氷屋を閉めると決めてから、知らない親戚が増えた。電話の向こうで誰もが父をよく知っていると言い、製氷機はいくらになるのかと聞いた。本当に父を知っていた人は値段を聞かなかった。店先へ来て、暑いな、と言って帰っていった。
夏だけ残せないかと、飲み屋の主人に何度も言われた。冬のあいだも倉庫の家賃や機械の維持費はかかり、故障すれば部品を探すだけで何日もかかる。説明するうち、私のほうが悪いことをしている気になった。娘が作った閉店の貼り紙を、店の内側から読み直す日が続いていた。
最後の営業日は八月三十一日だった。翌日には機械を引き取ってもらう。私は五十七で、次の仕事も決まっていた。娘には腰を壊す前でよかったと言われた。自分ではもう壊したあとだと思っていたが、それを言うと叱られるので黙っていた。
奥の荷車だけは売れなかった。木の箱に大きな車輪を二つ付けたもので、父が若いころ氷を配るのに使っていた。地元の展示館に尋ねると、現物を見たいという。私は倉庫から引っぱり出し、最後の日ぐらい店の前に置くことにした。
箱の中はおが屑で汚れていた。底板を洗い、午後に切った角氷を六本並べた。普段なら売り物をこんな所へ載せないが、写真を撮るつもりだった。濡れた木が焦げ茶色になり、古い焼印が読めるようになった。
最初に気づいたのは、向かいの床屋の奥さんだった。
「これ、どこの家?」
氷の一本を指していた。店の硝子戸が映っているのだろうと答えたが、奥さんは違う、と言った。氷の中に、二階建ての家が逆さに入っていた。
私は角度を変えて見た。家の前に細い溝があり、竹の物干しが渡してある。洗濯物は一枚もない。氷の向こうへ目を移せば、道路と自動販売機しか見えなかった。自分の手を裏側に当てても、家はそのまま残った。
写真を撮ると、白い筋ばかり写った。奥さんが画面を明るくしている間に、家の雨戸が一枚開いた。指で擦ったように内側の曇りが取れ、誰かがこちらを見た。顔よりも、肩に載せた手ぬぐいの白さがよく分かった。
奥さんは携帯を私へ返した。
「もう、これしまいなよ」
その人はふざけたことを言わない。私は氷を持ち上げた。すると車輪が一回転し、荷車が道路へ出かけた。両方の持ち手をつかんで止めると、箱の中で氷が一斉に鳴った。
車輪を煉瓦で挟み、家の見える氷を箱へ戻した。動きは止まった。ほかの五本にも何か見えた。長い平屋、物干し台だけの屋根、板を打った入口。どの家にも人はいるらしかった。戸の隙間で布のようなものが動いていた。
一本は、家さえ見えなかった。暗い庭に赤いものが落ちている。目を近づけると、小さな三輪車だった。私はすぐに顔を離した。自分の右手だけが急に冷たくなった。氷に触れているのは左手なのに。
父は十年前に死んだ。あの荷車を使っていたのは、さらに何十年も前だ。車を買ってからも処分せず、箱の中に空き袋を積んでいた。子供の私が乗ろうとすると、まだ入ってるから、と叱った。見れば空だったこともある。
四時を過ぎ、残った客の配達へ行く時間になった。私はその六本を売らず、店の冷凍庫から別の氷を出した。娘へ電話し、留守番を頼んだ。変な氷があるとは言わなかった。先に言えば、来るなり捨てられそうだった。
戻ると娘は荷車の前にしゃがんでいた。氷を一本、新聞紙へ載せている。箱の下で車輪が回っていた。煉瓦を押しのけるのでもなく、その場で空回りしていた。軸は動かず、車輪の外側だけが先へ行こうとしていた。
「動かさないでって言ってよ」
娘に叱られた。水が床へ広がったので取り出しただけだという。私は氷を箱へ戻した。回転が弱まり、やがて止まった。店の床には細い溝が二本できていた。古いコンクリートが、爪で引っ掻いたように削れていた。
娘にも家が見えた。ただし、私が三輪車を見た一本には、大勢の人が立っているという。
「みんな玄関のほうを見てる。お父さんには見えない?」
私は首を振った。車輪の溝が、店の奥へ曲がっていることが気になった。
父の配達帳を探したわけではない。帳面はとうに処分してあった。ただ、荷車の箱に手を入れると、板の節へ爪がかかった。節だと思ったものは小さな丸い金具で、引くと、裏から古い呼鈴が出てきた。
持ち手の脇へ付けて鳴らす品だった。氷屋が来たことを家の中へ知らせる。子供のころ、その音は苦手だった。父が振っても鳴らないときがあり、しばらくして誰もいない裏口で一度鳴った。母は聞こえないふりをしていた。
呼鈴を取り上げた途端、三輪車のある氷から、水が勢いよく流れた。冷たいはずの水が手首にぬるかった。氷の中で赤い車輪が動き出した。私の足元でも、荷車の車輪が同じ向きに回った。
娘が私の肘を引いた。箱から氷が落ちる寸前だった。私たちは二人で押さえた。箱の外へ出た水が、床の溝へ吸いこまれていった。壁に掛けた日除けが揺れ、閉めてあるはずの裏口から熱い風が入った。
「お父さん、あそこ」
娘が指した先に、うちの台所があった。けれど流しの横に知らない婆さんが立っていた。両手で鍋を持ち、顔をしかめている。鍋からは湯気も煙も出ていなかった。婆さんの口が、早く、と動いた。
私は配達先を一軒だけ覚えていた。川沿いの貸家に、寝たきりの人がいた。父はそこの分を最後に積んだ。暑い日には氷を多めに切り、代金をもらえなくても置いてきた。帰りは必ず、荷車を裏の空き地で洗った。
あの家で何があったか、私は知らない。父が人を助けたとも、助けられなかったとも聞いていない。ただ、荷車を洗い終えるまで母が風呂を使わせなかった。先に体を洗うと、来た家を間違える、と一度だけ父が言った。
私は娘に、氷を出さず、箱ごと外へ持っていくと伝えた。川沿いの空き地はもうない。道が拡がり、家もなくなった。けれど店の裏には、借りていた駐車場が残っていた。来月から契約をやめる、ただの砂利の場所だった。
勝手口を開けると、そこには壁があった。白い漆喰で、私の目の高さに手形が並んでいた。手形は泥でも煤でもない。内側から誰かが押していて、指の節だけが壁の表面へ出ていた。
表から回った。娘が車輪を押さえ、私が持ち手を引いた。荷車は異様に軽かった。一歩進むたび、箱の底に足音がした。小走りする靴、摺り足、杖の先。振り返っても氷の六本が擦れ合っているだけだった。
裏の駐車場へ入る角で、娘が急に手を離した。荷車が持ち上がり、私は尻餅をついた。車輪の間から、赤い三輪車の前輪が出ていた。漕ぐ足は見えず、ペダルだけが私の脛を何度も叩いた。
痛みより先に、懐かしいと思った。私が乗っていた三輪車も赤かった。父は店の前へ出るなと叱り、箱の陰へ押し込んだ。あの狭い場所で何時間も遊んだ。氷にいたのが誰の子か、確かめるのはやめた。
店の表で人が呼んだ。氷はまだあるか、と男の声がした。私は地面に座ったまま、今日はもう終わりです、と返した。男はもう一度呼び、やがて靴音が遠ざかった。閉店の挨拶を用意していたのに、最後の客へ顔も見せなかった。それでよかったのか、今も時々考える。
娘は私の脇へ手を入れた。
「立って。腰、捻らないで」
二人で持ち手を引いた。今度は重かった。荷車が砂利へ乗ると、箱の中で家の雨戸が次々に閉まった。私は見ていないのに、その音がどの氷からしたか分かった。
水道のホースを引いた。氷を割れば早いが、割る気にはなれなかった。箱を傾け、底の栓を抜いて、細く水を流した。溶けた水は砂利へ染みこまず、平たい水たまりになった。そこに六軒の軒先が並んだ。
娘が小さな声で謝った。留守番中、氷を持ち帰りたいという客に、夜まで残ればあげると答えてしまったという。欲しがったのは幼い子を連れた女性で、氷を見て何度も、ここにいた、と言っていたらしい。
私は娘を責めなかった。私も、売れ残れば近所へ配るつもりだった。誰の役に立つかより、捨てるのが惜しかった。水たまりの一軒で戸が開いた。幼い手が敷居を越え、砂利を二粒つまんで持っていった。
日が暮れても氷は残った。娘に先に帰るよう言ったが、コンビニでおにぎりを買ってきただけだった。私たちは立って食べた。水の中で人が座る気配がしたので、椅子を持ってくるのが嫌だった。
最後まで残ったのは、赤い三輪車の一本だった。もう手のひらに載る大きさなのに、庭だけが広く見えた。娘には誰もいないと言われた。私には三輪車の後ろに父の足が見えた。裾を折り返した仕事着で、片足だけ裸足だった。
父へ声をかけようとすると、喉が詰まった。話したいことは山ほどあったはずなのに、店を閉めます、しか思いつかなかった。それも言えず、私は呼鈴を水たまりの脇へ置いた。金具は乾いていて、私の手の熱で少し温かかった。
氷がなくなったとき、車輪が左右へ開いた。壊れたのではなく、疲れた人が脚を伸ばすように倒れた。箱は地面へ下りた。私たちは水たまりを挟んで立ち、何も話さず待った。裏の道を帰る人が二人、こちらへ会釈していった。
呼鈴は、水の底で一度だけ鳴った。脇へ置いたはずの本体は動いていなかった。音が消えると、水が砂利へ染みこみ始めた。私はホースを止めた。娘が私の背中から仕事着を少し浮かせ、汗で貼り付いたところを剥がしてくれた。
展示館には断りの電話を入れた。荷車の箱は乾く前に板が反り、翌朝には指の入る隙間ができていた。車輪は店の中へ運んだ。二つを重ねようとしたら、どちらも丸くなかった。地面についていた部分だけが、靴底のように平らになっていた。


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