かなかった。

散策路のいちばん奥に、慰霊塔があった。
動物の声が届かない。
人もいない。
塔には、空襲で亡くなった人を悼む言葉が彫ってあった。
川崎は工場の街で、戦争の終わりに焼かれた。
祖母の家も、その時に一度焼けている。

塔の前に石の台があって、花と、線香の燃え残りと、蓋を開けた酒の小瓶が置いてあった。
小瓶は半分ほど減っていた。
線香はまだ少し温かかった。
誰かが来て、間もないのだと思った。
その誰かは、来る途中ですれ違っていない。
道は一本しかない。

戦争で亡くなった人のだよ、と娘に言った。
手を合わせさせて、私も合わせた。
目を開けると、娘は塔ではなく、台の横を見ていた。
「おじさん、飲んでた」
誰も、いなかった。
さっき飲んでたよ、と娘は言った。
今はいない、と。
どんな人、と聞くと、娘は自分の足を指した。
靴、履いてなかった。

子どもはそういうことを言う。
私はそう思うことにして、娘の背中を押した。
塔の裏に回ると、木の下だけ先に暗くなっていた。
まだ昼の二時だった。

帰りに展望の開けた所で、娘を座らせて写真を撮った。
ベンチの後ろは腰の高さの石の壁で、その向こうは斜面だ。
娘は笑っていなかった。
撮ってから画面を見ると、ベンチの下に足が写っていた。
娘の足ではない。
娘の足は、ベンチの座面から浮いて、前に出ている。
写っていたのは、ベンチの下の影の中に立っている、靴下だけの足だった。
大人の大きさで、靴を履いていない。

私はベンチの下を覗いた。
枯れ葉と、潰れた紙コップがあった。
人の足が入る隙間はない。
もう一度画面を見ると、足はやはり写っていた。
影の形がそう見えるだけだ、と思った。
思って、写真は消さずに、画面を伏せた。

帰る前に、公園のトイレに寄った。
娘を女子トイレの前で待たせることになるので、私は多目的の方に二人で入った。
壁のタイルが冷たくて、外より暗い。
娘が、ここは嫌、と言った。
理由は聞かずに、用を足して出た。
出てから、娘がトイレの外壁を振り返った。
外壁には、何もなかった。

階段を下りる時、娘はまた背中に乗った。
下りる方が怖い。
腕の締まり方で、娘が後ろを向いているのが分かった。
何を見ているのか、聞かなかった。

帰りの車で、娘はすぐに寝た。
信号で止まるたびに、ミラーで後ろの席を見た。
チャイルドシートの娘と、その隣の空いた席。
確かめたのは二回で、三回目は見なかった。

家に帰って、娘の上着を洗濯に出そうとして、ポケットに手を入れた。
硬いものがあった。
金属の蓋だった。
酒の小瓶の、白い蓋。
内側に、まだ匂いが残っていた。

娘を呼んで、これはどこで拾ったのか、と聞いた。
娘は、拾ってない、と言った。
もらった、と。
誰に、と聞くと、娘は台所の方を見て、言わなかった。
私はそれ以上聞かずに、蓋を台所のごみ箱に捨てた。
捨てて、袋の口を縛った。
祖母の言葉を、その時に思い出した。
拾うな、だった。
もらうな、とは言われていない。
そんなことを考えている自分が、少し嫌だった。

その夜、妻が帰ってきて、三人で晩ごはんを食べた。
娘はよく食べた。
鹿の話をして、写真の話はしなかった。
私もしなかった。
蓋の話も。

夜中に目が覚めた。
台所で水の音がしていた。
娘が、踏み台に乗って、蛇口の下にコップを持っていた。
子ども用のコップではない。
私のガラスのコップだった。
水をいっぱいにして、娘は踏み台を下りた。
コップを、流しの横の床に置いた。
「飲ませてあげないと」
誰に、とは聞けなかった。
私は娘を抱えて寝室に戻した。
コップはそのままにした。

朝、コップは空だった。
床に、水のあとが一つもない。
妻は何も知らない。
娘は覚えていなかった。

次の夜は、妻が先に気づいた。
台所の明かりが点いていて、娘が床にコップを置いていた。
妻が娘を抱いて戻ってきて、小さい声で言った。
「おじさんが喉渇いたって、言うの」
妻は笑おうとして、笑えなかった。
私は、写真の話をした。
妻は画面を見て、すぐに伏せた。
影でしょう、と妻は言った。
影だと思う、と私も言った。
二人とも、ベンチの下に人が入れないことは言わなかった。

ごみ箱の袋を開けた。
蓋は、無かった。
袋の口は縛ったままだった。
妻に聞くと、ごみは触っていないと言った。
私は袋をもう一度縛って、外に出した。
出してから、玄関で娘の靴を揃えた。
右の靴の中に、白い蓋が入っていた。
娘はまだ寝ている。
私は蓋をポケットに入れて、その日は一日、持って歩いた。
捨てると戻るなら、持っている方がましだと思った。
会社の机の上に置いて、帰りにまたポケットに入れた。
それから毎日、そうした。

それから三日、何もなかった。
娘は保育園に行き、私は会社に行った。
昼休みに、加瀬山の噂を調べた。
慰霊塔のまわりで何かを見た話と、トイレの話は出てきた。
靴下の話は、どこにもなかった。
出てこないので、気のせいにできるはずだった。
できなかったのは、娘が最初に言ったのが、靴を履いていない、だったからだ。
娘は噂を読めない。

母に電話をして、祖母の言葉を聞いた。
拾うな、だったよね、と言うと、母は少し考えてから言った。
拾うな、じゃなかったと思う。
持って帰るな、だったよ。
拾うのはいいの、と聞くと、母は、さあ、と言った。
もう四十年も前の話だから。

写真は消していない。
消さないのは、見たくないからだ。
見ないで消すこともできるのに、しなかった。

四日目の朝、車の掃除をした。
後ろの座席のチャイルドシートを外すと、下に小瓶があった。
座席のマットが、小瓶のまわりだけ湿っていた。
拭いても、乾くまでに時間がかかった。
酒の小瓶で、蓋が閉まっていて、中身がいっぱいに入っている。
ラベルは日に焼けて、字が読めない。
私は買っていない。
妻も買わない。

娘が玄関から出てきて、小瓶を見て言った。
「返しに行かないと」
誰に、と今度は聞いた。
娘は、靴下のおじさん、と言った。
靴がないから、歩けないんだよ、と。

どこで覚えた、とは聞かなかった。
私はその日、娘を乗せて加瀬山へ行った。
ポケットの蓋は、小瓶の蓋と同じものだった。
小瓶にはもう蓋が付いている。
蓋が二つある理由を、考えないことにした。

階段を上がる間、娘は背中に乗らなかった。
自分で上がった。
私の前を、速く上がった。
百段を過ぎたあたりで、私の方が息を切らした。
娘は一度も振り返らなかった。

慰霊塔の前に、年配の男の人がいた。
台の上を布で拭いて、花の水を替えていた。
私たちを見て、男の人は手を止めた。
「返しに来たの」
はい、と言うしかなかった。
男の人は小瓶を見て、それから娘を見た。
「早いね」
それだけ言って、布をたたんで、道を下りて行った。
何が早いのか、聞けなかった。

慰霊塔の前の台に、小瓶を置いた。
蓋を開けて、置いた。
ポケットの蓋も、横に置いた。
娘が手を合わせたので、私も合わせた。
目を開けると、台の上の小瓶は、半分ほど減っていた。
置いたのは、今だ。
娘は、塔の裏の木の下を見ていた。
「もう、いいって」
娘はそう言って、私の手を引いた。

鹿の前を通った。
四頭とも、座ったままこちらを見なかった。
階段を下りて、車に乗って、家に帰った。
娘は車の中で寝た。

その夜は、台所の明かりは点かなかった。
朝、娘が起きて、最初に言った。
「靴、もらったって」
誰が、と聞くと、娘はもう別の話をしていた。
保育園の、誰かの誕生日の話だった。

それで終わったと、思っていた。
一週間ほどして、玄関の靴箱の下に、靴下が揃えて置いてあるのを見つけた。
大人の、紺の靴下。
私のではない。
妻のでもない。
私のより、二回り大きい。
踵のところが、湿っていた。
乾いた玄関で、そこだけ。

妻に聞くと、妻は、あなたのじゃないの、と言った。
私のじゃない、と言うと、妻は靴下を見たまま、しばらく黙った。
それから、捨てていい、と聞いた。
聞かれて、私が捨てた。
翌朝、また同じ所にあった。
今はもう捨てていない。
靴箱の下に、揃えたまま置いてある。
娘は靴を履く時に、その靴下を見ない。
妻も、見なくなった。
私だけが見る。
見るたびに、踵は湿っている。

舞台になった場所

神奈川県川崎市幸区の心霊スポット「夢見ヶ崎動物公園」を現地写真とともに記録した調査報告。加瀬台古墳群と戦争慰霊塔が同居する加瀬山の噂を検証し…

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