奇怪千万からのお願い

このサイトの記事が面白かった、役に立ったと思って頂けたら、一つお願いがございます。
Amazonで何か買う予定があるとき、その前に下のボタンから入って頂いて買い物をしていただくと
サーバーの運営費と心霊スポットやパワースポットの取材費になります。

ここから入って買い物をすると、金額の数%が紹介料として私に入ります。
貴方様の支払いが増えることは一切ありません。買う物も何でも構いません。
記事をもっとたくさん増やしたいので、ご協力をお願いします。

当サイトではアマゾンアソシエイト以外のアフィリエイトは使用しません
(記事が見づらくなるから・・・)

栗山の客

栗山を買った時、岡部さんは六十六歳だった。
旦那さんが残した土地ですか、と私が訊くと、違う違うと二度言って、自分の胸を指した。
「私のお金よ。へそくりじゃなくて、ちゃんと働いたお金」
少し笑っていたが、訂正しておきたいのは土地のことより、金のことらしかった。

岡部さんとは、直売所へ品物を運ぶ仕事で知り合った。私は週に二度、軽トラックで野菜や手作りの品を集めていた。岡部さんは栗を出している。形がよく、一袋ごとの大きさも揃っていた。出荷を始めたばかりなのに常連がつき、店からは、もう少し入らないかと頼まれた。
「拾う方が追いつかなくてね」
売れた分を見せると、岡部さんは嬉しそうにそう言った。

山といっても、家から歩いて行ける場所ではなかった。町の外れの細い道を上り、畑がなくなる辺りから、もう一度脇へ入る。古い栗の木が四十本ほどあり、下草が刈られている。隣には手入れのない山が続いていて、境の杭を見落とすとどこから先が岡部さんの土地か分からない。
私は最初の年、集荷場所を間違えた。道の下へ車を停めて待っていると岡部さんが迎えに来て、そこは空けておいてと言った。
「下の人は、まだ気にしてるから」
以前の持ち主の話だと思った。

二年目の秋に、栗を拾うのを手伝ったことがある。午前の荷が少なく、夕方まで仕事が空いていた。岡部さんは日当を払うと言った。私はそれには及びませんと答え、代わりに、割れたものを少し分けてもらう約束をした。
手袋と火ばさみを借り、二人で木の下を歩いた。私は初めてなので、落ちている毬を見つけるたびに拾った。岡部さんは口の開いたものだけを選び、靴で両側を押さえて、実を抜いていく。隣に立つと、こちらの籠がなかなか重くならないのがよく分かった。

「向こうは行かなくていいですよ」
岡部さんが言った。
木々の間に、白いものが見えていた。作業用の袋が枝に絡んでいるのかと思った。まだそちらへ歩いてもいなかったので、私は、あれはごみじゃないんですか、と訊いた。
「ああ、人よ」
岡部さんは腰を伸ばしもしなかった。

目を凝らすと、白い顔だった。木の幹から半分だけ出ている。顔の上には枝があり、顎の下は太い根で隠れていた。ずっと低い所から、こちらを睨んでいる。
人があんな姿勢で待っていたら、首が痛くなるはずだった。
「あの人は、何をしているんですか」
「何も。見てるだけ」
岡部さんは籠の持ち手を持ち替えた。

ひとつ見つかると、ほかにもあることが分かった。奥の斜面に三つ。その横に、頬の下を葉で隠したものがいた。人が揃ってこちらを見ているのに、誰の肩も見えなかった。
岡部さんは、その中の一つに声をかけた。
「今日は二人だから。少し静かにしてね」
白い顔の口が動いた。歯と、歯の間の黒いところが見えたが、声はしなかった。
私は火ばさみを持ったまま、道の方へ少しずつ戻った。

岡部さんも私が怖がっていることには気づいていた。
「ごめんね。先に言うと、来てくれないと思って」
私は、今までにも見たんですかと訊いた。
買う前に見に来た時からいたという。持ち主からは何も言われなかった。知っていたかどうかも確かめなかった。
「分かっていて買ったんですか」
「だって、栗の木はいいでしょう」
そう言って岡部さんは、一本の木を見上げた。上の方で毬が開いていた。白い顔の一つが、同じ木を見上げた。

私は、何かされたことはないのかと訊いた。
後ろを歩く。袖を引く。籠を遠くへ動かす。岡部さんは困った隣人の癖を挙げるように話した。顔だけではなく、体もあるのだという。
一度、帰りの道を塞がれた時には、遠回りをして下りた。翌朝には同じ所に倒れた枝が寄せてあった。片づけておくと、その日の夕方、また寄せてあった。
「向こうも暇なんだろうね」
岡部さんは笑った。私には笑えなかった。

その日は半分ほど拾ったところで帰った。岡部さんには気分が悪くなったと言った。割れた栗を分けるから待ってと言われたが、次でいいですと断った。
車を停めた所へ下りる途中、白い顔が一つ、私の前に出てきた。
顔の下に、細い両手があった。その手を合わせ、指の間からこちらを見た。拝んでいるようにも、眩しい光を避けているようにも見えた。
私は立ち止まった。その顔は、小さく顎を動かした。私の後ろ、栗山の方を示していた。
振り返ると、岡部さんがまだ栗を拾っていた。

私は、何を頼まれているのか分からないまま首を振った。
顔はその場で口を開いた。下の歯が並んでいるところから、もう一本、指が出てきた。濡れた指の先が、左右へ小さく動いた。
私は土手を下りて、車へ走った。追いかけてきたものはいなかった。乗り込んでからも、手を合わせた顔を思い出していた。助けてくれと言っているように見えたことが、いちばん気持ち悪かった。

次の集荷では、岡部さんが道まで出て待っていた。籠には前と同じ、大粒の栗が詰まっていた。
「どんな顔が来たの」
聞かれて、私は、道を塞いでいたやつですか、と答えた。
「ええ。あれ、人を選んでるみたいだから」
私が両手を合わせてみせると、岡部さんは少し考え、それ、私にもやったと言った。
「最初の年にね。帰ろうとすると座り込むの。あの顔で」
「どうしたんですか」
「帰りましたよ。私だって、御飯を作らなきゃいけないんだから」

それから私は、栗山へ上がらなくなった。
集荷は続けていた。岡部さんが自分で育て、自分で袋へ詰めた栗だった。直売所では問題がなかったし、私が見たことを言って回る気にもなれなかった。岡部さんにも、そのことで困っていませんかと訊いた。
「困ってるのは、草」
返ってきたのはそんな答えだった。根が出ているので機械で刈りにくい、来年は少し手入れの仕方を変えたい、と話し始めた。白い顔より、来年の草の方がずっと気に掛かるらしかった。

その冬、岡部さんの息子と会った。
実家の車庫を借りて野菜を積み替えていると、仕事の帰りだという息子が寄ったのだ。私がいつもお母さんには世話になっていると言うと、息子はため息をついた。
「山なんか、買わなくていいって言ったんですよ」
母親が張り切っているので口を出せなくなったが、あと数年すれば体も動かなくなる。草を刈るのも、道を直すのも、その時は結局自分の仕事になる。言っていることはもっともだった。
ただ、息子は山を一度も見ていなかった。

「怖いって言うんですよ、あそこ」
私が黙ると、息子は困ったように笑った。
「母の実家にも山はあるんです。あっちは人に貸してるんですけど、使うなら返してもらえるでしょう。先祖の山を使うのは嫌で、よその山を買うっていうのが、よく分からなくて」
私は白い顔の話をしなかった。岡部さんは、この人にあの場所を見てもらいたかったのだろうか。それとも、絶対に来てほしくないのだろうか。どちらか訊いておけばよかったと思った。

三年目の秋、岡部さんから、今度は上まで来てほしいと頼まれた。
足をひねったのかと思ったら、そうではなかった。道の下に栗を置いておくと、袋の口を全部開かれてしまうのだという。
「運べるところまででいいですから」
電話を切って、しばらく考えた。結局私は、集荷用の台車を積んで出かけた。岡部さん一人であの道を往復させるのは嫌だった。

上の作業小屋の前に、椅子が二脚出ていた。
岡部さんは地面に腰を下ろして、栗を量っていた。私を見ると立ち上がり、悪いねと足についた土を払った。
椅子は二つとも空いていた。
その下に、白い顔があった。頬を地面につけ、椅子の脚の間から岡部さんを見ている。二つの顔は互いを見ていなかった。こちらを向くこともなく、目だけで彼女を追っていた。

私は立ったまま、台車の持ち手を離せなかった。
岡部さんは一つの椅子を持ち上げた。下の顔も同じ方へ動いた。細い首が地面から持ち上がり、その先の体が、葉の下からずるりと出てきた。服は着ていなかった。肩の小さい、年寄りのような体だった。
岡部さんは椅子を隣へ置き、その顔を見下ろした。
「座るなら座ればいいのに」
私は、それに何をさせようとしているんですか、と訊いた。

岡部さんは、私を見た。
「別に。話があるみたいだから、待ってるんです」
前の週、一つの顔が小屋の戸を開け、下から中を覗いていた。岡部さんが声をかけると、両手を合わせたまま、じりじり入ってこようとした。
追い払わずにいると、顔は戸口で動かなくなった。日が暮れるまで、そうしていた。
次の日にも来たので、椅子を出したのだという。

「ひと晩中、いたんですか」
「私が帰った後は知らない」
岡部さんは栗の袋を台車へ載せた。
「向こうが待ってるなら、話くらいは聞くわよ。でも、こっちにも用はあるの」
それから、地面にいる顔へ、何か言うなら拾いながら聞くから、と声をかけた。顔の脇で、手が動いた。二本の腕が、椅子の脚をつかんだ。

私は岡部さんに、山を手放すつもりはないんですかと尋ねた。
岡部さんは、ない、と即答した。
「ここへ来るために買ったのよ。怖い人がいるから行かないんじゃ、何のために買ったんだか」
白い顔は、それを聞いたように目を閉じた。岡部さんが持ち上げた袋は、まだ口が開いていた。台車へ載せる拍子に傾き、一粒、栗が落ちた。その顔のすぐ前だった。
顔は目を開け、栗を見た。片手を伸ばしかけて、やめた。

「ほら、拾えばいいでしょう」
岡部さんが言った。
顔は、栗に触らなかった。開いた五本の指を、土の上に伏せた。爪が一本もなかった。
岡部さんはもう一度、拾えば、と言った。顔は目を閉じた。脇に伏せた手が、少しずつ握られていった。
私は台車を引いて小屋の前を離れた。後ろで岡部さんが、まだ同じ相手に話しかけていた。
怒った声ではなかった。返事を待っていた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました