奇怪千万からのお願い

このサイトの記事が面白かった、役に立ったと思って頂けたら、一つお願いがございます。
Amazonで何か買う予定があるとき、その前に下のボタンから入って頂いて買い物をしていただくと
サーバーの運営費と心霊スポットやパワースポットの取材費になります。

ここから入って買い物をすると、金額の数%が紹介料として私に入ります。
貴方様の支払いが増えることは一切ありません。買う物も何でも構いません。
記事をもっとたくさん増やしたいので、ご協力をお願いします。

当サイトではアマゾンアソシエイト以外のアフィリエイトは使用しません
(記事が見づらくなるから・・・)

乾燥の終わる椅子

乾燥機が止まったのに、隣の女の人は起きなかった。

私は自分の洗濯物を袋へ詰めながら、声を掛けようか迷っていた。彼女の機械は、私の二つ向こうにあった。中で白いタオルが固まっていた。乾燥が終わると早く出したほうが皺にならない。その程度の親切だった。
椅子で眠っている人を、わざわざ起こすほどのことだろうか。

洗濯機が壊れてから、週に二度、夜中にその店を使っていた。仕事を終えて帰り、一度座ってしまうと出るのが面倒になる。夕飯の前に汚れ物を持って来て、乾くあいだに隣の弁当屋で食事を買った。
その日は弁当屋が閉まっていた。仕方なく自販機で缶のスープを買い、店の椅子で飲んだ。女の人は私が来たときからいた。

椅子は三脚あった。女の人が左端、私は右端に座っていた。中央には彼女の大きな洗濯袋が載っていた。袋を置く前に、いいですか、と聞かれたので、どうぞと答えた。
会話はそれだけだった。
女の人は二台の乾燥機を使っていた。一台はタオル、もう一台は色の薄い仕事着だった。襟元に小さな店名が刺繍されているのが、回るたびに見えた。

私は帰る支度を終えた。
そのとき女の人の頭が、二つあるように見えた。
壁へもたれた顔の手前に、もう一つ、前へ垂れた後頭部があった。同じ髪色だった。肩までの髪が頬へかかり、顔は見えない。
私は袋を持つ手を止めた。

女の人はまだ眠っていた。椅子の背へもたれ、顔を少し上へ向けていた。
その胸の前にある頭は、ゆっくり揺れていた。膝へ向かって落ち、直前で戻る。眠っていて首が折れそうになる、あの動きだった。
首から下は見えなかった。身体を二人分、同じ場所に置けるはずがなかった。

私は入口へ寄った。
ガラスに自分の姿が映った。洗濯袋を抱えた普通の自分だった。背後の椅子も映った。
私が座っていた右端にも、頭があった。
男の後頭部だった。短く刈った髪の分け目が、自分と同じところにあった。

私は振り返った。
椅子に、私が座っていた。
顔が見えないという点を除けば、そうとしか思えなかった。シャツの袖があり、膝があり、床に揃えた靴もあった。顔だけが前へ深く落ちていた。
私は立っていた。鞄も洗濯物も、こちらが持っていた。
椅子の上の男の胸が、ゆっくり上下した。

眠った覚えはなかった。
乾燥を待つあいだ、携帯で短い動画を見ていた。缶を飲み終えたことも覚えていた。それでも一度くらい、目を閉じたかもしれない。
私は空の缶を自販機の横の箱へ捨てた。底で鳴った音まで覚えていた。
それなのに、椅子の男の右手には同じ缶があった。指が缶を握り、薄い金属が小さく鳴った。

女の人が起きた。
私を見るより先に、自分の胸元を見た。そこにある頭へ手を伸ばした。
「何」
低い声だった。
指が髪の中へ入った。女の人の顔が歪んだ。彼女は自分の頭を反対の手で押さえた。胸の前の髪を引くと、自分の頭皮も痛むらしかった。
私は、やめたほうが、と言った。
彼女は手を離した。

女の人は立ち上がった。
前へ垂れた頭は、椅子に残った。彼女が退いたところに、仕事着ではない普段着の肩ができた。膝ができ、足先が床へ届いた。
椅子には眠る女の人がいた。
立った女はそれを見て、両手を口へ当てた。私も自分の椅子を指した。説明する言葉が見つからなかった。

私たちは店の外へ出た。
歩道は明るかった。向かいの牛丼屋には客がいた。近くを二人連れが通り、私たちを見ずに歩いていった。
女の人は裸足だった。いつ靴を脱いだのか分からなかった。店の椅子の下に、彼女の靴が揃っていた。
眠るほうも、同じ靴を履いていた。

「取りに行かないと」
女の人が言った。
私は洗濯物をまだ出していないほうだと思った。彼女は自分の足を見ていた。
「痛いですよね」
歩道に立つと足が冷たそうだった。私は自分の袋を下ろし、入口のそばに立った。
彼女は店へ戻り、椅子の下から靴を取った。眠る自分の膝へ触れないよう、横から手を入れた。

履き終えるまで、私は見ていた。
女の人は立ち、靴底を一度鳴らした。
椅子の女の靴底も、床を叩いた。
彼女はもう確かめなかった。乾燥機を開け、タオルを取り出した。温かい布を抱えると、少し表情が戻った。彼女はタオルを畳み台へ置いた。私も手伝おうとして、途中でやめた。知らない人の洗濯物だった。

店の連絡先へ電話した。
夜間もつながる番号で、男の人が出た。機械の故障かと聞かれた。私は椅子に人がいると答えた。
眠っているなら声を掛けてもらえないかと言われた。ほかの人も利用するので、寝ている人を長時間置いてはおけないということだった。
私は、自分と同じ人です、と言った。
電話の向こうが静かになった。

「今、向かいます」
男の人は、店にいるならそのまま待っていて、と言った。
女の人に伝えると、彼女は残りの乾燥機から仕事着を出し、畳み台のタオルの上へ置いていた。濡れてはいなかった。温かさも残っていた。
「これ、明日使うんです」
私に説明する必要はなかった。それでも彼女は何度か、明日、と言った。帰らないと困る理由を並べているようだった。

私の洗濯物はもう袋へ収まっていた。女の人は畳み台の衣類をまとめるため、中央の椅子から空の洗濯袋を持ち上げた。
そこにも人がいた。
今度は誰に似ているのか分からなかった。頭が小さく、背中が丸かった。袋が置かれていた形に、胸と膝を狭く寄せて眠っていた。
女の人は袋を落とした。眠る人の肩が下がり、長く息が漏れた。
彼女は床の袋を拾い、畳み台へ戻った。タオルも仕事着も一緒に詰め、口を固く結んだ。

私は店へ入らず、外から三脚を見ていた。
最初は一人ずつだった頭が、増えていた。右端の私の肩へ、別の頭が寄りかかっていた。左端にも、首を反対へ倒した頭があった。
みんな眠っていた。苦しそうではなかった。
誰もがそこへ座れば寝られると知っているような、安心した姿勢だった。

私はその晩、少しも眠くなかった。
疲れてはいた。肩も痛かった。腹も減っていた。なのに眠気だけがなかった。女の人も同じことを言った。
「さっきまで、目を開けてるのが無理だったんですけど」
彼女は自分の頬を叩いた。
椅子の女の頬も、赤くなった。

男の人が車で来た。店の管理をしている人だった。
入口で足を止めた。私たちは何も指ささなかった。彼は椅子を見てから、こちらの顔を見た。
「何人、います?」
私は分からないと答えた。
女の人も答えなかった。頭はいくつもあったが、身体は椅子の幅に収まっていた。

男の人は眠る私へ声を掛けた。
返事はなかった。肩へ触ろうとしたので、私は思わず、その人じゃなくて、と言った。
男の人が手を止めた。
私がそう言った意味は、自分でも分からなかった。そこにいるのを自分だと認めたくない一方で、知らない人に揺すられるのも嫌だった。

管理の人はしばらく考え、今日は店を閉めると言った。
入口へ閉店の札を掛け、まだ回っている機械がないか確かめた。私たちの洗濯物は全部出ていた。
彼が椅子の脚を持つと、上の身体が少し揺れた。
「外で、明るいところで見ましょう」
誰に向けた言葉か分からなかった。彼も、ここへ閉じ込めて帰ることができないらしかった。

三人で椅子を一脚ずつ運んだ。
重さは普通の椅子だった。人を載せた重さではない。私は右端を持った。自分の眠る頭のすぐ横に顔が来たが、顔を覗かなかった。
歩道を塞がない、店の脇の窪みへ並べた。管理の人が持ってきた灯りをつけた。
頭の形が幾つも重なっていた。顔のある側は、すべて下を向いていた。

私たちは少し離れて座った。
明日早いなら帰っていいと、管理の人は言った。女の人は時計を見て、首を振った。私は向かいの店で三人分の温かい茶を買った。
何も解決しなかった。
ただ、誰かが隣に座っていて、話さなくてもよかった。私たちは椅子を見続けるのをやめ、通りの車を眺めた。

朝の配達の車が増えたころ、女の人が私の袖を引いた。
三脚の前に、人が立っていた。
背中のほうしか見えなかった。一度も顔を上げた姿を見ていなかった。女の人も私も、近寄って確かめなかった。
彼らは店へ入らず、それぞれ違う方向へ歩いた。足音はしなかった。曲がり角へ着く前に、朝の人の流れの中へ見分けられなくなった。

椅子は空いていた。
女の人があくびをした。私も続けてあくびをした。抑えられなかった。管理の人は、そちらは歩いて帰れますか、と私に尋ね、女の人を車で送ると言った。
私はうなずいた。洗濯袋を持つと、今になってずしりと重かった。
眠りたかった。
家へ着いて靴を脱ぐまで、そのことだけを考えて歩いた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました