奇怪千万からのお願い

このサイトの記事が面白かった、役に立ったと思って頂けたら、一つお願いがございます。
Amazonで何か買う予定があるとき、その前に下のボタンから入って頂いて買い物をしていただくと
サーバーの運営費と心霊スポットやパワースポットの取材費になります。

ここから入って買い物をすると、金額の数%が紹介料として私に入ります。
貴方様の支払いが増えることは一切ありません。買う物も何でも構いません。
記事をもっとたくさん増やしたいので、ご協力をお願いします。

当サイトではアマゾンアソシエイト以外のアフィリエイトは使用しません
(記事が見づらくなるから・・・)

両手を空けて

相良は、荷物を受け取るために両手を出した。
女は船の縁に立ち、小さな鞄を肩に掛けていた。胸の前で曲げた両腕には、何も持っていないように見えた。暗くて見えないだけだと思い、相良は岸の明かりが当たるところへ半歩ずれた。

「先に、これをお願いします」
女が腰をかがめた。相良の両腕へ重さが載った。
手のひらは開いたままだった。包みの底も、袋の持ち手もなかった。それなのに肘が下がり、肩の奥まで引かれた。膝を曲げなければ受け止められなかった。

「おい、落とすなよ」
船から叔父の声がした。
相良は返事ができなかった。

叔父は湾の対岸に住む人たちを、小さな船で迎えに行っていた。道路を回るとひどく遠い。年に何度か、用事の重なった晩に頼まれるのだという。相良が手伝うのは初めてで、港の隅で待っていればいいと言われていた。

親戚の集まりでは、よく使いを頼まれた。車を回せ、椅子を運べ、誰それを迎えに行け。相良も三十を過ぎているのに、叔父から見れば中学生の頃のままらしかった。その晩も、着いた船から荷物を受け取り、車へ運ぶだけのつもりでいた。

九時を少し回っていた。ほかの客はもう降りて、迎えの車へ散っていた。船に残っているのは叔父と、この女と、二十代くらいの男だった。男は後ろの席で両手を膝に挟み、前かがみになっていた。船酔いだろうと相良は思った。

女は相良の腕から手を抜いた。
まだ何も見えなかった。黒いコートを丸めた物かと思って目を凝らしたが、腕のあいだから、船の白い縁がはっきり見えた。手を握ろうとすると、人差し指だけが途中で止まった。

女は船の縁に片手をつき、岸へ上がった。細い靴のかかとがコンクリートを叩いた。そのまま相良の脇を通った。鞄が肩からずり落ちかけ、女は肘で受けて掛け直した。
「あの、これ」
相良が呼ぶと、女は振り返った。五十代くらいだった。汗で前髪が額についていた。
「少しだけ。あの子を降ろしますから」

女が男へ手を差し出した。男はつかまらず、自分で立った。背中を伸ばしかけて、また曲げた。肩から茶色い旅行鞄を下げていたが、それほど大きな物ではなかった。

「下ろしますよ」
相良は女へ言った。
「待って」
女は男の腕に触れたまま、こちらを見た。
相良は待てなかった。腰のあたりまで両手を下げると、支えている重さが手首のほうへ寄った。転がって落ちるかと思ったが、落ちなかった。左手から肘まで、長い硬いものが横たわった。

膝をつこうとした瞬間、その硬いものが折れ曲がった。

関節だった。形は見えず、指で確かめてもいない。それでも、今まで真っ直ぐだった膝が、腕の上でゆっくり曲がったのだと相良には分かった。腿らしい太さのものが左の手のひらへ押しつけられ、右腕の重さが外へずれた。

相良は声を上げた。腕を引っ込めようとすると、何かが胸へ寄りかかってきた。胸骨の下が押され、上着に斜めの皺が入った。

叔父が船から上がった。相良の前に立ち、腕と顔を交互に見た。
「何やってるんだ」
「持ってるんだよ」
「何を」
相良は女を見た。女は男を岸へ上げていた。彼が地面へ足をついた途端、相良の腕で、重いものが少し起き上がった。

相良の左の袖がへこんだ。肘の外側から、四つの小さなくぼみが並んだ。何かにつかまれていた。痛くはなかった。こちらの腕を頼りに、持たれているほうが体勢を変えている。

男がそれを見た。
「離しちゃ駄目ですよ」
「離せないんです」
「それ、下ろせます。ゆっくり」
そう言いながらも、男は近づかなかった。茶色い鞄を地面に置き、自分の両手を開いた。指が細かく震えていた。

叔父は港の壁際にある台車を持ってきた。昼に魚の箱を運ぶ、低い木の台車だった。相良の膝の前へ押し込み、車輪が動かないよう靴で押さえた。
「ここへ置け」
女が一歩前へ出た。叔父は顔を上げた。
「あんたの荷物だろ。手を貸してくれ」

女は鞄を置き、相良の両腕の下へ手を入れた。指は触れ合わなかった。二人の手のあいだに、見えない厚みがあった。女が持ち上げると、相良の胸から圧が離れた。

「せえので、下ろすぞ」
叔父が言った。女は首を振った。
「そんなに急がないで」
相良は何も言わず、片膝を地面へついた。女もしゃがんだ。二人の両手が台車のすぐ上へ来ると、木の板が鳴ってたわんだ。

手を抜くことができた。

相良は立てず、その場で腕を抱えた。台車には何も載っていない。けれど叔父が靴を離すと、車輪が回り始めた。岸の端へ向かっていた。叔父は慌てて取っ手をつかみ、壁際へ向け直した。

板の中央が深くたわんでいた。重みはそこから前へ移り、前側の車輪が少し開いた。相良は、あの膝を曲げたものが台車へ座り直したのだと思った。風は海から吹いている。

女は両手を膝に当てたまま、台車の上を見ていた。
男が横から言った。
「母さん、俺の鞄」
女は自分の後ろにある茶色い鞄を見た。それから男へ目を戻し、自分で持てるでしょう、と言った。

相良は立ち上がった。
男は鞄へ手を伸ばしたが、取っ手をつかめなかった。指を丸めたまま、持つ形を何度も作っていた。相良はその手を見て、口にしかけた文句を飲み込んだ。

「船でも持ってたんですか」
聞くと、男は頷いた。
「どこから」
「向こうの港から。乗るまでだけって言うから」
母親は、台車に向かってしゃがんでいた。板の上の何もないところへ掌を伸ばし、撫でるような動きをした。

叔父が、知っている人なのかと相良へ聞いた。
知らない、と答えた。こちらが知りたいくらいだった。
「叔父さんの客だろ」
「乗せてくれと言われただけだ」
叔父は女に、何を運んでいるのか聞いた。女は顔を上げたが、答えなかった。

「人ですか」
相良が言うと、女の口が開いた。
「そうだったら、こんなところに置かないで」
答えになっていなかった。それでも相良は、台車をもっと平らなところへ寄せようとしてしまった。叔父の手に自分の手を重ねる直前で、やめた。

母親が男を呼んだ。
名前は聞き取れなかった。男は首を振った。
「俺、もう持てない」
「少しでいいから」
男は母親へ両手を見せた。指は伸びず、手のひらの真ん中に赤い筋がついていた。母親はそこを見ず、手首をつかんだ。

相良が間に入った。
「車は来るんですか。迎えとか」
「呼べば」
「じゃあ、ここに置いたままで」
「それで誰に持ってもらうの」
女は、相良が続きを知っているように聞いた。

台車の取っ手が、叔父の腹へ近づいた。
叔父は押し戻した。車輪は止まったが、板のたわみは前へ寄ったままだった。低い音がして、車輪の一つが木の台から抜けた。台車が斜めになり、女が空の上へ腕を出した。

「危ない」
相良も反射的に手を出した。
板の縁を押さえたつもりだった。指先は木へ届かず、その上で止まった。手のひらへ丸いものが転がり、首のくびれのような細さが親指の股へ入った。

相良はそのまま固まった。

女は反対側を抱え、立ち上がりかけていた。男も母親の横に来て、両腕を前へ出した。叔父は倒れた台車を足で脇へ退けた。
四人が狭い岸に集まった。相良の手にある丸いものが、ゆっくり向きを変えた。頬らしい広さの柔らかい面が手のひらを擦り、耳のような薄いものが小指へ当たった。

「どっちが、そっちですか」
男が聞いた。
「頭。たぶん」
「俺も、頭です」
男は母親の横で両手をすぼめていた。相良の手元とは、一人の体が横になるほど離れていた。

女は何も言わなかった。腰を落とし、両肘を腹へつけていた。三人が持っているものの重さは、誰かが持ち直すたびに、一人分ずつずれるようだった。相良は男の指を見た。そこにも何もなかった。見えていれば、せめて何人を持っているのか数えられた。

叔父が、相良の右手の下へ手を添えた。
「こっちか」
「触らないで」
相良は強く言った。叔父の手が止まった。その間にも、女の肩が少しずつ下がった。

「いったん地面へ置く」
相良は女へ言った。
「そこに寝かせるの」
「持っていられないんです」
女は左右を見た。相良と息子の顔を見比べ、息子のほうへ体を寄せた。男が半歩逃げると、女もそれ以上は近づかなかった。

叔父が自分の上着を脱いだ。汚れた裏側を下にして地面へ敷き、胴の部分を両側から寄せて厚くした。相良は礼を言う余裕もなく、その真ん中へ手を下げた。女と男も膝を曲げた。

上着は人の形には膨らまなかった。
誰かが袖の端をつまんで引いたように、布が横へ伸びた。襟が裏返り、胴のところに寄せた皺が平らにつぶれた。相良が指を抜くと、その部分だけが元へ戻り、隣の布が押しつぶされた。

相良は後ろへ下がった。男も手を抜き、両膝を抱えた。母親だけが、上着の上へ手を残していた。胸から下を斜めにして、何もないところへ頬を近づけている。

「もう、いいだろう」
叔父は言った。
女は彼を見た。相良は初めて、女の唇が震えているのに気づいた。
「この子、途中で止めるから」
母親が男のほうへ目をやった。
男は顔を上げなかった。
「ずっと持ってたよ」

女の手首が下がった。
上着の袖が、岸へ向かって伸びた。相良は靴を引いた。袖口が爪先のあったところを通り、端へ寄った。重いものが水へ落ちると思ったが、布は縁の手前で止まり、今度は女のほうへ少しずつ戻った。

女は立ち上がろうとしていた。
手をつく場所は、足元にある。それでも膝を伸ばせず、腰だけが高くなった。何かが彼女の前腕の上へ乗り直していた。女はその重さを、両肘で迎え入れた。

相良には、止め方が分からなかった。叔父も上着を拾おうとはしなかった。男が立ち、茶色い鞄を左の肩に掛けた。右手で底を支えなければ持てないらしく、何度もずり落としかけた。

「母さん」
女は男を見上げた。
「俺の手、見てよ」

女は空いていない両手を動かした。片方だけ抜こうとしたようだった。上着の裾が地面へ張りつき、女の体がまた低くなった。

相良は男の鞄を取り上げた。今度は、革の取っ手がちゃんと指に掛かった。男は驚いてこちらを見たが、すぐに手を離した。
空いた右手を、母親の前へ差し出した。何かを受け取る形ではなかった。赤い筋のある手のひらを、目の高さまで上げて見せていた。

母親はその手を見た。
相良も、男の手が勝手に下へ向かないか見ていた。母親の両腕にはまだ重さがあり、叔父の上着は、その膝の前で、寄せた胴の部分をつぶされていた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました