父から、家の下に階段がある、と電話が来た。借りた平屋には地下室などないはずだった。私は、古い井戸の口じゃないか、と答えた。父は階段だと言い張った。見に来いとは言わない。次の日、私が勝手に行ったことにしてやったほうが、話が早かった。
父は六十八歳で、一人暮らしを始めたばかりだった。母が死んで実家を売り、私の家に半年ほどいたが、結局、近くに借家を見つけた。妻と揉めたわけではない。父は風呂へ入る時刻から冷蔵庫の置き場まで遠慮し続け、その遠慮を私に分かってほしがった。私は疲れ、家探しを手伝った。
新しい家の玄関には石の踏み台ができていた。引っ越した時にはなかったものだった。高さが合うから拾ってきたという。近所の工事で余った石をもらったそうだ。私が大家に言ったのか聞くと、置いただけだ、と返された。白っぽい四角い石で、上の面だけ滑らかだった。
父は台所の床下収納を外していた。樹脂の箱が外に出され、その横に懐中電灯があった。穴から覗くと、土と基礎のコンクリートが見えた。天井にあたる床の裏までは四十センチほどで、人が立てる空間ではない。私は、階段は、と聞いた。父は右、と指差した。
灯りを横へ振った。四角い石が並んでいた。たしかに階段だった。ところが踏み面が床と平行でなく、壁と同じ向きに立っていた。次の段は右へ、その次も右へ続いていた。階段だけを九十度倒し、床下へ押しこんだようだった。私は灯りを傾け、自分の見方を直そうとした。
父は私の隣へしゃがんだ。「な」。得意そうに言った。私が頷くと、嬉しそうに笑った。変なものを見つけた喜びが先にあるらしい。危ないから覗くなと言うと、そっちが見に来たんだろう、と言われた。その通りだった。私は箱を戻そうとしたが、父がまだ見ると言って手を止めた。
床下の階段の途中に、欠けた場所があった。一枚の踏み板だけが抜けていた。石の段を踏み板と呼ぶのも変だが、その欠落の幅を見ると、板がない階段にしか見えなかった。父はそこへ棒を入れ、奥の深さを測ろうとした。私は棒をつかんだ。向こうで何かが同時に握った。
棒は軽く引かれた。父が引き返そうとすると、抜けた。先端に土はついていない。掌で擦ったように、白い木のところだけ湿っていた。父は自分の手を見た。私は箱を戻し、蓋を閉めた。その時、蓋の下から靴底を擦る音がした。父は何も言わなかった。
私は大家へ連絡するよう頼んで帰った。父は電話すると答えた。だが翌日に聞くと、まだしていないと言った。説明が面倒なのだろうと思った。私が代わりにかけようとすると、こっちでやる、と声を強めた。家を借りたのは父で、私は何でも代わりに決めるために来たわけではなかった。
三日後、父が道路で転んだと近所の人から電話が来た。迎えに行くと、父は店のベンチに座っていた。怪我は膝を擦った程度だったが、身体が右へ傾いていた。めまいがするのかと聞くと、地面がこっちだ、と右の手すりを指した。私は車へ乗せ、病院へ連れていった。
診察では詳しく調べることになった。父は足の裏だけが変だと説明したが、うまく伝わらなかったようだ。大きな異常はすぐには見つからず、その晩は私の家で泊まらせた。父は布団に横になると普通だった。立ち上がる時だけ右側へ膝を寄せ、壁へ足を出そうとした。
私は台所で父を待たせ、借家へ着替えを取りに行った。玄関の石が薄く濡れていた。上に乗ると、足裏が内側へ引かれた。前へ進むのとは違う。足の指が石の横を掴もうとした。私はすぐ地面へ下りた。踵の下に硬いものが残ったようで、しばらく爪先立ちになった。
床下収納の蓋は閉じていた。だがその右側に、細い白い線が出ていた。床板の継ぎ目ではなかった。石の角が、木の表面を押し上げていた。懐中電灯を持って蓋を開けると、階段がこちらへ近づいていた。最後の段が収納口へかかり、箱を入れる場所が狭くなっていた。
私は玄関の石と同じだと思った。色だけではない。上の面の丸い擦れ方と、角に残った小さな欠けが似ていた。父へ電話して、どこの工事でもらったのか聞いた。父はしばらく黙ったあと、川の上の古い道だと言った。石積みを直している人がいて、不要な分を持っていいと言われたらしい。
「階段の石だったんじゃないか」
私が言うと、父は、そんな形には見えなかった、と答えた。使える形の石だと思った。それは私にも分かる。庭の置石に比べれば、平らな面はずっと都合がいい。私はもらった相手を覚えているか聞いた。父は名前を聞いていなかった。作業着の背中しか見ていないという。
土曜に父とその道へ行った。私は父を車から遠くへ歩かせず、場所だけ教えてもらった。石積みは新しくなっていた。脇には古い石がまだ積んであったが、どれも不規則な形だった。階段らしいものはない。父は車の中から、もっと上だったか、と言った。私たちはそれ以上登らなかった。
帰り道、父が自分の靴を脱いだ。右の中敷きだけ、砂で白くなっていた。左には何もない。父は靴を裏返し、掌へ砂を受けた。砂の下から、小さな丸い石の粒が落ちた。階段で欠けた場所を、靴の中へ持ち歩いているようだった。私は車を停め、父にもうその靴を履かせなかった。
借家で玄関の踏み台を動かそうとした。父は危ないからと私の腕を押した。今まで一人でやっていた人に言われると腹が立ったが、実際、片側が持ち上がらなかった。二人で棒を差し、下へ木を入れた。石が少し浮くと、台所の床が鳴った。階段を誰かが一段上がる音だった。
父は石の上へ片足を載せた。止める間もなかった。身体が右へ倒れ、玄関の壁へ足がついた。その姿勢で立っていた。頭は床に近く、肩が空中にある。私が腕を引くと、父は高いところから落ちかけたように叫んだ。彼にとっては、こちらの床が崖の下なのだと分かった。
私は引くのをやめた。父の腰へ腕を回し、壁へついた足を支えた。普通なら背負う向きだったが、父は横向きのままだった。私は玄関の敷居へ座り、父の肩を自分の膝へ寄せた。足裏を石から離すと、父の身体は少しずつ床へ下がった。二人とも汗をかいていた。
「上がると、楽なんだ」
父は言った。私は怒りかけ、言葉を飲んだ。ここ数日、平らな床へ立つことが、父には斜面へしがみつくようだったのだろう。借家の壁へ足をつければ姿勢が戻る。だから床下を見に行き、私に電話しなかったのかもしれない。父は私の膝に頭を置いたまま、すまん、と言った。
私は父を外へ出し、車へ座らせた。今度は説明してから動かした。石を家から離すつもりだと言うと、父は自分の工具箱を貸した。私は台車へ載せようとしたが、石は動かず、台所のほうへだけ少しずれた。逆へ押しても同じだった。行きたい方向があるように見えた。
床下収納を開くと、階段の欠けた段の向こうに、手が見えた。指先だけが石へ掛かっていた。上がれずにいる誰かが、次の段を探っていた。手首の先は暗く、灯りを向けても照らされなかった。私はそれを見ながら、父が壁に立った姿勢を思い出した。向こうの人には、ここが上なのだ。
私は石の下へ古い毛布を入れ、少しずつ台所へ引いた。木の床を傷つけることは承知だった。大家へ後で説明するしかない。玄関の段を越えると、石は急に軽くなった。父が車から降りて手伝いに来そうだったので、窓から待っていてと声をかけた。父は返事をして座り直した。
収納口の縁へ石を寄せた。手はまだ段に掛かっていた。こちらへ差し出しているのではない。指で石の表面を掻き、足を置ける場所を探しているようだった。私は毛布の端を両手で持ち、石を横向きに傾けた。父がもらってきた時とは、九十度違う向きだった。
石は落ちなかった。穴の中で横へ滑り、欠けていた場所に触れた。手の指が曲がった。小さな音がして、石の角が揃った。私は毛布を引き戻した。端が少し遅れて戻り、白い指の跡が五本ついていた。手は一段上へ移り、今度は肘まで見えた。
私は蓋を閉めなかった。戸口まで下がり、外へ出た。台所で足音がした。階段を上がる音のはずなのに、家の右から左へ移っていた。父は車からそれを聞いていた。終わったか、と聞かれ、分からないと答えた。父は玄関を見て、借りた石を返しただけだもんな、と言った。
その日は私の家へ戻った。父は廊下を歩き、壁へ足を出さずに済んだ。まだ少し身体が傾くので、病院で調べる約束はそのままにした。妻は夕食の椅子を引き、父の座りやすい位置へ置いた。父は礼を言い、風呂の時間を尋ねなかった。私も好きに入れと先回りして言うことをやめた。
借家は大家と一緒に見た。収納箱は入らなくなっていた。床下には石が並び、大家も古い基礎の一部かと首をひねった。私には階段に見えたが、彼は何度覗いても、段にはなっていない、と言った。専門の人へ調べてもらうことになり、父の荷物だけ先に出した。
最後の荷物を運ぶ時、父が台所へ残ろうとした。私は玄関で待った。止めに入る前に、父の声がした。「それは、うちのじゃない」。私は中へ走った。父は収納口から離れ、手ぶらで立っていた。穴の縁に、もう一枚別の石が置かれていた。父は受け取っていないと私へ言った。
父は今、階段のない部屋を探している。平屋がいいとは言わなくなった。私は物件を一緒に見に行き、床の下の話も不動産屋へする。父は横で苦笑するが、説明を止めない。どの部屋へ入っても、まず靴を脱いで、床へ片足ずつ体重をかける。
あの家の玄関から運び出した最後の毛布は、まだ私の車庫にある。洗っても五本の白い跡が取れなかった。畳むといつも、片側だけが段になる。父は触らず、置いた場所を覚えておけと言った。私はその前へ物を積まない。誰かが次の段へ手を掛ける場所を、塞いでしまう気がするからだった。


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