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東京都

怪談

旧吹上トンネルの下を抜けてきた声

六月の終わりは、工場の中まで湿っている。床のコンクリートが汗をかいて、長靴の底がきゅっと鳴った。グリスと雨の匂いが、朝からこもったままだ。樋口の勤める整備工場は、青梅の黒沢にある。成木街道を北へ上がって、吹上峠にかかる手前だ。
怪談

小津町バス停、始発より先に着くバス

十二月の最初の月曜、朝の六時十分。俺は小津町のバス停に着いた。家を出たのは五時四十分だ。谷のいちばん奥、林道の入口に近い家から、小津川に沿って歩いて下りてくる。懐中電灯で足元だけ照らして、三十分かかる。
怪談

中沢池公園の紙コップ

座面に、紙コップが二つ並んでいる。今度は口を上にして、きちんと立っている。一つではない。二つだ。月曜は一つ。水曜は二つ。数えてどうなるものでもない。
怪談

大手町の将門塚の配信に、父が映っていた

配信者は歩道に立ったまま、広場には入らなかった。歩道の奥から、スーツの男が歩いてきた。鞄の持ち手に、黄色い反射材の飾りがぶら下がっていた。
怪談

砧公園裏の第六天の森、店番の午後に鋸の音がした(世田谷・岡本)

奥の作業場から、シャッ、と音がした。鉄を擦る音。父だ、と思った。現場が早く終わって、裏口から入ったんだろう。声をかけたけど、返事がない。
怪談

芦花公園の墓地、四時半の二回目の放送

芦花公園の墓地。四時半の放送のあと、もう一回放送が流れるんだって。それが鳴ってるあいだ、白い人が歩くの。娘が差し出した動画には、木の手桶と白い背中しか映っていなかった。
怪談

葛飾・立石様の鳥居の内側、明け方の写真に写る背中

木下さんが家を出るのは四時と決まっているのに、三時五十八分、立石児童遊園の写真が木下さんの名前で届き、鳥居の内側に黒いものが写っていた。
怪談

八王子城跡の宿で、明け方の留守電に残っていた返事

部屋の中で、女の声がする。低く、平らで、名前を読み上げるような調子。一つ呼んでは、間を置く。また一つ呼んで、間を置く。美和は息を止めた。
怪談

西新井トンネルから、五分で帰る

地下道に入ったら電話をかけて、五分で帰ると言う。ばあちゃんはそう教わった。画面の向こうの壁に黒いシミがあり、階段の下には、誰かの忘れた黒い傘が一本立てかけてあった。
怪談

新田神社の御塚と、嫁の帳面

矢口の家に嫁いだ者だけが、彼岸の昼に御塚の柵の前へ握り飯を供える。金物は身に着けない。理由は誰も言わない。姑の入院した年、わたしは鍵を持って行った。