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食べ終わった席

余った弁当をもらったのは私だった。帰ってから夕飯の支度をしなくて済むと思ったのだ。公民館のロビーに並んだ折詰は、紙の帯に油が染みていた。欠席が一人出たから持って帰っていい、と受付の女性に言われ、私は残っていた一つを布の袋へ入れた。

その日は、昔の合唱団で世話になった先生の傘寿を祝う会だった。歌うのをやめて十一年になる。知らせをくれたのは澄江さんで、行くだけでもいいからと何度も電話をもらった。夫が死んで以来、大勢で食事をするのは気が進まなかったが、会費は先に払っていた。先生の隣で写真を撮ってもらい、声を褒められた昔のことを少し話せた。それで十分だった。

会が終わると、世話役の人たちは先生を車まで送っていった。私は澄江さんと二人、小会議室に残った。彼女は受付を引き受けていたため、まだ何も食べていなかった。帰るつもりで袋を持ち上げると、もう少しいなさいよ、と言った。弁当くらい付き合ってくれたっていいでしょう。昔からそういう言い方をする人だった。

壁際の長机へ向かい合って座った。澄江さんは自分の折詰を開き、眼鏡を探した。私は食べ終わっていたので、お茶だけもらった。半分に畳んだ紙ナプキンを彼女がこちらへ寄せる。そこには小さな煮豆が一粒あった。「これ、嫌いだったね」。嫌いなのは夫だった。訂正すると、ああそうだった、と豆を自分の口へ放り込んだ。それから二人ともしばらく黙った。

床に白い米粒が落ちていた。私の靴の先から少し離れた所に、三粒、くっついたまま光っている。拾おうとして椅子を引くと、机の裏からもう一粒落ちた。澄江さんは焼き魚をほぐしている。向かいの膝から落ちたのだろうと、私は紙ナプキンを一枚取った。米粒は温かく、紙に触れたところで潰れた。

「まだ熱いのね、このお弁当」
「冷めてるよ。あんたが食べたのと同じだもの」
澄江さんは魚の骨を箱の縁へ置いた。机の下から、小さく咳払いが聞こえた。彼女が咳をしたのかと思って顔を見ると、私の方を見ていた。廊下の音がよく響く部屋ね、と言った。入口は開いていたが、廊下に人はいなかった。

私は汚れた紙を捨てに給湯室へ行った。小会議室の隣に、六畳ほどの和室がある。祝う会では荷物置き場に使っていたが、今は誰もいない。戸が半分開き、低い卓が一つ置いてあった。その上に米粒が見えた。白い粒が四つ。さっき床で拾ったものと数を比べたわけではない。ただ、薄暗い畳の部屋で、それだけが妙に新しかった。

給湯室の屑籠へ紙ナプキンを落とした。米粒が包まれている膨らみは、ちゃんとあった。戻る途中で和室を覗くと、卓の上には煮豆も載っていた。一粒だけ、黒い漆の塗りむらの上に転がっている。会が始まる前、私はその卓に自分の上着を置いていた。上着を取った時には何もなかったと思う。けれど、そこまで確かめた覚えもなかった。

澄江さんは、なかなか戻らない私を待って箸を止めていた。「帰りのバス、何時だっけ」。時刻を調べようと携帯を出した時、彼女の口からごく細い音がした。歯に魚の骨が当たったような音だった。澄江さんは顎を動かさず、私へバスのことを訊いている。口を開けるたび、その奥で別の誰かが噛んでいた。

「骨、刺さった?」
「ううん。何で」
彼女は口を閉じた。閉じた唇のすぐ前で、音が続いた。濡れたものを奥歯で潰す音に、空気が吸われる小さな笛の音が混じっている。澄江さんが自分の頬へ触れた。「隣、誰か食べてるの」。私は和室には誰もいなかったと答えた。声にすると、先ほどの豆が気になった。

二人で和室を見に行った。卓の上には米と煮豆、それに焼き魚の皮があった。澄江さんが屈み、自分の箸の先で皮を持ち上げかけた。私は彼女の手首に触れた。何を怖がったのか、その時はうまく言えなかった。食べ物に見えたが、触ってはいけない汚れのようにも思えた。彼女は箸を引き、こんな所に置くなんて、と顔をしかめた。

「管理の人、呼んでこようか」
「まあ、こぼしたんでしょう。食べたあと片づけて帰るから」
澄江さんはそう言って、小会議室へ戻った。私は和室に一人でいたくなくて、その後を追った。彼女の折詰には、さっきと同じ大きさの魚が残っていた。骨を抜いた場所だけが深く窪み、皮はほとんどなくなっていた。

彼女が紅生姜を口に入れた。間もなく、隣の部屋で箸が卓に当たる音がした。私はお茶を飲もうとしてやめた。誰かいる、と言いたかったが、さっき二人で見たばかりだった。澄江さんの左手が、弁当の蓋をつかんだ。箸を持つ右手はまだ口元にある。蓋を閉めようとしたのだと思う。蓋は彼女の指から抜け、机の下へ落ちた。

拾うために私は椅子から下りた。机の裏に、米粒が付いていた。脚の金具に近い所へ、べったりと白い米が貼りついている。その中から一本、短い魚の骨が出ていた。床へ落ちずに横を向いていた。私が顔を近づけると、骨が板の中へ引き込まれた。米の塊も、少しずつ平らになった。

「澄江さん、ちょっと立って」
私が言い終わるより先に、机の下で唾を飲む音がした。すぐ耳の脇だった。私は膝で床を擦りながら後ろへ下がった。蓋は拾えなかった。澄江さんも椅子を離れ、私の肘を引いた。床へ手をついた私の指には、茶色い煮汁が付いていた。机から滴ったらしかった。天板の上の折詰は横にもなっていない。

入口まで下がってから、澄江さんが私の手を濡れたおしぼりで拭いた。力が強かった。「どっか切った?」。私は首を振った。彼女はおしぼりの汚れを見て、食べ物を床に置く人がいるのは困る、と言った。さっきと同じ文句なのに、今度は誰に向けているのか分からなかった。声を普通の調子へ戻そうとしているのだと、私は思った。

受付へ行くと、会館の男性職員が椅子を積んでいた。机の下から食べ物が出てくると伝えると、彼は最初、上の階の水漏れを考えたらしい。二階も調理室じゃないんですけどね、と言いながらついてきた。私たちは廊下で待った。男性が机へ屈むと、さっきより大きな咀嚼の音がした。彼は立ち上がり、窓を開けた。外では草刈り機が回っていた。音は消えなかった。

男性は私たちの方へ来て、こちらの部屋でお待ちください、と向かいの事務室を指した。それから、自分の靴底を一度見た。靴に何か付いたのだと思ったが、底は乾いていた。小会議室の方から、硬いものがぽつぽつ床へ落ちる音がした。男性は私たちを急かさず、先に事務室の扉を開けてくれた。

澄江さんは入らなかった。「袋がある。財布も」。私は自分の布袋も机の脇へ掛けたままだと思い出した。男性が取ってくると言ったが、澄江さんは折詰の代金もまだ精算していないと話し始めた。彼にそんなことを言っても仕方がない。私が一緒に取ろうと言うと、彼女は話すのをやめた。お金のことを言っていれば、まだ自分の知っている用事で済む気がしたのかもしれない。

男性に入口で待ってもらい、二人で机へ近づいた。澄江さんは財布の入った鞄を胸に抱えた。私は脚に掛けた袋の持ち手を引いた。弁当には、紙の帯が掛かったままだった。袋を床から上げると、机の裏で何かが吸いつく音を立てた。重くはなかった。ただ、持ち手を握る私の指の間へ、温かい息が吹き込んできた。

袋の口からだった。中を見下ろすと、折詰の蓋がへこんだ。薄い紙の角が一度持ち上がり、その隙間へ米粒が落ちていった。私は袋を取り落としかけた。帯は切れていない。蓋と箱の間には、米の通る隙間などなかった。外側を伝う粒が、紙に触れたところから見えなくなっているのだった。

机の上の、澄江さんが食べていた弁当を見た。焼き魚の端が崩れ、白い身が箱の隅へ寄った。箸は横に置かれている。目の前で豆が一粒沈んだ。誰も触らない箱の中に小さな窪みができ、縁がきれいに揃っていった。私の持つ袋が、腹へ当たった。そこから、まだ熱い米の匂いがした。

澄江さんが机の上の箸をつかみ、私の手元へ差し出しかけた。その一本を床へ落としたが、拾おうとはしなかった。私は袋を机へ戻した。持って帰るのをやめると決めたわけではなかった。握っていられなかった。指を開いても持ち手は二本の指の間に残り、それを外す時、布の端が舌のように曲がった。濡れてはいなかった。乾いた木綿が、指の腹を丁寧になぞった。私は手を引き、澄江さんの鞄にぶつかった。

「食べられないって、言ってるでしょ」
澄江さんが突然大きな声を出した。彼女は机の下へ向かっていた。腕を出していたわけでも、何かを振り払っていたわけでもない。箸を持つ手を鞄に押し当て、自分の膝をくっつけて立っていた。私が腕に触れると、彼女はこっちを見た。「今、口へ」。それ以上は言わず、唇を手の甲で擦った。

私たちは廊下へ出た。男性が扉を寄せ、隙間から中を見ていた。閉めてしまってくれればいいと思ったが、言えなかった。澄江さんが持っていた箸を、男性へ差し出した。片方だけだった。「もう一本、落としたみたい」。男性は紙で受けた。箸の先は何も付いていないのに、元の握る方が深く噛まれていた。

事務室で待っていると、先生を送った人たちが戻ってきた。澄江さんは、机がおかしいの、と説明した。相手が笑いかけたので、私は食べ物がなくなるところを見たと付け足した。うまく説明しようとするほど、私たちが床へ弁当をこぼして騒いでいるような話になった。職員は笑わなかった。弁当を出した業者の名前を控え、私たちには帰って構わないと言った。

外へ出た時、澄江さんはお腹が空いたと言った。ずっと食べていたじゃない、と返しかけ、私はやめた。会館の前に小さなパン屋がある。そこで二人分を買って、バス停のベンチへ座った。彼女は袋からあんパンを出したが、すぐには口へ運ばなかった。私が先に食べるのを待っているように見えた。私は半分を齧った。ちゃんと甘く、奥歯へ餡が付いた。

澄江さんも食べ始めた。私たちは先生の話をした。あれだけ声が出るなら百歳まで歌えるだろうと彼女が言い、私は、それは本人に任せなさいよ、と笑った。澄江さんは頷いた。パンの半分を袋へ戻し、今日はもう帰る、と言った。私の乗るバスが先に来たので、そこで別れた。

布袋を忘れたままだったが、取りに行く気にはなれなかった。翌朝、会館から電話があり、袋だけなら届けられると言われた。弁当は処分してくれたのだろうと思った。そう訊くと、電話の男性は少し黙り、空の箱を預かっています、と答えた。私は袋もいらないと伝えた。

昼になって澄江さんから電話が来た。預けた会計の袋を取りに行ったらしい。私の布袋は和室の卓に置かれていたという。空になっていたと聞いたよ、と私が言うと、彼女は、うん、とだけ答えた。それから、卓の下に米が落ちていた、と言った。私たちはしばらく互いの息を聞いた。「まだ熱かったの」。彼女がそう言った時、私は昨日のパンを包んだ紙を、屑籠の中へ見に行こうとしていた。立つ前に、机の下で小さく箸が揃えられる音がした。

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