測量士をしている友人から、夜の十一時すぎに電話があった。
うちの固定電話はふだんほとんど鳴らない。この時間に受話器を取る用件は、だいたい決まっている。
「山でさ、測っても測っても数字が合わない現場があった」
受話器の向こうの声は素面だった。低く、言葉を選びながら話す口ぶりで、以下この友人をKと呼ぶ。
Kとは免許を取った頃からの付き合いになる。土地の測量を生業にしていて、房総の山から都市部の宅地まで請けている男だ。
数字で飯を食っている人間だから話を盛る癖がない。過去に二度ほど、私の検証に器械を貸してくれたこともある。
そのKが最初に「これは記録しておいてくれ」と言った。
私が動画の投稿を続けていることを知っての前置きだった。
Kが請けたのは千葉県内の山林の境界確定だったという。
相続で持ち主が代わり、売りに出す前に隣地との境をはっきりさせたいという依頼だった。
場所の詳細は書けない。地権者が現存する話で、山の名も字名も伏せる。房総半島の内陸としか言えない。
公図は明治に引かれたもので、法務局に残る和紙の字図には筆のかすれがそのまま写っていた。現地と図面が合わない典型の山だとKは言う。
初日に打ったのは仮の木杭五本だ。頭に赤いペンキを塗り、位置を器械で押さえてから山を下りた。

翌朝、一本がずれていた。
数ミリではない。三十センチ余り、谷側へ。
最初は獣を疑ったそうだ。イノシシが掘り返したなら跡が残る。
土は締まったままで、杭の根元だけが手で撫でたように平らだったという。
打ち直した。翌朝また谷側へ三十センチ。
ずれの寸法が毎回そろっている。Kが気づいたのは三日目だ。
「獣は定規を持たん」
電話口でKは言った。笑いはなかった。
ペンキの乾き方も引っかかったそうだ。塗った覚えのない位置に、赤い点がひとつ増えている朝があった。
器械も疑った。トータルステーションという光波の器械は、距離をミリ単位で返してくる。
同じ二点を朝と夕方に測ると数字が違った。
夕方のほうが必ず長い。
器械を替えても同じだった。後輩に測らせても結果は変わらない。
上司は校正に出せと言った。校正から戻った器械は平地では正しい数字を返し、あの山でだけ狂った。

三ミリから五ミリずつ、日をまたぐたびに距離が育っていく。
野帳に書いた手控えと事務所で清書した数字が合わない日もあった。書き写すあいだに数字が変わるはずはない。Kは自分の目を疑うほうを選んだ。
現場の奥に古い石杭が一本あった。
「界」と彫ってあるはずの石だ。明治の頃に据えられた御影石で、この山の基準になる。
Kがブラシで泥を落とすと、彫りの線が一本多かった。
「界」ではない字に見えた。読めなかったという。
境界の立会いには隣地の老人も来ている。老人は一度も斜面に足を入れなかった。
示すのは道の上から、指だけ。その指も途中で止まった。
石杭の泥が落とされているのを見て、老人は伸ばしかけた手を引っ込める。
「この一画は縄を入れんことになっとる」
「昔の人はな、測ると山が覚えると言うた」
それだけ言って山を下りてしまった。
Kが後から聞き歩いた話をまとめると、こうなる。
明治の地租改正の頃、この山に縄打ちの人足が入った。竹の間竿と縄で土地を測る、いまの測量の前身にあたる作業だ。

人足のうち一人が戻らなかった。
山狩りをしても出ない。代わりに、山裾の田の畦に見覚えのない木杭が一本増えていた。
誰の杭かわからないものは抜けない。畦の持ち主は杭を残したまま田を作り続けた。
その家では代替わりのたびに畦が少しずつ痩せたと伝わる。
人足が戻らなかった年は山裾の田が不作だったという家もあれば、一枚だけ育ちすぎたと話す家もある。
家によって話は逆になる。杭のくだりだけは、どの家も同じだった。
以来この一画は測らない。縄も張らない。
売りにも出さない。
そういう約束の土地だったらしい。
「うちはそんな話を聞かされていなかった」とKは言う。依頼者も知らなかった。
相続で入ってきた人間に、土地の約束までは引き継がれない。
Kの現場ではもうひとつあった。
後輩が斜面の上に人を見ている。

手甲脚絆のような古い作業着の男だったそうだ。声をかける前に木立の陰へ入り、それきり出てこなかった。
登山者の入る山ではない。作業道は一本きりで、その道はKたちの背中側にあった。
結局、境界は確定できずに終わっている。
筆界未定のまま図面は閉じられ、売買は流れた。筆界未定の一画は、図面の上では輪郭のない白い染みとして残る。
あの山は登記の上においても、かたちを持っていない。
後輩はいま、山の現場を外してもらっている。
「それで頼みがある」
Kは電話の最後に言った。
「お前ああいうの見に行くだろ。行くのは止めない。ただな、測るなよ」
翌週の夕方、カブで出た。
千葉県内なので下道で行ける。国道から県道、県道から林道と乗り継ぐ。田んぼの緑が濃くなり、最後の自販機の灯りを過ぎると、あとは山の影だけになった。
日が落ちる頃に入口へ着いた。
林道の口には車止めのチェーン。半分ほど錆びていて、跨ぐときに触れた指がうっすら赤くなった。
カブを停めたのは入口の膨らみだ。ヘッドライトを切ると、山の輪郭だけが空より濃く残った。

七月の山なのに藪蚊が寄ってこない。
耳にまとわりつくはずの羽音がなかった。
虫の声はする。ただ、林道の右側の斜面からしか聞こえない。
左側がKの言っていた一画だった。
懐中電灯を点けて左の斜面に入る。下草は膝の高さで、湿った土と青い草の匂いがした。
一歩ごとに右側の虫の声が遠のいていく。左の斜面は、初めから鳴いていない。
Kたちの残した木杭はすぐに見つかった。頭の赤ペンキが光を鈍く返す。
杭は五本のはず。Kがそう言っていた。
数えると六本ある。
数え直すと五本に戻った。
指を差しながらもう一度数え、五本で止めた。それ以上は数えていない。
五本の杭の頭は、打った順序に関わりなく、切り口の面がすべて斜面の奥へ向いていた。
杭のあいだには黄色いテープが張られていた。
後日Kに確かめると、撤収のときテープは全部回収したという。

張られていたテープは新しかった。雨ざらしの色ではなく、巻きたての艶が残っていた。
風はない。ないのにテープは、斜面の奥へ向かって一定にたわんでいた。
次に歩測。手前の杭から奥の石杭まで、行きは百二十二歩。
戻りは百三十六歩。
歩幅が乱れただけかもしれない。夜の山ではよくあることだと自分に言い聞かせ、二度目の往復はやめた。
レーザーの距離計を持ってきていた。工事現場で使われている市販品で、精度はミリ単位まで出る。
Kとの約束は覚えていた。覚えていてなお構えた。ここまで来て何も持ち帰らないわけにはいかない。
手前の木杭から石杭まで。
19.82メートル。
構え直してもう一度。
19.97メートル。
三度目。
20.13メートル。
手ぶれで説明のつく差ではない。数字は必ず前より長くなる。

短くなることは一度もなかった。
向きを変え、石杭の側から木杭へ測ってみた。
19.79メートル。
行きと帰りで長さの違う道のようだった。どちらが本当の距離なのか、確かめる方法を私は持っていない。
石杭に近づいた。周りの空気だけ温度が一段低い。
膝をついて彫りに光を当てる。右から照らすと「界」に見えた。
左から照らすと線が一本増える。
指でなぞると彫りの溝が濡れていた。
雨は三日降っていない。石の面は乾いている。溝の中だけが冷えて湿っていた。
指先の湿りを下草で拭ったとき、斜面の奥で音がした。
カン。
乾いた、木の頭を叩く音。
カン。カン。

間隔が一定だった。掛矢で杭を打ち込む音によく似ている。
腕時計は夜の九時を回っていた。こんな時間に杭を打つ現場はない。
音の出どころへ光を振った。木立の幹が並ぶだけで、動くものは見えない。
距離計を下ろすと音がやんだ。
しばらく待った。山は右側の虫の声だけに戻っている。
もう一度、石杭に向けて距離計を構えた。
カン。
再開した。さっきより近い。
構えるたびに鳴り、下ろすたびにやむ。三度繰り返して確かめた。
測った分だけ、測り返されている。
そう思った瞬間には、距離計をポケットへ落とし込んでいた。
林道へ戻る。歩数は数えなかった。
背中で一度だけカン、と鳴った。振り返らずに歩く。
ポケットの距離計が腿に当たるたび、膨らんでいった数字を思い出した。

カブまで戻ると、前かごの中に木の削り屑が散っていた。
顔を近づけると生木の匂い。杭の先を鉈で尖らせたときに出る、あの屑と匂いだった。
出発したとき前かごは空だった。ここまでの林道で人にも車にも会っていない。
チェーンの位置が、来たときより手前にある気がした。跨いだ場所の記憶と、足元の砂利の感触が合わない。
確かめずにエンジンをかける。一発でかかった。
ヘッドライトの縁に、来たときはなかった赤い点が見えた気がして、そのまま山を下りた。
報告の電話を入れたのは数日後だ。
距離計の四つの数字を伝えると、受話器の向こうで長い沈黙があった。
「うちの控えだと、そこは19.60だ」
Kが測った春の数字より伸びている。
私が測った分だけ、育っていた計算になる。
「だから測るなと言った」
責める声ではなかった。疲れた声だった。
Kはいまも現場に出ている。ただ、山の現場に入る前の癖がひとつ増えた。

杭袋の中の杭を必ず数える。
持ってきた本数と合わない日は一本も打たずに帰るそうだ。同僚には笑われている。やめる気はないと言っていた。
私のほうにもひとつある。
先週、庭でカブを停め直したとき、敷地の角に木杭が一本立っているのに気づいた。
頭に赤いペンキ。
うちの境界標は四隅ともコンクリートの標柱で、木杭を打つ理由がない。
隣家に聞いても、水道や電気の業者に確かめても、心当たりはないという返事だった。
抜こうとして、やめた。
誰の杭かわからないものは抜けない。あの山裾の畦の話を、聞いたばかりだった。
杭は庭の隅から動かない。動かないのに、見るたび前より深く刺さっているように見える。
頭の赤は乾いた色をしていない。夜露の残る朝は、ことに濃い。
メジャーを当てれば、はっきりする。刺さりの深さも標柱との距離も、数字にすれば一度で済む。
あれから、庭で物を測っていない。


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