眠れない夜には、近所を少しだけ歩くことにしている。
頭の芯が妙に冴えて寝つけない晩がある。そんな夜はひと気のない住宅街をあてもなく歩きまわるうちに、強ばっていた気持ちがゆっくりとほどけていく。
そういう夜歩きの習慣を、私はもう何年も続けてきた。怪談まがいのものならこれまでにいくつも見聞きしてきたつもりだった。家でじっとしているより夜風に当たるほうがいくらか眠りに近づけたのだ。歩いても歩いても頭の奥の冴えだけはなかなか鎮まらなかった。
散歩のコースのなかほどに、大きな横断歩道がひとつある。

片側二車線の広い通りを渡るための横断歩道で、昼間はそれなりに交通量も多い。深夜ともなれば車の影もまばらで、信号だけが律儀に赤と青を繰り返していた。
誰ひとり渡る者のいない通りで、誰に頼まれるともなく信号が変わるのを、私はいつも一人で見ていた。
夜の大通りは昼よりも広く感じられて、自分がひどく小さくなったような心地がする。信号の音すらしない深夜の交差点は世界に自分ひとりだけが取り残されたようだった。横断歩道の白い縞だけが街灯の下にぼんやりと浮かびあがっている。車の来ない通りでただ信号だけが赤から青へ淡々と移っていく。
その晩も、私は赤信号の前で立ち止まっていた。
車は一台も来ていない。渡ってしまえばいいようなものだが、長年の癖でつい青になるまで待ってしまう。

ぼんやり信号機を見上げていると、すぐ隣に人の立つ気配がした。いつのまにか私のかたわらに、年配の男が一人並んで信号を待っている。
深夜の住宅街で人と並ぶのは珍しく、私は軽く会釈をした。男は前を向いたまま、身じろぎひとつしなかった。横顔を確かめようとしても街灯を背にしているせいか目鼻立ちは影に沈んでいる。前を向いたその横顔は生きた人のそれのように見えた。
やがて信号が青に変わる。
私が一歩を踏み出して振り返ると、さっきまで隣にいたはずの男の姿がどこにもなくなっている。渡ろうとする様子もなく、ただ立っていた場所から消えていた。

人違いか見間違いだったのだろう。私はそう思って、そのまま通りを渡りきる。暗い向こう岸に着くころには、男のことなどすっかり忘れてしまっていた。深夜に人と並んだのがよほど珍しかったのだと思う。向こう岸の暗がりから振り返っても横断歩道には誰の影もなかった。
その横断歩道で信号を待つたびに、隣に誰かが並ぶようになったのは、それからのことだ。
並ぶのは、毎回ちがう人だった。ある晩は買い物帰りらしい女で、ある晩は学生服の若者で、ある晩は背の低い子供のこともある。
どの相手も前だけを向いて、信号機を見上げたまま動かない。青に変わって私が踏み出すと、振り返るたびにその姿は決まって消えているのだった。
渡る者などはじめからいなかったかのように、暗い横断歩道だけがそこに残された。渡らない者がなぜ毎晩信号を待ちにくるのか考えても答えは出てこない。顔ぶれだけが毎晩入れ替わり立つ位置と姿勢はいつも判で押したように同じだった。並ぶ顔ぶれに見覚えのある者は一人もいなかった。

赤のあいだだけ、隣に誰かが立つ。
青になれば、その誰かは渡らずに消えてしまう。何度も同じことが続くうちに、私はその決まりごとに、自分で気づいてしまった。
気づいてしまえば、もう確かめずにはいられない。私はわざと、いつもより長く赤信号の前にとどまってみることにする。
確かめなければよかったと、いまになって思う。けれどそのときの私はその決まりごとの底をどうしても覗いてみたかったのだ。
赤がともると、やはり隣に人が立った。

横目で様子を窺うと、その人は私とまったく同じ向きに同じ姿勢で信号機を見上げている。爪先の位置も首のかたむきも、私のものとそっくりに揃えていた。
試しに私が右足へ重心を移すと、ほんのわずか遅れて隣の人も同じほうへ体をかたむける。まるで横に鏡を立てて、自分の影と並んでいるような心地がした。
私の動きをほんの少し遅れて隣がなぞる。鏡なら同じ瞬間に動くはずがそれはいつも半拍だけ遅れていた。その遅れの分だけ相手は私ではないのだと分かった。
渡らずに、その場で青をやり過ごしてみたこともある。

青が点滅し、また赤に戻る。そのあいだじゅう、隣の人はずっと私のかたわらに立ち続けていた。
ところがいざこちらが渡ろうと足を踏み出せば、振り返ったときにはもう消えてしまっている。渡るその一瞬にだけ、隣の人は私のそばからいなくなるのだ。
まるで、私が渡りきるのをじっと待っているかのようだった。渡らないかぎりその人は消えも近づきもせずただ隣に在りつづけた。
その晩のことは、今もはっきりと覚えている。
いつものように赤信号の前に立つと、隣に背広姿の男が並んだ。やがて信号が青に変わる。私は一歩を踏み出した。

ところがその夜にかぎって、隣の男は消えなかった。前を向いたまま私と歩調を合わせて、横断歩道をゆっくりと渡りはじめている。
私の半歩うしろを、ぴたりとついて。足音は二つあるはずなのに聞こえるのは自分のスニーカーの音だけなのだ。
渡りきって、私は思わず振り返った。
そこに、いた。これまで隣に並んできた人たちが、一人残らず私のうしろへ無言で一列に連なっている。
年配の男も買い物帰りの女も、学生服の若者も背の低い子供も、みなそこにいた。顔だけはこちらに向けているのに、その顔は暗くてどうしても見て取れない。

誰ひとり声を出さないまま、私の渡ってきた数だけが横断歩道の上にずらりと並んでいた。一度渡れば一人二度渡れば二人。私が渡るたびに列は一人ずつ長くなっていたのだ。暗い横断歩道いっぱいに無言の人影がぎっしりと連なっている。その列の先頭がゆっくりと一歩こちらへ踏み出そうとしていた。
声も出せないまま、私はその場から駆けだした。
うしろからぞろぞろと足音が追いかけてくる気配がある。けれど振り返る勇気はどうしても出なかった。
家の門をくぐり、戸を閉めて鍵をかけたところで、ようやく背後の足音はやんだ。家の中まで追ってくることだけは、最後までなかった。けれど玄関の戸の外で足音はしばらく行ったり来たりしていた。

それからは、あの横断歩道を渡らないようにしている。
夜の散歩のコースそのものを、信号のない裏道のほうへ変えてしまった。遠回りにはなるが、もうあの通りで青を待つ気にはなれない。
隣に誰かが並ぶあの感触を、二度と思い出したくはなかった。あの暗い横断歩道のことは、できるかぎり考えないようにして暮らしている。近道などもういらない。あの無言の列に自分の居場所があるような気がどうしてもしてしまうのだ。夜の道で信号を見るだけで足がすくむようになった。
ただ、ひとつだけ、いまも腑に落ちないことが残っている。
夜、家の廊下を歩いていて、ふと足を止めたときのことだ。自分が立ち止まると、ほんのわずか遅れてすぐうしろで、別の足音が一つ止まる。

振り返っても、そこにはやはり誰もいない。
私が止まれば、うしろの誰かも止まる。
私が歩きだせば、うしろの誰かも歩きだす。あの横断歩道で隣に並んでいたものは、結局のところ何を待っていたのだろう。私が最後まで渡りきるのを、ずっと数えていたのだろうか。それとも私のほうが、いつのまにかあの無言の列に、並ばされていたのだろうか。数えられていたのが私ならその数が満ちる晩に何が起きるのかは私には分からない。
夜になると、廊下のうしろで足音が一つ、今も私の歩数を数えている。


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