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兄嫁のかかと

兄嫁の足の向きが、おかしかった。台所で野菜を刻む背中を見ながら、私は足元ばかり気にしていた。裸足の踵が、こちらではなく流しへ向いている。薄い寝間着の裾から、丸い踵が二つ覗いていた。それなのに、兄嫁の膝は前へ曲がり、身体は普通に流しを向いていた。

「お茶、麦茶でいい?」
振り返って聞かれ、私は慌てて頷いた。兄嫁の玲子さんは私より二つ年上で、よく笑う人だった。会うのは三度目だったが、泊まるのは初めてである。私は採用試験を受けるため、兄の住む町へ来ていた。ホテル代を惜しみ、五泊だけ世話になると自分から頼んだ。

兄は先に仕事へ出ていた。玲子さんは在宅で帳簿の仕事をしていて、昼までは家にいる。私は部屋で勉強すると言い、麦茶を受け取った。彼女が振り返って運ぶとき、足も正しい向きへなっていた。くるぶしのところに小さな傷があった。転んだのかと聞くと、昨日、靴擦れしたのだと言った。

その夜、私は兄へ話した。玲子さんが風呂へ入っているあいだを狙った。「足が逆に見えた」。兄はテレビを見たまま、寝起きだからだろ、と答えた。私が寝ぼけていたという意味だと思い、ちゃんと見たと説明した。兄はようやくこちらを向いた。「だから、玲子が」。そのあと何を言っても笑うだけだった。

次の朝、足は横を向いていた。玲子さんは椅子へ座り、新聞を読んでいた。テーブルの下で、両方の爪先が右を向いている。膝はまっすぐだった。私が足を見つめていると、玲子さんは片足をもう片方へ重ねた。その動きで、骨の入っている位置が分からなくなった。

「靴下、余ってるよ」
玲子さんは言った。私が裸足でいるので冷えると思ったらしい。履いていた靴下を昨夜洗い、まだ乾いていなかった。私は大丈夫と答えた。彼女は足を下ろし、靴下の入った籠を持ってきた。歩く音はしなかった。床の木目と同じ方向へ、足の裏が細く伸びて見えた。

私は外で勉強することにした。図書館を調べ、開く時刻より早く家を出た。玄関で靴を履くと、玲子さんが私の踵を見て、そっちは合うんだね、と言った。大きさのことだろうと思った。思いたかった。私は靴紐を結び直し、行ってきますとだけ言った。

兄の家は玲子さんの祖父が建てた家だった。奥に使っていない座敷があり、そこを私に貸してくれた。部屋の長押には山の写真が並び、同じ峰を違う季節に撮っていた。どの写真でも手前の木に、横長の白い板が掛かっている。字は読めない。兄へ聞くと、先祖を祀っている山だ、と答えた。

家の自慢のつもりか、兄は押入れから古い箱を出した。中には大小の履物が並んでいた。草履のようでもあり、厚い布の靴のようでもあった。足を入れる穴が二つあるのに、底は一枚につながっていた。「昔のは、こうだったんだって」。兄は嬉しそうに説明した。私は何の昔か聞けなかった。

玲子さんが部屋へ来ると、兄は箱の蓋を閉じた。隠したのではなく、見終わったので戻すつもりだったらしい。玲子さんは私へ、好きなのがあったら使っていい、と言った。私は自分の靴があるからと断った。彼女は頷き、箱を押入れの一番下へ滑らせた。箱より薄い隙間へ、すんなり収まった。

採用試験は木曜日で、その前に面接の練習をしておきたかった。玲子さんは相手をしてくれた。志望理由を聞かれ、用意した通り答えた。彼女は、今のじゃあなたが来なくてもよさそう、と率直に言った。私もそう思っていた。二人で文を短くし、これまでの仕事のどこが好きだったかを話した。

私はスーパーの事務所で働いていた。契約が終わり、次の職場を探していた。兄へは店が合わなかったと説明したが、本当は更新されなかった。私だけだったことが恥ずかしかった。玲子さんは理由を詰めず、ここなら通えるから、受かってから部屋を探せばいい、と言った。私は思わず、その間もいていいのか聞いた。

いいよ、と答えた玲子さんの足が、机の下でこちらを向いた。私は座ったまま後ろへ下がった。膝は机の向こうにあるのに、足首より下だけが私の椅子の下へ届いていた。玲子さんも目を落とし、ああ、と声を出した。脚を引くと、爪先が畳を薄く撫でた。

「やりにくいのよね、最初」
私は、何がですか、と聞いた。声が固かった。玲子さんはすぐに答えず、湯呑みを持った。「人の家へ泊まるの」。それで話が終わった。私が納得していないことは分かったはずだが、彼女はその後、足を見せないようにしたり、私を気遣って隠したりはしなかった。

夜、兄が帰ると私は駅の近くの宿へ移ると言った。兄は驚き、金がないんじゃなかったのか、と言った。二泊だけなら何とかなると答えると、せっかく玲子が、と言いかけた。私はその言葉が嫌だった。玲子さんが世話を焼いたことを、兄が貸しにするのは違う。思ったより強い声で、玲子さんはそんなこと言わない、と返してしまった。

兄の顔が変わった。怒ったのではなかった。目と口の位置は同じなのに、顔が平たく見えた。顎が喉へ下がり、耳が少し上がった。私は息を止めた。兄は自分の頬に触れ、あ、と言った。玲子さんが台所から来た。「力、抜きすぎ」。兄は苦笑し、顔を両手で隠した。

手を離すと、いつもの兄だった。私は涙が出た。怖いからなのか、兄を怖いと思ったことが悲しいのか分からない。玲子さんは私の隣へ座り、背中をさすった。その手は温かかった。私は振り払わなかった。兄は立ったまま、ごめん、そんなつもりじゃ、と繰り返した。

「お兄ちゃん、どうなったの」
私が聞くと、兄は昔からだと答えた。玲子さんも否定しなかった。妹の私だけが知らない昔が、二人の間にあるらしかった。子供のころの写真を見せると、兄は、そうそう、と笑った。普通の兄が、普通の私と並んでいる。写真が変わるわけでも、私の記憶が消えるわけでもない。

玲子さんは、自分の足もいつも同じではない、と言った。今朝は歩きやすかった。昨日は家の中なのに靴擦れした。そんな話だった。私は、治るの、と聞いた。彼女は少し困った顔をした。「治すっていうのかな」。その表情は面接の練習で私の答えを考えてくれた時と同じだった。

翌朝、玄関の私の靴が見つからなかった。兄はもう仕事へ出ていた。玲子さんに聞くと、泥がついていたので干したと答え、裏へ案内した。縁側に靴が並んでいた。私のスニーカーもあったが、左右とも内側の踵が深く凹んでいた。履けば足が横へ向きそうな形だった。

私は靴を手に取った。昨夜までこうではなかった。玲子さんは、乾けば、と言って口を閉じた。自分でも無理だと分かったのだろう。新しい靴を買いに行くと言うと、車を出そうかと聞かれた。私は一人で行くと答えた。彼女は自分のサンダルを持ってきた。履いた跡が、前にも後ろにもあった。

私は靴下のまま道路へ出ようとした。玲子さんが止めた。ガラスがあるからと言い、庭の端に割れた瓶を示した。彼女はちり取りを持ってきて、小さな破片を拾った。そのあいだ、私は縁側へ座っていた。助けてもらっていることは分かる。けれど、古い履物の箱が、いつのまにか私の隣へ置かれていた。

蓋が少し開き、柔らかい布が見えた。自分の足へぴったり合う気がした。昨日見たときは変な形だったのに、今は別におかしくない。私は手を伸ばしかけた。庭で玲子さんが顔を上げた。私を見ず、自分の足を見た。それから、待って、と言った。

彼女の両足が、縁側のほうへ進んだ。身体は庭に残っていた。踵から先だけが土の上をゆっくり動き、くるぶしのところが細く伸びた。私は声を出せなかった。玲子さんはちり取りを置き、片膝をついた。「今日は、それ履かないで」。彼女は私の隣の箱を指した。

足は縁側の下へ入りこんだ。玲子さんの膝が地面へ引かれ、掌が土についた。私は縁側から降りようとしたが、踏む場所が分からなかった。彼女の足がどこまで広がっているのか見えない。玲子さんは土を掴み、声を出さず笑っていた。歯を食いしばろうとして、顔の形が笑いへ戻るようだった。

私は箱の蓋を閉めた。隙間が残った。何かが内側から押していた。膝で押さえると、縁側の下で布が擦れる音がした。玲子さんが息を吐いた。私は箱を両腕で持ち、部屋の奥へ運んだ。昨日よりずっと重かった。押入れの下の隙間へは入れず、畳の上へ置いた。

戻ると玲子さんは庭に座り、足首をさすっていた。両足とも身体の下にあった。私を見て、ありがとう、と言った。私は頷いた。理由は聞けなかった。聞けばまた、昔からだからと説明され、そういうものだと受け入れる自分になりそうだった。私はタオルを持ってきて、彼女へ渡した。

玲子さんはタオルを濡らし、私の靴下の裏を拭いた。地面へ降りてもいないのに、細い泥の線がついていた。どこへ向かう足跡なのか、見ているうちに分からなくなった。私は靴下を脱ぎ、鞄へ入れた。彼女は自分の足も拭いた。二人とも裸足になった。

その日は駅までタクシーで行った。玲子さんが電話してくれた。車が来るまで、彼女は道路の縁を箒で掃いた。私は縁側から玄関まで裸足で歩いた。途中の廊下で、足の甲が床へつきそうになった。私は立ち止まり、自分の指を一本ずつ曲げた。踵で立つ感覚を思い出してから、次の足を出した。

見送りに来た玲子さんは、後ろ向きに歩いた。足に合わせたのだと思ったが、顔はこちらを向いていた。運転手が車の窓から、履物忘れてますよ、と言った。私は忘れていませんと答えた。彼は少し困り、乗るところへタオルを敷いてくれた。玲子さんの家を出て初めて、私の足が普通ではないと人に言われた。

試験は受かった。私は兄の家へは戻らず、職場から歩ける部屋を借りた。兄からは、気を悪くしたならと連絡が来た。私は玲子さんのことを悪く思っていないと返した。兄は、それならいい、と答えた。私が何を怖がっていたかは、結局、伝わらなかったのだと思う。

玲子さんは今も、ときどき野菜をくれる。駅前で会い、喫茶店で仕事の話をする。足を見ないようにするのは失礼だと思い、一度だけ、今日は痛くない、と聞いた。彼女は嬉しそうに靴を少し浮かせた。底の減ったところが二つあった。私はそれを見てから、お茶を飲んだ。別れるときの彼女の足跡は、私の足跡のほうへ、一つずつ近づいていた。

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