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石の取り分

内藤は、石まで分けると言い出した。
境の塀を取り壊すだけだと聞いていた長谷川は、日に焼けた首を掻いた。手配した車は一台だった。取り分を決めて、それぞれの家へ運ぶ仕事までは請けていない。
「捨てるにしても、うちの物ですから」
内藤はそう言い、塀の上を指でなぞった。
隣家の奥さんは、もう何でもいいという顔をしていた。

長谷川が工務店を辞め、細かな仕事を一人で始めたばかりのころだった。
川に近い古い住宅地で、隣り合った二軒の庭の間に石の塀があった。丈は胸ほどで、上だけ瓦が載っていた。内藤は手前の家に、一人で暮らしていた。奥の家が売れ、塀を低い柵へ替えることになった。
昔、両家の人たちが川の石を運んで積んだものらしかった。誰がどこまで出したのかは、もう分からない。
出入口を塞がないよう、庭へ石を下ろしてから車へ積む段取りだった。

内藤は、昔から物を選ぶのがうまい人だった。
長谷川の父と同じ会社にいて、会社で使わなくなった道具を分ける時には、いつも一番長く使える物を持って帰ったという。
「俺が外した方を、内藤が拾うと当たりになるんだよ」
父がそんな愚痴をこぼしたこともあった。
長谷川自身も、子供のころ、内藤の家で何度か景品を見せてもらった。折り畳み椅子、釣り道具、箱から出していない炊飯器。どこで当たったかという話を、内藤は一つずつ覚えていた。

「庭石は買うと高いんだよ」
内藤は言った。
「使えるものを金払って捨てることはない」
それはもっともだった。けれど、欲しい石だけ自分の家へ取り、残りは隣家の勘定で処分するつもりに見えた。
奥さんも同じことを考えたらしく、それなら半分ずつにしてください、と言った。

内藤は不服そうに、まだ壊していない塀を見た。
長谷川は、先に全部下ろして、ほぼ同じくらいの山を二つ作りませんか、と提案した。どちらを取るかはくじで決めればいい。
奥さんがすぐ頷いたので、内藤も承知した。
「じゃあ、長谷川君に引いてもらおう」
自分で引かないんですかと訊くと、内藤は笑った。
「君のお父さんには、よく譲ってもらったから」

奥さんは買い物へ出かけた。長谷川は手伝いの若い男と二人で瓦を外し、石を下ろした。
大きさも色もばらばらだった。裏へ向けると、苔の下から彫ったような筋が出る石があった。
長谷川は土のう袋で表面を拭った。
片側にだけ、まっすぐな段がついていた。もとは縁石か何かだったのだろう。二人がかりで持ち上げ、庭の端へ転がした。
内藤は家の中から椅子を出し、作業が見える所へ座った。

昼前には塀の半分がなくなった。
長谷川たちは玄関脇の水道を借り、手を洗った。庭が道路からよく見えるようになったので、通りがかった人が足を止めた。
そのうちの一人が、長谷川へ頭を下げた。
古い背広を着た男だった。襟が汗で黒く、手には空の袋を持っていた。
「もらえると聞いたんですが」
男が石を指した。
長谷川は内藤を見た。

「まだ分けてないから。午後にして」
内藤がそう言うと、男は素直に引き下がった。
長谷川は、誰か呼んだんですか、と訊いた。
内藤は首を振った。
「見てりゃ分かるよ。こういうのは」
欲しい人が出てくれば処分も楽になる。長谷川は、それ以上気にせず弁当を開いた。

午後、庭の外に人が増えた。
初めの男は、電柱の陰に立っていた。その隣に年配の女がいた。二人とも、開いた袋を腹の前に持っていた。
少し離れた所では、帽子を被った男がしゃがみ、塀のあった場所を見ていた。
誰も作業を急かさなかった。ただ、長谷川が石を一つ下ろすたび、顔を上げる。
若い男が、欲しい物が決まっているみたいですね、と小声で言った。

二つの山ができると、内藤は立ち上がった。
「こっちの方が多くないか」
何度か石を移し、ようやく同じくらいになった。内藤は庭先へ来ていた奥さんに紙を二枚もらい、鉛筆で丸を一つ書いた。
片方には何も書かず、同じように折って長谷川へ差し出した。
丸を引いたら、道路寄りの山。それが内藤の取り分になる。
長谷川は右の紙を取った。

何も書いていなかった。
「ああ、そっちか」
内藤は家寄りの山へ歩いた。
低く腰を屈め、手前の石を確かめてから、上機嫌で長谷川を振り返った。
「やっぱり当たりだな」
奥さんは、うちの分は全部持っていってください、と長谷川へ言い、家へ戻った。
石を欲しがる人たちがいることを伝えると、どうぞ、とだけ答えた。

長谷川は道路寄りの山を指し、こちらなら持っていって構いません、と言った。
背広の男は頭を下げたが、動かなかった。
女も袋を閉めなかった。
しゃがんでいた男だけが立ち上がり、内藤の山へ近づいた。
内藤はすぐに前へ出た。
「そっちはうちの。こちらから選んで」
男は内藤の足元を見下ろした。

「分かれてしまいましたね」
そう言った。
声が低くて、長谷川には最初、何が分かれたのか聞き取れなかった。
男は帽子を取り、胸へ当てた。
内藤の靴のすぐ脇に、平たい石があった。端に丸い膨らみがあり、その下へ細い溝が二本走っていた。
長谷川がさっき、縁石かと思って拭いた物だった。
帽子を取った男の耳は、片方の下が二つに割れていた。

長谷川は石から顔を上げた。
男の耳をもう一度見ようとしたが、すでに帽子を被り直していた。
内藤は石を靴先で裏返した。
「割れたのもあるよ。自分で積んだ塀なんだから」
それで話は終わりだというように、奥へ運んでくれと長谷川に頼んだ。
欲しい人に渡すのではないのですか、と訊くと、取っておく、と答えた。

若い男は、道路側の石を荷台へ積み始めた。
長谷川は重いものを避け、小さな石を二つ、内藤の物置の前へ運んだ。
戻る途中、女が呼び止めた。
手に持つ袋の底を、指で広げて見せた。
「いま運んだくらいでいいんです」
長谷川は、あれはこちらの家の分なので、と断った。
女はもう一度だけ袋を広げた。内側は白く、湿った跡があった。

何の袋か、長谷川には分からなかった。
袋から顔を上げた時、電柱の陰の男と目が合った。
見覚えがあった。長谷川は、その人の名前を思い出しかけて、顔を逸らした。
背広の肘が白くなっている。片方の靴だけ、先が上を向いて反っている。
工務店で父と一緒だった、島田さんだった。

島田は父より先に亡くなっていた。
島田の葬式の日、雨が強くなり、長谷川は式場へ父を迎えに行った。その日、父が助手席で、島田もあの靴のままでよかったのにな、と言ったことを覚えていた。
長谷川は、次の石へ伸ばしていた手を引いた。
島田はこちらを見ていた。
手に持っていた袋を、静かに膝まで下げた。

内藤も気づいているのだろうと思った。
長谷川は家の方へ寄り、あの人、分かりますか、と訊いた。
内藤は電柱の陰を見た。
「欲しいんだろう」
長谷川は、そうじゃなくて、と言いかけた。
内藤は遮った。
「隣の分はいいんだよ。勝手に持っていけば」
自分の山の前へ座り直し、石が運ばれるたびに、そこに置いて、これは奥へ、と指図した。

長谷川は、全部を運ぶのは今日中には無理です、と言った。
嘘だった。
若い男はもう道路側の石をほとんど積み終えていた。内藤の取り分を物置まで運ぶくらいなら、あと一時間もかからない。
長谷川は道具をまとめ、車を動かせるようにした。
内藤は不満そうだったが、金を払わないとは言わなかった。
明日の朝に来ます、と約束してしまった。

エンジンをかけると、袋を持った人たちが車の左右へ分かれた。
増えていた。
道具を片づけている間に、道路の反対側にも何人か立っていた。顔に影がかかっているのに、立つ場所には真昼の光が当たっていた。
内藤が、ちょっと待って、と呼んだ。
運転席の窓を下ろすと、自分の山から取り出した石を両手で持ってきた。

「これはそっちに混ぜていいよ」
黒い、小さな石だった。
長谷川は受け取らなかった。
内藤は窓の縁へ置こうとしたが、手を引っ込めた。石の下を支える指が、何かに押されたようにずれた。
石の底に、口があった。
ちょうど、声を出しかけてやめた人の口だった。

内藤はそれを見て、ゆっくり庭へ戻った。
長谷川は窓を閉めた。若い男が何か尋ねたが、聞こえないふりをして車を出した。
曲がる前にミラーを見ると、内藤はまだ石を持っていた。
袋を広げた人たちが、家の門を囲んでいた。
内藤は石を返す代わりに、家の中へ向かって何か叫んだ。
長谷川には、その口の動きだけが見えた。

翌朝、内藤の家へは若い男ともう一人で行ってもらった。
庭に石は残っていなかった。
仕事はもう済んだから、と内藤が玄関先で言い、約束した代金を払ったそうだ。
長谷川はその金を受け取り、内藤からかかってくる電話には、しばらく出なかった。
一度だけ留守番電話が入った。
庭の物置を壊したい。中の物ごと、持っていってほしいという依頼だった。

長谷川が断りの電話をした時、向こうで人が話していた。
テレビの音だろうと思った。
内藤は声を落とし、あれはうちの石じゃなかったんだ、と言った。
それから少し黙り、長谷川の返事を待たずに続けた。
「君が引いたんだからさ」
背後で、幾人もの声が笑った。

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