大原が三つ続けてストライクを出したとき、私は彼の背中を叩いた。
「隠れて練習してたな」
大原は笑わなかった。戻ってきた球を拭き、次はお前だと私に渡した。私たちは貸し出しの球を共有していた。穴の縁に小さな傷のある、青い十一ポンドだった。
高校を出て十五年、同じ町に残った三人で、月に一度ボウリングをした。言い出したのは松岡だった。酒を飲むと説教になるから、手を動かす遊びのほうがいい。そう言った松岡自身がいちばん説教をするので、大原と私はすぐ賛成した。
大原は下手だった。投げる前に助走の印を何度も見て、最後はいつも右へ落とした。それを私たちは、律儀なドブ、と呼んだ。
その土曜日は、大原が仕事先からまっすぐ来た。いつものように靴を借り、いつもの助走位置へ立った。一投目からストライクだった。二投目も同じ場所へ転がった。私は後ろで動画を撮り始めた。大原が嫌がったので、うまくなった記念だよ、と言ってしまった。
三投目のあとで、場内の音が少し変わった。
奥で何かが折れた。ピンの乾いた音とは違い、重い枝を膝に当てたような音だった。隣のレーンの親子は気にしていなかった。松岡が、古いからなここ、と言った。
ボウリング場は冬に閉める予定だった。入口に最後の会員募集の貼紙があった。松岡はそれを見て、最後まで金取るのかと笑っていた。
四投目、大原は球を持ったまま戻ってきた。
「今日は、もういい」
私は驚いて、自分で始めたばかりだろ、と言った。大原は何も答えなかった。松岡が球を受け取り、代わりに投げてやるよと前へ出た。大原の名前が光っている画面へ、私たちは気を取られていた。
球が手から離れる寸前、大原が松岡の腕を引いた。
球は足元へ落ち、床を大きく鳴らした。店員が駆け寄ってきた。松岡は謝り、大原の胸を押した。
「危ないだろ」
大原は、悪かった、と頭を下げた。言い争いになりかけたので、私は二人の間へ入った。結局、その一投は失敗のまま進めることになった。画面には一本も倒れていない印が出た。
大原が長く息を吐いた。
松岡がトイレへ行った隙に、大原は帰ると言った。私は、何でそんなに嫌なのかと聞いた。気持ちよく勝っている最中だ。後ろから私たちが騒ぐのが煩かったなら、謝ろうと思っていた。
「勝ってない」
大原は自分の靴を指した。貸靴の爪先が、内側へ潰れていた。右だけだった。
「三本、持ってかれた」
意味が分からず、私は靴を脱がせた。大原は抵抗しなかった。靴下の上からでも、足の形がおかしいと分かった。爪先の右半分が狭く、親指と隣の指しか見えなかった。
いつからなのか訊くと、今日、と答えた。怪我ではなかった。布をそっと持ち上げても、切れたところや血はない。二本の指の外側へ、なだらかな皮膚が続いていた。
救急車を呼ぼうとしたが、大原は、今日は病院へ行ったあとだ、と言った。朝から手の指に違和感があり、診てもらったのだという。
私は彼の手を見た。五本ずつあった。彼もそれを見ながら、今はある、と呟いた。
「先生は、何ともないって」
紙袋から診察の明細を出しかけ、やめた。私に証明するためにここへ来たわけではない、と言った。
松岡が戻ると、大原は靴を履いた。もう帰ると伝えたが、松岡は、途中で抜けるのはずるいと言った。点数がいいまま終わらせるつもりだと思ったらしい。
私は大原の代金も払うから帰してやれと頼んだ。松岡はむっとした。
「何でお前が払うんだよ。俺だけ悪者みたいじゃん」
その言葉に、大原が座り直した。
次は私の順番だった。二人の顔を交互に見ていても仕方がない。私は球を持って立った。右の端に一本だけ残っていたピンを狙った。
レーンの奥で、白いものが動いた。ピンを戻す機械の下だった。私は投げるのをやめ、目を細めた。指だった。床の上へ、細い指が三本伸びていた。
誰かが奥で作業をしているのかと思った。
店員を呼ぶと、作業中ならレーンを止めます、と言われた。彼は奥へ確認に行き、何もないと戻ってきた。大原は座ったまま、床を見ていた。松岡はスマートフォンを弄っていた。
私はもう一度構えた。指はなかった。球を放すと右へ逸れ、残ったピンの横を通った。遠くで、誰かが椅子へ深く座る音がした。
大原が初めて顔を上げた。
「今、外した?」
私は外したと答えた。彼は私の足元を見た。私は靴を脱がなかった。怖かったのと、松岡の前で話を大きくしたくなかったのが、半分ずつだった。
松岡は立ち上がり、だったら俺が決める、と球を取った。自分の順番だった。
投げた球は真ん中を進んだ。松岡は両手を腰へ当て、ピンが倒れるのを待った。その背中が一度、細かく震えた。
十本が倒れた。白いピンの間に、人の顔が見えた。頬が床についていた。口を開け、こちらを見たのは、さっき奥を確認した店員だった。
私は振り向いた。店員は受付に立っていた。
松岡が笑って戻ってきた。片方の肩が下がっていた。ハイタッチをしようと右手を上げたが、途中で肘が止まった。
「筋、違えたかな」
彼は左手で肩を揉んだ。大原が立ち上がり、私たちの前へ球を置いた。転がっていかないよう、両膝の間へ挟んだ。
「もうやめよう」
私は受付の店員へ、肩を痛めたので終わりたいと伝えた。店員は画面のところまで来た。途中でも代金は変わりません、と説明し、松岡の顔を見た。
「すごい点数ですね」
松岡は片腕を下げたまま笑った。大原が、消してもらえますか、と言った。店員は操作台へ手を伸ばした。その指が三本しかないように、私には見えた。
すぐに五本へ戻った。私が瞬きをした間だった。
店員が、最後までやらなくていいんですか、と確認した。松岡が迷う顔をした。
私は、いいです、と答えた。少し強くなった。店員は頷き、画面を切り替えた。点数が消えると、大原が抱えていた球が震えた。彼は球を戻し口の横へ下ろし、急いで荷物を持った。
靴を履き替える間、松岡は何度も肩を回した。上がらなかった腕が、少しずつ動くようになった。大原は自分の靴へ足を入れるのに手間取っていた。私は手伝わなかった。
受付で代金を払ったとき、閉館前の記念大会へ誘われた。最後ですから景品を奮発します、と店員は言った。背後のレーンで、誰かがストライクを出した。音を聞いて、店員の首が横へ折れた。
彼はそのまま笑っていた。顔だけが肩の上へ寝ていた。松岡は財布をしまい、大原は出口へ向かっていた。私だけがその姿を見ていた。
店員はゆっくり首を戻し、レシートを差し出した。私は受け取った。紙は普通の温度だった。
外へ出てから、大原は少し離れて歩いた。松岡が、悪かったな、と言った。さっき腕を引かれて腹を立てたことを謝ったのだった。
大原は、俺も悪い、と返した。そこで話を終わらせようとしたので、私は呼び止めた。何が起きたか教えてほしいと言った。
大原は歩道の植込みへ腰を下ろし、靴を片方脱いだ。
五本の指が揃っていた。けれど、外側の三本は別の方向を向いていた。足の甲のほうへ爪があり、つけ根だけが深く曲がっていた。
松岡は、いつやったんだよ、としゃがみ込んだ。大原は答えなかった。指を伸ばそうとせず、そのまま靴下を戻した。
「歩けるから」
彼は私たちの手を借りずに立った。
その帰り、三人で病院へ行った。大原は見せたがらなかったが、松岡が怒り、私も隣から離れなかった。医師に見せるころには、足は普通の形になっていた。松岡の肩にも目立った異常はなかった。私の足も診てもらった。いつもどおりだった。
待合室で大原が、去年からときどき当たるんだ、と言った。遊びで投げた紙がごみ箱へ入り、思いつきで買ったくじが当たる。それで人に褒められるたび、身体のどこかが自分と違う向きになったそうだ。
「外すの、だんだん難しくなるんだよ」
病院の壁の時計を見ながら言った。
私は、練習しているのかと笑った自分を思い出した。
ボウリング場が閉じるまで、私たちはもう行かなかった。大原とは今も会うが、勝ち負けのある遊びはしない。最初は気を使いすぎるなと言われた。私は、俺も怖いから、と答えた。大原はそこで黙った。
閉館の日、松岡から動画が送られてきた。記念大会の様子だった。彼が見に行ったのではなく、地元の知人が上げたものを見つけたらしい。私は途中まで再生した。球の行方を撮るため、画面がレーンの奥へ向いた。
十本のピンの後ろに、人が並んでいた。身体のあちこちを押さえて、投球を待っていた。
最前列にいた私が、球の来るほうを見た。動画の中で、私は片方の靴を脱いでいた。


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