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雨の入らない畑

弟とは近くに住んでいる。どちらも一人暮らしで、野菜を一袋買うと余らせるので、週末に煮物や味噌汁を多めに作って分けていた。畑の話を持ちかけたのは私だった。姉弟で好きなものを作り、必要なぶんだけ採って帰ればいい。二人の部屋の中間にある貸し農園で、三畝を借りた。

水やりは、夜勤の帰りに寄れる弟の役目になった。私は休日に草を取り、土曜には二人で収穫した。弟は料理に使うつもりのない花まで植えた。私が文句を言うと、花も食卓にあればいいだろ、と笑った。道具はそれぞれで用意した。私は流しで洗った古い水桶を、弟は風呂場で泥を落とした実家のスコップを持ってきた。

変なのは真ん中の畝だけだった。雨が降っても土が乾いている。左右には水溜まりができ、葉に水滴がつくのに、そこだけ砂を撒いたようにさらさらだった。弟は葉が雨を避けていると言った。冗談のつもりだろうと笑ったが、植えたばかりで、雨を遮るほど茂ってはいなかった。

地主の長田さんは、もう少し年のいった人だった。畑へ来ると、いつも同じ角へ猫の餌を置いていった。猫を飼っているのか聞くと、前はね、と答えた。十五年いた猫を、畑の脇の柿の木の下へ埋めた。それから作物がよくできるようになったから、礼をしているのだと言う。

私は猫を庭へ埋める話が苦手で、相槌だけ打った。弟は名前を聞き、猫の写真も見せてもらっていた。白い足の大きな猫だった。長田さんは、こいつは雨が嫌いで、と笑った。弟は乾いた畝の写真を見せた。地主はそれを見て、口を閉じた。雨の日も水をやっているかと聞かれ、弟が頷くと、そうか、とだけ言った。

その週の土曜、じゃがいもを掘った。乾く畝は育ちが遅いと思っていたが、そこからだけ大きな芋が出てきた。肌に傷がなく、土もほとんどつかなかった。弟が面白がり、一本の根を引いた。なかなか抜けず、腰を入れたところで、土の下から湯呑みを置く音がした。

二人とも手を止めた。隣の畑には誰もいない。道路の向こうは駐車場で、車の窓は閉まっていた。もう一度根を引くと、今度は蛇口から水が出る音がした。地面の下だった。弟は根を離し、手袋の土を払った。地下の水道管だろうと、自分へ言うように話した。

私たちはそれ以上掘らず、長田さんへ電話した。彼はすぐに来た。管の位置を教えてほしいと頼むと、この下には何も通っていないと答えた。根は引かずに切れと言う。芋を残すことになるが、細かいものまで取る必要はない、と言った。弟はうなずいたものの、納得している顔ではなかった。

帰り際に、畑の角へ白い足が見えた。猫だった。柿の木の根元からこちらを見ていた。見せてもらった写真に似ていると思い、私は弟の袖を引いた。弟は、いるね、と普通に言った。長田さんは餌の皿を持って近づいた。猫は私たちを見たまま、口を大きく開けた。鳴き声ではなく、茶碗を重ねる音がした。

その晩、弟から電話が来た。流しの下を見てほしいと言う。私が戸を開けると、鍋の縁に土がついていた。乾いた畝と同じ、黄色っぽい土だった。新聞紙を敷いても翌朝にはまた落ちていた。弟のアパートでは、風呂の排水口へじゃがいもの細い根が入っていたという。

私は管理会社へ連絡した。自分の部屋は二階で、地面から土が上がるはずはない。配管の点検では原因が見つからず、とりあえず清掃してもらった。弟は畑をやめようと言った。私が始めたことなのに、自分から言わなかったのがずるかった。私はその電話で、すぐ解約する、と答えた。

長田さんは、残っているものを全部収穫してからでいいと言った。料金は月末まで払っていたが、私は返金を求めなかった。道具だけ片づける約束をして、日曜に弟と畑へ行った。乾いた畝が増えていた。隣の人の大根の列まで、白っぽい土が続いていた。前の日には強い雨が降っていた。

弟が支柱を抜くと、根元に小さな戸車がついていた。引き戸の下に入っているような、白い丸いものだった。洗う前から土が剥がれ、弟の掌で回った。私の部屋の流しの戸は、その前の日から片側が下がっていた。思い当たって嫌な気分になったが、同じものかは確かめられなかった。

弟がスコップを持ち上げた。畑の隅で、風呂の水を抜く音がした。水路を見に行ったが、水はほとんど流れていなかった。弟がスコップを持ったまま向きを変えると、その音が休憩小屋の裏へ移った。私は水桶を腕に掛けた。今度は目の前の土が四角く切れ、流しの戸が半分開いた。鍋の取っ手が見えた。私の使っている鍋だった。

桶を下ろしても、戸は開いたままだった。底に芋の根がついている。私が爪で剥がそうとすると、戸の奥から大きな板が倒れてきた。皿の割れる音がいくつも重なった。私の流しには入らない、茶箪笥の扉だった。土の下で女の人が叫んだ。弟がスコップを放り出したが、水の抜ける音も女の声も止まらなかった。

長田さんが小走りに来た。私の手から桶を取り、底の根を一本ずつ土へ埋めた。叫び声が細くなった。地主は桶の前に膝をついたまま、戸の隙間を覗いていた。私が何があるのか聞くと、家だ、と答えた。誰の家か聞く前に、弟が地主の腕をつかんだ。

「俺の風呂が、ここにあるのか」
長田さんは答えなかった。弟は腕を離さず、もう一度聞いた。地主の膝の下で土がへこみ、四角い穴ができた。底に、青いマットが見えた。弟がアパートの風呂の前へ敷いているものだった。私は洗って干すのを手伝ったことがある。端のほつれ方まで同じだった。

長田さんは私たちを借り手の休憩小屋へ入れた。畑の横にあった家を取り壊したのは四年前だという。奥さんが死んで、一人には広すぎた。猫だけが解体のあとも、家のあったところへ帰ってきた。新しい家へ連れていっても、夜には戻ってしまった。最後は柿の木の下で動かなくなっていた。

「その下に埋めたんですか」
私が聞くと、長田さんは頷いた。猫を埋めてから、雨が土へ入らなくなった。根を引くと昔の台所の音がした。はじめは嬉しかった。もう一度、家に帰れる気がした。芋を掘っていると妻が食器を片づける音がする。弟はそれを聞いて、俺たちの部屋まで持っていくな、と言った。

長田さんは私たちの家のことを知らなかった。そう言い張った。だが、知らなかったなら貸してよかったわけではない。私がそう言うと、地主はうつむいた。小屋の窓から乾いた畝が見えていた。雨が降り始めた。隣のトタン屋根が鳴り、畑へ斜めに雨脚が走った。あの畝だけ、雨の線が上で途切れた。

三人で外へ出た。水は土へ落ちず、空中で横へ流れていた。目に見えない屋根があるみたいだった。その屋根の軒先にあたるあたりから、まとまった水が落ちた。弟のアパートの間取りと同じくらいの幅だった。下に雨を避ける人の形は見えない。代わりに、芋の葉が室内の鉢植えのようにまっすぐ立っていた。

弟が水路の板を外した。畑へ水を引くための小さな入口だった。長田さんが止めた。芋が腐る、と言った。その言い方で、私は腹が決まった。弟と板を持ち上げ、畝へ向けて水を通した。雨が上から入らなくても、横からなら流せる。細い水が黄色い土へ届き、底へ吸い込まれた。

湯呑みの音がした。次に、私の電子レンジの終了音がした。弟は投げ出していたスコップを拾い、水路の縁を少し削って流れを広げた。長田さんは止めなかった。柿の木の下に猫がいた。白い足を揃え、流れてくる水を見ていた。長田さんが名前を呼ぶと、猫は背を低くした。土の中へ、後ろ脚から沈んでいった。

私は長田さんの手をつかんだ。彼は猫を追おうとしていた。手の中の指は冷たかった。私を振りほどこうとしたが、足元の土が大きく陥没すると動きを止めた。穴の下に食卓が見えた。花柄の布をかけた小さな食卓で、椅子が二つあった。猫の尾が、その椅子の下を通った。

椅子の片方に、誰かが座っていた。長田さんが、ああ、と言った。女の人だと思ったが、顔は見えなかった。水が食卓の下へ入り、椅子の脚を濡らした。座っていた人が顔を上げた。耳から首のあたりに、じゃがいもの根がびっしりついていた。口が動くと、私の流しの戸が閉まる音がした。

長田さんの手から力が抜けた。私は引きずるように彼を畑の外へ出した。弟は水路を開けたまま戻ってきた。穴がいくつも増え、その底で別の部屋に明かりがついた。流しの下、風呂場の前、知らない家の廊下。隣の畝にも窓の形が現れ、水がそれぞれの低いところへ流れていた。

長田さんは、電気を消してやらないと、と言った。弟は彼を押さえ、行かせなかった。私たちは雨の中で待った。水路の水が濁り、地面の下の灯りが一つ消えた。次も消えた。最後まで点いていたのは、あの二つの椅子のある部屋だった。灯りが消える直前、食卓の下から白い猫の足が出た。

雨が畝へ落ちるようになった。葉が揺れ、土が普通に濡れた。水桶の底から根が抜け、細い糸のように水を流れた。長田さんは一度だけ猫の名を呼んだ。返事はなかった。私たちは道具を小屋の軒へ寄せた。桶の底には何もついていなかった。小屋で着替え、弟が地主を送っていった。

アパートの流しは直っていた。戸の傾きもなくなり、下の棚から土が落ちることもなくなった。弟の風呂のマットは端が濡れていたが、根は消えていた。その日のうちに互いの部屋を見て、変なところがないか確かめた。二人で夕飯を買いに出たとき、弟が、畑、嫌いじゃなかったんだけどな、と言った。

地主は貸し農園をやめた。地面が崩れるので入れないという連絡が全員へ来た。私たちの畝だけの話ではなくなっていた。長田さんが何を説明したのか、私は聞いていない。道具は後日、入口へ揃えて置かれ、弟が受け取った。水桶の中に大きなじゃがいもが二つあったので、二人とも触らず戻した。

弟とは今も食材を分けている。ただ、畑の話はしなくなった。ある夜、台所の床が軽く鳴った。食器を洗っていた私は、水を止めずに足元を見た。流しの下で、猫の白い前足が二つ揃っていた。私がしゃがむと、足は戸の内側へ引っ込んだ。向こうで誰かが湯呑みを置いた。私の家で使っている、いつもの置き方だった。

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