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呪物

怪談

平和の滝、明け方の万華鏡

親父の家の廊下には、鳴る板がある。玄関から数えて、三枚目だ。踏むと、ぎい、と低く鳴る。子どものころ、俺はその音でよく目を覚ました。外がまだ暗いうちに、ぎい、と一回。それから玄関の戸が開いて、閉まる。親父が出かけていく音だ。
怪談

三輪山から持ち出された石が、古布の箱で届いた

夜の十一時を過ぎると、早苗はミシンの電源を落とす。大阪の古いマンションの四階で、ひとり暮らしをして八年になる。昼は、歯科医院の受付の椅子が仕事場だ。夜は古い着物の端切れで、巾着を縫う。
怪談

成田・地蔵ヶ原の三叉路で、迎えに行く相手はいない

三叉路の角に地蔵が立っていた。赤い前掛けをしている。足元に缶コーヒーが並ぶ。エンジンを切ると、畑のほうで、どさっ、と鳴った。
怪談

新府城跡の鳴らない鈴

納戸の鴨居に、麻紐で吊るしてある。蜜柑ほどの大きさで、色は黒い。下から覗くと、中に舌がない。振っても、音の出ない鈴だ。
怪談

虹の大橋の袂に、小さい引き戸があるという客(宮ヶ瀬)

三ケ木のバスターミナルで乗せた客は、荷札の付いた紺の風呂敷包みを膝に置いて言った。返す場所は決まっています、袂に小さい引き戸があるでしょう、と。
怪談

伊勢崎・龍神宮の川しずめで渡された白い箱

祠の前で、美結と並んだ。二礼、二拍手、一礼。手を打つと、乾いた音が木立に跳ね返った。一拍遅れて、もう一回鳴った。背後から。
怪談

夢見ヶ崎動物公園、娘がもらった蓋

娘と行った川崎の夢見ヶ崎動物公園。慰霊塔の前で娘が言った。おじさん、飲んでた。靴、履いてなかった。
怪談

畳んだままで

山歩きの宿で、使わない上段の毛布が肩へ掛け直された。四つに畳まれたまま、誰かが寝返りを打っていた。
怪談

椅子を置く場所

庭に椅子を出す場所を、大家さんに訊いた。石灯籠へ明かりが入ると、平らな敷石で俺だけが坂へ立ったようになった。
怪談

磨いたところ

片方だけ白くなった靴を、両方きれいにしてほしかった。磨かれる右足を台に載せたまま、真紀は百貨店の前から自分によく似た靴音を聞いた。