奇怪千万からのお願い

このサイトの記事が面白かった、役に立ったと思って頂けたら、一つお願いがございます。
Amazonで何か買う予定があるとき、その前に下のボタンから入って頂いて買い物をしていただくと
サーバーの運営費と心霊スポットやパワースポットの取材費になります。

ここから入って買い物をすると、金額の数%が紹介料として私に入ります。
貴方様の支払いが増えることは一切ありません。買う物も何でも構いません。
記事をもっとたくさん増やしたいので、ご協力をお願いします。

当サイトではアマゾンアソシエイト以外のアフィリエイトは使用しません
(記事が見づらくなるから・・・)

片づけた火

「火は消したって」
そう言ったのに、相原は事務所の窓を指した。
海の方が赤かった。堤防の切れ目の向こうで、明るさが増したり弱くなったりしていた。
私は椅子から立った。
「あそこじゃないだろ。うちのは、もう片づけたから」
相原は返事をせず、煙草を箱へ戻した。

二月の終わりだった。
海辺の広場で、小さな催しがあった。出店が何軒か並び、地元のバンドが演奏した。夕方には終わり、私たちは業者から借りた机や柵をまとめていた。
私は会場の管理をしていて、相原は時々手伝いに来る男だった。
風の通る所なので、広場の隅に暖を取る場所が設けられていた。煉瓦で囲んだ中に薪を入れ、火のそばへ長い椅子を二脚置いてあった。

その片づけは私がやった。
椅子を倉庫へ入れ、残った灰を金属の容器へ移した。少しだけ水も残っていた。底へこびりついた黒い物を剥がす時、硬い物が一つ出た。
丸い金具だった。小さな輪の内側に、白っぽい物が挟まっていた。
何かの留め具だろうと思った。
私はそれも灰と一緒に入れ、容器を堤防のそばへ置いた。

広場へ出てみると、そこに火があった。
私が片づけた煉瓦の囲いの中だった。
薪はなかった。
炎は低く、砂利の隙間を舐めるように動いていた。離れて見れば、消えかけの焚き火にしか見えない。
相原は私の横へ来て、ほら、と言った。
私は、何で、と呟いた。

灰を入れた容器は、さっき置いた所にあった。
中は湿っていた。手袋越しに触れた縁も、冷たかった。
囲いの中へ灯りを当てた。昼間の焦げた跡が見えた。炎があるのに、その下の砂利が暗いままだった。
相原が顔を近づけた。
「臭わないな」
確かに、薪の燃える匂いはしなかった。

海の音が大きかった。
風のせいだろうと思ったが、事務所へ旗を片づけた時ほど強くはなかった。
波が寄せ、また引いていく。静かな時には、どこかで砂を撒いているようにも聞こえる。私は仕事で何度も夜の広場にいたから、その音に慣れていた。
相原も、しばらく火を見ているうち、肩の力を抜いた。
「まだ中に何か残ってんだろ」
私は頷いたが、同じものを見ている感じがしなかった。

昼間使っていた水のポリタンクが、倉庫の前に残っていた。
私が持ってくると、相原は道を空けた。
口を開け、囲いの中へ水を注いだ。
炎は、そのまま残った。
水の流れる音はしたが、火が弱くなる音はしなかった。湯気も見えなかった。
相原が、もういい、と言った。

私は空になったタンクを下ろした。
囲いの前に、白いものが落ちていた。
灰だと思って靴で寄せかけ、足を止めた。細長い物が幾つか、同じ方を向いて並んでいた。先ほど灰の中で見た、白っぽい物に似ていた。
よく見ようとしゃがむと、相原が私の肩へ手を置いた。
その手も、そこで止まった。

誰かが、寒かった、と言った。
私は顔を上げた。
事務所の方を見たが、誰もいなかった。出店の車はすべて帰り、広場には私たちの車だけが残っていた。
相原が、小さく咳をした。
「今の、聞いたか」
私は頷いた。
彼は肩に置いていた手を離した。

火のそばで、また声がした。
「あんなに冷えてたのに」
女の声だった。
火は低いままだったが、囲いの向こうの暗さが、少し薄くなった。長い椅子に、何人かが座っていた。
私はすぐには、人だと思えなかった。
暗い荷物が並んでいるように見えた。そこから二本ずつ、脚が地面へ下りていた。

椅子は二脚とも、私が倉庫へ入れたはずだった。
私は後ろを振り向いた。倉庫の扉は閉まっていた。
相原は椅子を見ていなかった。女の声のした方へ、誰か残っているんですか、と呼びかけた。
返事の代わりに、細い声がいくつか重なった。
波が引いた時だけ、はっきりと聞こえた。

「ここ、いいな」
「うん」
「じっとしてれば、いいな」
私たちに答えているのではなかった。
椅子へ座ったもの同士が、話していた。
相原が灯りを上げた。座った膝が見えた。服の膝ではなく、灰色の、形のはっきりしない膨らみだった。
その上に、濡れた指のようなものが載っていた。

私は、もう終わりです、と言った。
仕事の時、閉場を知らせるために使う声だった。
自分でも驚いた。そう言えば立ち上がって帰ってくれると思ったのかもしれない。
端にいた一人が、顔をこちらへ向けた。
輪郭はあった。しかし、その中が暗く、目も鼻も見えなかった。
火を見ていた時の赤い明るさだけが、頬の辺りに残っていた。

「これからじゃないの」
そう言われた。
私は返事をしなかった。
相原が先に、事務所へ戻ろう、と言った。私も同じことを考えていた。背中を向ける前に一度、灰の容器を見た。
蓋をしておけばよかったと思った。
口の開いた容器が、こちらを向いているのが嫌だった。

事務所へ入り、鍵をかけた。
相原は窓際に立ち、灯りを消していいかと言った。外からこちらだけ明るく見えるのが嫌なのだろう。
私は頷いた。
暗くすると、窓の外の赤さがよく見えた。
昼間の火より、ずっと広い範囲が明るかった。海へ下りる通路の辺りも赤くなっていた。

私は消防へ電話をしようとした。
携帯を持つと、画面に灰がついた。指先についていたのだろうと思い、袖で払った。
相原は、何て言うんだよ、と訊いた。
火があるのに消えない、と答えた。
それでいいだろ、と相原も頷いた。電話をかけ、場所と、片づけた火の跡がまた燃えていることを伝えた。人影を見たことも話したが、何人なのかは言えなかった。

待っている間、波の音が部屋へ入ってきた。
窓は全部閉めていた。
私は机へ腕を載せ、少し顔を伏せた。朝から働いていたので、体が重かった。相原が何か言ったが、聞き返さなかった。
目を閉じると、暖かかった。
ずっと冷えていた耳の縁が、ゆっくり温まっていく。
私は椅子に座ったまま、もう少しこのままでいいと思った。

机の下で、何かが擦れた。
目を開けると、相原がこちらを見ていた。
彼は私の手元を指した。
黒い机の上に、灰が広がっていた。手袋は外してあった。裸の手の下から、細かな白い粒がこぼれていた。
指を持ち上げても、傷はなかった。
ただ、手を動かすと、火を掻き混ぜる時のような音がした。

相原が私の名前を呼んだ。
私は立った。椅子が後ろへずれた。
窓の外で、同じように椅子を引く音がした。
相原は扉を開けたまま廊下へ出た。私は机から離れ、彼の背中を追い、扉を引いた。
その時、机の下から、ちょうどよかったのに、と声がした。
閉じた事務所の扉の向こうでも、海の音が続いていた。

消防の人たちが来た時、広場は暗かった。
火はなく、人もいなかった。
私は煉瓦の囲いへ案内し、どうやって片づけたかを話した。灰の容器にも灯りを当ててもらった。
中には白い粉と、黒い燃え残りがあった。
金具を見つけた隊員が手を止めた。
容器を少し傾け、その下にあった物を確かめた。

それが何か、私たちに説明はされなかった。
ただ、容器には触らず、そのままにしておいてほしいと言われた。ほどなく警察の人も来て、昼間ここを使った人たちのことを聞かれた。
催しの写真と、出店者の連絡先を出した。
相原が、あれは骨ですか、と尋ねた。
返事はなかった。
私は、丸い金具が指輪のように見えることに、ようやく気づいた。

事務所の机も見てもらった。
白いものが少し残っていたが、どこから持ち込んだのかと訊かれて、説明できなかった。昼間の片づけで手についたのだろうと言われれば、それ以上は何も言えない。
手を見せても、何も出なかった。
相原は隣で黙っていた。
私が腕を伏せて眠りかけたことだけは、どの人にも話さなかった。

広場はしばらく使われなくなった。
私たちは別の場所の片づけへ回された。相原とは何度か会ったが、あの晩のことを詳しく話す機会はなかった。
灰に何が混じっていたのかも、正式には聞いていない。
噂を聞くたび、そういうことだったのかもしれないとは思った。けれど、どの話にも、火のそばで椅子に座っていた人たちは出てこなかった。

ひとつだけ、相原に確かめたことがある。
私が机に顔を伏せている間、部屋へ誰か入ってこなかったか。そう訊くと、相原は眉を寄せた。
「伏せてなかったぞ」
私は両手を前へ差し出し、手のひらを立てていたという。外の火にあたる時のように、指を伸ばして。
相原は初め、両手で何かを掬っているのかと思った。止めろと言っても、聞こえていないようだった。
「どんどん落ちてたからさ」
手の下で、灰の山が高くなっていた。相原には、私がそれを捨てようとしているのか、手元へ集めようとしているのか、分からなかったそうだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました