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砂糖を量る午後

葛西が砂糖を量ると、客は決まって、もう少し、と言った。二百グラムを頼まれ、その通り袋へ入れても、秤を覗きこむ。葛西がひと匙足すと、客は満足そうに頷いた。追加の分の金は取らなかった。昔ながらの商売のつもりだった。

葛西の店は菓子の材料を売っていた。小麦粉やナッツを大袋から分け、近所の人が家で焼く分だけ買っていく。大型店のほうが安い物もあったが、失敗したケーキの相談を持ちこむ客は葛西のところへ来た。午後を手伝う佐保は、それも仕事のうちと思って、話の長い客に椅子を出した。

秤は前の店から持ってきたものだった。両側に皿のある古い型で、今は使わず棚へ置いていた。電子秤を修理へ出した一週間だけ、それを使うことにした。重さが大きく違わないか確かめ、埃を払った。葛西は重りの手触りを懐かしみ、こんなことならずっと使えばよかったと言った。

最初に妙だと思ったのは、佐保だった。砂糖の袋を封じると、客の恭子が少し軽いと言った。秤はつり合っていた。佐保が載せ直して見せても、彼女は首を振った。葛西が一匙足した。恭子は袋を受け取り、今度は声を出して笑った。その声が、小学校へ上がる前の子供のようだった。

佐保は恭子を知っていた。四十代の女性で、介護施設の食事を作る仕事をしていた。自分で菓子を作るのは休みの日だけだという。店でもほとんど笑わず、必要な物を買うとすぐ帰る人だった。葛西は、喜んでもらえたからいい、と言った。佐保もその日はそう思った。

次の日、恭子は空の袋を持ってきた。昨日と同じだけ欲しいと言った。何を作ったのか聞くと、何も作っていないと答えた。失敗したのかと葛西が聞き返したが、恭子は笑うだけだった。袋の内側には、舌で舐めたような長い濡れ跡があった。

葛西は砂糖を量り、昨日と同じひと匙を足した。恭子は受け取らなかった。「まだ」。今度は最初から幼い声だった。佐保が顔を上げると、恭子は顎をカウンターへ載せていた。背を丸めたのではない。さっきまで上から見下ろしていた顔が、台の高さまで下がっていた。

もう一匙足すと、恭子は立ち上がった。いつもの身長に見えた。佐保は床を見た。段差はない。恭子は袋を抱き、帰り際に店の奥の戸を見た。葛西の住居へ続く戸だった。開いていた隙間へ、入りたそうに手を伸ばし、何も言わず引っ込めた。

その日の閉店後、奥の廊下に砂糖がこぼれていた。佐保は掃除機を出した。白い粒は足跡のように続き、一番奥の空き部屋で途切れていた。昔、葛西の娘が使っていた部屋だという。娘は遠くへ嫁いでいた。佐保が床を吸うと、奥の戸から小さく、あ、と声がした。

開けても誰もいなかった。畳の上に古い椅子が一脚あるだけだった。佐保は葛西へ話した。彼は、鼠かもしれないから食べ物を置かないようにしよう、と言った。佐保は椅子の足元を確かめた。白い粒が四つの脚へついていた。粒を払うと、椅子が少し低くなった気がした。

電子秤が戻ってきても、客は古い秤を選んだ。あれで量ってと言われると葛西は断れなかった。水曜の午後には、砂糖だけを買う人が五人来た。皆、最後に少し足してほしいと言い、葛西が足すと年齢に合わない明るい顔で帰った。佐保は余分の分を帳面へ書いた。見ていると、五十円や百円では済まない量だった。

葛西へ見せると、分かっていると言われた。ならなぜ、と聞くと、足りないものを売れないだろう、と答えた。秤の目盛りでは足りている。佐保がそう言っても、葛西は困ったように笑った。彼は客に駄目だと言うのが苦手だった。昔から急な注文を引き受け、佐保が帰ったあとも働く人だった。

金曜の昼、佐保が来ると葛西が砂糖を舐めていた。計量用の匙を口へ入れていたので、彼女は思わず名前を呼んだ。葛西はびくりとし、匙を洗いに立った。「味がしなくて」。仕入れたばかりの袋を指した。佐保が別の匙で確かめると、普通に甘かった。

葛西の誕生日がその週だった。佐保は注文していた小さな焼き菓子を、仕事の帰りに渡すつもりだった。毎年一つだけ、自分で買わない物を贈ることにしていた。葛西は客の好みは覚えているのに、自分は何でもいいとしか言わなかった。砂糖が甘くないと言う彼を、佐保は初めて見る気がした。

午後、恭子がまた来た。袋の底から白いものが垂れた。溶けた砂糖と思ったが、床へ落ちると粉になった。佐保は、今日は販売を休んでいる、と咄嗟に言った。恭子は棚の砂糖を見た。「あるじゃない」。子供の声ではなかった。普段の低い声で、佐保だけを見ていた。

葛西が奥から出てきて、私がやります、と言った。佐保は匙を渡さなかった。「昨日より増やしたら、明日は」。言い終わる前に、恭子がカウンターを叩いた。袋の砂糖が秤へ移った。袋を逆さにしたのではない。空の皿へ、白い粉が下から盛り上がった。

針が客の側へ倒れた。葛西は重りを置いたが、つり合わなかった。別の重りを載せても同じだった。佐保が皿を押さえると、冷たい指に触れた。粉の中に小さな手があり、皿の縁を下へ引いていた。恭子はそれを見ていない。店の奥へ顔を向け、足を少しずつ動かしていた。

「もういいでしょう」
佐保が言うと、恭子は首を振った。「まだ、もらってない」。買ったでしょう、と葛西が答えた。恭子は聞いていなかった。目の高さがまた下がり、カウンターの角が眉に触れそうになった。葛西は出てきた手から目を離せず、ひと匙、もうひと匙と砂糖を加えた。

足すたび、奥の部屋で椅子を引く音がした。佐保は葛西の腕を止めた。掌がひどく小さかった。指の皺は老人のものなのに、手袋を二重に外したように薄い。葛西自身は気づいていない。次の砂糖の袋へ手を伸ばし、いつも使う場所まで届かず困った顔をした。

佐保は古い秤をカウンターから下ろそうとした。軽そうに見えて動かなかった。床へねじ留めされているようだった。恭子が、持っていかないで、と言った。奥からも同じ声がした。店の戸は閉まっているのに、住居へ続く廊下に小さな靴が何足も並んでいた。

佐保は廊下の戸を閉めた。手前の一足が挟まった。革靴で、大きさは子供用だが、履き潰した大人の靴の形をしていた。佐保が触れると、つま先が少し持ち上がった。彼女は靴を蹴り込まず、戸を開け直した。閉じこめれば何とかなる話ではないと思った。

葛西は白い粉の前で腰をかがめていた。佐保が呼ぶと、これを渡したら、と言った。指の間から砂糖が流れ落ちた。手がさらに小さくなり、匙を持てなくなっていた。佐保は彼を椅子へ座らせ、電子秤を出した。何グラムあるか、確かめるつもりだった。

粉を少し取って電子秤へ載せると、表示は零だった。もう少し足しても零のまま。砂糖の袋から直接載せた分は、きちんと数字が出た。古い秤の白い山は、砂糖と一緒に違うものを量っていた。佐保は量り直すことをやめた。葛西の縮んだ手を取り、本人の目の前へ持ち上げた。

「これ、いつ戻るんですか」
佐保が聞くと、葛西はようやく顔色を変えた。恭子へ目を向け、それから奥の靴を見た。佐保はまだ彼の手を握っていた。こんなに小さくても、掌の傷は同じところにあった。毎日一緒に働く人の手が別のものになるのを、彼女は離して見ていられなかった。

葛西は恭子へ、もう足せません、と言った。声は細かったが、聞こえた。恭子が口を開いた。何も出てこず、唇の裏に白い粒が並んだ。小さな歯のようだった。秤の皿の縁を引いていた指が、一度だけ強く曲がった。葛西の肩が下がり、椅子へ深く沈んだ。

佐保は持ってきた焼き菓子を思い出した。仕事へ来る前に店へ寄り、鞄へ入れていた。包みを開くと、砂糖と柑橘の匂いがした。彼女はそれを葛西の前へ置き、これはあげるものだから、と言った。葛西は受け取ろうとしたが、小さな手では包みの端をつかめなかった。

彼は両手で菓子を持ち、秤の重りの側へ置いた。皿が下がった。恭子の前の白い山が、横へ崩れた。中にいた小さな手が指を開いた。葛西は菓子をすぐには取らなかった。佐保はその肩を支え、椅子が高く感じられるほど、彼の身体が戻るのを待った。

奥の廊下で靴音がした。出ていく音ではなかった。並んでいた靴の一足ずつが、そこに立つ誰かに履かれたように上下した。恭子は自分の袋をつかみ、玄関へ向かった。いつもの身長だった。帰り際、葛西を見るでもなく、甘くしてって言っただけなのに、と呟いた。

佐保は戸を閉めなかった。日暮れまで店の入口に椅子を出し、客へ今日は閉店したと伝えた。奥の靴は暗くなるころには見えなくなった。葛西は秤の前へ座ったままだった。皿の上の菓子には、まだ誰も触っていない。包みの角だけが、少しずつ内側へ折れていた。

翌朝、古い秤は軽くなっていた。二人でカウンターから下ろし、箱へ入れた。針が触れないよう布を挟んだ。捨てればいいと佐保は思ったが、葛西は店の奥へしまうと言った。彼女は反対し、住居から離れた物置へ置かせた。何を入れた箱か、二人とも忘れないようにした。

砂糖は電子秤で売っている。葛西はもう少しと言われれば希望の重さを聞き、増やした分も代金を取る。客が文句を言うと、佐保は横から口を挟まない。葛西が自分で答え終えるのを待つ。恭子もときどき来るが、あの日のことは話さない。声が若く聞こえる日には、二人とも顔を上げる。

誕生日の菓子は食べられなかった。箱へ入れた秤と一緒に置いてある。佐保が新しいものを買ってきた日、葛西は初めて、これは半分でいい、と言った。二人で切り分けて食べた。柑橘の皮が少し苦かった。奥の物置で袋が鳴ったが、葛西はもう一切れを佐保の皿へ移し、自分の口の中のものをゆっくり噛んだ。

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