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2026-09

怪談

動かない杭

「杭だけ見といてください。向こうの山は、いいです」 助手の小関にそう言ったのは私だった。あとになって彼から何度も言われた。あんたが見るなと言ったから、見なかったんだ、と。 山林を売るための境界確認だった。斜面の途中に古い杭が三本残
怪談

放流しなかった一匹

真鍋さんは、魚をすくうときだけ煙草を口から外した。火をつけない煙草を、いつも唇の端にくわえていた。 「水の中へ落とさないんですか」 私が聞くと、彼女は胸のポケットへしまってみせた。 「落としたことあるから、外すんでしょう」 叔父の
怪談

雨を積む

荷台の雨は、トンネルへ入っても止まなかった。 高田はラジオの音量を下げた。後ろの幌を叩く音なら、出口まで続くこともある。濡れた布から水が落ちるのだ。けれど聞こえているのは、細かな雨が土に沁みていく音だった。次の退避所へ寄せ、助手席
怪談

立ち飲み屋の出口

柳田に誘われた立ち飲み屋は、ひどく狭かった。客を通そうと身を引くと、隣の男の背中が開き、その向こうに別の路地が見えた。
怪談

駅前の聞き役

街頭相談の受付で男の話を聞いていた。返事をする前に空席から私の声がした。その相槌のたび、男の背中の重みが私へ載った。
怪談

屋上庭園の昼休み

昼を食べに屋上へ行くと、客はみんな背中を向けていた。こちらへ歩いてくる人にも背中しかなかった。柵の下の道路には、大きな顔があった。
怪談

待合室の居眠り

歯科の待合室で、口を開けると目の前が暗くなった。隣の患者が返事をすると、その口の中に、居眠りしている男の目があった。
怪談

乾燥の終わる椅子

乾燥機が止まっても、女の人は起きなかった。やがて彼女が椅子を離れたあとにも、眠った彼女は座っていた。私の椅子にも、私がいた。
怪談

信号待ちの口笛

夜勤明けの交差点で、男が口笛を吹いていた。信号は赤だった。私は歩いていないのに、横断歩道の線を踏んでいた。
怪談

閉館前の靴音

弓野の右の靴音なら、振り向かなくても分かった。その音が郷土博物館の奥から聞こえたとき、本人はまだ私の隣にいた。