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2026-10

怪談

八王子城跡の宿で、明け方の留守電に残っていた返事

部屋の中で、女の声がする。低く、平らで、名前を読み上げるような調子。一つ呼んでは、間を置く。また一つ呼んで、間を置く。美和は息を止めた。
怪談

滝頭の無縁塚のそばの店で、壁際の丸椅子が沈む夜

手の甲に、重さが乗った。手のひら一つ分の、冷たい重さだ。濡れている。賢吾の手を、丼の縁に押し付けている。動かせない。引こうとした。引けない。
怪談

寒川神社の大晦日、神苑の池に映る人と駐車場の五人目

写真が貼ってある。夜の砂利の駐車場だ。反射材のベストを着た男たちが、横に並んでいる。ただ、一番右の背の低い男は、俺だった。葛西が指で数えた。五人いる。
怪談

西新井トンネルから、五分で帰る

地下道に入ったら電話をかけて、五分で帰ると言う。ばあちゃんはそう教わった。画面の向こうの壁に黒いシミがあり、階段の下には、誰かの忘れた黒い傘が一本立てかけてあった。
怪談

南酒々井のバケトンまで、昼休みの散歩

通路の向こうの、明るい四角。そこに、人が立っていた。小さい。背中が丸い。逆光で、顔のあたりは白く飛んでいる。こちらを向いているかどうかは、分からない。
怪談

虹の大橋の袂に、小さい引き戸があるという客(宮ヶ瀬)

三ケ木のバスターミナルで乗せた客は、荷札の付いた紺の風呂敷包みを膝に置いて言った。返す場所は決まっています、袂に小さい引き戸があるでしょう、と。
怪談

出流原弁天池の宿で、娘の爪が短くなっていた

宿の二階の窓から見下ろすと、外灯の光が水を通り抜けて、底の石まで届いている。鯉が白く浮いていた。宙に止まっているように見える。
怪談

横浜外国人墓地の門が閉まったあとで

柵の反対側の端に、こちらへ背を向けて立っていた。広場の幅は、十歩ほどある。さっきまで肘が触れる距離にいたのに、いつ動いたのか。
怪談

武蔵一宮氷川神社の蛇の池で、二回だけ吠えた

十日市の昼、工場の後輩と武蔵一宮氷川神社の蛇の池まで下りた。柵の向こうの木立で、犬が二回だけ吠えた。境内に犬は入れないはずだ。
怪談

無線山の黒電話

明け方の廊下の突き当たりで黒電話が鳴り、受話器を取ると声の代わりに乾いたものの擦れる音がして、送話口のすぐ近くで誰かが長く息を吐いた。