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引き戸の向こうの膝

実家の引き戸には、曇りガラスの下のほうに丸い染みがあった。母は膝だと言った。誰の膝、と聞くと、さあ、と答えた。私は母が見間違えていると思った。縁側の鉢植えか、廊下に積んだ座布団が向こうに映っているのだろう。戸を引いても、その奥には何もなかった。

私は母が脚を骨折してから、平日だけ実家へ泊まっていた。仕事はしばらく自宅でできるように頼んだ。週末は弟が来る約束だったが、最初の土曜から用事ができたと言われた。私は怒るより先に、自分が残れば済むと予定を変えた。母は手伝ってもらうたびに謝った。その謝り方に疲れた。

引き戸は居間と廊下の間にあった。昔から少し重く、途中でごり、と鳴った。私が戸車を替えようと言うと、母はいいからと言った。膝へ響く音だから嫌ではないのか聞いた。母は自分の膝を撫で、それは違う音、と答えた。何が違うのか説明しようとしなかった。

夜、仕事をしていると戸が鳴った。母は居間のベッドで寝ていた。私は廊下へ出た。戸が三センチほど開いていた。古い家は傾くことがあると聞いたが、ひとりでに開くのを今まで見たことはなかった。閉めると、ごり、ごり、と二度鳴った。ガラスの染みが上下へ少し動いた。

私はカーテンを引き、外の鉢植えを全部どけた。翌朝見ても、丸い染みは同じところにあった。白く曇った面の中に、肌色が淡く滲んでいた。母が車椅子で近づくと濃くなり、私が前へ立つと薄くなった。光の加減かと思い、二人で場所を替えてみた。母は途中で、やめよう、と言った。

「何で」
「窮屈そうだから」
母はガラスを見ていた。膝を折って狭いところへ座っている人のように思えるのだという。私はしゃがみ、目の高さを合わせた。染みの下に、細い筋が一本あった。ズボンの縫い目にも、ガラスの傷にも見えた。指を当てると、向こうから同じ位置へ固いものが当たった。

私は手を引いた。冷たいはずのガラスに、掌の跡が白く残った。母は車椅子のブレーキを外し、自分で後ろへ下がった。いつも私を呼ぶ段差の手前まで一人で動いた。私はそれを見て、危ない、と声を上げた。母は戸ではなく私へ、ごめん、と言った。

その日の午後、介助の相談に来た人へ戸の重さを話した。母が自分で通れないのが問題だった。担当の女性は廊下の幅を測り、当面は戸を外してしまう方法もあると教えてくれた。私はそれでいいと思った。母は反対しなかった。ただ、どこへ置くの、と聞いた。外した戸の置き場を心配していた。

帰る女性を玄関で見送っていると、奥から、ごり、と聞こえた。母が戸を動かしているのだと思った。戻ると母はベッドにいた。ガラスの染みが二つになっていた。どちらも同じ高さで、膝を揃えて座った形だった。戸の向こうの床に、薄い白いものが見えた。

足の裏だった。踵だけが敷居に載り、爪先は廊下の角へ続いていた。私が戸へ手を掛けると、白いものは奥へ消えた。走るような動きではなく、ゆっくり引きずられた。廊下の幅は一メートルもない。そんなに長い脚を置ける場所はなかった。

私は母をベッドごと動かそうとした。玄関へ近い部屋のほうがいいと思ったからだ。母は困った顔をしながらも、布団を畳むのを手伝った。古いベッドは簡単に動かず、結局その日は移せなかった。戸の向こうで膝が少し離れた。ごり、ごり、と鳴るたび、居間の空気が押されるようだった。

夜中、母がトイレへ起きた。私は先に廊下の照明をつけ、車椅子を寄せた。引き戸は半分開けてあった。母の足置きが敷居へ近づくと、向こうの膝が立った。ガラスを越える高さまで、すっと持ち上がった。私には太腿らしい白い面が見えた。上半身は戸の上の壁へ隠れたままだった。

母が、お邪魔します、と言った。私は車椅子を止めた。母は私の顔を見て、通してもらうんだから、と言った。いつからそうしているのか尋ねると、昔からだったと思うと答えた。骨折する前からかと聞いても、さあ、としか言わない。私は車椅子を戻し、その夜は居間から出ないようにした。

翌朝、弟へ電話した。今夜だけでも来てほしい、と頼んだ。母の体調かと聞かれ、戸がおかしい、と答えた。弟は少し笑った。今まで母が話していたのを聞いたことがあるらしい。「おふくろ、あの家を生き物みたいに言うから」。私も同じように受け流していたので、彼を責める言葉が出なかった。

母は昼寝をしていた。私は古い写真の箱を開けた。戸がいつからあったのか知りたかった。父が居間で新聞を読む写真に、あのガラスが写っていた。下のほうに、やはり二つ丸いものがあった。私が三歳のころだった。父の背後に知らない人の膝があったのかと思うと、手が冷たくなった。

母は写真を見て、昔はもっと広かったのにね、と言った。家を直したのか聞くと、少しずつ、と答えた。押入れを増やし、廊下を狭くし、玄関の脇を物置にした。私は工事のたびに便利になったと思っていた。母は誰に向けるでもなく、窮屈にしちゃった、と言った。

「そこに誰か住んでるの」
私が聞くと、母は首を振った。「住んでるんじゃなくて、ここに合わせてるんじゃない」。私には違いが分からなかった。母も説明できないようだった。ガラスの向こうの膝に目をやり、自分の骨折した脚を伸ばしかけた。痛そうに顔をしかめると、戸の向こうでも同じ音が鳴った。

私は戸を閉め切らなくなった。すると向こうの足が長く見えるようになった。開いている分だけ、身体を伸ばせるらしい。廊下を通るとき、足の裏が私の脛へ触れた。柔らかく、少し湿っていた。私は声を出した。母は申し訳なさそうな顔をしたが、それが私へ向けた顔なのか分からなかった。

夕方、弟が来た。まず戸を持ち上げ、外そうとした。私はまだ母を動かしていないからと止めた。弟は、そのくらいすぐだろ、と戸の下へ手を入れた。ガラスの膝が弟の指へ近づいた。私は彼の肩を引いた。戸が下がり、ごり、と鳴った。弟は足の指を打ったような声を出した。

爪の間に、白い皮が挟まっていた。戸車に挟まれたのだろうと弟は言った。自分の指の皮ではなかった。弟がそれを引こうとすると、ガラスの向こうで何かが身体をひねった。今度は私たち二人が見た。丸い膝の後ろに、もうひとつ膝があった。身体の続きがどこへあるのか見えない。

弟は手を洗いに行き、戻るまでしばらくかかった。私へ、業者に頼もう、と言った。外す方法を知らないからではない。私は頷いた。母はベッドに座り、二人の顔を交互に見た。今夜どちらの家へ行くか聞くと、少し迷ってから私の家を選んだ。私はそれを嬉しいとも重いとも感じた。

車椅子を玄関へ出すには、どうしてもその戸を通らなければならなかった。縁側から出す案も考えたが、庭の段差を母を載せたまま越えるのは危なかった。弟が先に玄関の道を片づけ、私は母の両足を足置きの内側へ収めた。戸は三分の二ほど開いた。残りが引っかかって動かなかった。

母を通そうとすると、ガラスの丸いところが前へ出た。戸は平らなままなのに、膝の先だけが居間へ突き出した。母の車椅子の車輪が止まり、見えないものを乗り上げた。母が小さく息を吸った。私は自分の脚を入れて車椅子を支えた。膝の裏に別の膝が当たった。

弟が戸をもう一度持ち上げた。私は母を下げ、ベッドの脇へ寄せた。ガラスが曇り、上のほうに指が見えた。梁へ回した指先だった。戸の向こうの誰かは、脚だけでなく腕も折り畳んでいた。弟はそれを見上げず、下だけ見ろ、と私に言った。彼自身の声が震えていた。

二人で戸を持った。上へ上げ、下をこちらへ引く。昔、障子の張替えを手伝ったときと同じ動きだった。戸が溝を離れる直前、母が、待って、と言った。私たちは止まった。母は自分で車椅子を壁際へ寄せていた。「もういい」。その声を聞いてから、弟がもう一度上へ持ち上げた。

戸は外れた。重さが急になくなり、二人とも後ろへよろめいた。廊下の奥で、長い息が漏れた。膝が伸びていた。人が立ち上がるのとは違った。曲げていた骨を床と平行に伸ばし、爪先が玄関へ向かって進んだ。廊下の角を越えて、見えなくなっても動いている音がした。

私は戸を居間の壁へ立てかけ、母の車椅子を押した。弟が前へ立った。廊下の真ん中を通らず、壁に沿って進んだ。空いた場所は車輪が通るほどしかなかった。中央では白い足が伸び続けていた。私は母の膝に手を載せ、足置きから外へ出さないようにした。

玄関に出ると、父の靴箱が内側から押されていた。爪先がそこへ届いていた。弟が玄関を開け、母を外へ運んだ。私は最後に戻り、居間の引き戸を持ち出そうとした。弟が、置いとけ、と言った。戸のガラスには何も映っていなかった。私はそれを壁へ戻し、玄関を閉めた。

母は私の家で生活している。最初の夜、寝返りを打つ母の布団から、ごり、と鳴った。私は顔を上げた。母が自分の脚を抱え、痛かっただけ、と言った。私は明かりをつけ、病院へ相談する番号を確かめた。どの音もあの戸へ結びつけてしまう自分が嫌だった。

実家へは弟が必要な物を取りに行った。玄関は開いたが、廊下の奥へ進むと足裏へ固いものが当たり、誰もいないのに押し戻されたという。業者にはそのまま話した。見に来た人も、家の中では脚立を広げられなかった。母は片づけを急がなくていいと言った。家賃のない空き家にも、費用はかかった。

私は母とその費用の話をする。母は謝る代わりに、自分の通帳を出すようになった。家を残したいのかと聞けば、そういうわけじゃない、と言う。ただ、もう少し伸ばしておいてやりたいらしかった。誰の身体をどこまで伸ばせば終わるのか、私たちは知らない。

この前、玄関の外から郵便物を取ったとき、廊下で関節が一つ鳴った。前よりずっと遠かった。私は弟へ電話し、今日は奥で鳴った、とだけ伝えた。彼は、まだか、と答えた。私は玄関の鍵を掛けた。家の長さを考えると、その音はもう、裏の塀より向こうでしているはずだった。

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