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kikaisenban

怪談

読む声

転居する友人の手紙を広げているうちに、普通の言葉が別の意味でしか理解できなくなる。机の上では、伏せた便箋の折り目が動き始めた。
怪談

口を閉じていて

初めて講師を任された料理教室で、他人が噛んだ漬物の音が綾乃の奥歯からした。自分の皿には、漬物を載せていなかった。
怪談

振らなかった方

二十年ぶりの卓球で、借りたラケットが手を離れた。相手も打っていない球だけが、二人の間を往復していた。
怪談

冬の分

庭で薪を割ると、橙色の粒が二つ、頭上に残った。斧を置いても木の割れる音はやまず、粒は薪棚から家の裏戸へ移っていった。
怪談

部品だけ

止まった研磨機を直すため、中古のボール盤からモーターだけを買うことにした。外した座金が、硬い土間へ沈んだ。
怪談

台を戻してください

閉業の日、運び出された検品台の跡に、刷り直した表紙だけが浮いていた。吉野は引取業者を呼び止めた。
怪談

椅子を置く場所

庭に椅子を出す場所を、大家さんに訊いた。石灯籠へ明かりが入ると、平らな敷石で俺だけが坂へ立ったようになった。
怪談

服を返す日

辞めた店へ返す仕事着を洗い直した。乾燥機からこぼれた熱い砂に、小さな透明の殻が交じっていた。
怪談

顔を向けないで

初めての体験稽古で、何もせず相手を見ているよう言われた。彼女には、私が違う場所から覗いているように見えた。
怪談

磨いたところ

片方だけ白くなった靴を、両方きれいにしてほしかった。磨かれる右足を台に載せたまま、真紀は百貨店の前から自分によく似た靴音を聞いた。