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剥がす前の壁

魚の鰓に、紙が挟まっていた。初めは枯葉だと思った。水から上げると、濡れた紙がぴったり頬へ張りつき、薄い赤色の模様が見えた。花だった。花びらが幾つか重なって、その横に長い葉が伸びていた。
「ああ、それはいい」
庭に降りてきた村木さんが言った。私は魚を浅い容器へ戻した。鰓は動いていなかった。

親戚の店が庭の手入れを請けていて、私は仕事の空いた日に手伝っていた。そこは閉館が決まった旅館だった。池の魚を引き取る先が見つかり、運ぶのを手伝ってほしいと言われた。私に魚の知識はない。生きているのは店の人が扱い、私は容器を洗ったり、邪魔な鉢をどけたりする役だった。

池には大きな鯉が十匹ほどいた。うち一匹が朝から横になって浮いていたので、私が網で上げた。赤と白の、きれいな魚だった。村木さんは旅館に長く勤めていた人で、私より一回り上だった。死んだものはこちらで片付ける、と言って容器を持っていった。私は、ほかの魚へ何かうつらないかと心配したが、彼はその質問には答えなかった。

昼になるまでに、生きた魚は運び出された。引き取り先も池のある家だそうで、店の人は最後まで水の入った袋を気にしていた。池そのものを壊すのは、別の業者の仕事だった。私は帰る前に、空になった容器を洗いに行った。裏手の水道のそばで、村木さんが小さな花を束ねていた。花壇で咲いていた、茎の細い黄色い花だった。

足元に、死んだ魚があった。新聞紙ではなく、厚手の白い紙で包んでいた。村木さんは花をその上へ載せ、麻紐で巻いた。
「埋めるんですか」
私が聞くと、池へ戻すんだ、と答えた。
「また汚れませんか」
ついそう言った。村木さんは紐を噛んで押さえていたので、すぐには答えられなかった。結び終えてから、送り出すだけだから、と言った。

その日はそこで帰った。魚を池へ戻すのは、私たちの片付けには含まれていなかった。死んだ魚と花のことを店の人へ話すと、あそこにはあそこのやり方があるんだろう、と言われた。私は花の付いた包みより、魚の頬に張りついていた紙の模様が気になっていた。何かに似ている。だが、そんな古い花柄はどこにでもあった。

三日後、同じ旅館へ行った。庭の石鉢を買った人がいて、運ぶ手伝いだった。裏手から建物の中を通り、庭へ出るつもりだった。二階から声を掛けられた。壁を剥がしていた人が、バケツを一つ上げてほしいと言った。階段の途中に置いてあるやつ、と指したので、それを持って上がった。水は入っていなかった。

部屋には畳が残っていた。壁の紙だけが、大きく捲れて床へ垂れていた。私はそこで、魚の紙を思い出した。花びらと、細長い葉。赤色は褪せていたが、同じ模様だった。作業をしていた人は佐伯さんといい、私の知り合いの大工と一度仕事をしたことがあるそうだった。壁紙は昨日から剥がしている、と言った。

「この紙、池に落ちてましたよ」
私はそう伝えた。佐伯さんは、風で飛んだのかな、と窓を見た。
「三日前です」
「三日前は、ここ触ってないよ」
私は日を言い直した。魚を運んだ朝だ。佐伯さんも、昨日からだと言った。二人で壁を見た。別の部屋に同じ紙が貼ってあったのかもしれない。それ以上の話にはならなかった。

佐伯さんは私の持ってきたバケツへ、壁から外した釘を落とした。一本が底へ当たり、乾いた音を立てた。釘に黒いものがついていた。錆だろうと思ったが、佐伯さんは手袋を見ていた。指先に赤い筋があった。
「切りました?」
そう聞くと、どこも、と答えた。手袋を外して、指を一本ずつ折り曲げた。傷はなかった。

剥がした紙の裏を見ると、薄い藁のような繊維がついていた。古い壁の材料なのかと思った。私は詳しくないので、変わった下地ですね、と言った。佐伯さんは返事をせず、捲れた部分を少し持ち上げた。そこに、釘が何本も刺さっていた。頭はこちらを向き、先は壁に入っている。どれも赤黒かった。

何かを掛けるための釘ではない。紙を貼った後に、上から打ったものでもない。釘の頭を覆うように壁紙が貼ってあったのだ。紙を剥がすまで、客には一本も見えなかったはずだった。佐伯さんは、押さえていて、と私に紙を持たせた。私は大きな一枚が破れないよう、両手で下のほうを支えた。

壁の中で、こつん、と鳴った。佐伯さんが道具を当てたのだと思った。だが、彼の手は止まっていた。私も手を止めた。紙の裏の釘が一本、頭まで壁へ入った。周りの白い面へ、小さな赤い点が散った。
佐伯さんはすぐに私の手から紙を取り、壁へ戻した。
「今の、見た?」
私は頷いた。彼はそうか、と答えただけだった。

村木さんが来たのは、その少し後だった。下から階段を上がってきて、窓は開けないでくれと言った。埃が出るから開けたのだと佐伯さんが説明すると、紙が庭へ落ちるといけないので、と答えた。私は池に紙があった話をした。村木さんは、工事の人が何か落としたんでしょう、と言った。

佐伯さんはバケツを見せた。
「これ、血じゃないですか」
村木さんは中を覗いた。私は、乾いているものと、濡れているものがある、と付け足した。村木さんは顔を上げず、昔の工事で怪我をした人がいたのかもしれない、と言った。佐伯さんが、いま出たんです、と言うと、ようやく二人の顔を見た。

「壁は、まだ剥がさないでほしかったんです」
村木さんはそう言った。佐伯さんは、そんな話は聞いていない、と答えた。予定どおりに来たのだという。私は、自分の石鉢のことを思い出した。下で待っている人がいるかもしれない。けれども、二人を残して階段を降りるのは嫌だった。
村木さんは、魚がまだ、と言った。

魚を送り出すまで、という意味かと思った。村木さんは説明せず、捲れた壁紙の端をつまんだ。私たちが持っていた所だった。端が細く裂けていた。村木さんはそこを内側へ折り、模様を隠した。
「これは、こちらでもらいます」
佐伯さんは手を離さなかった。
「何に使うんですか」
「包むんです。外へ出すものを」
村木さんは紙を引いた。壁の中で、また小さく鳴った。

二人が手を離すと、紙が床へ落ちた。そこに、新しい穴が一つ開いていた。佐伯さんは、今日はやめます、と言って道具を片付け始めた。村木さんは止めなかった。私も下へ降りた。石鉢を運びに来た人に謝り、二階で水漏れみたいなものがあったと嘘をついた。説明する気になれなかった。

石鉢を車へ載せた後、村木さんの姿を探した。裏の水道にいた。前と同じ容器へ水を入れ、白い包みを沈めていた。花は黄色から茶色へ変わっていた。紐の間から、赤い模様が見えた。魚の鰓についていたもの、二階で剥がしかけたものと、同じ紙だった。
私はその場へ立ち止まった。

村木さんは包みを引き上げ、紐をほどいた。三日前の魚が入っていた。腐っていると思ったのに、目は濁っていなかった。腹の白い部分が大きく裂け、その中に紙が詰まっていた。丸めた紙ではない。壁から剥がした一枚を細かく折ったように、薄い層が隙間なく重なっていた。間に藁のような筋があり、黒い釘の頭が一つ見えた。

私は二階の窓を見上げた。佐伯さんが閉めていったので、何も落ちてくるはずはなかった。村木さんは私が見ているのに気づき、紙をかぶせようとした。私は、どうしてそんなものが、と言った。彼は答えず、裂けた腹の端を指で押さえた。魚の口が開いた。水へ入れたときの弾みではなかった。容器の底で、釘が転がった。

「ずっと、こうしてたんですか」
私が聞くと、村木さんは、死んだのをそのまま捨てるわけにいかないから、と答えた。あの花も、送り出すためだった。彼は同じことを繰り返した。
「三日前にも、池へ入れたんです。でも、今朝、水道の所に戻ってた」
私は、死んだのは魚ですよね、と聞きそうになり、やめた。村木さんが持っている包みの底が、ゆっくり膨らんでいた。手の中で、誰かが寝返りを打つようだった。

村木さんは花を元のように載せようとした。乾いた茎が何本か折れ、魚の上へ落ちた。包みの中で、こつん、と鳴った。村木さんの手から血が流れた。釘の先が紙を突き抜け、指の付け根へ当たっていた。彼は包みを落とさなかった。私が何か拭く物を探そうとすると、いいからどいて、と声を荒げた。包みを抱え、池へ歩いていった。

私は水道のそばに残った。村木さんは池の縁へ膝をつき、包みを水に下ろしていた。花が先に離れ、壁紙がその下で白く揺れた。彼は紐の片端を掴んだまま、何かを待っていた。
建物の二階で、窓が鳴った。佐伯さんが剥がすのをやめた部屋だった。私は見上げた。壁紙が、窓の内側へぴたりと張りついていた。赤い花と葉の間から、釘の頭が、一つずつこちらへ出てきた。

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