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神奈川県

怪談

本牧の白い家と、夜中の水槽ノート

律子の朝は、夜中の三時に始まる。港のほうのパン工場で、早番をしている。五時には白い帽子をかぶって、粉の袋を開けている時間だ。家を出るのは四時十分。バスはまだ走っていないから、自転車で坂を下りていく。
怪談

小坪トンネルの無線と、六〇八号室の客

夜八時から朝の六時まで、逗子の営業所で配車の無線を取っている。駅から歩いて五分の、古いビルの二階だ。私の夜勤は、火曜と木曜と土曜。零時を回ると、事務所には私一人になる。机の上には、卓上のマイクと電話が二台並んでいる。
怪談

夢の地下道、二十二日のレシート

週に何度か、夜食を買いに行く。一時ちょうどに部屋を出るから、日付でいえば、もう次の日だ。コンビニまで歩いて、二十分ほどで戻ってくる。そのあいだだけ、携帯で音声の配信をつける。仕事は、会議の録音を文字に起こすことだ。
怪談

池子トンネルの一円玉

外に出ると、また墓石の列。里奈が助手席で身をよじった。隙間に指を差し込んで、何かをつまみ出す。一円玉だった。「康介の?」「知らない。前の持ち主のだろ」
怪談

秦野の天神隧道、明け方の配信

トンネルの入口が見えてくる。口の形の暗がりの中に、白っぽい照明が並んでいる。美月の足音が変わった。そこで、足音が二人分になった。
怪談

浦賀の燈明堂海岸、戸口に出す丼

砂利を踏む音がした。坂の下から、ゆっくり上がってくる。一人分の足音だ。重い靴で、歩幅が短い。気づくと、数えている。八つ目で、やめた。
怪談

しとどの窟、下りの最終バス

椿台の停留所で十分待って乗った、下りの最終便。扉が閉まって携帯を見ると、十六時五十八分。さっき見たときは、十七時六分だったはずだ。
怪談

横浜・瀬谷のお墓山の下、昼に戸口から訊く声(横浜市瀬谷区阿久和南)

雨の昼、戸の外から「いいですか」と女の声がした。隣の奥さんだと思って、はい、と返した。戸は開かない。三和土の長靴だけが、濡れていた。
怪談

滝頭の無縁塚のそばの店で、壁際の丸椅子が沈む夜

手の甲に、重さが乗った。手のひら一つ分の、冷たい重さだ。濡れている。賢吾の手を、丼の縁に押し付けている。動かせない。引こうとした。引けない。
怪談

寒川神社の大晦日、神苑の池に映る人と駐車場の五人目

写真が貼ってある。夜の砂利の駐車場だ。反射材のベストを着た男たちが、横に並んでいる。ただ、一番右の背の低い男は、俺だった。葛西が指で数えた。五人いる。