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焦げたところ

佐和子の家で食べたあれは、薄く剥いだ鶏の皮に似ていた。皿に重なっているうちは茶色かったのに、一枚を窓へ向けると、光の透けるところだけ蜜のように赤くなった。
「それ、先に食べちゃうの」
佐和子が台所から言った。私はもう半分を口に入れていたので、頷いた。

塩気が少し。そのあとに、脂とも蜜ともつかないものが舌へ広がった。奥歯で噛むとすぐ割れるくせに、割れたものは口の中でいつまでも柔らかかった。飲み込むのが惜しくなって、私は佐和子に背を向けた。口を動かしている顔を見せたくなかった。

私たちは月に一度、昼から飲んだ。勤め先が一緒だったころはほかにも二人いたが、一人は転勤し、一人は介護で来られなくなった。佐和子と二人きりになって三年になる。仲は悪くない。ただ、互いの話の結びまで知ってしまったようなところがあった。あの日、私は久しぶりに時間を忘れた。彼女の話ではなく、皿が気になっていた。

残りの二枚も食べた。
「何の皮」
「焦げたところ」
「何の」
佐和子は椅子に腰を下ろし、私が空にした皿を見た。笑ってくれると思ったのに、膝の上で指を組んだまま、何も言わなかった。その顔が少し鬱陶しくて、私は自分でビールを注いだ。

翌週、用もないのに電話した。今度は私が酒を持って行く。あのおつまみをもう一度作ってくれないか。
「今は駄目」
「いつならいい」
「もう食べたじゃない」
そんな言い方はないだろうと思った。菓子の袋を一人で空けた子供のような気分になり、電話を切ってからも腹が立っていた。

私の傘が佐和子の家にあった。ずっと前に置き忘れたもので、取りに行くと言うためだけに思い出した。次の日曜の十一時。佐和子は少し迷ってから、出かける前だからすぐ来て、と言った。

玄関が開いた途端に、あの匂いがした。私は傘立てを通り過ぎた。台所には丸いホットプレートが出ていて、上から大きなステンレスのボウルをかぶせてあった。佐和子は私の肩をつかみ、居間へ押し戻そうとした。
「見るだけ。人の台所、そんなに荒らさないって」
その手を払った。自分が強く払ったのは覚えている。

ボウルを上げたら、湯気で眼鏡が曇った。すぐには見えなかったが、もう熱の音は止まっていた。プレートに、白いものが一つ載っていた。大きな海老のように曲がっている。背中だと思ったほうに茶色い膜が張り、端が浮いていた。

私は菜箸を取って、膜の端をつまんだ。佐和子が「あっ」と声を出した。白いものが伸びた。
曲がっていたのではなかった。二本の長い脚を、胸の前に畳んでいた。脚の間に、髪のない頭があった。私の親指ほどしかない耳が二つ、頭の左右についていた。顔はプレートへ押しつけたままだった。

菜箸を落とすと、膜も落ちた。白いものは震えながら脚をたぐり寄せた。頭が小さく振れ、見えている耳がプレートを擦った。泣いているのかと思った。音はしない。私が後ろへ下がると、その分だけ首が持ち上がり、熱いところから顔を離そうとした。

佐和子がコンセントを抜いた。
「持ち上げないでよ」
ボウルを取り返され、またかぶせられた。金属の縁から白い踵が一つはみ出していた。佐和子は鍋つかみでそれを押し込み、縁を押さえた。大人が上靴へ指を入れるような手つきだった。

私は流しに向かい、何度も唾を吐いた。指を口に入れるまではできなかった。先週のものが残っているわけがない。それでも歯の裏を舌でなぞると、あの柔らかさを思い出した。
「何を食べさせたの」
「先に食べたの、そっちでしょう」
佐和子は私を見ずに、床の菜箸を拾った。

責める言葉は幾らでも出たはずだ。私はもう一度流しへ唾を吐いただけだった。佐和子が丸めた布巾でホットプレートの縁を拭く。そこで、さっき剥がれた膜が流しの脇へ置かれているのを見てしまった。半分はまだ白く、丸まった端だけが茶色い。食べ頃ではない。そんなことを考えた自分に驚いた。

「これ、どこから来たの」
佐和子は顔を上げた。
「そっちが聞きたいんだ」
怒ったというより、ひどく疲れた声だった。

台所の奥に小さな戸棚があった。佐和子がそこを開けると、棚板が全部外してあり、底に米櫃が置かれていた。蓋の上に、封を切った煮干しの袋があった。米櫃の側面は内側から何度も押されたように丸く膨らんでいた。私は近づけなかった。

半年前、朝方に戸棚で音がしたという。佐和子はネズミだと思い、米を別の容器へ移した。空にしたはずの米櫃から、また音がした。覗いても何もいなかったのに、その夜、台所の床に白い足跡があった。小麦粉を踏んだような跡が、彼女の椅子まで続いていた。

「初めは追い出したかったのよ」
佐和子はそこまで話して、ボウルの縁を指で押した。内側から動くものがあった。金属がわずかに浮いたが、彼女は両手で押さえなかった。こちらを窺っている顔だった。私がボウルに手を添えると、その続きが聞けた。

床に食べ物を置くと、夜のうちになくなった。椅子の下に、また足跡が増えた。食べ物を米櫃へ戻せば、朝まで台所は静かだった。ある晩、佐和子が一人で焼肉をしていると、それが出てきた。部屋を横切るところを初めて見た。焼いた肉を皿へ移した途端、椅子の脚にすがりつき、膝へ上がろうとしたという。

「熱いところへ落としたの。払い落としたら」
佐和子はホットプレートを顎で示した。
「逃げたあとに、くっついて残ってたのよ」
なぜ口に入れたのか、とは聞かなかった。そこを聞けば、私も膜から目を離せなくなっていることを言わなければならなかった。

佐和子は爪先で小さな椅子を寄せ、ボウルの上に逆さに載せた。椅子の座面が重しになった。ようやく二人とも手を離した。
「これを食べ物だと思わない日もあるの」
私には何と答えればいいのか分からなかった。見ると、佐和子の右手首には半円形の傷があった。古い傷で、白くなった線が腕時計の下へ続いていた。

私は傘を持って帰った。玄関まで来た佐和子が、あの皿、捨てるから、と言った。皮を載せた皿のことだった。私は頷いた。そうしてもらえば何かが済むような気がした。
駅前で弁当を買った。帰って全部食べた。腹が重くなるほど食べても、口の中だけが空いていた。

水曜には、佐和子からの電話を待つのをやめた。退勤してから煮干しと刺身を買い、彼女の家へ行った。電話では断られると思ったから連絡しなかった。紙袋を見た佐和子は、玄関を閉めようとした。私は足を入れた。
「一回だけ」
佐和子は私の靴を見下ろした。
「それ、私も言った」

その晩は、食卓の脇の床へホットプレートを出し、温めても何も起きなかった。米櫃の蓋を開けても、中は空だった。佐和子が刺身を一切れ取り、床へ置いた。私たちは居間のソファに並んで待った。テレビはついていなかった。佐和子の呼吸が気になるくらい静かで、私は二度も咳払いをした。

白いものは食卓の裏にいた。
ソファから立ち、食卓に手をついてハンカチを拾おうと屈んだとき、膝のすぐ前で、指が一本動いた。顔を上げずに見ていると、薄い腹が天板に貼りついていた。日曜に見たものよりずっと長い。片方の脚は、向こうの椅子の背へ巻きついていた。こちらへ垂れた手が、私の髪に触れた。

声を上げたら耳の上で爪が立った。佐和子が私の腕を引いたので、髪が数本抜けた。食卓が大きく揺れ、皿が落ちた。白いものは一度も床へ降りなかった。長い脚で椅子を離すと、天板の裏で身を縮めた。私は頬を押さえた。耳から顎へ、熱い線が走っていた。

佐和子が刺身の皿を差し出した。白い手がそれを払った。二切れが床に散ったが、拾おうとする気配はなかった。
「何が欲しいの」
佐和子の声は掠れていた。答えを待っているようだった。私は彼女の手首を見た。白い傷が、指の跡でないことは分かっていた。

食卓の端から頭が出た。長い首が、私の顔の高さまで伸びてきた。目は閉じていた。小さな耳の下に、茶色い皮が残っていた。顎から首へかけて、細く一枚。私は佐和子から離れ、食卓へ近づいた。佐和子が私を呼んだ。私は返事をしなかった。首の焦げたところが、息をするたびに浮いた。

棚から菜箸を取ると、顔がこちらを向いた。目を開けた。私と同じ高さにあるのに、瞳は下を向いていた。自分の首を見ているのだと分かった。顔の脇へ菜箸を伸ばすと、白い手が私の手に重なった。私はそれを振りほどいた。

皮を引いた途端、膝の裏をつかまれた。自分の叫び声より、倒れた椅子の音のほうが大きかった。食卓の下に腰を落とし、白い腹と床の間へ押し込まれた。腹は冷たかった。背中がホットプレートの縁に当たり、硬い出っ張りが脇腹へ食い込んだ。佐和子の足が見えていた。彼女は電源のコードを引き抜き、私の肩の下からプレートを取り除いた。

口元へ、ぺたりとしたものが来た。手だった。掌を唇へ押し当てられ、鼻まで塞がれた。私は首を振った。指の間から息を吸い、菜箸を持ったままの右手を胸へ寄せた。茶色い皮は、まだ先に挟まっていた。

佐和子が私の両足をつかみ、引っ張った。頭が床を擦った。口を塞いでいた手が外れたとき、私は菜箸の先を噛んだ。皮を歯で引き切った。佐和子に見られたくなくて、俯いたまま噛んでいた。

玄関まで引きずり出され、佐和子に靴を投げられた。何か言われていたが、覚えていない。階段の踊り場でようやく飲み込むと、指が震え始めた。手すりを握っても止まらなかった。耳の下へ触れると血がついた。私はその指を口へ持っていきかけて、階段の壁へ押しつけた。

それから佐和子には会っていない。電話をしても出ないので、家まで行ったことはある。チャイムを押す前に、玄関の前で足を止めた。中で食器の重なる音がした。口に唾が溜まっていくのが分かった。
私は傘を両手で握り、音がしなくなるまで待っていた。

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