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刈り終わった土地

三輪は、門の南京錠から鍵を抜いて文代に差し出した。
「終わりました。長いこと、どうも」
文代は鍵を受け取らず、奥の草の山を指した。軽トラックの荷台にも、同じ色の草が積んであった。
「あれも持っていってもらえるのよね」

山裾にあるその土地を、三輪は資材置場に使っていた。文代が来るまでに、足場の板も、錆びた棚も運び出されている。事務所代わりの小屋があった所だけ、土が四角く乾いていた。今朝まで胸ほどの丈の草に埋まっていた門の脇も、短く刈られている。

「草くらい置いといたって、すぐ土になりますよ」
「次の人が見るの。置いてない方がいいわ」
三輪は鍵をすぐにはしまわなかった。一度空を見てから、作業着のポケットへ戻した。

軽トラックの男が、荷台へ掛けた網をほどき始めた。三輪が頼んだ片づけ業者で、安東という名だと朝に紹介されている。荷台は草で一杯だった。安東は一束を持ち上げ、端へ押し込んだ。
「全部、一度じゃ載らないです。もう一往復になりますけど」
「それ、三輪さんに頼んであるから」
文代が言うと、安東は三輪の方を向いた。三輪は料金を訊き、聞いてから、じゃあそうしてくれ、と答えた。

遠くの斜面に、白い家が三軒並んでいた。その下を通る道路まで下りれば、町の中心はすぐだ。次は植木を扱う店が借りたいと言っていた。店主が下見に来る前に、文代は一度、土の見える土地にしておきたかった。三輪にはひと月前からそのつもりで話していた。

安東が荷台の奥へ腕を入れた時、草の間から白い粉が上がった。
粉だと思ったのは一瞬で、落ちてきたものには、一つずつ細長い形があった。文代の靴の甲に二つ載った。米粒より細く、片方の端に透き通った毛がついていた。

「種が出ちゃうね」
文代は靴を振った。二つとも、門の下の草へ落ちた。安東は手に持った束を見ていた。草の先端ではなく、切り揃えられた太い茎の方だった。
「こんなの、ありました?」

切り口の一つが、白く膨らんでいた。手首ほどもある束の中で、それだけがみずみずしい。文代が近寄る間にも、白いものは茎からはみ出し、小さな刷毛のように開いた。安東が束を回すと、反対側にも二つあった。上も下も切られた、葉のない茎だった。

「途中から花が出る草なの」
文代は三輪に訊いた。
「知りませんよ。ここ、色んなものが生えるんで」
三輪は残りの山を見に行った。文代は白い刷毛から目を離せなかった。毛だと思っていた一本一本が、ゆっくり外へ傾いている。間に挟まった粒が緩み、安東の軍手へこぼれた。

安東は束を荷台へ戻した。新しい白い穂が、網の目からいくつも突き出した。朝から車に積まれていた草だった。切った時にはなかったのだと、安東は言った。
文代は返事をしようとして、自分の靴の下を見た。

門の下に丸い葉の草が残っていた。靴から落とした白い粒が、その葉に二つ載っている。粒の周りが水で濡らしたように暗くなった。暗いところは葉の縁まで広がり、次いで灰色になった。文代がしゃがむと、葉が一枚、柄から折れて落ちた。

「今、見た?」
安東は文代の横へ来た。文代が粒の場所を教えている間に、同じ株の葉が垂れた。さっきまで靴へ擦れても戻っていた茎が、地面へ倒れた。白い粒だけが、そこに立っていた。

根元を細い糸が囲んでいる。倒れた葉へ伸び、縁を一周してから、粒の下へ戻っていた。文代には、糸が葉をほどいているように見えた。葉脈の筋が一本ずつ離れ、緑色の薄い部分が縮んでいく。最後に、砂のような灰色のものが残った。

三輪を呼んだ。奥から歩いてきた三輪は、文代が指すところを見ても、最初は何のことか分からない様子だった。文代も順序立てて言えなかった。ただ、そこを踏まないで、と頼んだ。

白い粒のあった所に、茎が一本立った。
細いが、芽ではなかった。途中に青い葉がつくこともなく、文代の指ほどの高さで、先に穂を開いた。すぐ横にも一本出た。二本とも、荷台の切り口に咲いたものと同じ形だった。

三輪がしゃがんだ。指を伸ばしかけ、膝の上へ戻した。
「昨日のも、これだったのかな」
文代は三輪の顔を見た。

昨日、棚の下に溜まった草を掻き出したら、夕方には白くなっていたという。三輪は古い草の黴だと思い、その上に今朝刈った分を重ねた。話しながら、作業着の脇を何度も払った。
「言ってくれたらよかったのに」
「草の色まで、いちいち言いませんよ」
その返事を聞いて、文代は口を閉じた。錆びた棚を残すなとは言ったが、草の色を確かめてくれとは頼んでいなかった。

荷台の網が張った。
中の草が盛り上がったのではなかった。緑色の草が痩せ、隙間から出た白い穂に網が載っていた。荷台の縁へ目を近づけると、昨日まで青かったはずの葉が、薄い灰になっては崩れていた。穂の根元に灰が溜まる。その中から、また別の茎が上がってくる。

安東は車の後ろへ回り、荷台を囲う板の留め具に手を掛けた。
「積んだの、降ろします」
「ここで?」
三輪が訊いた。安東は頷いた。
「これを積んで道路へ出られないです」

文代は荷台と道路を見比べた。網は掛かっているが、粒の大きさに対して目が粗すぎた。さっき飛んだものが、車の走る風でどうなるかを考えた。言われてみれば当然だった。安東は返事を待っている。
「お願いします。降ろしてください」
文代が言った。

安東は荷台の板を開き、長い熊手で草を引いた。三輪が地面へ古いシートを広げた。草が一塊、網と一緒に落ちる。種の出る白い穂は下敷きになった。それでも、上に載った葉の隙間から、すぐに別の白が見え始めた。

三輪がシートの端を上げた。包もうとしたのだ。安東も熊手を置いて、反対側を引き寄せる。二人の間で、草を包んだ青い塊が出来た。三輪は余った端を折り、金具の穴へ紐を通した。
「とりあえず、飛ばなきゃ」
誰にともなく言って、結び目を引いた。

文代は、あとの草の山も覆えるものがないか安東に訊いた。大きいシートが車にあるという。買いに行かずに済んだことに、少しだけほっとした。安東が助手席の後ろから出したものを、三輪と二人で奥へ広げた。今度は先に、周りへ落ちていた板を寄せ、裾を押さえた。

覆い終えた奥の山は静かだった。草の袋を置いているだけに見えた。安東が文代に、シートは置いていきます、と言った。
「おいくらですか」
「それは、あとで」
安東は車へ戻っていった。荷台に残ったわずかな草を、手箒で一箇所へ集め始めた。何度も同じ隅を掃いていた。

文代の携帯が鳴った。明日、土地を見たいという植木屋からだった。文代は画面に出た名前を見て、一度通話を拒んだ。断る言葉を決める間がほしかった。すぐ掛け直し、土地を貸せなくなった、とだけ伝えた。
「何か建てるんですか」
「いいえ。草が、まだ」
「草ならこっちでやりますよ。そういう仕事だから」

文代は、少し待ってください、と言った。見てもらいたい気持ちが、一度そこまで出た。何という草なのか知っているかもしれない。自分たちには無理でも、その人ならという考えだった。
電話を耳に当てたまま門の下を見ると、先ほどの二本が折れていた。脇の、まだ緑だった草まで灰色に倒れ、その上に白い穂が並んでいた。一本でも二本でもなくなっていた。

「来ないでください。貸せないんです」
文代は言い直した。相手は黙り、それから、分かりました、と答えた。礼を言って切ると、三輪が横に立っていた。

「今日は、まだ返せないってことですか」
三輪はポケットへ入れた手を出さずにいた。文代は、貸す相手を断ったのだと説明した。それでも三輪は動かなかった。
「草を片づけるまで、ここの賃料を払うんですか。俺」

文代はその時、三輪がずっと何の返事を待っていたのか分かった。山を見るたびに文代の顔を窺い、安東の作業を手伝っても門の外へ出なかった。草を置いてはいけないと言ったのは文代だった。二人で決めた返却の日は今日で、小屋も棚も、もうここにはなかった。

「いいえ。今日、返してもらいます」
文代が答えると、三輪はすぐには鍵を出さなかった。
「このままですよ」
「ええ」
「あとで、草も持っていけって言われても」
「言いません」

三輪は車から、返却を確認するための紙を出してきた。朝、文代が草の撤去を待って書かなかったものだった。空欄へ名前を書こうとすると、三輪が、残っているものも書いてくれと言った。文代は欄の外へ、刈草とシートを残した状態で受け取った、と書いた。

その文字の下へ三輪も名前を書き、一枚を文代へ渡した。鍵を載せて渡そうとしたので、紙と鍵は別々に受け取った。文代は紙を二つに折り、自分の鞄へ入れた。

安東が掃き集めた草は、小さなビニール袋の底に収まった。袋の口を縛る前に、内側が白く曇った。安東は顔を遠ざけて口を結び、地面のシートの上に置いた。それも置いていってよいかと訊いた。文代は頷いた。

三輪が、シートを押さえている板は何枚か自分の物なので、と言いかけた。
「買います」
文代が言うと、三輪は目を伏せた。
「そんな話じゃないです。要らない方の板ですから」
そのまま使ってください、と続けた。文代はすみませんと答え、二人が道具を車へ戻すのを待った。

奥のシートに、小さな穴が開いていた。元からあった裂け目だろうか。そこから白い穂が出ている。裾を持ち上げて直すとまた種が飛びそうで、文代は近寄れなかった。草が足りなくなれば終わるのではないかと思ったが、確かめるために掛けたものを外すこともできなかった。

安東の車を先に出した。三輪の車が続いた。三輪は降りて門を閉めかけ、途中で文代を振り返った。文代は残るつもりだったが、三輪にはそう言っていなかった。
「閉めていいです。鍵、あるから」
文代は受け取った鍵を見せた。三輪が門を引き、南京錠を掛けた。指で一度引いて確かめ、頭を下げて車へ戻った。

文代は門の内側に一人で立った。短く刈られた草の中に、白いものがところどころ見える。遠くからなら、小さな花の咲く空き地だった。小屋の跡の四角い土へも、粒が落ちていた。土にはすぐ変化はなかった。だが、その縁に残る細い草は、既に色を失い始めていた。

側溝に浮かんだ白いものを見つけ、文代は門の鍵を開けた。道へ出てしゃがむと、わずかに流れる水の上を、種がいくつも進んでいた。つかえる場所には草があり、白い糸が水から上がっていた。

文代は流れに沿って歩いた。自分の土地の角を過ぎたところで、一度止まった。隣の敷地を囲う柵がある。門は離れた場所にあり、そこの鍵を文代は持っていなかった。
柵の向こうで、濃い緑の葉が一枚、縁から灰色になった。

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